【vol.31】 シンポジウム『アジアの変化に日本はどう向かい合うべきか 第3回』

2003年6月03日

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■■■■■言論NPOメールマガジン
■■■■■Vol.31
■■■■■2003/06/03
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言論NPOは、日本の政策課題について本物の責任ある議論を、ウェブ、雑誌、フォー
ラム等で展開しています。人任せの議論では決して日本の将来は切り開けないからで
す。政策当事者や財界人らが繰り広げる、白熱の議論の一部を皆さんに公開します。
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●INDEX
■ 言論NPOアジア戦略会議シンポジウム・セッション1
  『アジアの変化に日本はどう向かい合うべきか 第3回』
    パネリスト:安斎隆、ドナルド・P・ケナック、榊原英資、柳井正
    コメンテーター:イェスパー・コール、加藤隆俊、 周牧之
    コーディネーター:谷口智彦

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■ 言論NPOアジア戦略会議シンポジウム・セッション1
  『アジアの変化に日本はどう向かい合うべきか 第3回』
   パネリスト:
     安斎隆 (株式会社アイワイバンク銀行社長)
     ドナルド・P・ケナック (AIGカンパニーズ日本・韓国地域社長兼CEO)
     榊原英資(慶應義塾大学教授)
     柳井正 (株式会社ファーストリテイリング代表取締役会長兼CEO)
   コメンテーター:
     イェスパー・コール(メリルリンチ日本証券株式会社チーフエコノミスト)
     加藤隆俊 (株式会社東京三菱銀行顧問)
     周牧之 ( 東京経済大学経済学部助教授)
   コーディネーター:
     谷口智彦 (『日経ビジネス』主任編集委員)
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中国の台頭を軸としたアジアのドラスティックな変化。国境を越えて進む経済の新た
な結びつき。現実に進行する大きな変化から取り残されかねない日本は、自らの将来
をかけた国内の改革をどのように進め、また現在や将来のアジア、そして世界にどの
ように向かい合えばいいのか。2003/3/7に行われたシンポジウム・セッション1で
は、榊原英資、安斎隆、柳井正、ドナルド・P・ケナックの4氏に、アジア戦略会議の
メンバーの3氏をコメンテーターとして迎え、話し合った。


●経済システムを作り直す努力を怠っている

谷口 周さん、日本と中国が2000年間戦ってきたという話も出ましたし、イェス
   パー・コールさんから独仏の哲学の話も出ました。それにも触れていただいて
   結構なのですが、その前に伺いたいのは、柳井さんがおっしゃった日本人の人
   間像についてです。これは極めて過激な人間像で、言ってみればどこに1人で
   置いていかれても食っていけるという、ロビンソン・クルーソーみたいな人間
   像ですよね。こういう人間に日本人はなれるのか。中国人というのは一体どう
   いう人間なのか。そこからコメントをしていただけますか。

周  現在の日本人は1840年に起こったアヘン戦争後の中国人とよく似ていると私
   は思います。と言うのは、この十数年間、日本はストック(資産)に対する神
   話を持ち過ぎてきたのです。社会においても家庭においても個人においても、
   ストックを持っていれば大丈夫だという認識が根強くありました。このストッ
   クへの過信、あるいは依存症は危機感を薄め、日本の経済社会の改革を妨げて
   います。

   この200年間で、アジアを変えた欧米発の革命が2つありました。ひとつは産
   業革命、もうひとつは情報革命です。この2つの革命によってもたらされた変
   化への対応には、2つアプローチがあります。ひとつはストックでしのいでい
   くこと、もうひとつは新しいシステムを作って対応していくことです。革命へ
   の対応の違いによってアジアの国々の運命の明暗は分かれました。

   中国の失敗談を申し上げますが、それはアヘン戦争後の対応です。15世紀末に
   ヨーロッパ人は喜望峰を回り、インド、東南アジア、中国、日本に到達できる
   航海ルートを発見しました。それによってヨーロッパと東アジアとの東西貿易
   も直接かつ大規模に行われるようになりました。中国から茶、シルク、綿製
   品、陶器など中国産のさまざまな農産品と工業製品が大量にヨーロッパへ輸出
   されていきました。特に1684年に清朝政府が海禁政策を緩和したことによっ
   て、対ヨーロッパ輸出はさらに拡大していきました。この輸出ブームに支えら
   れた18世紀は、中国にとって黄金の世紀でした。輸出代金としてヨーロッパか
   ら入った白銀は、中国で1世紀にわたりインフレーションを引き起こしたほど
   大量でした。好景気の中で中国の人口は18世紀中に著しく増加し、18世紀末
   に初めて3億人を突破しました。後世はこの空前の繁栄を「康乾之治」(康熙
   帝から乾隆帝までの繁栄時期を指す)と呼んでいます。その意味では、18世紀
   の中国は大航海時代の一大受益者でした。

