川島隆明 (株式会社MKSパートナーズ代表取締役)
かわしま・たかあき
1952年生まれ。76年慶應義塾大学法学部修了。同年株式会社日本興業銀行入行。79年ノースウェスタン大学経営学修士取得。99年興銀証券株式会社執行役員就任。2001年シュローダー・ベンチャーズ株式会社(現株式会社MKSパートナーズ)入社。2002年現職に至る。
益田安良 (東洋大学経済学部教授)
ますだ・やすよし
1958年東京都生まれ。京都大学経済学部卒業後、富士銀行に入行。調査部など経て、88年より富士総合研究所に転出。ロンドン事務所長、主席研究員などを歴任。2001年4月より主任研究員に。02年4月より東洋大学経済学部教授に就任。主な著書は「金融開国」、「グローバルマネー」等。
安嶋明 (日本みらいキャピタル株式会社代表取締役社長)
やすじま・あきら
1955年生まれ。79年東京大学経済学部卒業。同年日本興業銀行入行。主に投資金融業務を担当。MBO案件、M&Aのアドバイザー業務に従事。 2000年同行プライベート・エクイティ部を創設、01年同部長に就任。01年12月同行退職。02年2月、日本みらいキャピタル株式会社を設立。
概要
道路関係4公団民営化推進委員会は、終盤に来て委員長が辞任するほど激しく紛糾した末に、12月6日に小泉首相に最終答申を提出した。なぜ、委員会内部においてこれほど意見が対立したのか、また、民営化の議論が中途半端になったのはなぜなのか。小泉首相の責任も含めて、民営化委員会での議論の問題点について、2人の企業再建の専門家(ファンドマネ-ジャ-)と大学教授が検証した。
記事
「民営化ありき」に無理があった
工藤 道路公団民営化委員会の最終報告について、どこに問題があるのか、まずその点からうかがいます。
川島 私は一部民間の活力を使うということは賛成です。けれども、約40兆円という巨額の債務を抱えている道路公団を、保有機構と管理・運営を行う民営化会社に分けて、将来ある一定の時期に民営化会社が道路資産を買い取って一体化するという案に無理があるのではないか。
保有機構の解散時期を10年後をめどにするのか、もっと先にするのか、といった点で建設推進派と言われる委員と抑制派と言われる人たちとの意見が分かれたようですが、民営化をするときに、所有と運営の2つに分けてしまうという案にそもそも無理があるというのが議論の第一ですね。
なぜそんな案が出てきたかというと、それは40兆円もの負債があるからだ、いきなりこんなものを抱えては(上下一体で)民営化はできない、こういう議論ですよね。
工藤 債務を料金収入で返しながら、しかも新規建設をしなければいけないという2つの命題が入っているために紛糾しているということですよね。
安嶋 そもそも民営化というのが何なのかということを考えたときに、企業体として我々のような投資家が(民営化会社を)買えるかどうかというところが1つの判断基準として出てくる。
収入に対して過剰な債務を抱えていて、このままでは債務を返し切れないという前提のもとで、民営化というマジックを使って、過剰債務の問題を片づけ、新しい道路もつくれるというような考え方は幻想だと思います。
もし民間企業が本当に高速道路を運営していくのであれば、まずは過剰債務の問題を何らかの形で決着をつけなくてはいけない。その負担をだれがするのか。その上で将来のキャッシュフローをベースに採算がとれるというふうに判断すれば、そこで始めて民営化の議論に乗っかってくるということです。
そもそも民営化が唯一の選択なのかどうなのかということについても、いろいろな議論がある。海外ではPFI(プライベード・ファイナンス・イニシアチブ=民間資金による公共投資)など一種のプロジェクトファイナンスで、将来の収入をベースに長期間のファインスをつけるという形でやっている場合もあります。たとえば、高速道路についても、料金収入などを一定の裏付けてとして民間がファイナンスをつけるというような手法も考えられるわけです。
工藤 益田さん、どうですか。
益田 まず前提として、民営化をすることで道路公団を改善しよう、あるいは道路行政をもっと効率的なものにしよう、この発想自体はいいと思うんですね。不効率な道路建設を続けて債務が40兆円もたまっている、こういう状況は何とか抜本的に変えなければいけない。ただ、今回の民営化案が中途半端なものになってしまった、これは3つ理由があると思うんですね。
