有権者が選挙の意味を考え直す機会に
 ~安倍政権2年の通信簿~

2014年12月01日

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有権者が選挙の意味を考え直す機会に

―安倍政権2年の通信簿

聞き手:田中弥生氏 (言論NPO理事)


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田中:こんにちは。いよいよ衆議院解散と選挙です。評価をしたということで、今日はお伺いしたいと思います。まず、今回の選挙の意味をどうお考えでしょうか。


日本の将来を考える上で、非常に重要な今回の選挙

工藤:私が考える理想の選挙というのは、国論が2分されるような大きなテーマで、政治がその実現の信を問うという選挙です。有権者としてもきちんと考えないといけないと緊張感も増します。今の日本は実はそういう局面にあるにも関わらず、今回の選挙では何の信を問うているのか、とてもわかりにくくなっています。消費増税は税と社会保障の一体改革で、既に自民と、公明、民主の3党合意で決まっているわけです。それを踏まえて、選挙も行われたわけです。つまりすでに信は得ているのです。あとはタイミングの問題でした。タイミングについては政権に判断をゆだねるということを、実質的に国民は了解していました。そこは実質的に国論を2分にするような争点にはなりません。


 一方で、延期について異論を唱える政党は実質的にないわけです。そうなってくると、なおさら、何について国民に信を問うのかわかりにくいわけです。

 安倍首相がいっているように、租税は「代表なくして課税なし」ですので、国民に信を問うということはわかります。そうしたスタンスで選挙を日本の政治が考えてくれるのは、有権者も歓迎しますが、これまでの選挙では逆に国民に説明すべき問題が避けられ、マニフェストは実にいい加減な抽象的なものに変わっています。消費税もそもそも3党合意してから選挙を行った、ということは、増税を争点にしてしまうことを日本の政治がなんとか避けたいという判断があったはずです。

 私は今回の選挙は、この国の未来にとって実に重要なものだと考えています。政治が有権者にその判断を求めるべき課題がいろいろあります。例えば、原発の問題、急激な高齢化の中で社会保障をどう持続可能なものにするのか、日本の財政が厳しい状況の中で、今の消費税10%への増税だけで本当に良いのかという本質的な問いかけもあります。また、先の集団的自衛権の閣議決定のように閣議でこれまでの憲法の解釈を変えてしまう、ということもあります。

 こうしたことが選挙では十分語られず、事態が動いている。こうした状況を私たちはどう考えるのか、ということです。多くの有権者は日本の将来なり、経済の先行きに大きな不安を持っています。しかし、自民党も含めて、いま出されているマニフェストはそれらに何も答えていないのです。選挙としてはあまりにももったいないことだと思います。

 ただ、そうである以上、今の政党が国民に提示している問題の意味や、日本の政治がこれからの課題解決にとって十分に取り組める力を持っているのか、そのあたりを厳しく見ていかないといけないと思っています。

田中:いまおっしゃった「もったいない」というのは、増税だけを争点にするのではなく、他にも議論するべき課題があるということで、もったいないとおっしゃっているわけですね。


政治は日本の課題をどう解決していくか、国民に提起して信を問うべき

工藤:消費税の問題がとても重要なのは、日本の社会保障と財政の立て直しに不可欠だからです。この立て直しのための時間があまりないことも私たちは考えなくてはならない時期にきているわけです。今回の消費税に関する政策の背景には、高齢化の進展で毎年1兆円近い歳出が増えており、国債の累増を日銀が、直接ではないにしてもマーケットを通じて実質的に支えている、それを日銀が吸収することによって、辛うじて維持されている日本経済の現実があるわけです。

 アベノミクスの展開はまさに、もう動き出した以上、成功させないとならない。それが、できないと、今の日本は出口に向かえず、日本財政の破局が避けられないという、かなり神経質な局面に今の日本はあるわけです。

 選挙戦を見る限り、その成功のためにどのようにリーダーシップを発揮するか、ということがなかなか示されず、その実績を一方は評価し、一方は批判する、というだけで議論が進んでいる。後でも触れますが私たちの評価では、アベノミクスの先行きはまだ不透明です。成功への方向が確信を持って語られる局面ではありません。

 そういう中で消費税の延期を決断することの意味は大きいのです。もちろん、安倍首相は、財政の規律や目標は堅持する、と言っています。その決意は理解できますが、そのための財政再建の案は選挙後に決めるということであり、国民はその内容を選挙では判断できないのです。消費税の延期で本来、持続可能な社会保障改革に関する案も、具体的な案が国民に提起されているわけではありません。にもかかわらず、消費税の延期だけで国民に信を問うのは、余りにも今回の選挙の持つ意味を軽視し、シングルイシューに議論をすり替えている。