   中国の好景気と対照的に、当時のイギリスをはじめとするヨーロッパの対中国
   貿易は、莫大な経常赤字を計上することとなりました。銀の中国への大量流出
   はイギリスに大変な財政危機をもたらしました。対中国貿易の赤字構造を打開
   するためにイギリスが考え出したのは、インド植民地で阿片(アヘン)を栽培
   し、中国に持ちこむという方策でした。その結果、アヘン貿易は茶の貿易を上
   回り、18世紀末にはイギリスと中国の貿易構造が逆転しました。アヘン貿易に
   よって大量の白銀が中国からイギリスへと逆流していきました。今度は中国が
   深刻な財政難に陥り、社会は麻薬吸引者の増大で混乱の一途をたどっていきま
   した。危機感を抱いた中国政府は1837年、アヘン貿易の全面禁止に乗り出し
   ました。これに対してイギリス政府は、貿易保護と称して艦隊を派遣し、中国
   と一戦を交えました。これがいわゆるアヘン戦争です。アヘン戦争とは、イギ
   リスが本国では禁止されていた貿易品目アヘンを、中国向けに輸出するために
   仕掛けた戦争でした。

   産業革命によって国力を著しく増大させていたイギリスの海軍力を前に、海軍
   をほとんど持たなかった中国は、まともな戦争相手にさえなりませんでした。
   「巨象の中国、世界帝国の中国、経済大国の中国」はあっという間にイギリス
   という新興工業国に敗れました。1842年南京において中国は初めて不平等条
   約にサインしました。南京条約で中国は、香港をイギリスに割譲し、イギリス
   が要求する貿易条件を飲みました。

   ポール・ケネディの『大国の興亡』によりますと、アヘン戦争が起きる前の
   1830年に中国の世界の生産高に占めるシェアは29.8%でした。しかも1684
   年に清朝政府が海禁を緩和してから1840年のアヘン戦争までの1世紀半あまり
   の輸出ブームによって巨大な富のストックを貯めました。そのストックは割合
   から見ると、多分今の日本のそれには劣りません。当時の中国は近代社会への
   改革のすべての条件を揃えていました。その条件とは改革の体力、富のストッ
   ク、そしてアヘン戦争という警鐘でした。

   しかし、アヘン戦争に負けた清朝政府はお金を払えば済むと考えていました。
   また中国の官僚や知識人は、これまで有効に働いていた中国の既存の社会シス
   テムに対しても過信していました。1860年代から始まった洋務運動は西洋の
   武器・弾薬・船舶の国産化を図るものでしたが、農村を中心とした既存の社会
   秩序を改革するものではありませんでした。洋務運動の目的は、むしろ既存の
   農業社会秩序を維持するための体力づくりでした。

   洋務運動という事実上軍事工業に偏った近代化プロセスの限界が、19世紀末に
   起きた日清戦争における中国の敗北によって、証明されることとなりました。
   日清戦争後の中国は最貧国のひとつに転落しました。巨大な富のストックはア
   ヘン戦争後の60年の間に音も立てずに消えたのです。中国の近代化を、富のス
   トックがなくなった条件の下でスタートせざるを得なかったことが、20世紀の
   中国の苦難をもたらしたと言えましょう。

   アヘン戦争は中国に対する警告だったのです。日清戦争までには約60年という
   時間が中国にありました。だからアヘン戦争は、中国にとってはある意味で
   チャンスだったのです。警告、ストック、時間のすべてが与えられていまし
   た。にもかかわらず中国の先人たちは、今日の日本人のようにストックを過信
   し、欧米発の産業経済社会がもたらす変化に真剣に対応しませんでした。それ
   によって、中国は大航海時代の受益者から産業革命時代の被害者に転落しまし
   た。

   私たちは日本の社会に対してきちんと警鐘を鳴らさないといけません。バブル
   が崩壊した後の日本を見てみると、「今の状態はバブルの処理とバブル時の政
   策が悪かったことからもたらされた」とみんなが思い込み対処しようとしてい
   ます。情報革命に対応できなかった面に、きちんと対応していないのです。情
   報経済に適した経済社会システムへとつくり直す努力をしていないわけです。
   その理由は、恐らくひとつはストックへの過信、もうひとつは既存の工業経済
   社会システムへの過信でしょう。この現象はアヘン戦争後の中国によく似てい
   ます。

