2015年の日本に何が問われているのか

2015年2月10日

工藤:アンケートでは、国内の政治の話も聞いたのですが、これも私たちが今年を考える上で非常に重要なテーマだと思います。

 安倍政権が、昨年末の総選挙で大勝し、非常に盤石な体制になりました。そこで、今年、安倍政権にとってどのような年になるかを尋ねたところ、「リーダーシップを発揮して、課題解決に向けて着実に動いていく一年になる」と答えた人が27.2%と3割を切りました。しかし、昨年が17.6%だったので、昨年に比べると10ポイントも増えています。それから、「さまざまな問題が表面化し始め、政権運営に黄色信号がともる一年になる」が49.5%で、昨年も52.5%と半数近くあり、多くの人が安倍政権について「うまくいかないのではないか」との見方は変わっていない。「もう赤信号がともっている、かなり厳しいのではないか」との回答は11.5%と、1割くらいの人がかなり悲観的に見ていることになります。

 したがって、安倍政権が「着実に課題をこなしていくのではないか」という声が10ポイント増えた一方で、全体的には、安倍政権はあのような大勝をしたにもかかわらず、「課題があまりにも大きすぎて、その課題に十分応えられないのではないか」という評価です。
このあたり、安倍政権のこの1年をどのように見ているか、その理由は何かということをお聞きしたいのですが、宮本さん、どうでしょうか。

安倍政権の真価と同時に日本自身も正念場を迎える

宮本:やはり、民主党政権の混乱を経験した後ですから、安倍政権の成熟した政治を見て、安定感があるということで一定の評価につながったのだと思います。同時に、安倍政権が抱えている課題というのは、今後何十年にも亘っての日本の大きな困難でもあります。それを解決しなければいけないという時期に来ていますが、そういう安定した政権であっても、直面している課題はあまりに大きすぎる。だからこそ、安倍政権に期待をしつつも「本当にやれるのか」とやや懐疑的に見ている評価が多くなったのだと思います。政治というのは、自分で決めた優先度の高い政策を実施し、結果を出すということがすべてですから、安倍政権には、あらゆるものを動員して、ぜひ成果をあげてもらいたい。しかし、困難は大きいと思っています。

川口:昨年末の選挙の結果は、投票率は低かったですが、国民が「安倍政権しかない」と思っていることを表したと思います。宮本さんがおっしゃったように、戦後から今まで課題に手をつけることができなかった大きな理由は、当時の政権が課題を解決するだけの政治的な安定性を持っていなかったことに起因するわけです。しかし今、安倍政権にはその安定性があります。安倍政権も国民の「課題を片付けてください」という期待を分かっていると思います。ですから、今年は、「リーダーシップを発揮して、問題解決をやっていく」という年になると思いますし、その意味で「日本の真価」が問われていると思うのです。「安倍政権の真価」を超えて、日本という国の真価が問われているということです。ですから、何が何でも成功させるということが日本のためであって、これをうまくやらなければ、日本はこれから衰退せざるを得ないだろうと思っています。

日本の課題として急浮上した財政再建と社会保障改革

工藤:確かに、安倍政権の真価というより、日本の正念場であるように感じます。

 今回のアンケートで「あなたは、2015年、日本の社会や政治で特に気になっているものは何ですか」という質問をしました。2014年の正月、ダントツに多かったのが「中国・韓国との関係改善」でした。2013年末に安倍首相の靖国参拝もあり、日中関係が最後にギクシャクして年を終えたことに反応して、4割くらいの有識者がそれを最大の関心事項と回答しました。しかし今年はそれが21.1%に半減して、1位になったのは「アベノミクス」でした。「成長戦略が成功できるか」がまさに正念場だという話です。また、それに付随して「財政再建」と「将来を見据えて社会保障が本当に改革できるのか」との回答が増えました。それが、日本の将来を決定づける1つのアジェンダやイシューとして、有識者の意識の中で急に浮上してきたような感じがします

