世界の急速な変化の中で、全体を俯瞰し軸をぶれずに課題を見つけ続けた言論NPOの20年、その蓄積の意味は大きい。
~言論NPOが20年で果たしてきた「言論」の役割と、期待すること~
2001年、日本の中にしっかりとした言論の空間が存在していなかった状況を「言論不況」と名付け、「言論不況」からの決別を掲げて代表の工藤が言論NPOを設立しました。
それから20年、日本や世界の「言論不況」は変わったのか、言論人や知識層に問われる役割とは何か、そうした中で言論NPOに問われる役割とは何か。2020年まで財務省で事務次官を務め、2021年6月から言論NPOの理事に就任いただいている岡本薫明氏にお話を伺いました。(聞き手:工藤泰志)
工藤:20年前、何としても日本の中でちゃんとした言論の空間を作りたいという思いで言論NPOを立ち上げました。言論人や知識人の責任があると考えたからです。そうした状況を私は「言論不況」と名付けました。こうした「言論不況」という状況は変わったのか、悪化してるのか、もっと構造的に大きなものに発展しているのでしょうか。
目の前の変化への対応に精一杯で、変化全体を俯瞰した議論が無くなった20年
岡本:この20年で「言論不況」がどう変わったのか、ということだと思いますが、言論界もさることながら、マスメディアというものが相当大きく変化していると思います。
やはりインターネットの普及やグローバル化、その他いろいろな技術革新も伴い、変化のスピードがもの凄く速くなり、世界がより小さくなったために、いろいろなことが非常に大きく変化しています。その結果、私がやっていた役人の仕事も含め、目の前の変化に対応するのに本当にあくせくするようになってくる。しかし、本当に大事なのは変化全体を俯瞰しながら、この変化全体がどういう構造で起きていて、今後どのような方向で進んでいくのか、こういった議論が本当はものすごく必要なのに、どうしても目の前の変化への対応でほとんどとられてしまうと、いうのが現状だと思います。
20年前はひょっとしたらまだ民主主義や自由主義経済、といった概念の共有がまだあったような気がしますが、今ではそうした概念の共有すら非常に難しくなってきている面がある。本質的に何をやらなきゃいけないのかと、いうことは20年前と変わらないと思いますが、それがより必要になってきているのに、世の中の様々なことが対応できなくなっているという構図が、そもそもの問題のように感じます。
工藤:当時、霞が関というのはある意味で最大のシンクタンクと言われて、将来を見据えた構造改革のプランも出ていましたし、様々な議論もありました。ただ、今では政府部門や、それに対する民間も含めて、日本の将来に向けての大きな戦略的な展開、例えば世界が大きく動いている中で日本はこれからどうやって生きていくのか、といった話を皆が言わない。言わないからこそ、それに対するきちんとした建設的な討議が始まらない。
目の前の議論ばっかりになってしまうという現象は、何がダメになったのでしょうか。
20年の蓄積をフィードバックしながら、世界の変化を俯瞰した議論を
岡本:20年前もバブル崩壊後の長いデフレの下で金融危機も起きて、それこそ、目の前の危機への対応に気を取られている中でも、日本の進んでいくべき方向が示され、そこに向けてやらなければいけないことは何か、という議論は確かになされていたと、私も実感として持っています。
ところがここにきて何というか、経済を見ていただいても、世界の大きな流れに必ずしも付いていけていない。だからこそ、徐々に世界経済に占める日本の位置が下がってきているのだと思います。これは私たち行政の立場で、本当に十分な対応が出来ていなかったことの表れでももちろんあると思います。
そうした様々な大きな変化が起きているということについて、全体を俯瞰した議論を行い、何が課題かということの問題設定をする。おそらくかつてよりもの凄く難しくなってきているのですが、しかし、それをやっていかなければ競争には勝てていないと、いうことだと思います。
この点について自戒を込めて言わせていただければ、今、本当に大事なのはまさにそういうことであって、コロナが世界中で感染拡大していますが、世界中が一緒に立ち止まっていたので、日本も一度立ち止まって考える、ある意味でいい機会になっているのではないでしょうか。
過去から今に至るまで、どのような道筋を辿ってきたのか、ということをしっかりと検証して認識しておくというのは極めて大事だと思います。加えて、そこで起きている変化がどのような構造となっているか、ということをできるだけ俯瞰して頭に入れる、その中で将来への課題を考える、ということが大事なのだと思います。こうした点がまさに、言論の世界で一番求められていることですし、さらに言えば言論NPOが20年間、積み重ねてやってきていることは、非常に大事なことだと思います。20年やってきたことを蓄積、流れをしっかりとフィードバックした上で、さらに今起きている変化について俯瞰していく。そういう意味で、言論NPOのやるべきことというのは、ある意味20年前よりも、20年やってきたがために、その意義はより高まっていると思います。
