安斎隆(アイワイバンク銀行代表取締役社長)
あんざい・たかし
1941年生まれ。63年東北大学法学部卒業。同年日本銀行入行。85年新潟支店長、89年電算情報局長、92年経営管理局長、94年考査局長を経て、同年日本銀行理事就任。98年日本銀行理事を退任、同年日本長期信用銀行(現・新生銀行)頭取就任。2000年同行頭取を退任後、イトーヨーカ堂顧問に就任。01年より現職。
川本裕子(マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク・ジャパンシニア・エキスパート)
かわもと・ゆうこ
東京大学文学部社会心理学科卒。オックスフォード大学大学院経済学修士課程修了。旧東京銀行を経て、1988年にマッキンゼー・アンド・カンパニー入社、95-99年パリに勤務、99年から日本勤務。主著に『銀行収益革命』等。金融庁日本型金融システムと行政の将来ビジョン懇話会委員、国土交通省社会整備審議会委員等兼任。
根本直子(スタンダード&プアーズ、主席アナリストチームリーダー金融サービス格付け担当)
ねもと・なおこ
早稲田大学法学部卒業。シカゴ大学、 IL 経営学修士(MBA)。日本銀行に入行。金融産業調査などに従事。1994年、スタンダード&プアーズに入社。金融機関グループヘッド として、日韓の金融機関の分析を担当。著書に『韓国モデル─金融再生の鍵』、共著に『日本の金融業界2003』『銀行経営の理論と実務』。
概要
ペイオフ延期やゼロ金利の継続の中でモラルハザード状態にある銀行は、自立的に自らの将来を描けなくなっている。その中で金融改革はどう進めるのか。安斎氏は、現状を危機と認識し、公的資金でけりをつけ、全体の国民負担を明らかにすべきだとする。根本氏は、原則の徹底とスピードを強調し、再生不能な銀行にはスムーズな退出を求める。川本氏は、甘い現状認識を捨てた上で、混乱を恐れないリーダーシップ、市場規律や政策全体の整合性が重要と強調する。
記事
工藤 小泉総理は平成13年5月の所信表明では、2~3年で不良債権の最終処理を目指すと約束しました。これまで延長を続けていたペイオフの解禁がその目標課題となり、それまでに銀行をきちんと建て直してという形が描かれたのですが、結果としてこれらは全て延期になってしまった。これについて、まずどう評価されますか。
進まない、銀行の健全化
安斎 例え話ではこういうことがある。死に筋商品で売れないもの、2週間ぐらい1つも売れないものをそのまま残したままでいきますと、周りの売れるべきものも売れなくなる。ところが、この死に筋を排除すると周りのものが売れ出すんですね。周りのものがそれだけでも単独で売れる。ましていいものをそこに持ってきたらもっと売り上げが伸びる。
要するに市場経済というのは、経済全体もそうですけれども、そういう死んだものがごろごろいる状態だといいものも売れない。活性化しない。 銀行の不良資産もそうで、その処理と前向きなことをやれというのは両建てで行きそうな感じがします。片方に不良資産処理の部隊をつくり、片方で前向き。だけど、実際、資本を大幅に食うものを抱えていてそれをそのまま温存しながら行ったときに、全体の組織は前向きに動かない。
銀行が自己資本で不良債権を処理できるができるのかと言ったら、まずそこのところが明確ではない。むしろそれが見えなくなっているところに事態の深刻さがある。これからの政権公約というのは、公的資本を入れてもとにかく早目にけりをつけてしまう。そして前向きに金融全体が動き出すような目処を明らかにし、それを実際に達成する。そういうふうに国民に約束してくれないとだめです。
工藤 つまり、政党の公約はそのための時期と手段をはっきり明示すべきだと。
安斎 それがこれまでの小泉政権にはなかった。それからもう1つつけ加えると、今度の銀行への業務改善命令で問題になったのですが、銀行は株価下落による赤字要因まで責任を持てないと主張した。しかし、今年の1月から3月期に四大銀行は2兆円も自己資本調達というのをしましたね。しかし、そのこと自体が株価を下げてしまったのですから、責任を免れないのです。
