内田和人氏(東京三菱UFJ銀行企画部経済調査室長)
平野英治氏(トヨタファイナンシャルサービス株式会社取締役)
水野和夫氏(三菱UFJ証券チーフエコノミスト)
工藤泰志(言論NPO代表)
銀行間の取引と資本マーケットの危機の状況
証券化ビジネスは今後しばらく収縮を続ける
工藤 少しお聞きしたいのですが、銀行間のクレジットラインですが、その構造のしくみについて教えてくれませんか。つまり、企業がドルをなぜ調達できないのか。またアメリカでの資本市場の混乱はまだ変わっていないのでしょうか。
内田 まず、クレジットラインですが、工藤さんがおっしゃったように銀行は、インターバンク間で資金取引を行う際に、それぞれの銀行に対してクレジットラインという枠を設定しています。私ども銀行の場合でいえば、同じような規模の国内の銀行さんには、かなり大きなクレジットラインの枠を設定していますし、海外でもいわゆる大手米銀さんとか、欧州銀行さんとでも、相当な規模の枠を設定しています。このクレジットラインとは何かというと、たとえば、われわれが海外拠点において金融業務を展開させる際に、ニューヨークでドル資金の調達が必要なときに、そこで同じように小口のドル預金を集めていれば問題ないのですが、基本的には、自国の円預金を他国にシフトさせていく。われわれは円を持っているけれども、たとえばイギリスでは、バークレイズ銀行さんのポンドを使わせてもらう、アメリカではJPモルガンさんのドルを使わせてもらう。このようにドルと円を交換する。そこで単に為替でスワップするだけではなくて、ある一定のボリュームを毎日、オーバーナイトか1週間となどで、お互い資金を融通し合います。このような日々の資金融通は無担保の取引がほとんどなのですが、これはリスクアセットという、自己資本に対して規制されるアセットにダイレクトに反映されます。今回のような金融危機が起きると、銀行の信用力が落ちてきますので、それまで1000億円の資金をお互い資金を融通していたのが、大幅な格下げリスクが高まると、1000億円だったクレジットラインが急に100億円などに下がってしまう。また、BISのリスクアセットの規制により、銀行の自己資本の毀損リスクが高まると、クレジットラインの管理をさらに保守的に運営せざるを得ない。そうなると、ドルが欲しくても結局、米銀さんからお金が出てこない。向こうは円が欲しいけれど貸せないという、これを「すくみ状態」と言いますが、このようなことが起こってくるわけです。今回のように過去の例のない金融危機になると、すくみ状態はさらに深刻化します。たとえば、外銀さんの名前を聞いただけで、インターバンク市場で資金を放出しない、一切取引をしない、そういう銀行さんも出てきてしまった。
これが現実でありまして、その中でわれわれはどうやってドルの資金を調達するのかというと、円を、為替市場を通じてドルに転換します。これを円投というのですが、本来なら米銀さんから貸してもらうのを、保有している円を外貨に転換するか、あるいは最近日銀が開始した中央銀行間のスワップ取引を通じたドル供給のオペレーションを活用する。これをターム・オークション・ファシリティ、TAFといいますが、タームを使って入札があればそれを取りに行く。クレジットラインの状況は一向に改善せず、インターバンク取引が機能不全状態に陥るなかでは、このように中央銀行が銀行のカウンターパーティになって資金をファイナンスするしか方策はないのです。
98年の日本の金融危機のときは、ちょうど1年半そういう状態が続きました。政府や日銀が資金を供給し続けるのはモラルハザードだという話がありますけれど、止めてしまった瞬間に資金が回らなくなります。
次にアメリカの資本市場の混乱に関しては、モノラインから説明します。モノラインは先ほど申し上げた証券化商品などを保証する保険会社のことですが、証券化ビジネスには非常に有効だったわけです。たとえば企業がいろんな土地や売掛債権を証券化して、ファイナンスして資金を調達することができる。これ自体は、資産を流動化して資金効率を高めるという非常に有用なスキームです。それでは証券化の何が問題かというと、その中身が何だか分かりにくいということです。売掛債権や土地建物が証券化されても、アメリカの土地建物などについては、日本の投資家は何もわからない。では何を基準にするかというと、ひとつは格付け会社による格付けです。「トリプルAだったら安心できる」と。もうひとつが保険会社の保証です。それがモノラインです。世界各地の投資家や銀行は、だいたい、この格付け会社とモノラインのトリプルAが両方ついている証券化商品に投資していました。
