2002/1/12 望星東海教育研究所
質の高い言論で日本再生を “言論不況”の日本の中で市民活動のひとつのスタイルとして、「アドボカシー型」と呼ばれるものがある。アドボカシーとは政策提言であり、旧来の日本の市民活動の多くが行政に対する批判や要求という対立構造の中で行なわれていたのに対し、アドボカシー・スタイルは、行政に対する有効な政策提言をする一方、市民に対しては問題提起や世論形成を行なうことで、問題・課題の解決や社会システムの変革などを実現していこうというものだ。
その提言を、さまざまな「議論」を展開することで行なっていこうというNPOが現れた。団体名もずばり「言論NPO」といい、この10月10日に正式立ち上げをしたばかりで(NPO法人格は現在申請中)、発足式には小泉首相なども顔を見せ、テレビのニュースでも報じられたから、目にした人もいるだろう。 「僕たち言論の側は、これまで権力を批判していればよかった。しかし、その権力が壊れ始め、批判から解決が出てくるという局面ではなくなっている。僕たちもこの国の構成員として参加し、挑戦していかないと、本当にこの国は死んでしまう」と言う代表の工藤泰志氏は、オピニオン誌『論争 東洋経済』の元編集長。同誌は今年5月号をもって休刊となったが、その休刊号の特集が「言論不況」(工藤氏の造語)だったことと、このNPOの立ち上げは無縁ではない。「言論というのは、情報を結びつけることによって出てくる知識の伝達なんです。それが、“世界的な情報化”という大きなムーブメントが出てきて、断片的な情報が価値をもつようになってきた。断片的な情報というのは、たとえば株価であったり、天気のことであったりというようなもので、これは今日議論しても明日は関係ないものなんです。
一方、日本は冷戦構造の崩壊以来、“この日本をどうするのか”という建設的な議論を怠ってきた。その結果、かなりまずいところまでこの国はきています。とくに経済がかなりの危機的状況にあるんですが、では国の議論はというと、相も変わらず“景気対策をどうするか”で、こればかり繰り返している。国家の問題ばかりじゃない。たとえば生命倫理の問題から遺伝子操作はダメだといわれる。でも、なぜダメなのかという議論は、日本ではほとんど聞いたことがありません。
いま僕たちは相当いろんな問題について議論しなければならないはずなんですが、日本人は議論することをしなくなったというか、もはや情報をつなげて議論するということに慣れていない。また、マジメに議論する空間も小さくなった。それではもうマズイぞ、というのが僕たちの危機感なんです」(工藤氏)しかし、工藤氏が編集長だった言論誌の休刊を見てもわかるように、言論メディアはいずこも厳しい状況にある。雑誌を出していくには、つまり利益を上げなければ企業活動である以上、存続できない。
「僕たちが目指しているものは、言論を戦わせることによって目的を成し遂げようというある種の言論運動なので、だからNPOでやらないと成り立たないんです」(同) クオリティーと真剣勝負でその議論を戦わす場となるのは、インターネット上だ。
「キーワードは“クオリティー”と“真剣勝負”で、僕たちに問われているのはそこだけだと言っていい。だから、議論といってもただ評論家が出てきて意見を述べるだけではない。目的意識がはっきりしているんです。質の高い議論を積み上げながら、それを僕たちの側の声明にしていき、さらに政策提言につなげていこうと考えているんです」 だからマスコミ的な“中立的な議論”をするつもりはなく、論者それぞれが立場をはっきりさせての真剣勝負なのだという。また、企業や組織を背負っての発言は認めない。「シンクタンクのエコノミストが自分の企業のために発言することや、労働組合の人間も参加していますが、組織を維持するための議論は認めません。どのような立場の人間にも、企業や組織がどういう考えかではなく、個人としての意見を求めていく」
その第1弾として、現在、竹中平蔵経済財政担当大臣への公開質問状に対する回答がウェブでは公開されている。これは言論NPOに所属するエコノミストたちが会議を開いて討議した結果の、言論NPOとしての問題意識をぶつけたもので、小泉内閣の経済政策に関する議論はこの回答から始まることになる。 そのほか「設立記念特集号」では、「今回のテロ事件に私たちはどう向かい合うか」「米国が今回の事件で日本に何を求めているのか」「財政再建」などが議論されている。
「こうした議論には、当然その専門分野の人間も入ってきます。政治家も官僚も参加するでしょう。ただし、あくまでも個人としての考えを表明するわけです。それぞれの枠を超えて、たとえば幕末に志士たちが、藩を超えて日本をどうするかを議論したように、この国の行方について議論していくんです」
現在、言論NPOのメンバーである基幹会員は、各界を代表する人を中心に150人。アドバイザリーボード代表として評論家の山崎正和、経済同友会代表幹事の小林陽太郎、東京大学総長・佐々木毅、オリックス会長・宮内義彦、三重県知事・北川正恭の各氏が名を連ねている。実務を支えるジャーナリスト、官僚、学者らはボランティアだ。12月には、米国の『フォーリン・アフェアーズ』誌のようなクオリティーマガジン(隔月刊)の創刊も予定している。同誌は多数の個人会員や財界人の寄付で支えられ、アメリカの外交政策に大きな影響をもつといわれる。
さらに、さまざまなテーマごとに会員が議論したり、勉強会をもつ「政策フォーラム」の設置やシンポジウムなども開く計画だが、問題はここでも運営資金。年間1億円と見ているが、「寄付に対する優遇制度が一般的でないので、企業などが出そうと思っても出せない。そこがつらいですね」 基幹会員は年会費1口10万円以上。法人会員が同1口100万円以上で、これから情報提供などが受けられる一般会員(同2万円)、学生会員(3000円)を募り、そうした資金と事業とで何とかまかないたいという。
“言論不況”のこの国の中で、今後、この新しい議論のスタイルがどう発展し、どのように機能していくのか見続けていこう。
2002/1/12 望星東海教育研究所