課題解決に向けて議論をし、解決に向けた方向性を打ち出して
国民に示していくことこそ言論NPOの役割
~言論NPOが20年で果たしてきた役割と、期待すること~
(聞き手:工藤泰志)
工藤泰志:言論NPOは今年、設立20周年を迎えました。宮本さんと初めてお会いしたのは、宮本さんが中国大使を務めていた2007年でした。これまでの大使と異なり日中間の課題を解決しようという強い意志を感じたのでとても安心したことを覚えています。それ以来様々な面でご協力いただいていますが、宮本さんは言論NPOがこの20年間で果たしてきたことをどのようにご覧になっていますか。
日本の民主主義を強化する取り組みをしていたことに強く共鳴するとともに、
感動したことが言論NPOの活動に参加することになったきっかけ
宮本雄二:初めて工藤さんにお会いした時は「東京―北京フォーラム」がきっかけでしたから、当然フォーラムのことを話しましたが、言論NPOそのものについての話題の方が多かったことを覚えています。
それはなぜだったのかというと、言論NPOが民主主義を強いものにするための活動をしていることを知ったからです。なぜ日本は戦前に大きな過ちを犯したのか、この答えを見つけることが私にとっての終生の課題です。我々は平和憲法を持ち、国際社会の一員になったので、もう戦前のような過ちを繰り返すことはないだろうと思いかけていたのですが、日本の空気社会・・・何かが一度決まったらずっとそれに流されていくという日本社会の体質。これを目の当たりにする度に「この体質が変わらなければ日本は再び戦前と同じ間違いを犯してしまう」という懸念を強めていました。
過ちを防ぐ唯一の道は日本の民主主義をしっかりさせることしかない。国民一人ひとりがこの課題について真剣に考えなければならない、と考えていましたが、そういう視点で言論NPOは日本の民主主義を強化する取り組みをしていた。そこに私は強く共鳴するとともに、感動したのです。
評論家みたいに口先だけの人間は当時もたくさんいましたが、実際に行動していたのは言論NPOだけでした。新しいことを新しい状況の中でやっているのだから、「こうすればいい」などという簡単な答えはありません。何が正しいミッションを模索し、奮闘しながらも前に進んでいく。そういう言論NPOと工藤さんの姿を近くから拝見してきました。まさに悪戦苦闘の20年間であったかと思います。確かに対話などいろいろなことやってきましたが、しかしそれだけが言論NPOの成果ではない。その一つひとつに辿り着くまでに工藤代表とその同志とも言うべき人たちが、この20年間で悪戦苦闘し、単に表に見えているものだけではない、より大きなものをつくり出してきたと私は見ています。工藤さんが何度も倒れてきたのを目の当たりにしてきましたので、本当に「20年間、お疲れ様」という思いですが、しかし任務はまだまだ終わりませんよね。
工藤:私が編集長を務めていた「論争東洋経済」の最終号のテーマが「言論不況」だったのですね。日本が瀬戸際に立たされている中で知識人や言論人がどのような責任を果たしたのか。私は市民が自分で考えて判断できるような環境づくりのために、知識人や言論人は果たしていかなる努力をしているのだろうか、ということを考えながら言論NPOの設立に奔走しました。
はっきりしているのは私たちの活動はポジショントークではないということ。つまり課題を解決するためのものです。東京―北京フォーラムでも日本の立ち位置を説明するだけでなく、課題をどう解決するかということを真剣に議論してきました。しかし今、日本の社会はポジショントークばかりです。課題解決ではなく、自分をアピールしているだけの人が多い。
まさに最前線で中国との外交をしてきた宮本さんから見れば頼りないと思うところもあったかもしれませんが、言論NPOは本気で中国と議論してきました。言いっ放しで終わるのではなく、何かをつくろうと双方が思いながら議論してきたその場に、振り返るといつも宮本さんがいてくれました。この中国とのこれまでの対話については、宮本さんはどのようにご覧になっていますか。
信頼関係を構築し、課題解決に向けた議論が始まったことで 「東京―北京フォーラム」は日中関係の最先端となった
宮本:日中関係で一番難しいのは、いかにして相互信頼をつくり出すかということなのですね。人間関係も同じ、信頼関係があるかないかで全然話のかみ合い方が違うでしょう。信頼関係がないから他の日本と中国の対話や交流というものは、入り口で躓くことが多い。躓いてああだ、こうだとお互いに言い合ってそれで終わり、と。
ところが、工藤泰志という人はしつこいですからね(笑)。相手にくらいついて離さない。私が参加していなかった初期の東京―北京フォーラムでは、中国側とかなり行き違いもあったと聞いています。相当苦労されたと思います。それにもかかわらず、「中国側と本音の議論をしなければならない」とくらいつき続けた。そうこうしているうちに、中国側は東京―北京フォーラム、そしてそれを主催している言論NPO、とりわけ代表である工藤さんに対して信頼を抱くようになったわけです。ですから、ある段階で東京―北京フォーラムの中身が変わってきたような気がしませんか。
工藤:確かにしています。
