2003/11/18 毎日新聞
マニフェスト選挙の意義と課題
マニフェスト(政権公約)を軸に政権選択が問われた先の選挙は、有権者と政党との間に新しい緊張関係を構築するという点で大きな意味を持つものであった。
小泉政権は一応、信任はされたが、もはや自民党内の改革争いだけでは国民の強い支持は得られず、党が掲げる理念、納税者の生活実感に伝わる説明義務、実績を問われることがはっきりした。政権を争う政党は現政権の批判だけではなく、それを上回る政策パッケージ、改革への理念の提示、政権の実行能力を問われた。有権者の選挙での選択はその点で極めて合理的な判断の結果ともいえる。
私たちは今年の夏、選挙での各党のマニフェスト評価に先立ち、小泉改革の実績評価を行い、結果を公表した。その際に実施した各政策分野での評価案に関する有識者アンケートでは、今回の選挙とほぼ同様の結果が出ている。
小泉氏の改革姿勢は評価できるが、それに実績が伴っていないという結論である。首相の指導力と同時に抵抗派を党内に有する体制内改革の限界を指摘する声も多かった。つまり、ぎりぎりの及第点であり、有権者が今回の選挙で示した民意、「もう一度だけ様子を見たい」との声である。
小泉氏個人への期待よりも実績をこれからは評価するという厳しい見方は、マニフェストの登場と政権選択の受け皿が生まれ始めていることの裏返しの現象でもある。
小泉氏が掲げる改革が進むためには二つの課題があると私たちは指摘してきた。党内や「官」の硬直してきた政策決定プロセスや社会保障などに代表されるすでに行き詰まった従来型システムを破壊するだけでなく、それを作り替えるための首相の指導力。さらには改革に伴う国民負担についての国民への説明である。
選挙戦ではマスコミが年金や道路問題でのその再設計と負担を争点化させ、ある程度深まった。だが、本来は政党自身が率先してその実態を国民に説明し、解決策を提示するべきものである。
この点では消化不良のまま選挙は終わったが、だからといって公約の不明確さが免罪されたわけではない。こうした公約実行と政策目標と達成手段の明確化のため、政権へのプレッシャーを今後も強めなくてはならないし、その実績での有権者も次の選挙は政権を選択する必要がある。
マニフェスト選挙は有権者と政党の間に緊張感をもたらし、政策本意の政権選択という新しい政治の可能性を生み出しはした。だが、これはあくまでもまだ初めの一歩を踏み出したに過ぎない。選挙での公約が実際に連立与党、政府の政策となり、その実行が評価され、監視され、それを踏まえて国民が投票するという循環が動き出さないと、本当の意味でのマニフェスト型政治の実現はできない。
私たちもその実行を適時、的確に評価して有権者への判断材料を提示する作業に取り組むつもりだが、こうした民間の動きを広げるためには、政党側も評価可能な政策の実行プロセスとそれに伴う国民への情報開示のあり方を再構築すべきである。
私たちが先に行った小泉改革の実績評価はその作業が容易ではなく、政策当事者や専門家などの協力を得ても半年近くも要した。政党と各官庁、経済諮問会議と各審議会の「同床異夢」の構造が評価作業を難しくし、測定するために必要な情報が積極的に開示されていないためだ。
メディアも評価の視点からそのプロセスに報道の重点を置くことが必要だが、政治側もマニフェストを選挙戦術だけに活用するのでなく、国民との契約との観点から実行の枠組みを提示すべきであろう。
そのためにも首相主導の政策実行の仕組みと審議会などの再構成、政策課題ごとの閣議、法案策定の情報開示や予算・決算の在り方の見直し、各公約の工程表を提示する必要がある。さらに政府には政権公約の達成を示す自己評価書の年次公開を求めたい。
2003/11/18 毎日新聞
マニフェスト選挙の意義と課題