工藤:ありがとうございます。続けて伺いたいのは、世界の中での日本の立ち位置というのは、どこかの巨大な大国のどちらかに付くというのではなくて、日本は世界の繁栄や自由といったことに責任を持つくらいの気概を持って動くくらいの国家戦略を作り、それに対するプランを作って実行していく局面のような気が凄くしています。ただ、そうした日本の立ち位置自体が決まっているのか。
それから、立ち位置が決まったとして、プランニングは日本人に作れるのか、日本の一人当たりのGDPを見ても日本は衰退傾向に入っています。しかもコロナ後の世界を見た場合に、世界が金利を上げようという状況下でも、なかなか日本は利上げできない。日本は凄く難しい局面を迎えていると思います。
そうしたことを本当に議論しなければいけない局面に来ていると思うのですが、全くそういう話がなくて目の前の話ばっかりになっている。私は分からなくなってきているのですが、そうした対応をまだ日本はできますか。
岡本:それをするためにも、今世界で起きていることを有機的に考えていないと、戦略すら作れなくなっているのだと思います。
今の今、日本がすごく良くできているかというと、まだまだ全然足りないところがあると思います。しかも、政府は政府でやっていく必要がありますが、やはり民間レベルでの議論もある一つの論点を取り出して、それについてどう思うかという議論をするためにも、やはり全体を俯瞰した議論をしていく、そして、そうした議論を継続してくとう立ち位置が非常に重要だと思っています。
そう言った意味では、まだまだ足りませんが、国の戦略をつくろうとする面は出てきているので、きちんと進めていかないと、ポストコロナで世界が動き出した時に、そこでまた蹴つまずいて転んでしまうと、いうことになりかねません。
工藤:今、かなり重要な局面で言論の役割、つまり物事をきちんと考えていくという流れが大事なのだと思っています。岡本さんから見て、知識層や言論人といった人たちは、20年前と比べて質が変わったのでしょうか。変わったとして、インターネット等の環境の問題なのでしょうか。それとも世界で同時的に様々な変化が起こり、それを俯瞰して考える環境がなくなってきているとか、どこに大きな原因があると思いますか。
課題解決に向け様々な専門家を繋ぎ、建設的な議論を行うプラットフォームを
岡本:言論界あるいは知識人の方を論評するというのは流石におこがましいのですが、ただそういう方々というのは、基本的に得意分野がおありの方が多いのだと思います。先ほど申し上げたように非常に変化が速くなってその変化が全部一つに繋がっているわけです。それが、渦になっている。本来であれば、渦を作り出している風がどこから吹いてきているか、ということを分かった上で渦を見なければいけないのですが、現状では渦を作り出している風がどこから吹いてきているのかわからない、という状況だと思います。全体をまとめていくようなステージ、これが必ずしもできていないのではないでしょうか。
やはりインターネットが発達してくる中で新聞、テレビ、ちょっと申し訳ないのですが質が変化してきているような気がします。もちろん「お前らがやってた政府もできていないじゃないか」というのはその通りなのですが、そういうステージの変化を意識したこれからの運びというのが大事なのだという気がしています。
工藤:今の話は、我々言論NPOにとって非常に重要なアドバイスだと思いました。岡本さんの言う通りで、それぞれの人たちが専門分野に特化してやっていくということで、逆に世界が見えなくなっている。つまり、そうした専門家の人たちをつないで、ある課題に関して建設的な議論行っていくプラットフォームが必要なのだと思います。私はそれをオーケストラだと表現したことがありますが、そうした専門家をつなぎ合わせる役割は、私はできると思いますので、なんとか実現してみたいと思っています。
最後に、言論NPOの20周年に期待することは何でしょうか。
岡本:この20年で世界が大きく変わってきて、その変化がさらに速くなってきている。これからの20年では、ちょっと想像もできないような世界の変化を我々は目の当たりにするかもしれません。その時に、変化の中でしっかりとした軸を持って議論を展開し、その中から課題を見つけてそれに対する処方箋を提示していく、といった言論NPOのこれまで果たしてきたプラットフォームとしての役割が、より重要になってきていると思っています。
ですから、この20年で何かが変化した、ましてや劣化したということでは全くなく、むしろこの20年の蓄積が、これからさらに活かせるような取り組みがまさに求められているということだと思います。ぜひ私も微力ながらそのお手伝いをしていけたらと思っています。
- 世界の急速な変化の中で、全体を俯瞰し軸をぶれずに課題を見つけ続けた言論NPOの20年、その蓄積の意味は大きい。 岡本 薫明(言論NPO理事、前財務事務次官)
- 新たな「言論不況」の時代に突入する中、言論NPOが専門家と市民を繋ぐ架け橋に 山中あき子(Economic Research Institute for ASEAN and East Asia(ERIA) Advisors to the President)
- 言論NPOは、市民が責任ある発信をしていくための環境づくりを 小倉 和夫(言論NPOアドバイザリーボード、国際交流基金顧問、元駐韓国・駐フランス大使)