工藤 自己調達というのは資本の増資でしょう。
安斎 そうです。みずから自己努力してやります、公的資金は要りませんということでした。自分たちで資本を調達すると銀行は自分の預金が2兆円なくなり、株という固定資本が2兆円増える。だから生命保険をはじめ非銀行は、流動性の現象をカバーするために、自分が持っているその銀行の株を売却したのです。それで株価の下落が加速した。経済を大混乱に落とさせないで不良債権処理を進めていくためには、公的資金の投入は避けられないという判断が当局にあり、中央銀行もその考えを持っていたはずです。にもかかわらず、銀行に自己調達を認めたということは、クライシスマネジメント下にあってクライシスマネジメント上はやってはいけないことを認めてしまった。その結果、株価の暴落を招いてしまった。
だから私は金融庁も日銀も、公的資金を入れる必要があると判断した以上は強引に自己調達をやめさせて、公的資金を入れなくてはいけなかったと思っている。制度上、預金保険法の102条で、システミックリスクの危機の怖れがある時には公的資金を入れる仕組みがあるわけですから。今はまだ異常時なのですから。本当にやるべきことはやらなくてはならない。それをずるずる先送りしている。そして、株価の回復はりそなの公的資金投入によって始まった。
工藤 根本さんは、格付け機関の立場から小泉政権の不良債権の根本処理という原点に返って考えてみたとき、どういう評価になりますか。
根本 銀行の資産を早く健全にして、ペイオフも解禁して、市場原理を導入するという原則自体は評価できるものですが、2年間で実行されたことをみると、当初の原則からかなり後退しています。株価の動向に振り回されて、一貫したポリシーが感じられません。
格付の立場から言っても、銀行の財務内容というのはむしろ悪くなっています。大幅な赤字の結果、自己資本は減少し、優先株の割合が増えるなど質の面でも悪くなっています。不良債権の処理については、一応、進展は認められます。バブル時代につくられた過剰債務の処理をみると、7合目くらいまできたかと思います。これは、バブル以前の企業向け貸出の水準を正常とし、95年をピークと仮定したものです。しかし、デフレで発生した不良債権もありますし、まだ今後の経営の回復を保証するほど十分ではないと思います。
ペイオフ延期については、決済性預金を恒久的に保護することによって、本来働くべき市場原理が働かなくなり、預金者の負担で弱い銀行を支え続けるという構図が永久的に存在するということになってしまって、失策だったと思います。
工藤 邦銀の格付けは下がったままでネガティブがまだとれない。どうしてですか。
根本 それはこれまで10年間の処理で自己資本が極端に弱まり、含み益も枯渇してしまったからです。なおかつ、それで全部片づいているのかと言えば、資産から生じる損失というのはまだ相当ありそうですし、株式もtier1資本と同じぐらいは持っていて、下落リスクにさらされている。米銀のように収益が高ければいいのですが、大手行のコア業務純益は不良債権処理額をカバーしていません。このような状況を抜本的に改善する目途もまだ立っていないためです。
工藤 川本さんは金融面での小泉改革をどのように評価されますか。
川本 目指した最初の原則論は正しかったと思います。小泉内閣は構造改革路線として、これまでの内閣では初めて明確に路線を打ち出していると思いますので、そういう意味ではプラスに評価をしています。金融に関しては、これまで2年間でやったことは、ペイオフの延期とりそな銀行に対する預金保険法の102条1項の適用と、不良債権について数値目標を定めて不良債権処理をしていくということ。さらに金融再生プログラムに基づいた整備と準備、それから大手行への業務改善命令だと思うのですね。
その中では、ペイオフの延期は評価できません。決済性預金の恒久的な保護をして、モラルハザードを慢性的に生む構造をつくってしまった。決済性預金の恒久的な保護ということ、それからペイオフ延期はこれまで7年準備してきたのに、実行できなかったということで、銀行の健全化が全く進んでいないということを認めてしまったということだと思います。