 もう1つ増えてきているのが「集団的自衛権を含む安全保障関連の法制の動き」や「憲法改正の動き」で、2割近くになってきています。確かに、川口さんがおっしゃったように、非常に政治的に安定し、いろいろな仕事ができる環境になっているので、その仕事をちゃんとこなしてほしいと有識者は期待しています。同時に「国民の期待とは違う、何か別の仕事をするのではないか」という不安も持たれています。

 一方で、日本の野党勢力に対する期待はかなり低い。先日、民主党の代表選が終わり新しい党首が決まりましたが、有識者のアンケートではほとんど期待が見られず、代表選に関心がある人は1%を切っています。日本のデモクラシーを考えると、野党の存在感が乏しいことに関しては懸念を抱いています。そして、「メディアの報道姿勢」について言及する人も10%を超えてきています。

 これらが、有識者が今年について考えていることなのですが、これについてのお考えについて、宮本さんからお願いします。

宮本:有識者の方々の「財政再建や社会保障改革に、今きちんと手をつけておかないと、将来の日本にとって厳しい状況になる」という強い危機感が浮き彫りになった結果だと思います。ただ、アンケートでは「今年の考えるべき重点課題」ということが中心になっていますので、現在、日本を取り巻いている構造的に大きな問題については聞けていません。例えば、中国の問題が大騒ぎされていますが、それは中国が地政学的にアメリカの地位に挑戦しているからです。これは本質的な地殻変動を伴うことですから、非常に大きな懸念事項だと思います。

 それから、日本の民主主義を強化していく基本はやはり政治だと思いますが、その政治をより強いものにするためには、野党がしっかりしないといけません。民主党の代表選に対して0.7%と、ほとんどの人が関心を示していません。それは、民主党が2012年に選挙で敗北してから今日まで何もやってこなかった結果だと思います。普通、選挙に負ければ自己改革を行い、目に見える変化を見せて、「国民の皆さん、どうですか」と問いかけるはずが、その変化がまったくなかったとことに対する大きな失望の表れではないでしょうか。そうした失望が、民主党に対する失望を超えて、日本の政治に対する失望になってしまってはいけない。国民が政治を見捨てれば、その厳しい結果を引き受けるのは、最後はすべて国民です。どのような状況になっても、国民はそこから目をそらしてはいけない。そういう問題に直面したら国民が自ら発信をして、政治に対する注文をつけるべきだと思います。

川口:有識者が挙げられている問題の中で、「財政再建」と「社会保障の今後のあり方」は二つとも大きな問題です。ただ、私は、アベノミクスの第3の矢の成功が一番重要だと思います。それが成功できれば、財政再建の問題と社会保障の問題も解決の方向へ一歩前に進むことになると思うので、その優先順位を間違えてはいけません。

 そして、アベノミクスの第三の矢が成功するかは、非製造業を含めて産業界の生産性を上げ、利益や富を生み出していけるかにかかっています。私が気になっているのは、このアンケート調査の有識者の答えの中で、そこについての問題意識が見えないことです。今年のダボス会議で挙がっているテーマの一つが「イノベーションと産業」です。世界のテーマとして挙がっていることについて、ここで問題意識が見えないということに1つ危惧があります。

工藤: アンケートでは、今回初めて、世界の課題に対する日本の有識者の考えを聞きました。世界では、政府に対してだけでなく、個人や様々な機関に問いかけるアジェンダ設定が行われています。そこで、外交問題評議会が言論NPOに対して質問してきている項目を、有識者にも聞きました。

 日本の有識者はこの設問の中で、57.5%が「テロ」の問題が一番気になっていると答えました。そして、ちょっと差がありますが、「南シナ海・東シナ海での中国と周辺国との対立」が33.3%で続きます。それから「TPP」「アメリカの利上げ」という問題、それから国際的な課題である「気候変動」とか「WHOの問題」という話になるのですが、この結果はどうでしょうか。宮本さんからお願いします。