 原発の問題も同じです。震災以降、原発問題は大きな社会的な課題になりました。それに対して、ほとんどの政党が選挙の時だけは脱原発を掲げ、自民党も原発に依存しない社会をつくると言いながら、原発を容認するという既成事実化が続けられています。エネルギーの将来ビジョンを含めて未だに国民に説明できず、それが環境政策など様々な政策に影響を与えています。しかし、選挙でそれを説明するという姿勢が日本の政治にないのです。私は今回の選挙が日本の将来にとって極めて大きいというのはそのためなのです。将来の時点から今の選挙を見た時に、もしかしたらこの選挙が日本の社会を大きく変える転換点になってしまうのではないか、という気持ちもあります。だから、有権者は今回の選挙を軽視すべきではないのです。

 それを国民にしっかりと説明できない選挙を行うことに、私はもったいないと言っているわけです。


安倍政権の実績評価はどのように行われたのか

田中:争点になり得る重要なアジェンダが他にもあるということでした。その意味で、言論NPOは各種政策別に安倍政権の実績評価を行いました。この結果について、ご説明いただきたいです。まずこの評価は何をしようとしたのか、ご説明いただけますか。

工藤:私たちは、12年前からマニフェスト型の政治を唱えてきました。いまマニフェスト自体が形骸化していますが、本来、このマニフェストに込められた意味は、国民に向かい合う政治をしてほしいということです。有権者が政治家に単にお任せするのではなく、自分で政策を判断して、その上で政党なり候補者を選んでいく。そうした緊張感のある政治をつくることによって、民主主義を機能させたいと思っているのです。

 安倍政権については、2012年の衆議院選、13年の参議院選において評価しました。今年の12月26日に安倍政権は2年目を迎えるので、評価作業に入っていたのですが、解散総選挙ということになりました。そこで選挙に合わせて、安倍政権の通信簿として評価をしようということで、前倒しで評価をしてきました。徹夜で、突貫工事で評価をして、先ほど評価が完成したという状況です。

田中:2年分の安倍政権の実績をみた評価ということですが、具体的にはどのような分野の評価をされたのでしょうか。

工藤:自民党の2012年の衆議院選のマニフェストを基本に、マニフェストの中から67項目を選択しています。これはマニフェストに書かれている中心的な政策です。また、マニフェストに書かれていなくても、政策として所信表明や施政方針演説などで、国民に対して国会の中でしっかりと説明されている政策を、多くはないですが扱っています。分野でいえば、経済、財政、復興、教育、外交・安全保障、社会保障、エネルギー、地方、農業、政治・行政改革、憲法改正の11分野です。

田中:かなり広い分野での評価ですね。専門知識が必要になると思いますが、具体的にどのように評価されているのでしょうか。

工藤:これは2つのルートで行っています。1つは安倍政権の2年間が、当初考えた目標設定、工程で順調に動いているのかということを見ます。成果は可能な限り、アウトカムで考えますが、順調に動いているのか、つまり、着手した政策が実現に向かっているのか、

 実現の道筋が見えてきているのか、それとも困難になっているのか、まだ判断できない状況なのか、ということを判断します。つまり、政策の実現に合わせた形で、1点から5点満点で採点します。

 ただ、私たちが重要視しているもう1つの点があります。私たちはマニフェスト至上主義で、マニフェストで書いたことを必ず実行しろと言っているわけではありません。つまり、課題解決の手段としてマニフェストがあるわけで、課題解決のプロセスにおいて、政策を修正することは当然あり得ます。ただ、それを国民にしっかりと説明しないといけません。マニフェストに書かれていることと、実際に行っていることが異なる場合、または、公約に書かれていないことで、突然出てきた政策課題については、国民にしっかりと説明しているかどうかを判断します。説明がなされていない場合は、1点減点するということになっています。

 今回は67項目を評価し、6項目で国民に説明が足りないということで減点されました。

田中:統一した基準をお持ちだということですが、かなり多様な分野ですので、かなり多くの方の協力を得たと思います。どのような方々にご協力いただいたのでしょうか。

工藤:各11分野の専門家は、国内でも著名な方で、実際に政策課題に関係された方々などが参加しています。そうした人たちの中で、11分野の評価会議を行っています。これに3人ずつ参加しますので、33人の人たちが参加しています。さらに、ヒアリングを通じて、評価についてコメントを求める人たちが、15人ほどいますので、50人近い専門家が評価活動に参加しています。この他に、現在、私たちは6700人の有識者データベースを通じて、有識者アンケートを実施しています。その集計結果も判断のときに参考にしています。