1つは、安嶋さんもおっしゃいましたが、何でもかんでもとにかく民営化するということは無理な案ではないだろうかということです。民営化するときには当然幾つか条件があって、採算がとれるもの、そして受益者負担がはかれるもの、それで自立してでやっていけるものという前提があるわけですね。
既存の高速道路を見ると、本四連絡架橋に象徴されるような採算なんか絶対とれないものがいっぱいあるわけです。それを大ぐくりにして民営化するという発想自体に無理がある。
それから2つ目は、今度の民営化案をつくるときに幾つか前提がありました。高速料金を下げる、国民負担をなるべくなくす、といったものです。既存の債務が40兆円以上もある中で、料金を下げながら国民負担も問わない、こういう矛盾を抱えながら民営化委員会は走り始めた。これはやっぱり空中分解するのは当たり前だろうということですね。
それから3つ目は、道路行政全般にかかわりますが、ちゃんと決めるべきことを決めていなかった。大きなポイントの1つは新規建設をどこまでやるのかというところ。それから既存の債務があるわけですから、これはだれかが負担しなければいけない。国民負担を求めるのか、地方政府に負担を求めていくのか、あるいは新しい民営化会社の中で何とかやりくりするのか、こうした基本的なところを押さえないまま走り出したから、空中分解したのだろうということですね。
採算性による峻別が議論の前提
工藤 本当に民営化するとしたらどういう形に持っていかなければいけないと思っていますか。
川島 民営化するとすれば、それは私企業としてやっていけるだけの債務しか引き受けられない、そういうことですよね。それはどのぐらいの収入が得られるのかということによって決まってくる。
今回の民営化議論のそもそもの問題は、既存の企業や市場に委ねるのではなくて、政府が民営化会社をつくろうとしていること。それでは、本当の意味での民営化にはならないのではないかということですよね。
しかも、上下分離してしまうことによって、保有機構という全然民営化されないものを(民営化会社が)一緒に引きずっていくわけですね。これでは、本当の意味で民間の活力、あるいは市場原理を使う仕組みになっていない。
工藤 今のお話を聞いた感じでは、初めの大きな問題は過去の債務をだれが、どう負担するかということですね。それから、保有機構と民営化会社に上下分離するというスキームの問題。この2つが今回の民営化議論における大きな問題だというふうに判断していいのでしょうか。
安嶋 基本的にはそういうことでしょうね。運営主体が自分の企業努力がきちっと反映されて、利益が上がって、それが自分たちのインセンティブになるということで、初めてそういう企業体に対して投資を行っていこうという判断ができるわけですから。
川島さんがおっしゃったように、過剰債務の問題を国民負担のないまま解決し、しかも新規建設もしようと、それを民営化でなんとかやれないか。そういう一石三鳥、四鳥ぐらいをねらっているところに無理があるのだと思います。
工藤 民間が主体的に経営を行うとしたら、例えば不採算路線は引き受けられない。仮に過剰債務を切った上ですべての資産を引き受けても、その一部を売却するとか、アセットの組みかえぐらいまでしないと、民営会社としては収益期待ができない。
安嶋 民営化ということであるならば、そもそもそういうことだと思います。
ただし、道路というのは公共財ですから、地方も含めてどうしても必要だという部分については、民間に委ねて採算ベースでやる部分と、国なり地方が公共財として負担を担っていくという部分と、あるいは使用者であるところの納税者がそういう道路が必要であるということであれば、それは民営化のスキームの外でつくればいい。そこをちゃんと切り分けていかないと、それが全部一緒くたになって、必要な道路は全部できて、過剰債務も解決されて、料金も下がってというようなことというのはあり得ないわけです。
工藤 民営化委員会で今安嶋さんが言ったことをすべてやるのは無理だと思うんです。この採算路線だったら民間会社が引き受けてできる、これは無理だという判断をし、その後に、その案を政府に投げかけた段階で、民営化スキームにはなじまないけれども、これは必要なのでお金の出し方を考えましょうと政府が決断すればすっきりすると思うのですが、今の民営化委員会では、政治との関係を含めて全てについて結論を出さなくてはいけなかった。委員会としての限界を超えてしまっていて、矛盾を処理できなくなってしまったのではないかという気がするのですが、どうでしょうか。
益田 そもそも事業として採算性がとれるかどうかというところで峻別したところから始めなければいけないわけですね。