   情報革命への対応はアジア問題と関連しています。情報社会と工業社会はどこ
   が違うかと言うと、一番の特徴は、工業社会は均一社会なのです。均一であれ
   ばあるほどいいのです。これと対照的に、情報社会は多様化社会です。多様性
   を持たない議論は不毛となるのです。同じインフォメーションを持っている人
   が議論しても情報生産にはなりません。情報経済の勝者になるには多様化社会
   をどうつくるかという話に尽きるのです。日本人の中でもいまだに「われわれ
   はアジア人じゃない」と言う人もいるのですが、私は批判しません。他者のア
   イデンティティはどうであれ尊重しなければなりません。ただし今は、情報経
   済に適した多様性のある社会をどうつくっていくかについて議論しなくてはい
   けない時期に来ていると私は思っています。こうした議論の中でアジアとのか
   かわりを見直すべきです。

谷口 今の周さんの最後の発言ですが、多様性がないとネットワークの意味がないと
   いうことには、榊原さん、同意されますよね。

榊原 そうですね。そういう意味では、アジアは世界の中で一番多様な地域ですね。
   宗教あるいは民族、歴史、それらが非常に多様なのです。多様だからアジアで
   はヨーロッパのような経済協調ができないというのが通説なのですが、私は、
   この新しい情報化社会、あるいはネットワーク社会では、アジアの多様性をア
   ジアの協調によってプラスに転ずることができると考えています。つまりヨー
   ロッパとは違う形での協調関係をつくれるのではないか。そういう気がします
   ね。そのためには、あまりにも日本という国自体が多様でなさ過ぎる。日本の
   組織は、多様なものを排除するシステムになっています。私は幸いなことに大
   蔵省からは排除されませんでしたが、非常に危なかった。ですから、多様なも
   のを排除する仕組みを、多様なものを受け入れていくシステムに変えていかな
   いといけません。そのためには外国人を受け入れるのが一番いいのです。そう
   いうシステムにしていかないと、日本はこのネットワーク型社会、情報化社会
   で生きていかれない。

   さきほど言われたことに少し付け加えますと、90年代にわれわれがやったこと
   は、これはむしろマスコミが悪いのですが、バブルのときの犯人捜しばかりで
   した。僕なんかも犯人にされましたが、大蔵省が悪いとか日銀が悪いとか、そ
   ういう話ばかりだった。そういう部分は確かにありますが、重要なのは犯人捜
   しではなく、なぜ新しい環境変化に適応できなかったのかということです。そ
   の中には官僚の責任もあるし政治家の責任もあるのですが、実は日本社会全体
   が適応できていなかった。多様性ということの意味を、本当に日本全体として
   分かっていないということですから、やはり組織として、国として、制度とし
   て受け入れるようなものをつくっていくことが必要だし、それこそが実は新し
   い開国だと私は思います。

谷口 私たちの議論は精神訓話みたいな、こうしろああしろということを押し付ける
   ようなものでは、もちろんありません。なるべく具体的な方法論に落とし込ん
   でいきたいと思うわけです。今、企業に外国人をもっと入れろという具体的な
   方法が出てきていますし、榊原さんは言われなかったのですが、国籍法を出生
   地主義にしろということも考えられると思います。日本の国籍法は、生まれた
   親が日本人なら日本人だし、外国人なら外国人という血統主義ですけれども、
   アメリカみたいに、日本で生まれた人はみんな日本人にしなさいとすれば、在
   日韓国朝鮮人65万人は明日から日本国民になります。

   ところで、柳井さん。柳井さんは大変強い個人でおられますので、南海の小島
   に放り出されても多分独りで生きていけるのだと思いますが、やはり日本人の
   大多数は電車の中で身をすくめながら行き帰りしている定年間近のサラリーマ
   ンです。もう少し柳井さんの考えを、われわれに応用可能な形に落とし込んで
   いただけないでしょうか。それとも、100万円と1億円に所得が分かれるのを
   座して待って、破壊を待つしかないのでしょうか。

柳井 極論を言い過ぎたかもしれませんが、現実に問われている点はそこだというこ
   とを、理解することが第一だと思います。さきほど中国の話が出たように、日
   本ではストックがあるがために、そこのところが体感として理解されていない
   ということが一番の問題だと思います。これからの生活を本当に安定させ、特
   に若い人が今から本当に自ら成長しようと思ったら、その覚悟ができないとい
   けないと思いますね。今私たちが置かれている環境を考えれば、若い人のほう
   が可能性があると僕は思っているのですが、ほとんどの若い人たちはそうは
   思っていない。悲観的な人が非常に多いのです。やはり覚悟というか、そう
   いったものができていないと思います。企業も同じことで、いまだにストック
   で食っている。収益で食っていないですよね。だから、やはり収益を上げる。
   そして個人として成長する。そういったことに価値観を転換しないと、日本の
   将来は見えないのではないかと思います。

                          ──次号へつづく──


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