今、「国家」というものが問われ始めた

宮本:テロの動向に皆さんが強い関心を持たれているのは、最近のテロの動きが顕著なことからよく分かります。ただ、この問題も、世界の構造的な変化の中にあるということです。すなわち、19世紀に民族と国家を1つに結びつけて「国家」という単位で国際社会を構成しようという流れができました。ところが、現在、国家そのものを形成できないところが出てきました。アフリカもそうですし、イスラム国もそうです。つまり、従来の延長線上で国家を構成してきた枠組みが根本的に問われ始めたのです。自分の意向を表すときに他に手段がなく、テロに訴えるというのはあり得る話だと思います。この時代、原因は様々あることからこれを根絶するというのは非常に難しい。しかしそれをコントロールするのはやはり国家だと思いますし、今、改めて「国家」というものが、問われ始めていると感じます。

 それから、東シナ海での中国と周辺国の対立については、安定化していく流れがありますので、おそらく来年の調査ではもう少し関心度が低くなるのではないでしょうか。

工藤:「国家」というものが未成熟なためにガバナンスが形成されておらず、いろいろな問題が生じている。国家間の政府間協議の中でも、グローバルな様々な課題に対して答えを出せていない。川口さんは外務大臣をされた経験があればそういう問題を痛感されていたのではないかと思うのですがどうでしょうか。

川口:宮本さんのおっしゃる通り、様々な側面での全体的なガバナンスがなくなってきています。「国家への不信感」、「ナショナリズムの高まり」、「テロリズム」。それらはまさに、本来国家が与えるべきガバナンスを与えておらず、国民が裏切られた、と感じていることが背景にあると思います。同時に、ヨーロッパでは、大変な反EU感情が起こっています。だから、国家を超えるガバナンスについても、不信感が募ってきているというわけです。これまで平和と安定をもたらしてきた戦後体制が、現在の問題に十分に応えられているか再び問い直さなければいけない時期に来ていると思います。

国際社会の中で、日本らしい立ち位置で役割を果たしていくことが必要に

明石:世界の問題を見た場合に、イスラム国をめぐる問題が挙げられます。これは不幸なことに、日本人2人の人質の悲劇があったので、日本人の心にも深く刻まれたと思います。

 イスラムにおける過激派の問題ですが、確かにイスラム国ないしはアルカイダのテロリズムというのが、欧米社会に大きな影響を与えています。今年になって日本もシリアとイラクの両方の問題に深く関わらざるを得なくなりました。イスラム国によるテロが現代文明そのものに対する挑戦ですから、日本も経済、文化、その他の形で関係せざるを得なくなったということを認めた年になると思います。

 国連もテロリズムの問題については、かなり前から関わっています。国際社会はテロの定義さえもできていませんが、国連の前事務総長のコフィー・アナンが、「テロは目的如何に関わらず非人道的な、市民を巻き込む暴力の行使ということで、手段を択ばない過酷で非人間的な政治的動きとして、目的如何に関わらず許されない、使ってはいけない手段を使う運動である」と考えて国際社会に彼なりの定義を突きつけた。こうしたテロは私自身が関係したスリランカの反政府勢力である、LTT(タミール解放の虎)も使ったわけですし、イスラム国だけの問題ではなく、テロは問答無用に起こるわけです。テロリズムというのは中東以外にもあるし、イスラム国はそのもっとも悪い例だと思いますが、今始まったことではありません。

 こうした不幸な動きが強くなっているのは、冷戦が終わった90年代から激しくなってくる一方で、国と国との紛争は少なくなってきています。国内でいろいろな対立的な思想が激しくなって、民族間や部族間の宗教観の対立がこうしたテロリズムを生み出しているのです。これは反西欧的な動きに基づいている場合もあるし、移民が世界中に、特に西欧社会に広がり、経済的にも恵まれず、いろいろな格差と偏見の中で2流、3流の市民として生きざるを得ない人たちの1つの表現とも考えられます。そうした要因があるなら、マクロの経済社会の改革も私たちは迫られています。しかし、ここ最近は何よりもイスラム教の教えをきちんとした形ではなく、極めて極端で偏狭な形で捉えた動きが出てきている。これに対して、みんなで力を合わせて毅然と対処する。その中に日本も日本らしい立ち位置で入っていこうとするスタンスが出来つつある、という意味では画期的な70年の大きな動きだと思います。

