「技術で勝って、事業に負ける」という現状を打破するため、 人材育成、変革の意識を持つことが重要に / 長谷川閑史 (武田薬品工業株式会社 取締役会長)

2016年1月01日

長谷川 閑史
(武田薬品工業株式会社 取締役会長)


2016年も地政学的な混乱は続くが、経済面ではプラスの要素もある

 地政学的に見れば、残念ながら2016年も混乱が継続する年になるであろうと思います。例えば、ウクライナ問題、あるいはロシアとトルコとの問題、それから、イスラム国(IS)の問題、南シナ海の問題。そういったものは、そう簡単に解決できるわけではないので、引き続き世界に影響を与えることになると思います。
一方で、プラスの要素もあります。中国経済のスローダウンが喧伝されていますけれど、6%以上、7%近い成長は続くし、2020年に10年比で倍にするという目標は必ず達成すると思います。IMFの予測でも世界経済は3%以上の成長をすると見られています。それをドライブするのは、先進国ではアメリカ、ドイツ、イギリスなどが成長を引っ張ると思いますが、やはりなんといっても新興国の役割が大きい。ロシア、ブラジルが停滞し、インドも一桁後半の成長ですが、中国を中心としてバランス良く引っ張っていくという形は続くと思います。


2016年の日本に問われているのは、科学技術とモデルケースの提供によるglobal agendaの解決

 ポジティブ、ネガティブな要素の両面がありますが、そういう状況の中で日本が問われることは何か。それは、proactive pacifism、つまり積極的外交を続けていくということだと思います。特に、非軍事的な分野で貢献できることはたくさんあります。難民のケアなどもありますけれど、一番大きいのは、いわゆるglobal agendaと言われている、例えば、環境問題、それから食料・水の不足の問題、さらにはクリーンなエネルギー。そして、2000年から2015年までにあったMillennium Development Goals(ミレニアム開発目標)が終わり、今度は15年から30年までの、Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)として、国連が17課題をあげていますが、それらの解決の多くはやはり、日本のテクノロジーによって大きく貢献できると思います。

 さらに、日本は高齢化と少子化が進行し、人口減少も先行的に進んでいますが、それに対する課題解決の方向性を、「アベノミクス2.0」でかなり明確に打ち出していますから、それらを成功させることによって、世界に対してモデルケースとして発信することも重要です。サイエンスとテクノロジーの活用だけでなく、そういった社会の改革を先行させることによって、世界にモデルケースを提供する。それによって、global agendaを解決し、究極的に言えば、世界がより安全に、それからより豊かになっていくことに貢献していく。そうした平和的手段によって取り組みを継続していくことが期待されていると思います。


変革の意識が非常に弱い日本

 しかし、日本は今のままでは、世界から置き去りにされてしまうと思います。というのは、意識があまりにも内向きで鈍感だからです。それは15年間以上もデフレの時代が続いたということもあるかもしれませんが、世界で今、劇的に革命が起こっている、特にテクノロジーの分野で大きな変化が起きているということに対してあまりにも鈍感すぎる。

 円安の恩恵を受け、それから製造業の強さの粋を集めたような例えば、トヨタさん、コマツさんなど、そういうところが良い業績をあげていることが注目されています。しかし例えば、ライフサイエンスの分野では、我々(武田薬品)のいる製薬業界でも圧倒的にアメリカがリードしています。情報通信技術(ICT)でも圧倒的にアメリカがリードしているわけです。グローバルなパラダイムシフトが起きている現代、要するに、flattening world、digitalization、それから、Internet of Thingsと言われているそういう時代において、アメリカは資本主義のダイナミズムの中で、ゼネラル・エレクトリック(GE)をリーダーにしたり、Googleをリーダーにしたりしながら、コンソーシアムを作り、それらを活用していこうとしている。アメリカだけでなくドイツも「第4の産業革命」ともいうべき「インダストリー4.0」を国家プロジェクト的にやろうとしている。

 日本もようやく今、政府が音頭を取ってやろうとしてはいますが、日本はそういう動きができていない。その動きを進めていくためにはまず、自信を持ってもいいけれど、過信というか、英語で言うところのcomplacency、すなわち過去の成功に胡座をかくことはやめなければなりません。そして、国家であれ、企業であれ、個人であれ、環境の変化に応じて、できれば少し先取りする形で、常に変革を続けていかなければならない。ところが、日本は変革を先取りするということについての意識が非常に弱い。


時代のニーズに合わせた人材育成が不可欠

 そういう意識が続くとやはり、世界に置いていかれてしまう。そうならないためにもやはり人材育成は重要です。今の人材育成、教育制度が全く時代のニーズに合っていない。世界のニーズにも合わない。ですから、ここは本当に急いで変えなければなりません。

 世界にはパロアルト(アメリカ・カリフォルニア州)、イスラエルなど、いろいろなイノベーションセンターがあります。そういうところには、いろいろな国からいろいろな人が来て、ぶつかり合いもするけれど、infusion、融合を起こして、新しい物を創造していくというモデルがあるわけです。

 日本もそうなっていかないと、技術革新にも遅れてしまうということをものすごく懸念しています。リーダーが常に相当無理をして、力尽くでも変革していかないと、取り残されてしまう。アメリカのGEは、一旦は製造業から金融やサービスに移りましたよね。しかし、GEキャピタルも全部売却して、また製造業に回帰し、「インダストリアル・インターネット」によってリードして、今度、コンソーシアムを作ってやっています。

 あのGEですら、あれだけ劇的な変化しようとしている時に、日本の企業の中でそのような劇的な変化をしているところは、残念ながら見当たりません。しかし、それくらいやっていかないと、競争に勝てず、置いてきぼりになるということなのです。

 ですから、イノベーションをやりやすい環境もつくらなければならないし、突出した人間が出てくるような環境づくりも必要です。地方創生では、石破茂大臣が「よそ者」「馬鹿者」「若者」の3つが出てくることが必要だとおっしゃっていましたが、口ではそう言っても、そう簡単に社会はそうした方向に行かないのです。日本人は、そこで足りない部分は外からでも持ってきて補おう、となってしまう。そこを変えなければならない。


競争のルールづくりを主導することも大事

 競争に勝つためには他にも必要なことがあります。日本はよく「技術で勝って、事業で負ける」と言われますが、その典型例が柔道です。国際柔道連盟の意思決定ボードに、日本人理事はこの2年間ひとりもいなかった。2020年東京オリンピックで追加種目になっている空手の国際連盟もスペイン人が会長で、ここの意思決定ボードには日本人は一人もいない。自分たちがせっかく新しい技術などを見つけても、いざそれを活用する、利用する段になった時のルールづくり、競争条件設定で、不利にならないようにするということを、本来であれば国家をあげてやっておかなければならないにもかかわらず、それができていない。結局、「技術で勝って、事業に負ける」ということを繰り返してしまって、せっかくの宝が生かされない。やはり、この現状をぶち破らないと、日本の将来は決して安心はできません。


言論NPOがやるべきことは「4つの言論」を徹底的にやっていくこと

 2016年、言論NPOは「4つの言論」を一つずつしっかりとやっていくことだが重要だと思います。「世界の課題に挑む」というところはglobal agendaにも関わってきます。
今の日本で、民間で地道に意見交換をしながら、関係構築をしていく、課題解決をしていくという動きをリードしているのは、やはり、言論NPOだけです。

 もう一つ注文を付けるとしたら、メディアの評価もやってほしい。あまりにも一方に偏って、その新聞しか読まない、一つのテレビ局しか見ない、という人が多くいますが、メディア評価をやることによって、そういう人の凝り固まった発想を変えていくことを期待しています。