不良債権の処理については、ある程度数値を決めて進めているという姿勢は評価できると思うし、主要行の不良債権比率を16年度までに4.2%ぐらいにするという方向性としては徐々に進んでいると思うので、今のところスタートはいいのではないか、と思っています。ただ、大手の銀行の不良債権処理を進めた反面、地方銀行が残っています。それに対して「リレーションシップバンキング」によってダブルスタンダードの指針を出してしまっているので、今後、地銀の不良債権処理は進まないだろうし、目標が達成されていくかというのは非常に疑問であると思っています。
ペイオフはなぜ延期に追い込まれたか
工藤 根本さんは、なぜ小泉政権はペイオフ延期に追い込まれたと思いますか。
根本 推測するには、中小金融機関などから預金がかなり流出したり、定期預金から普通預金にシフトしたので、そのあたりを地元の政治家の方に訴えて、そこから政治的に圧力がかかったのではないかなと思います。ただ、その預金のシフトを見ていると、預金者というのはすごく合理的に動いているなと思いました。格付のいい銀行、財務内容のよい銀行は全体の預金は増えて、定期預金の引き出しもそんなにないんですよね。それは地方銀行であっても信用金庫であってもそうでした。だから小さい銀行が損をするという議論があったんですけれども、決してそうではなくて、預金者は規模ではなくて、見るところは見ている。だからこそ、私はあえてあそこでやるべきだったなと思います。
川本さんがおっしゃった地方銀行の「リレーションシップバンキングのあり方」も、結局、上からこういうふうにしなさいと、教える指導書みたいなものですよね。でも、市場原理とかプレッシャーが働いていれば、中小金融機関は真剣に考えて、都銀のできないニッチというのを自分で開拓するはずです。それができないということの遠因は、1つにペイオフ延期を認めてモラルハザードを蔓延させていることにあると思います。全員がお仕着せの政策をとって、お行儀がよければ保護してあげましょう、というのでは護送船団方式の復活になりかねません。
工藤 根本さんは安斎さんが指摘された、金融が自助努力で収益を稼いで不良債権処理も行える局面ではない、公的資金の導入は必要だったという認識ですか。
根本 それはどのくらいの時間軸で解決するかというところにもよると思いますが、もし本当に3年で銀行をひとり立ちさせたいのだったら、安斎さんがおっしゃるような公的資金、あるいは何か外部から質の高い資本を入れるべきだと思います。
私どもは、今、20から30兆円の公的資金があれば、完全にクリーンにはならないにしても、銀行がそれなりの利益を上げ、金融危機を回避できると試算しています。不良資産の処理と、それから今ある自己資本というのが、税効果などで嵩上げされているので、それを国際的に見てまずまずの水準まで引き上げるには、そのくらいあれば、とりあえずはスタート台になると思います。
川本 ペイオフ延期をした理由は、銀行の健全化が図られていなかったからだと思います。ただいくら待っても、どこまでたっても、この状況だと健全化が図れそうにないので、あの時点でやるべきだったのではないかという考えを私は持っています。というのは、ペイオフを延期していて、ゼロ金利でこれだけ流動性を供給していると、全くのモラルハザード状態で、何ら規律は働いていない。そういう土壌は非常によくないわけです。
それと、自助努力では不可能だから資本を入れるべきだったのかということに対しては、私は今の状況で資本を入れても、繰り返しになるだけだと私は思っています。
銀行経営が不利になると、便宜的にルール変更を金融庁はしてきました。土地の再評価とか持ち株会社をつくるというようなことをしてきて、とにかく追い込まれた状況で経営をしてきてないので、銀行も頑張れないのだと私は理解をしています。銀行の経営者の方たちが皆さん、目標を公約して、それを果たさないとだめなんだと思うような環境にならない限りは、この問題は終わらない。