イギリスなどもサッチャー政権以来、いろいろと民営化をやってきました。でも、いきなり民営化へ行くのではなくて、まずエージェンシーにしてみたり、民間の資金を入れるということでPFIにしてみたり、その上で最終的には民営化する、こういう段階を踏むわけですね。そのときには民間に任すべきかどうかという議論と、採算がどれぐらいとれるのかという、この2つの視点で徹底的に詰めるわけです。
工藤 それはどこでやるのですか。
益田 政府です。例えば運輸省みたいなところがあって、道路についてはそこがちゃんと査定するわけですね。例えば刑務所なんかもPFIになっていますけれども、民営化するに当たってはいろんな段階がある。そこについては、民営化して独立独歩でやらせられる、採算がとれるもの、それにふさわしい事業については完全に民営化するし、それでは追いつかない、だけど民間活力を入れながら公共事業としてやらなければいけないというものは政府が補助金を出すなり低利資金を出すなりしてやらせるわけです。全く採算はとれないけれども、公共サービスとして必要なものは国が一般会計でやるわけです。こういう峻別がついている。
その前提となるのは事業の採算性がまず第一歩なんです。今回の議論はそういう議論がなくて、道路公団の財務の実態が何もわからないところから委員会がスタートしましたから気の毒なんですけれども、本当は最初にどの道路がどれぐらい採算がとれるかという情報が先にあって、この道路は民営化できる、この道路はできないという判断をし、その後で、では(民営化会社に)債務をくっつけるかくっつけないかという議論をすべきだったのでしょうね。
そこがないまま突っ走ってしまって、後で40兆円も債務があるという実態が出てきたから、非常に不幸な経緯だったのだろうと思いますけれどもね。そういう意味では、もう一度リシャッフルしないといけないと私は思います。
ファイナンスはつけられる
工藤 仮に新会社ができたとして、その会社は上場できると思いますか。
益田 それは新会社のつくり方によるでしょうね。東日本、中日本、西日本と、 首都高と阪神高速に5分割するという案になっていましたが、その中で収益性がピカピカの会社が出てくるのであれば上場できないことはないでしょうね。ただ、全部を上場できるということはあり得ないのではないでしょうか。
工藤 しかし、それは結局上下一体でなくてはだめですね。
安嶋 民営化ということであればね。上下分離にしたのは、私の理解が間違っていなければ、過剰債務の問題を一緒に解決しようとしたがゆえに、そういう形にしないと債務が返せないというところがそもそもの出発点だった。
工藤 あの委員会の民営化スキームでは借金返済は50年間かかるわけです。企業として見た場合、どういうことになるのでしょうか。
川島 それでは企業の体をなしていないということでしょうね。少なくとも3年とか4年で将来のめどが見えなければ、それはとてもじゃないけれども再生できないということだと思います。
安嶋 我々のような会社が再生ということで入っていく場合には、株式を持ってその会社自体を運営するということなります。したがって、その先に上場という可能性もあるし、結局、株式がある程度流動性を持って、マーケットで流通する形を想定しなければ再生にはかかわれない。そういうことになると、借金返済が50年先ということですと非常に無理があります。
ただ一方で、先ほどPFIの話が出ましたけれども、例えば50年間で債券等でファイナンスをしていきましょうというのであれば、それは別の話です。完済は50年後であっても、毎年利息がちゃんと入ってきて、元本も回収できるのだったら、リスクをとってファイナンスをつけましょうという投資家がいるかもしれません。
川島 確かにファイナンスはつくかもしれない。けれども、それは民営化と何の関係もないですよね。
安嶋 別の話です。だから民営化という言葉の中に全部を包含してしまおうとしているところに問題があるわけで、色々な選択肢の中で資金負担の分散化の可能性を考えるのであれば、それは考えられると思いますよ。
益田 債務処理がきちっとどういうふうになされるかのビジョンが築かれて、それがちゃんとパッケージで出てきた後の話だと思いますね。
小泉さんの郵貯民営化構想にしてもそうですけれども、日本はなぜか民営化がすべての解決策みたいに考えるところがある。とにかく民営化しましょうと。そこら辺がボタンのかけ違いになっているところはあるのだろうと思いますけれどもね。