田中:評価会議での議論や専門家からのヒアリング、さらには有識者アンケートを参考にして、評価したということでした。これらは全部ホームページ公開される予定とのことです。評価結果についてお伺いしたいのですが、全体を通して、安倍政権の実績はどうだったのでしょうか。


安倍政権2年の通信簿は2.5点に(5点満点)

工藤:5点満点で、2.5点でした。昨年の12月26日時点で、1年の評価を行いましたが、そのときは2.7点でしたので0.2ポイント下がりました。この数字をどう見るかということですが、言論NPOの評価はアウトカムで評価するので、かなり厳しくなります。今までの政権では、2点台前半ということがかなり多かったので、2.5点というのは、決して低い数字というわけではありません。

田中:いままで見てきましたが、2点ぎりぎりというときもありましたね。

工藤:政権によっては1点後半ということもありました。かなり厳しく、言論NPOはなぜそんなに厳しいのかという話もありました。しかしこの評価基準はこの10年間、変更はしていません。その中で2.5点というのは、そこまで低くはありません。100点満点に直すと、50点ということになります。ただ、分野の中では変化があります。例えば、外交・安全保障について、つい先日、これまで対立を続けてきた中国との対話を一応成功させ、韓国との関係改善の動きを進めています。地球儀を俯瞰する外交ということで、首相自身が世界を積極的に動いていることや、民主党時代に悪化した日米関係の改善も評価されました。それで昨年を上回る3.2点になりました。農業も3.2点で高いのですが、減反政策を含めて、農業の自立に向けた首相の取り組みを評価しています。ただ、その取り組みに対して、自民党内や農林水産省などでまだしっかりと合意を取り付けていません。それから、公務員制度改革が今年6年ぶりに法律が決まり、内閣人事局が設置され、女性の局長が決まるなど、幹部職員の登用が始まったことを評価しました。こうした動きがあるところは、3点などになりますが、他のところでは点数が下がってきました。社会保障やエネルギーがそうです。これからの日本のエネルギー政策の基本となるエネルギーのベストミックスをまだ出していません。原発への判断が実質的に先送りされているからです。審議会の状況を見ても、来年の統一地方選後に、なるべく選挙を避けて判断するような状況が垣間見られます。それに連動して、地球環境に対する目標設定ができなくなり、世界から遅れています。社会保障について、今年は年金の財政検証も行われましたが、これまでの制度に問題があることが明らかなのに、持続的な制度をつくるための取り組みが遅れています。というか社会保障分野の多くの政策が動いていません。その結果、2点と低い点数となりました。

 それからみなさん一番関心がある、アベノミクス、経済の問題です。これに関しては、昨年は3.2点でしたが、今回は2.8点と0.4ポイント下がりました。

田中:下がった原因は何ですか。


黄信号が灯り始めたアベノミクス

工藤:アベノミクスの展開は、実際の経済指標を見る限り、安倍首相が言っているほど好循環は実現していないという状況です。しかし、好循環が今後ないかというと、現時点では判断できません。数字でも鉱工業生産や輸出の数量などいろいろな数字で改善が見られています。そのため、改善のきっかけはつくっていますが、それが大きな力になり循環が確実に始まったとは言えません。

 安倍首相のリーダーシップで政労使会議が行われ、給料を上げるなど、いろいろな動きがあります。今までデフレマインドの中でこれまで長い間、全く動きのない状況の中で、改善が見られることも事実ですが、それが強い動きになっていないわけです。例えば、設

 備投資も大きく動いていない。消費についても、名目では給料が上がりましたが、同時に、原油価格や円安の影響で輸入物価が上がり、コストプッシュで物価が上がっています。つまり、給料を見ると少し上がったなと思う人がいるかもしれませんが、実際にお金を使うときは物価が上がり、それを実感できないということなります。名目所得でも寄与しているのは残業代やボーナスであり、所定内の賃金が大きく上がっていくという話にはなっていません。

 それから、2年で2%の物価上昇というのは、日銀の黒田総裁自身が市場にその実現をコミットメントしました。しかし、それははっきりと実現できないということがわかりました。政策決定会合でも2015年で1.7%くらいといっています。エネルギー価格も落ち着き始めており、物価上昇について、当初のような期待は想定できない状況です。その結果、現時点では、10年後の平均で、名目3%、実質2%という経済目標が実現できるかということは現時点で、判断はできないという評価です。