環境整備すべきというのは、ペイオフも解禁するし、ゼロ金利もやめる。また、流動性の過大な供給をやめる。一番大切なことは、行政が与えたルールはきちんと守る、ということだと思います。健全化計画を見ても2年ごとのローリングですぐれた銀行は高い目標にしていって、それを守れないという形になっている。一方、りそななどはどんどん目標を下げて、それを守れない。いずれにしても約束を守れないという状況なわけで、将来的に全然見通していないという感じがします。
工藤 つまり、銀行の経営を大きく変えるというのは、今のモラルハザード状況では、なかなか自立的にそういう形にはならないというわけですね。
安斎 なりませんね、この際、徹底的にやらないとだめだと思います。本来、経営者も担当者も全部入れかえる。韓国方式ですと早く進みます。不良資産の査定も、僕は長銀の頭取時にわかったんだけれども、従来からやっている人に任せていたら、不良資産の認定なんかは本当に難しい。相手と自分の間にリレーションができてしまっているので、お互いに守り合うように動くため、悪い自己査定なんかは余程の事態にならない限り、なかなかできないものです。
根本 そうですね。韓国でも改革の原動力となったのは、意識改革とコーポレートガバナンス強化です。非常時に当たっては、経営者をかえるというのも1つの方法ですし、株主や市場の圧力を働かせ、外部のチェックをいれることも必要です。経営体質が大きく変わらないと、公的資金を入れるだけでは銀行への評価は上がらないと思います。
りそな銀行の国有化をどう評価するか
工藤 次にりそな銀行の問題です。この処理は前向き対策よりも守りの対応だったわけですが、2兆円近い公的資金が注ぎ込まれた。このスキームそのものは1つの今後の試金石になるのかどうなのか。預保102条の第1項、健全化だということの認定も含めて、これはどういうふうに評価すればいいのか。
川本 試金石になってもらったら困ります。りそなの国有化のプロセスについては非常に疑問が多いと思います。まず4%割れをしたという現状があったときに、どうして早期是正措置をきちんと打たなかったのか。
その当日に早期是正措置というのが形の上では打たれているようですが、その後その日のうちにすぐ金融危機対応会議を招集し、102条のしかも第1項にジャンプインしてしまったということです。その102条の第1項の救済と第3項の処理、整理ということの違いは、著しくシステミックリスク的なものを起こす可能性があるということですが、その規定を満たしているのかということもよくわからない。あの段階で102条を適用しないで1.96兆円入れなかったときと入れたときのコストの違いというのもわからない。そもそも2月の段階で大和とあさひの合併の認可を金融庁はしていたわけで、その2カ月後にああいう状況になぜなるのか。それにもかかわらず、資産査定はする必要がないと言っている。それから株主責任は問わないという形も、非常に疑問点が多い。
ただ、これからのやり方次第だというのも一つの真理で、きちんとした資産査定ができるのかが、第一歩、大きなハードルだと思います。やると新頭取はおっしゃっていますから、それができると日本の金融界も変わってくるチャンスはありますが、そこでまた先送りするのであれば、何ら状況は変わらず、りそな公庫をつくったのと同じ現象であると思う。
根本 私が評価できないところは、監査法人が引き金を引いたということです。金融庁が繰り延べ税金資産をもっと厳正に査定して、このままではいけないという判断を下したのであれば、もっと評価できたのですけれども、それが曖昧のままになっている。
もう1つ疑問なのは、既存株主の負担というのが全然ない。竹中さんはダイリューションが生じるとか配当が少なくなるということは言われたが、それは株主としての当たり前のリスクです。そこが曖昧なままに公的資金が入って株価が上がったため、株主は、銀行に収益向上を促すよりも、政府の保護を期待するという状況にあります。ただ、私どもも、今後のりそな銀行の再建には注目していて、もしかしたら、これが日本の金融界を何らかの前向きに動かす1つのきっかけになるかなという気がしています。
