【vol.42】 横山禎徳 論文『日本の対アジア戦略をどう構築すべきか 第3回』

2003年8月19日

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■■■■■言論NPOメールマガジン
■■■■■Vol.42
■■■■■2003/08/19
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●INDEX
■ 論文 横山禎徳(社会システムデザイナー)
  『日本の対アジア戦略をどう構築すべきか 第3回』


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■ 論文『日本の対アジア戦略をどう構築すべきか 第3回』
  横山禎徳(社会システムデザイナー)
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先のイラク戦争は世界の与件が大きく変化したことを物語っている。今や「大国の混
迷の見本」となった日本は、こうした外的な環境変化だけではなく、内的環境の変化
の中で、国家戦略の見直しの時期を迎えている。現在、フランス在住の横山禎徳氏は
国家戦略の立案の枠組みを提示、その中で日本が持つべきアイデンティティの一試案
として、日本がアジア諸国の「Thought Leader」になることだとし、そのギャップ
を埋めるための日本の強さの徹底活用を主張する。


●日本の強さ弱さの客観的、分析的把握

戦略立案の第2のステップは「日本の強さ弱さの客観的、分析的把握」である。

このステップでは、えてして弱さのほうに目が向いてしまうことに気をつけないとい
けない。特に、長期的低迷傾向の中で自信喪失気味の私たちは、日本の弱さをあれこ
れと見つけ出し、強調してしまいがちだ。しかし、現在筆者が「1週間以上滞在」し、
生活しているフランスと比べて、日本の幅広い先端性と実力を感じることは極めて多
い。その端的な例として消費財、生産財だけでなく、文化的財においても、日本は圧
倒的に自給自足率が高いことがあげられる。特に大衆文化のすそ野は日本のほうが格
段に厚みと広がりがある。そして、そのソフィスティケーションのレベルがここ20年
の豊かさの中で一層高まったことに、私たちは気がついているだろうか。

フランスは人口が日本の半分弱であるが、ある種のクリティカル・マスに達していな
い。例えば、テレビ番組に占める外国製の比率は日本より圧倒的に高い。一方、日本
はアメリカに次いで低く、10%強くらいである。フランスは経費のかかるドラマ類は
あまりつくっておらず、大半が外国製の吹き替えである。日本のアニメが受ける理由
のひとつは、フランスが自分で供給できないことだろう。当然、それだけでなく、日
本のアニメが持つイマジネーションの驚くべき多様性も重要な要素だ。

生活の中に占めるテレビの位置づけが違い、テレビを重視しないフランスのほうが豊
かな生活だという議論もあろう。しかし、大衆文学の分野をとっても、フランスの書
店に並んでいるのは、ほとんどが外国人作家の翻訳である。日本のように国内外の極
めて特異な世界を書き分けることができる多種多様な作家がいる国は、他にはアメリ
カしかないだろう。

「これからは知的資産の競争だ」と言われて久しい。そして、暗黙のうちに「日本は
後れを取っている」という議論が展開されている。しかし、「知的資産」という言葉の
響きから、何かしら「高級高邁」なものを意味していると思うのは大きな誤解であ
る。実際は極めて幅広く、厚みのある知的資産を蓄積しているのが日本ではないの
か。

知的資産の質の高さを定量的に検証するのは難しい。アメリカでロータス・デベロプ
メントの創始者ミッチェル・ケイポアがロータス1-2-3というビジネス用の表計算
ソフトをつくっていたときに、任天堂の宮本茂はスーパーマリオブラザースのゲーム
ソフトをつくっていた。このどちらの質が高いかの議論は意味がない。文化的背景の
違いがある。また、「ビジネス」のほうが「遊び」より偉いわけでもない。

最近の現象として、日本の伝統文化がこれまで歌舞伎や能、茶の湯のように洗練され
てはいるが、エキゾチックな世界という位置づけから抜け出し始めている。宮崎駿の
「千と千尋の神隠し」のアニメに見られるように、極めて日本的な世界が逆説的に世
界的普遍性を持つという現象が、寿司だけに留まらず広がってきている。しかも、こ
れまでの世界に名を馳せた日本製品より世界的受容度と長期的競争力は高いのではな
いだろうか。アメリカで日本車が100%の市場シェアになることはあり得ないが、寿
司を100%のアメリカ人が食べるようになる可能性はないわけではない。

大衆文化の持つ影響力を軽視するのは間違いだ。アメリカの持つ影響力は、その軍事
力と同じくらい大衆文化の浸透力に依存していると考えるべきだろう。経済やビジネ
スに関しては、過去に見た通り浮き沈みがある。政治も経済の状況に影響を受けやす
い。しかし、大衆文化はそれを受け入れる国の人々の価値観への一貫した影響を持ち
続ける。そして現在それを持ち得ているのは、アメリカ以外では可能性も含めれば日
本ではないだろうか。しかも日本の大衆文化はアメリカとは明らかに違う。

日本が社会・文化的に特異な大国であることは、80年代にアメリカのリビジョニスト
などによって否定的に捉えられてきた。彼らの言うところの国際常識の通じない国と
見なされていた。しかし、「日本はどこか違う」「日本は特異な国だ」などは、今と
なっては褒め言葉である。日本は独特な社会・文化的強さを持っていると彼らは言っ
ていたのだ。

最近、企業経営の分野で「終身雇用」や「年功序列」「労使協調」など、日本的経営
の特徴が裏目に出ている。それが日本企業の業績低迷の原因だという見方がある。し
かし、これらの特徴は戦後数十年間の企業経営の工夫でしかなく、それほど長い文
化・社会的伝統に基づいているわけではない。戦前の日本の大企業にはこのような「日
本的経営」の特徴は予想外に少ない。時代に合わなければ変えてもいいはずだ。

