アメリカ大統領選と日米関係

2016年6月19日

2016年6月19日(日)
出演者:
神谷万丈(防衛大学校総合安全保障研究科教授)
中山俊宏(應義塾大学総合政策学部教授)
渡部恒雄(東京財団ディレクター・上席研究員)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)

 6月3日収録の言論スタジオでは、防衛大学校総合安全保障研究科教授の神谷万丈氏、慶應義塾大学総合政策学部教授の中山俊宏氏、東京財団ディレクター・上席研究員の渡部恒雄氏の各氏をゲストにお迎えして、日米関係について議論を行いました。

オバマ広島訪問の評価

工藤泰志 まず冒頭で、司会を務めた言論NPO代表の工藤泰志は、5月27日のバラク・オバマ大統領による広島訪問についての評価を尋ねました。



 これに対し中山氏は、日本に対する原爆投下の是非は、アメリカにとっては国内でコンセンサスを得られておらず、政治的なリスクもあった中で訪問に踏み切ったことを評価。その上で今回の広島訪問は、2009年4月の核廃絶へ具体的な目標を示した「プラハ演説」を象徴的に完結させる意味合いがあったと解説しました。

 渡部氏も同様の見方を示した上で、日本人からの視点として、強固な日米同盟を評価しつつも、「何か釈然としない思い」の背景にあった原爆投下に対して、「核のボタンを持った人」が実際に被爆地に足を運んで一つの答えを出した意味は大きいと語りました。

 神谷氏も、両氏と同様の認識を示した上で、訪問実現は安倍政権の外交努力の成果だと語りました。一方で、今回の訪問が核軍縮、核廃絶に向けた大きな流れにつながるかという点については、北朝鮮その他の核保有国の動向も絡んでくるため、厳しい見通しを示しました。

内向き志向は特定の層に限らない

 続いて、議論はアメリカ大統領選と、新大統領誕生以降のアメリカ外交に移りました。

 まず、「トランプ現象」の背景として、中山氏は、グローバリゼーションが進む中で生き残れるようなスキルもなく、変化についていけないけれど、しかしこれまでのアメリカを支えてきたのは自分たちだと自負しているような白人中年層が多数存在しており、そういった層の不満をうまく代弁しているのがまさにトランプ氏だと解説。ただ、アメリカ社会の内向き志向は、そういった下層だけでなくエスタブリッシュメントも同様で、その中にも「隠れトランプ支持者」が相当数存在していると自らの実体験を踏まえながら語りました。これを受けて渡部氏は、その不満を共和党も民主党もすくい上げることができておらず、その間隙をついて台頭してきたのがトランプ氏だったと述べました。神谷氏は、広がり続ける格差によってアメリカはもはや「アメリカン・ドリーム」が困難になったと語った上で、特に外国に関心のない地方部の住民が、トランプ氏の「生活が苦しいのは外国のせいだ」という言説に容易に乗せられてしまっていると説明しました。

秩序維持のためにはやはりアメリカの力は不可欠だが、同盟諸国の役割も重要

 次に、大統領選後のアメリカの外交政策の動向について工藤が尋ねると、中山氏は、これまで同盟国などがアメリカの軍事力に「タダ乗り」してきたという見方はトランプ支持層だけでなく民主党支持者にも多いため、誰が新大統領になってもアメリカが積極的に世界秩序を支えていくことは難しくなるとの見通しを示しました。

 一方、渡部氏は、最近ではイラク戦争、古くはベトナム戦争終了時において、世界に対する関与を止めるべきだという論調が出ていたことを振り返りつつ、アメリカにはそういう関与・非関与のサイクルがあると指摘し、一時的な退潮はあっても完全に世界から手を引くことはないとの見方を示しました。

 神谷氏はそういったサイクルの存在は認めつつも、現在を中国の台頭を起因とする世界秩序の変動期と捉え、ルールに基づいた既存の秩序を維持していくためにはやはりアメリカの関与が不可欠であると述べました。その上で、日本や欧州もアメリカに過度に依存し過ぎず、逆にアメリカを支えていく必要があると語りました。

過剰反応は避け、日米同盟を「再選択」すべき

 最後に、工藤が今後、日本はアメリカにどう向き合うべきか問いかけました。

 これに対し中山氏は、実は日本側にも日米同盟の重要性を十分理解していない人は多いと語り、トランプ新大統領が誕生した場合、それに乗じて日米同盟に対する批判的な論調が増えることに対する懸念を示しました。中山氏は、アメリカの動向に過剰反応せず、日本外交の方向性をしっかりと定めた上で、「そこに行き着くためにはやはりアメリカと組むことが最善の選択だ」というロジックで日米同盟を「再選択」する必要があると主張しました。

 渡部氏も、仮にトランプ政権になっても、その外交政策スタッフはこれまで同様「まとも」であるはずだから、過剰反応は避けて、日米同盟で何を成し遂げるのか、淡々と冷静に考えるべきだと述べました。

 神谷氏も両氏の見方に同意し、「平和主義を堅持し、軍事力に頼らない外交を今後も続けるのであれば、やはり日米同盟は不可欠であり、中国の台頭により揺れる世界秩序を支えるためにもやはりアメリカと組むことが必要だ」と主張しました。その上で、日本国民が冷静に日米関係を考えていくためには、有識者と言論の役割が大きいと語りました。

 今回の議論を振り返り工藤は、今回のアメリカ大統領選は「世界が大きく変化する中で、日本もいろいろなことを見直すだけではなく、その中で日本がどのように生きていけばいいのかを冷静に考えるという一つの大きなレッスンの場を提供しているのかもしれない」と語り、議論を締めくくりました。

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