注目点の一つは、グッドバンクとバッドバンクの分離と資産査定についてです。今までの金融庁の特別検査や、前例にこだわらず新会長が独自の判断を貫くことができるかが注目されますし、それができれば、ほかの銀行にも刺激を与えると思います。
また、今までの例と違って、経営陣が大幅に交代したというところはプラスだと思います。さらに関連会社とか親密先については、他の銀行も余り手をつけずに来たところだと思いますが、それを整理してOBも辞めていただき、経営の透明性、効率性を高める姿勢はプラスに評価できます。
安斎 そもそも、日銀が30兆円も準備預金を積んでいるときには、システミックリスクは起こらない。しかもペイオフも解禁しない。もともと日銀の当座勘定が5兆円でいいのが30兆円もある、こうした施策をとっていること自体が危機なのです。だから本当は敢然と危機対応で物事をやらなくてはいけない。それなのに、何か皆のんびりしている。自己努力させたらどうかといいますが、今の状況が危機だとすれば、そんなにのんびりはできない。
工藤 りそな銀行の評価は、今の話を聞いて、いろんな不明朗なところは結構あるけれども、次の経営陣が今後、不良債権処理を新旧の別勘定の中で徹底して行えばプラスの評価になりえるということですね。その場合、公的資金が毀損されるという可能性もでてくる。
川本 その際に経営陣が、やれる環境をきちんと金融行政が提供できるのか。邪魔しないのか。それが問題です。
根本 公的資金の返済の仕方というのは多分韓国に似ていて、利益償却、返済するのではなくて、市場で売却する。そのために政府は市場価値を高めるということで、このほうが合理的です。
安斎 経営陣が株価を上げるような経営を行っていけば、政府も早く株を売って、投入した公的資金を回収できるようになるのです。
根本 気になるのは、日本の銀行は大方そうですが大和銀行とあさひ銀行の2行が一緒になることで収益力や営業力が落ちている。例えば投信や保険の販売とか、利ざやの引き上げとかが他の銀行に比べても遅れている。そのため新経営陣は不良債権処理と合わせて求心力を持って営業力を回復できるかが重要だと思います。
工藤 小泉政権では途中から担当大臣が柳澤氏から竹中氏に代わり、金融再生プログラムを公表して、公的資金注入行に対する業務改善命令や、例えば不良債権比率を半減するとか、具体的に動いています。不良債権の処理の時期を2年遅らせて、16年度末までにしたわけですが、次のペイオフ解禁をベースにして、全てが再び動き直したと評価していいのでしょうか。
後退気味の金融再生プログラム
川本 金融再生プログラムに基づいて様々な制度が整備されたり、整備のための準備は進められています。金融監督の3割ルールの厳格化(健全化計画に対して当期利益または業務純益ROE3割以上下がった場合、必要に応じて改善命令を出せる)と、あるいは検査マニュアルを改定したり、新たな公的資金の枠組みをつくったりとか、繰り延べ税金資産の問題を議論したりとかというようなことで、準備は始まったが、これまでの金融行政と割と大きく変化が見られるのは、主要行に出した業務改善命令だと思います。
これからそれがどういう形になっていくのかというのは注目しています。 竹中さん自身の時間軸についてはわかりませんが、近未来的に健全化をするべきというビジョンの中で、ご自分がなされる範囲での準備はしていると理解しています。
ただ、金融再生プログラムは全体として見ると、それぞれの密接な関係を考えた動きにはなっていないと思います。銀行を塹壕の中に追い込むようなことは予想しないでつくっています。そして結局、銀行が貸出先に資本の参加を強いるような第三者割り当て増資を許してしまう。そういうことについてのシナリオを書いたり準備をしたりすることが十分ではないと思う。プログラム全部を評価するのはむずかしいですが、業務改善命令の一点は評価しています。ただ、その内容や実効には疑問が残りますが。