まず事業の採算性をちゃんと見て、債務負担を見て、債務が全体では40兆円あるんですから、明らかに過剰債務なわけです。これをどう処理するかということがあって、あとはどういうふうに事業を切り分けて、個別に債務処理と上がってくる収入とのバランスをとっていくかということですね。その中で民営化できるものはしたらいいじゃないですかという話です。
過剰債務を解消しないと民営化は無理
工藤 民営化委員会の論議をずっと見ていますと、1つ重大な転機があったんですね。民営化の視点からはそれ自体問題なのですが、上下分離も含めて議論が進んでいた。ところが、固定資産の課税ベースで評価して、民間の企業会計ルールをあてはめると、黒字の日本道路公団ですら7兆円の債務超過であるという数字が途中で出たんですよ。
そのときに、急に感情的な議論になり、一部委員からこれは謀略だという話まで出てきた。そこらあたりから、一気に雰囲気が変わってきたんです。
本当に債務超過額が7兆円もあるのなら、議論の考え方をもう一回変えなければいけないのではないかと思ったのですが、それは今回の民営化委員会では全く無視された。
益田 本当はその時点で抜本的に議論をやり直す必要があったと思います。
安嶋 先ほどから話が出ていますけれども、採算の合う道路だけならだれか買い手がいるでしょうし、将来的にマネジメントやオペレーションを効率化することで収入を上げるためにどうしたらいいかということも含めて、本来であれば市場がその判定をして、どこまでの範囲をいくらで買いますということで決まってくる話なんですね。買収対象の範囲が広ければ広いほど、金額が高ければ高いほど、国民負担は減るということです。
繰り返しになりますけれども、買えるか買えないかという判断は、本来はマーケットに委ねて、その中で買い手が出てくれば、この価格、この範囲ならば買い手がいたので売れるね、あとはその人たちの責任でやってもらおう、こういう話になるわけなんだけれども、それが過剰債務も含めて全部まとめてやるためにはどうしたらいいかというところからすべて始まっていて、最後の出口は民営化ということが議論の前提になっていたので、その間で議論がねじれてしまったのではないかと思います。
益田 もし今後について収支の採算がとれるのであれば、過去の債務が重荷になっているとしても、だれかがその債務を引き受けて、あるいは債務を埋めてやれば民営化できるわけです。
ですから結局は、今後の事業の収支がとれるかどうかというのが最初にあって、それで峻別していって、あと過去債務をだれかが埋めてやるかどうかという議論をしなければいけないと思いますね。
工藤 ただ、その峻別するというのは、今の民営化のスキームではだれもできないんですね。
益田 ここはディスクロージャーされていないですし。
工藤 企業を買って立て直そうと思ったときに、全くディスクローズされていなくて、後から債務超過だったというデータも出てきた。そういう状況だったらどうなるのでしょうか。
川島 それはやっぱり無理ですよね。ですから過去の債務をちゃんと外したところで引き取るということにしかならないということですね。
安嶋 債務を全部外す必要はないんです。将来の事業性とか採算性を見て、(債務を)どこまで引き受けられるかという中で決めていきます。ただ、それが余りにも大き過ぎてしまって、事業性にかんがみて、これは投資の対象に当たらないということであれば、買い手はつかないでしょうね。
新規建設は基本的に受益者負担で
工藤 今回のスキームで最後に大もめになったのが、新規建設についての考え方です。今後の新規建設について、どう考えればいいですか。
益田 もうご案内のとおり、今までの高速道路建設というのはプール制のもとで道路公団から上がってきた料金収入でやってきたわけです。あと財投資金ですね。これだと新規建設が妥当なものかどうかというチェックが全然できないですね。だから、これをやめなければいけないというのはまずあります。
では新規建設をやるかどうかという議論、これは結論を言えば、地方の利用者の声をいかに反映させるかということにかかわってくるのでしょうね。具体的には、かなりの程度地方の財源を使ってやるということになると思います。ということは、当然、地方への税源の移譲も同時にやらなければいけないわけですけれどもね。
工藤 納税者に判断させなければいけないから、一般財源でやった方がいいですよね。
益田 そうですね。ですから、地方自治体が県民に間接的に選挙で意識を問うて、その判断でやるということですね。地方なんかへ行くと、道路が欲しいという声ばかりですから、本当に欲しいのだったら地方消費税なり何なりでやってもらえばいいわけですね。