そのモノラインが格下げされるなどとは夢にも思わなかったわけです。なぜならモノラインはトリプルAをつけるもの、すなわちトリプルAに保証をつけるものだと、そういう前提で証券化商品を購入しているので、モノラインが格下げになった瞬間に、証券化ビジネスがほとんど成り立たなくなった。最後の信用リスクは保険会社に移転されているので、その保険会社がトリプルAでないとなった瞬間に、証券化のビジネスモデルは一気に崩れてしまう構造にあったのです。実際には2社だけ、モノラインはトリプルAを維持できていたのですが、この2社も格下げになり、現在ではトリプルAのモノラインは、1社もなくなってしまいました。要するに保険をかけることが全くなくなってしまったので、怖くて誰も買えない。
証券化商品が信認を回復するためには、証券化を行うオリジネーターが十分な情報を開示すること、格付会社が厳格な格付け運営を行うこと、投資家が十分なリスク評価の分析能力を持つことが必要になると思います。複雑な構造を持つ証券化や、住宅ローンを何度も証券化してレバレッジを効かす証券化商品は敬遠されるでしょう。一次証券化といいますか、住宅ローンを担保として証券化されたシンプルな証券化商品、相対で裏づけがあって担保の中身を確定できる、こういう証券だけが証券化できるということになります。また、格付け会社は、「金融工学に基づき、ある一定の確率条件をクリアしたらトリプルAとして評価する」というような機械的な判断ではなくて、原証券をしっかり審査し、厳格な格付け評価を行う。さらに重要なのは、今後は保険会社が信用リスクを取るのに慎重になっていきますので、自らがキャッシュフロー分析などを行い、リスク評価できる体制を構築することです。
このように、当面は、証券化商品のリスク管理をきちんと組織的に対応できる、金融監督当局から定期的なチェックを受けて、整合性のとれている金融機関のみが証券化ビジネスを行うことができるという状況になると思いますので、証券化のマーケットはかなり収縮する可能性が高い。あと10年くらい経てば、そんなことみんな忘れてしまって、また金融バブルが起きるかもしれませんが、今後5年くらいはそういう状況が続く可能性が高いと思います。証券化ビジネスが収縮すると、M&Aファイナンス、すなわち買収資金のファイナンスに影響を及ぼします。最近のM&Aは、PEファンドが買収資金を金融機関から借入、金融機関はその貸出をCLOという形で証券化して、投資家へ販売するといった形態が主流です。したがって証券化市場が収縮してしまうと、買収資金のファイナンスが滞ってしまい、PEファンドなどに資金が回らなくなってしまうのです。向こう5年間くらいは、このような信用リスクを市場で売買し、切り離していくビジネスモデルは停滞するのではないでしょうか。また、証券化市場は、リスクや責任の所在が不透明な点もネックになっています。プレーンな金融形態、我々のような商業銀行が相対で企業の信用リスクをとり、市場でリスクヘッジを行う市場型間接金融モデルがベースになっていくのではないかと思います。
いずれにしても、今申し上げたように、クレジットラインの厳格化や証券化ビジネスモデルの崩壊などによって、アメリカの資本市場は機能不全状態が続いております。
profile
内田和人(三菱東京UFJ銀行 経済調査室長)
1985年慶応義塾大学卒業後、三菱銀行入行。2001年調査室(NY駐在)チーフエコノミスト、資金証券部資金グループ次長を歴任。円貨資金証券部円資金グループ次長を経て、07年より現職。約20年にわたり、内外の金融市場、経済の分析、ポジション運営に携わる。主な著書に「米国経済の真実」他。
平野英治(トヨタファイナンシャルサービス株式会社 取締役 エグゼクティブ・バイス・プレジデント)
1973年日本銀行入行。国会・広報担当審議役(97年)、国際局長(99年)、理事・国際関係担当(02年)を経て2006年退任。同年6月トヨタファイナンシャルサービス取締役に就任。経済同友会幹事、同行政改革委員会、及び米国委員会副委員長。
水野和夫(三菱UFJ証券株式会社チーフエコノミスト)
1953 年生まれ。80年早稲田大学大学院経済学研究科修士課程修了、八千代証券(81年合併後は国際証券)入社。以後、経済調査部でマクロ分析を行う。98年金融市場調査部長、99年チーフエコノミスト、2000年執行役員に就任。02年合併後、三菱証券理事、チーフエコノミストに就任。2005年10月より現職。主な著書に『金融大崩壊―「アメリカ金融帝国」の終焉』他多数。
工藤泰志(言論NPO代表)
くどう・やすし
1958年生まれ。横浜市立大学大学院経済学修士課程卒業。東洋経済新報社で、『週刊東洋経済』記者、『金融ビジネス』編集長、『論争 東洋経済』編集長を歴任。2001年10月、特定非営利活動法人言論NPOを立ち上げ、代表に就任。