安斎 2年後に不良債権比率を半分にするというのは、不良債権処理の問題でだけではなくて、貸し出し残高を減らし過ぎると大変になってくる可能性もあるわけです。だから、その意図をその私は注意して見ています。業務改善命令というのは、収益力を上げなさいということで、ンし出しを増やさないと収益力は上がらない。不良債権比率を半分にするのだから、分母を減らしていったら大変になる。だけど収益をあげるような貸出し先は少ない。
ということは、新しい良い資産をつくらない限り収益力はつかないし、不良債権比率も落ちないのです。不良債権の処理よりも早いスピードで貸し出し全体が落ちてきている。そういう意味では、約束したことが守られないことをそこに織り込んでいるのではないかという感じがします。
工藤 不良債権比率を削減するというのは、不良債権そのものを減らせということです。でも、結果としてそういう形になる可能性もある。つまり、時間がたち過ぎてしまったので、いろんな問題が出てきたのですね。
安斎 今に至ってもいろんな計画が実行されるまでに多くの時間を費やすことを前提にして考えている。そのこと自体が根本的な解決に結びつかない。根本さんは不良債権処理は7合目まで来たといいますが、体力的にはあと3合は登れないほどの状況になっている。 経営というのはそこまで来ているということを考えないとならない。しかし、みんな逃げ回るわけです。国は混乱を起こしたくない。そうすると、結果的により多くの金をつぎ込まざるをえなくなってしまっている。国民負担という意味で、公的資金の長期にわたる投入以外の何ものでもない。ゼロ金利状態がこんなにも長期にわたって続いているのも同じである。
根本 私は、厳格な資産査定、資本の増強、コーポレートガバナンスという3原則については賛成ですし、竹中大臣が出ていらしたときは期待があったんですが、今はずるずる後退しているかなと感じています。実行の段階で骨抜きになっている。業務改善命令も経営陣に緊張感を与えるというのはいいのですが、株価がこれだけ上昇しているため収益計画の達成はそれほど困難な問題とはみえません。もう一つ恐れるのは、今期だけともかく黒字にすればということで、不良債権処理などが先送りとなり、中長期的な収益計画につながらないのでは、ということです。
竹中大臣が当初、指摘された繰り延べ税金資産の問題をとっても、現在では、自己資本への参入を制限するという方向ではなくなっています。審議会の報告書も両論併記で、論点の整理みたいになっている。でも、常識的に見ると、銀行の自己資本の六割以上が税効果というのは、リスクの高い状況で、他の金融システムと比べても高過ぎます。
工藤 最後の質問になるのですが、結果として今までの小泉さんの不良債権や金融改革について採点するとしたら何点を付けますか。また今度の選挙では何を争点にすべきでしょうか。
混乱を恐れず大胆な金融改革を
安斎 僕は金融面で混乱を起こさないとか、そういう政策を出すのではなく、むしろ多少の混乱が起こっても、この際は早くこういう解決をする。そのとき公的な金もかかりますが、長期で見たらこの方が公的負担が少なくて済むということをシミュレーションして出してほしい。金融では不良債権の処理そのものが構造改革です。それからもう一つ金融面で言うと、政府系金融機関とか郵貯、財投の構造改革なくして、我が国の経済の再生はない。ここのところ小泉首相の考えは明快で的を突いている。ただし、これをやるからには物すごい国民負担が一時的に出ますということを国民の前に言わないとならない。そこを避けるから、結局、約束が守れなくなる。私の採点は厳しい。 小泉さんはある面で個人的にも好きだから50点となるが、そうではなかったら、 50点以下です。