 それだけではなく、安倍首相は解散の会見で、消費税の引き上げは延期するが、プライマリーバランスの2020年黒字化は堅持すると発言しました。ただ、延期した今回の消費税の増税を予定通り実現していたとしても、現時点の試算では11兆円のプライマリー赤字が残るのです。そうなってくると、首相が堅持する財政再建目標を達成するためには、延期された消費税の増税だけではなく、この11兆円をどうするのか。消費税では約4%分ですが、これをどうするのか。答えを出さないとこの目標はかけ声は強くても、実現できないのです。

 それに対して安倍首相は来年の夏に向けて財政計画を作るとしていますが、それだけしか説明はありません。従って、国民はその内容を今回の選挙では全く判断できないのです。しかも、もっと本質的な問題として、消費税というのはこれから急増する社会保障の財源として考えられています。それをベースにした税と社会保障一体改革が、これからどう進むのか。今回延期される消費税も社会保障の財源ですが、延期による影響だけではなく、社会保障の全体像に対しても明確な説明が与野党共にないのです。

 今後は、安倍政権がこれらの課題について全ての責任を負うことになります。今回の選挙で三党合意を継続することは難しくなっています。消費税を延期して、それに対して、財政再建の旗を絶対に降ろさない。一方で、高齢化が急速に進む中で、社会保障改革にしっかりと取り組まないといけない。安倍首相にそれに責任を持って取り組む覚悟があるのか、ということです。ただ、今年の自民党のマニフェストも読みましたが、それらをどう進めて行くのか、そういうことが全く載っていませんでした。そう考えると、日本の政治は、社会保障と税の一体改革としての消費税増税の持つ意味を軽く見ているのではないか、と思わざるを得ません。

 ただ、この経済政策の点数は、3.2から2.8に下がりましたが、それでも高い水準です。それは日銀が実質的なリファイナンスをしている間に、またそれが可能な間に、成長のための構造改革や財政の立て直しを図るしか、日本経済に出口はないからです。その責任は、

 政権側に厳しく問われます。成果が目標通りではなく、さらなる課題も出ていますが、それに向けて日本経済がわずかでも動き始めている以上、それを失敗だと判断する段階にはないということです。

 私たちが評価をする際の3点の意味は、政策は動いているが実現するか現時点では判断できない、という意味です。2点は、目標は実現できないということです。今回は3.2から2.8にわずかに数字が下がりましたので、黄色信号が出ている、ということは言えると思います。

田中:いま実績評価をされて、これからマニフェストの評価をされると思いますが、実績評価をしてどのような感想を持たれましたか。


有権者と政治の間に緊張感ある関係をつくるためのきっかけとなる選挙に

工藤:評価作業は徹夜で大変でしたが、その間にマニフェストが各政党から出てきました。自民党のマニフェストも読みました。実績評価をしながら、これはよくないと思いました。つまり、マニフェストには、ほとんど何も書かれていません。形骸化がかなり進んでいるということです。自民党のマニフェストでは経済政策の数値目標が消えてしまいましたが、その説明もありません。社会保障についても、「持続可能な社会保障を目指します」というだけで、今の状態に関する課題認識すら説明されていません。つまり、政権側の公約はこれまでの実績を踏まえ、その問題点の改善も含めて国民に対して課題解決のプランを出すべきであり、野党はそれに対して反対なら対案を出すべきです。それが全ての政党に見られないのです。急な解散で余裕がないのは分かりますが、野党に見られるのは、基本的に批判のみです。こうした選挙を繰り返す限り、選挙は民主主義の単なるイベントとなり、政治と国民の間の距離は広がるでしょう。私はそうした危機感を感じています。

 選挙という非常に重い、国民にとっては非常に重要なものが、何となく進んでしまうような感じになっています。だからこそ、私たちは今回の選挙を「選挙」の意味を考え直す機会にしないといけないのではないかと思いました。

田中:今回の評価の結果は、具体的にどのような形で私たちは見ることができますか。

工藤:言論NPOのホームページで公表します。また、この評価について、有権者に対して判断材料を提供するということで、既存のメディアで扱ってほしいと思い、毎日新聞と合同で、点数について協議しました。ということで、毎日新聞の12月1日の紙上でも紹介されます。

 それから、点数だけでは十分ではないので、その解説をホームページで詳しく公開します。それだけではなく、12月3日から8夜連続で、各分野についての評価会議を紹介します。私たちの提供する評価が、政治を考える有権者の1つの手立てになってもらえればと思っています。

田中:しっかりと考えるための根拠は出していただけるということで、期待しています。頑張ってください。