宮本:それは中国側の参加者たちも「日本との関係は大事だ。日中関係をきちんと立て直さないと中国にとっても良くない」「そもそも自分は別にそんなに日本が嫌いなわけではないのではないか。こうして実際に会ってみたらちゃんと話せるではないか」ということに気づいた人が増えたからです。日本側も「中国との関係は本当に大事だし、日中関係が悪くなると日本は大変なことになる」と思う人たちが増えてきた。東京―北京フォーラムはそういう人たちの集まりになったのだと私は感じています。
ですから、共通の目標を抱えたことによって課題解決に向けた議論が以前よりも実質的に一歩も二歩も進んだと思います。同じ目的のために手を組んで協力しなければならないと思っている人々が、両国関係の最先端を走っていく。「この問題はこういう風に解決していけばいいのではないだろうか」というまさに問題解決を前提としながら、相互に相手の立場を理解する場として東京―北京フォーラムが果たす役割の重要性はますます高まっていると思います。この重要性に対する評価はすでに中国側でははっきりと確立している。ですから、仮に工藤さんが「もう疲れたから東京―北京フォーラムなんてやめたい」などと言ったとしても中国側は許してくれませんよ。そういうレベルの対話になっていると思います。
工藤:何とか頑張ります。さて、20周年を迎えるにあたって、ある人が「20年間やってきたからこそ、次に向けて戦える体制が整ってきた。これからが本番なんだ」と言っていました。
まさに宮本さんもおっしゃっていたように、世界が分断しているために、パンデミックや気候変動など課題が山積みなのに、なかなか一致して国際協力をすることができなくなってしまっている。中国をめぐっても、先日の東京―北京フォーラムの議論を振り返ってみてもわかるように台湾問題を筆頭に課題が多い。
こうした中では、対話というよりも真剣勝負が始まる気がしています。20年間やってきたからこそ、その勝負に挑める段階に来ているのではないかと思っています。宮本さんはこれからの言論NPOにどのような期待をされていますか。
国民が一致結束して課題解決に向かう流れを生み出すために、
言論NPOが果たしていく役割はますます大きなものになっていく
宮本:福田元総理も以前似たようなことをおっしゃっていましたが、米中対立がどうなるなどと議論する以前に、我々に突き付けられているのは「人類はついに人類を滅ぼすことができるようになった」ということなんですね。米ソ冷戦の頃にも核兵器はありました。しかし、今はそれに加えて、地球温暖化やパンデミックもあり、人類は自らを滅ぼしうる存在になったわけです。そうすると結論は明白で、国際社会は協力をするしかないわけです。しかし、そんなに明々白々なことを突き付けられているのにどの国も動かない。口先だけで誰もリーダーシップを取らない。日本国内では、今回の新型コロナウイルスのパンデミックを機に、いかに日本の体制が旧態依然としていて、迅速な対応ができないということをまざまざと目の当たりにしている。
これからの20年というのは、さらに時間の進み方を早く感じ、目まぐるしく情勢が変わる20年になると思います。課題は山積みですから、それに対して早く答えを出さなければならない。有識者を中心に議論をして、暫定的なものでもいいですから、方向性を打ち出して国民社会に注入していくべきです。国民側も心配していると思います。心配しているけれど、どうしたらいいのかということは分からない。それが不安感につながっている。ですから早くそういう体制を日本国内でつくり上げる。議論した結果、それが実行に移されるようにする。そして結果を出す。これが一番大事で、国民も求めていると思います。
これからの20年、ますます課題は重く、大きくなっていきますが、しかしそれに対して我々は立ち向かっていかなければならない。その根本に民主主義がある。国民主権の下、国民一人ひとりに積極的に考えてもらい、そして日本社会が動いて変わっていくというサイクルを動かさなければならない。政治から遠ざけられ「自分たちには関係ない」と今多くの人たちが思っている。こうした人たちを引き戻し、日本さらには世界の課題解決に向けた行動に加わってもらう。日本人ほど認識がいったん一致したら、しっかりまとまって目的に向かって効率的に動くことができるという国民はいないと思います。そうなった時の日本は、一党支配で突き進んでいる中国よりも良い結果を出せますよ。政府が指示しなくても皆が動くわけですから。
しかし、そのためにはアジェンダセッティングから始まって、ある程度の答えを見出していくことが必要ですが、その作業は膨大なものになります。そこで、言論NPOが果たしていく役割はきわめて大きなものになっていくと思います。
工藤:ありがとうございました。20年前の故・小林陽太郎さんとの議論などを振り返ってみると、「市民が強くなれば未来は変えられる。すべては私たち自身の問題ではないか」という問いかけがあったことを思い出します。私たちは、この問いを今なお突き付けられていると思います。宮本さんもおっしゃいましたが、言論NPOは民主主義の問題を原点とする組織ですから、そこに突き進んでいきます。その過程で、アジアや世界の課題についても皆で考えるための舞台をつくり上げたいので、宮本さん、これからもご指導・ご協力お願いします。