根本 何をすべきかといえば、原則を徹底して貫くことと、スピードをあげることです。日本では、時間をかけすぎたことによって、モラルハザードが拡大し、市場機能が弱まっています。また、不良債権が減少することも大事ですが、企業と銀行の体質を変えることはより重要です。銀行ばかりではなくて、企業全体が再生されなければ銀行も解決しないと思うのです。韓国もそうであったように、再生可能ではないところは速やかに退出。残りのところはコーポレートガバナンスを徹底して、収益力を強化する。今の日本の政策は何でも救う対策ばかりで、地方銀行のリレーションシップバンクも産業再生機構もそうですが、救うことは皆さんすごく熱心で、退出をスムーズにするというところは余り考えられていない。結局弱いところが残り続けて、健全な企業、新興企業が発展できないないところに問題があります。
公的資金の投入も、ある程度入れれば独力で残れるという見込みのある場合だけ、非常に厳しい条件で入れるということだと思う。金融行政自体も表面的には厳しいことを言いながら、実はかなりみんなを救ってあげているというのが今の状況です。会計のトリックを認めて、持ち株会社をつくらせて配当を可能にし、国有化を避けるなどが一例です。邦銀だけでなく、投資家の金融当局への信頼も低いという点を認識する必要があります。小泉金融改革に対する私の採点は現時点では40点としておきます。
川本 私は今の日本の状況はとても余裕があると思っています。外貨準備が足りなくなるわけではないし、だからみんな問題を解決しないで騒いでいるだけなのだと思います。そういう中では英雄願望もいけないし、公的資金を入れれば済むとか、そういう問題ではない。みんながこの甘々の状況を地道に直していく以外にないと思います。
そういう前提を置いて考えると次の総選挙では第一に、これまでの金融状況が会計の現実について甘い認識に基づくフィクションだったと認めてほしいし、確かな現実ときちんと実行可能なプランを見せてほしい。混乱を起こさないということではなくて、混乱が起こったときにどうするのかというような緊急プランをきちんと書いても行政官たちをしっかりリードしていくような公約を出してほしい。二つ目としては、市場規律の働く社会になるようにしてほしい。努力した人、努力した企業がきちんと報われるような、そういうような社会になっていくためには、郵貯などの公的金融に手をつけるということは同時に必要なことだと思います。
三つ目としては、極度に金融の問題などが政治問題化し過ぎているために、ルールが曖昧となり、政策に整合性が見れないものがいくつもある。竹中大臣も立派なことをおっしゃるが、政治的にはいろんなことが多分おありになるので、最終的な結論というか、とられる政策は必ずしも評価できないものになってしまう。政治化してしまった金融問題をきちんと金融問題に戻すということ、それは行政と政治の関係をきちんと整理するというような方向性に金融行政を持っていかないと、非常にむなしいという感じがします。
安斎 金融問題は、純粋に金融の分野に戻らないほど大変な状態にしてしまった。さっきからクライシスだと言っているのは、既に金融問題が政治問題になっているということです。だから政治家が命をかけてやってくれないといけない。
川本 そうするとそういう政治家の人たちを選んでいる我々の問題になってしまいますよね。
工藤 今度の選挙をやるのだったら、政党にそれを問うしかない。
川本 金融政策については、日本は漠然とした銀行への反感をベースに議論が常に組み立てられて、金融機関が悪いという議論に専らなっていますが、改革においても目標に対しての進捗状況はいいと思います。日本にはもっともっと深い闇があり、全く改革をしていない特殊法人などがたくさんあるわけです。その意味では相対的に考えれば65点。 小泉さんがとった改革の中でも金融はまだ進んでいる方だと思います。金融問題は道路公団などと違って議論が透明化されていますから、みんな問題が分かっているし、何もわからないところで議論しているという世界に比べれば、比較にならない。ただ、金融自体だけで判断すると採点はそれよりも辛くなる。不安感が出るのは仕方がないが、それに対して対策は練っていないですから。
工藤 どうもありがとうございました。
(司会は工藤泰志・言論NPO代表)