しいて言えば、比較的最近、欧米企業で受け入れられた「カイゼン」には、日本文化
の特徴が生きているのかもしれない。しかし、それはたゆまない「カイゼン」による
「センレン」ではないだろうか。中国から渡来した絹を数百年かけて洗練し、19世紀
半ばには世界最高品質になっていた。その絹はヨーロッパなどに大量輸出され、明治
初期の日本の産業革命に必要な機械や、諸設備を輸入するための外貨を稼いだ。この
ような日本のこだわりと洗練の伝統が、日本がこれからも絶対に諦めないだろうと思
われる先端技術分野への執着と渾然一体となるところに、日本独特の強さがある。

同時に、高級な技術や芸術の分野におけるこだわりや洗練だけでなく、もっとすそ野
が広いことも日本の強さと言えるだろう。例えば、OLの一女性が世界のパンであれ、
ワインであれ、ハーブであれ、生活のさまざまな分野について現地に行って調べ、世
界の専門家以上の知識を持っているのが日本である。明るく好奇心の強い「おたく」
が大量にいる。このような一般大衆の層の厚さは他の国では考えられない。それは、
韓国人の女流評論家、呉善花女史の指摘する「(韓国人の強い人生の目標達成志向と
違って)日本人は一日一つの小さな幸せで一生を送れる人たちだ」という特徴が、か
つてない豊かさの中で独特の展開をしたのだろう。

この独自性は単に1人当たりのGDPの高さだけに依存しているのではなく、文化的特
性と絡み合ったものであることに着目すべきだ。ビジネスの世界のように他のアジア
諸国が追いつくかどうかという競争の次元の話ではない。しかも、その文化的普遍性
が高まる流れの中で、日本の知的資産のアジア諸国を中心とした伝播力は、一層高ま
る可能性を秘めている。それはかつての「国際化」の概念とは本質的に異なる。「日
本の国際化」とは西洋人のクラブに入会させてくれというものであり、「国際人」と
はそのような立ち居振る舞いができる人のことを指していた。今や私たちは「国際人」
という語感の持つ陳腐さに辟易するのではないだろうか。

もうひとつ、潜在的強さが日本にはある。それはこれからアジア諸国が直面し経験す
る、高度成長のマイナス面を日本は既に経験し、その修正フェーズに入っていること
に代表される「先進性」である。日本の問題としてお題目のように唱えられる「少子
高齢化」や「デフレ経済」も他のアジア諸国が近い将来経験する課題であり、日本はそ
れをいち早く経験している。解決すべき多くの先進的課題に直面していることは、逆
説的に潜在的な強さの源である。アメリカがこれまで先進国であり得たのはどの国よ
りも早く解決の難しい新しい課題に直面したからだ。

日本は、戦後の成長を支えたが既に寿命の尽きかけた「社会システム」、すなわち、金
融、医療、教育、住宅供給、都市開発、雇用、年金などの諸システムを抱えている。
これらの「社会システム」の背景にある供給者側の視点に基づいた「発展途上国的哲
学」を見直し、「受益者への価値提供」へ発想を転換したデザインを新たにやり直す
必要に迫られている。この努力を通じて直面する先進的課題の解決に成功すれば、そ
れは日本の強さとして顕在化するはずである。

「社会システム」のデザインとは、オペレーティング・ソフトウェア(運営の仕組み)
のデザインのことである。試行錯誤と経験から来る多面的知恵の積み重ねの部分が大
きく、優秀な若者がネット・ベンチャーなどで作り出す各種サービスのアプリケーショ
ン・ソフトウェアとは複雑度の次元が違う。他国に先行して苦労し、試行錯誤を繰り
返すことの蓄積による「時間差による差別化」が効いてくる。日本が新たな課題に他
のアジア諸国より20~30年早く直面しているのは有利である。

しかし、新たに「社会システム」をデザインし実施する能力がまだ証明されていない
ことは銘記すべきだろう。「少子高齢化」は20年以上も前から見えていたにもかかわら
ず、無策のまま時間を浪費してしまっているのを見ると、今のところまだ、そのよう
な能力の片鱗すら見せていないとも言える。同時に、ここで強さとして述べた日本の
文化的活力を、高齢化し人口が減少していく中で果たして維持できるのかどうかは重
要な課題だ。フランスの現状のように、多様性を維持するために必要なクリティカ
ル・マスを割ってしまうのではないかという懸念はある。このことを放置しておけば、
長期的には日本の弱さになってくる可能性がある。

文化や社会だけでなく、有事の安全保障も大事ではないか、それが日本の弱みではな
いかという指摘もあろう。日本の軍事力の多面的評価は専門家に任せるが、近隣諸国
からの見方は私たちの認識とギャップがあるはずだ。今回のイラク戦争が見せつけた
のは「戦争」の様相の変化であり、中でもピンポイント攻撃の精度の一段の向上であ
る。それは情報通信の先端技術に依存しており、以前から言われていたが、その面で
の日本の潜在力は高いというのが通常の評価だろう。既に軍事的にも大国なのだ。し
かし、細菌兵器、化学兵器というおどろおどろしいものを持ち出さないまでも、衛生
の先進的な社会の持つ脆弱性は日本にある。例えば、天然痘などの法定伝染病がほと
んど発生しない状況が長年続き、その対応体制が弱まっているという可能性はある。
それは結核の新たな蔓延に見た通りである。今の日本が、某航空会社の機長の言にあ
るように「『安全』の敵は『安全』である」という逆説的状況にあることは、安全保障
上の弱みであろう。


                          ──次号へつづく──


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