工藤:現状、イスラム国は領域を支配するという新しい段階に至っています。つまり国家が混乱している空白地帯にぽっと出て、地域を抑えている。それはもう排除するしかないわけですよね。そういう意味では、国家のガバナンスがかなり崩れているところが利用されている、ということが大きい気がするのですが、いかがでしょうか。

明石:この前、国連PKO担当事務次長のラドスースが日本に来ていて話をしました。その時、言っていたことは、2000年に提出された国連の極めて重要なブラヒミ報告から15年になるので、15年の時点で国連がこれからどのようなチャレンジを行っていくのか、ということについて新しいパネルができ、東ティモールの元大統領、ジョゼ・ラモス=ホルタが議長として訪日するということでした。私も、約4時間にわたって、専門家と一緒に彼らのグループと会いましたが、国連も今までのようなPKO活動では、中東とアフリカに関してはとてもやっていけない、という認識でした。国家と国家の機能を果たしえないような破綻国家、不安定な国家がもう20前後も出現している。こうした状況で国連はどのような新しいやり方で対応していくのか。PKOも今までの小型武器では対応できなくなっているし、かといって国連の限界をきちんとわきまえながら、必要最小限の力で何とか解決しなくてはいけない状況です。そのような中、彼らが日本に期待していることは後方支援であり、人道支援であり、日本の高い水準の科学技術を利用して、他の国の軍を国連の傘下に運送してくれるだろうか、ということでした。日本も自分のやれること、自分の果たし得る役割をきちんと国際社会にまた国連に説明する次元に立っていると思います。

より平和でより相互信頼に基づいた世界を築けるか

工藤:国家が破たんしていろいろなテロが国境を越えて支配する、ということは新しい現象なのですか。

明石:冷戦が終わった時点をいつに見るかにもよりますが、ベルリンの壁が崩壊して東ドイツと西ドイツが一緒になった時からポスト冷戦期が始まった。それとほぼ同時期に、イラクでサダム・フセイン政権によるクルド族の迫害があった。あのころが1つの目安だと思います。また、コンゴ民主共和国がガタガタし始めたのは、お隣のルワンダでフツ族によるツチ族の大量虐殺が行われ、約80万人の命が奪われた頃です。そのとばっちりがコンゴ民主共和国の東部地域に広がり、いまや国連PKOは国家や正規軍を対象とするだけではなく、非正規軍、部族の勢力、そして犯罪分子までも対象としなければいけなくなった。1990年代の10年間と、2000年代の4年ないしは5年、つまり15、16年の間に広がったとみていいのではないでしょうか。

 また、北東アジアの場合はポスト冷戦という面もありますが、冷戦期のマイナスの遺産がごろごろしているのが現状だと思います。北朝鮮のようにわからずやの国がありますし、国民の生活が犠牲にされて、国際社会の支援でもってかろうじて生きながらえている国、そして朝鮮半島では38度線により国家分裂が現に存在します。それから中国をみても、まだ台湾という、中国と一線を画した存在があります。中国と台湾がああいう形で存在することになったのは、アメリカの第七艦隊が朝鮮戦争後に台湾海峡に配備されるようになったからで、そういう意味では冷戦の後を引いています。北東アジアという地域は、ある意味で冷戦時代のマイナスの遺産を一番たっぷり継承せざるを得なかった不幸な地域だと言っていいと思います。

工藤:新しい年、こうした問題を解決していくような方向になっていくのでしょうか。

明石:ぜひ、それを期待したいと思います。ただ政策判断を間違えた指導者が出てきて、歴史の針を過去に戻すことになりかねないので、今年、安倍政権が出すだろう70年の安倍談話がどのような内容のものになるのか、私たち日本人も期待と懸念の両方を持って、待っているわけです。そして、中国や韓国、東南アジア、そしてアメリカでさえも安倍さんに示してほしいスタンスがあるわけです。それに沿えるような歴史的にプラスになるようなもの、日本人が誇りにするだけではなくて世界にとってより望ましく、より平和でより相互信頼に基づいた世界を築けるかどうかの境目にあると思います。

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