工藤 新規建設の考え方について、安嶋さんはどうですか。
安嶋 基本的には受益者負担が原則になると、僕も思います。受益者が自分で負担しても高速道路が必要かどうか。ただし、地方と都会の格差がある中で、地方の負担が余りにも大き過ぎるということであるならば、国全体としてどこまで見ていくのかという問題はあると思います。
まず先に道路建設ありきで、お金をどういうふうに分配するかといった今までの構造は変えていかなくてはいけない。
工藤 これから新規に高速道路をつくるとなると、収支面で非常に大きな問題を抱えた道路が多くなってしまう可能性があります。そうすると、高速道路だけを別枠にするのではなくて、道路財源のなかで一般道を含めてどの道路を優先的につくるのかというプライオリティーの問題を考える必要もでてくるのではないでしょうか。
益田 工藤さんのおっしゃったとおり、高速道路について言えば、これから先はどうしても採算の悪いものしかできてこないから、なるべくつくらないという方向が正しいと思いますね。
ただ、この委員会の中で最初に議論がありましたね。すでに着工していて7割以上完成しているものは続行するとか、5割以下なら中止するとか。これは判断基準が荒っぽ過ぎるということで却下されましたけれども、ある程度やむを得ないところがあると思うんですね。最後に道路を乗せるだけの段階まで工事が進んでいるのなら、さすがにつくったらどうですかという話だと思いますし、あとは程度問題で、そこの線引きというのは余り科学的な判断ではないんです。政治的な判断で、ある程度荒っぽく、何割以上完成しているものはつくったらどうですか、それ以外はどうしても欲しければ地方の財源を使いながらやる、こういうやり方しかないのだろうなと思いますけれどもね。
工藤 川島さん、どうでしょうか。
川島 民営化とか採算性とかいう議論以前に、公共財としての道路、これからつくる道路について、どういう負担でつくっていくかというルールを新たに決めるということなんじゃないですかね。
工藤 そこは民営化委員会でつくるべきなんですか。
川島 民営化委員会ではできないでしょうね。民営化の形を提言しなさいという前提の委員会ですからね。
民営化議論の前に道路行政のビジョンを
工藤 民営化委員会の委員の選定から始まって、この委員会そのものの問題点、限界性といったものを、指示した小泉さんの問題も含めて、どう考えていますか。
益田 繰り返しになってしまいますけれども、民営化委員会をつくる前に、道路行政をどうするかという基本的なビジョンがないとだめですね。それはさっき議論になった新規建設をどうするかというところを大前提でまず考えておかなければいけない。それから既存の債務をだれが負担していくのかということも決めておかなければいけない。
その後で、一つの手段として民営化というものが出てくるわけです。民営化委員会で民営化を展望するのは結構なんですが、それはそういう前提をクリアにして、アウトラインをつくった後で始めるべきだと思います。
工藤 ただ、小泉さんは道路公団民営化を一つの突破口として、既存のシステムを打破しようとしたんだと思います。でも、システムの変更を嫌がっている人たちが、なかなかそうはさせようとしない。民営化委員会はそうしたこととは関係なく本当の民営化スキームだけを提言すればよかった。しかし、政治状況の中に取り込まれてしまった。それが、民営化委員会の限界ではないでしょうか。
益田 確かに、小泉さんは民営化というものをツールに、道路公団にしろ郵政事業にしろ、そこを突破口にして既得権益を打破しようということでやってきたわけですね。
ただ、先ほどから盛んにみなさんがおっしゃっているとおり、民営化先にありきという議論は無理があるわけです。民営化をキャッチフレーズとしてアドバルーンを上げるのは結構ですけれども、同時にちゃんとしたベースになる議論、新規建設をどうするか、道路はだれのためにだれがつくるのかというところを同時に進めなければだめですよね。
民営化委員会は民営化のことを一生懸命考えて、矛盾を明らかにした上で、それを小泉さんに突きつけて、例えば新規建設をどうするかといった問題については小泉さんが断を下す。それが残された道かもしれないですね。
安嶋 民営化を前提に議論を尽くしたときに、ここまでの範囲しかできません、したがって新規建設の問題が残ります、あるいは過剰債務の問題は残ってしまいます。そこをだれがどういう形で負担するなり責任を持ってやるのですかという形で民営化委員会が政府に判断を投げ返すやり方はあり得るでしょうね。
新規建設をどうするかという点で意見が割れているようですけれども、過剰債務を返していくということが前提になっている以上は、今の枠組みの中では新規の道路をつくるということは難しいと思います。それをやっている限り、いつまでたっても過剰債務の問題というのは解決できなくなってしまう可能性があるわけですから。
ただ一方で、本当につくらなくていいのかという議論はまた別の議論なのであって、また繰り返しになってしまいますけれども、民営化論議の中ですべてが解決されるという一種の幻想をベースに始まったのだとすると、そこにそもそもボタンの掛け違いがあったし、委員の方たちはある意味ではもともと解のない解を求められているというようなことになってしまって、非常に厳しかったと思います。
工藤 川島さん、どうですかね。
川島 今回の民営化委員会を通じて明らかになったことは、第一に40兆円も負債があって、道路行政はこのままでは破綻してしまうだろうということです。
それから第2に、一括民営化では解決できそうもないということがわかったということですね。
したがって、これはもう一度政治の場に戻るしかない。さっきから出ている応益負担か応能負担かという問題、それから世代を超えた今の負担か将来の負担かという問題、それから都会なのか地方なのかという地域の問題。それはいずれも政治の問題ですよね。この問題のフレームワークが解決しないと、民営化とか、あるいは市場原理といったものがうまく使えない。問題ははるかに大きいということが少なくとも浮き彫りにされたというのが民営化委員会の意義ではないでしょうか。
安嶋 経済合理性で割り切るというのであれば、この民営化委員会ができるのは、これは民営化では解決できませんという答えを出すか、あるいは民営化でやるのだとすれば、この範囲、こういう条件でしかできません、こういうことになってしまうんですよ。
ただ、それが政治的に受け入れられるのかどうなのか。今回の道路公団民営化の問題というのは、すぐれて政治的な問題ですから、そこはまた別の次元の話だと思います。
工藤 つまり、民営化委員会はそういう提言をまとめればよかったということですね。
国費負担がハードルになる
益田 民営化委員会が最終判断を小泉さんに突きつけた場合、1つ大きなハードルになるのは、2002年度以降、国費負担はしないという閣議決定を(2001年12月に)してしまっていることですね。特殊法人等整理合理化計画で、国費負担はしない、投入しないということを言ってしまっているわけですよ。要するに国民負担は出さないというところが先にありきで始まってしまっているんですね。
そうすると、民営化するときに債務をどうするのかという議論をしたときに、そこのところに突き当たってしまうわけです。もし本当にこのまま道路公団民営化を進めるのであれば、この閣議決定を覆さないとできないわけです。これは小泉さんにとって大きなハードルなんですね。
工藤 そうしたらすべてが無理ですよね。
益田 そうです。覆せばいいんですけれどもね。「道路公団がここまで悪かったのは初めて知りました」と小泉さんが謝ればいいんですよ。「だけれども、これはやらなければいけないから、国民負担を求めながらやらざるを得ません」と言うしかないですね。
工藤 そうすると、不良債権処理とか、産業再生機構の議論でも同じようなハードルにぶつかることになりますね。国民負担は避けられないでしょうから。
川島 おっしゃるとおりだと思いますね。
工藤 最後に、もしみなさんが民営化委員会のメンバーだったら、どういう提言をしますか。
益田 まずは道路ごとの採算性をきちんと示すような材料を出しなさいと。それをもとに判断します。すべて民営化という前提ではなくて、民営化できるところは民営化のスキームに乗せます、それ以外はあきらめて国民負担ですね。地方の負担か国の負担かわからないけれども、国民負担を求めてやっていきますというような提言をするのでしょうね。それで一度ボールを小泉さんに返す。
工藤 川島さんだったらどうしますか。
川島 これは民営化委員会だけど、民営化は無理です。民営化は検討の結果、無理でしたと。なぜ無理かと言われれば、民営化をするには過去債務の負担が大き過ぎます。それから公共財としての道路行政のあり方について、政治の場で議論が整理されていない。したがって、これ以上の民営化の議論は無理だ。このまま民営化はできませんということなんじゃないですか。
工藤 どうもありがとうございました。
(聞き手は工藤泰志・言論NPO代表)