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参加者:明石康氏(元国連事務次長)
白石隆氏(政策研究大学院大学 客員教授)
添谷芳秀氏(慶應義塾大学東アジア研究所所長、法学部教授)
司 会:工藤泰志(言論NPO代表)
第2話 なぜ鳩山外交は揺れるのか
工藤泰志 皆さんの基本的な鳩山政権に関する評価が分かりました。では、なぜこんな事態になったのでしょうか。今までの政権とどう違うのかということを比較してもらいたいと思います。外務省の問題なのか、それとも首相や官邸の統率力の問題なのか、もともと党の中にきちっとした外交のスタンスが描けていなかったのか、それとも連立政権の問題なのか。
民主党には学習時間が必要
白石隆 僕は非常に単純だと思っています。自民党も軸がある政党ではなかった。では民主党はどういう政党なのかというと、要するに自民党が「日米同盟重視」というと、こちらは「アジア重視」と言う、それだけのことだと思います。自民党が「中福祉」というと、こちらは「高福祉」と言う。だから何か大きな軸があって、それで「我々はこの軸で全部やります」ということではなくて、自民党に対して「NO」と言うためにあるスタンスを取っている政党だから、当然そうなる。これでは自分の軸は作れない。だから、政権をとった、民主党には学習の時間が必要で、まだ学習している段階だと考えます。
明石康 アメリカでも、民主党から共和党政権になったときに、私は国連で軍縮担当の事務次長をやっていたのですが、やはり海洋法の問題とかで、約一年くらいガタガタしてね、全く政策決定できなかった時期がありました。
千人近い人を政権交代によって入れ替えるのですから。アメリカでさえもそういうことが起きる。もっとも、アメリカの場合は、野党はワシントン中のシンクタンクに散った人がまた集まってこられるという体制があるのですが。日本の場合には、そういう意味では本当に歴史的な政権交代だったわけで、ガタガタがほぼ1年くらい続くとしても理解できないことではない。
添谷芳秀 もう少し深読みをすると、特に外交の面では、55年体制のときに、本来選択肢ではないものをめぐって日本の国論が割れて、議論をしていたという前歴があります。それを引きずっている。そういう意味では民主党だけの問題ではなくて、55年体制の習い性を、55年体制はもうないけれども、引きずっているというところがあるんじゃないですか。要するに日米同盟をイシューにして独自性を出そうなんていうのは、そもそも政治的な対立軸になる話ではない。むしろ超党派的にコンセンサスを作るべき話です。そこで独自性を出そうというのは、これはある意味、右と左がずっとやってきたような話ですね。そういう意味では民主党は55年体制的な構図でいえば左側なんでしょうけど、左側から自立を求めるような衝動は日米同盟の軍事性を薄めるみたいな論理構成になってしまう。こうした不幸な状況は日本社会全体の問題だという捉え方が本質的にはできると思います。
あとは形式的なところは、やっぱりポピュリズムなんでしょうか、政治主導という、「官僚依存を打破する」といった言い方。これは白石先生がおっしゃったことを別の言い方をすれば、政治に準備があって初めて成立する話で、政治が空っぽなのに従来システムを支えてきた官僚をいじめてみても、混乱しか残らない。今はそんな感じになっちゃっている。基本的に原因は複合的だと思いますが、日本政治がトランジションに入っていることは間違いない。世界的にそうですけど、そういうときに日本はまだまだ旧来の、日本社会全体の習い性を脱していないというところなのかな、という感じがします。
白石 アメリカにも冷戦が終わった後にオフショアバランシングの考え方がある。要するに、「グアム、ハワイのラインまで部隊を引いてしまえ」、それで「この地域の力のバランスは日本とロシアと中国にとらせればいい」、「都合に応じてアメリカは介入すればいいのだ」という考え方ですね。その方がはるかに機動的に今の脅威に対応できるというもので、9.11以降はずいぶん本も出ているし、ペンタゴンの中にもそういう考え方はあると聞いています。そういうのに易々と乗せられないよう用心した方がよい。彼らはもっと大きな構図の中で考えている。そこのところを分かるずに乗せられるととんでもないことになりかねない。
それともうひとつ、自民党はやはりあれだけ長く政権にいたから、ネットワークを持っています。それは官主導の面もあった。しかし、それでも、「官主導」をチェックするというか、それで本当にいいのか、ということを吟味するメカニズムを自民党の政治家は持っていた。外交問題だって、国際的にちゃんと通用する研究者を色々な形で巻き込んでいたし、元官僚だとか明石先生みたいに国連のことをよくわかっている人を、ネットワークの中に巻き込んで、その意見を吸い上げる仕組みを作っていた。しかし、民主党の政治家のネットワークはかなり限られている。
危険な対米自立の思いこみ
添谷 小沢さんと鳩山さんは奇妙なコンビネーションがあると思う。二人ともおそらく対米自立派です。多分、毛色は違うのかもしれないけど。小沢さんにはアメリカが嫌いなところがぷんぷん臭っている。アメリカへの依存を減らして、その分自立戦略を、というところでは二人は割と一致していて、そこで中国に目が向くという図式はあると思う。これはやっぱり危険なんですね。「アジアをしっかりやらなきゃいけない」という後段部分は民主党外交に期待したいし、そこはもっと育ってほしい。しかし、それをやる前段部分の前提が、アメリカへの依存を減らすためにアジアで自立戦略を作るのだ、という論理構成になっている。そういう衝動に左右されているところが、外交の形にならない最大の原因だと僕は思う。
白石 そう。そこがポイントですね。
添谷 だからこれも明石さんがおっしゃったことですが、アメリカのことはいわば所与にしたままアジア戦略を作っていく、要するにアメリカを利用して自立戦略を作るという発想にならないと、日本にとっての戦略的な解は出ないですよね。
明石 そうですね。そういう一連の思い込み、アメリカに対する思い込み、アジアに対する思い込みがあるほかに、もうひとつ国連に対する思い込みがある、これは小沢さんの場合は特にそうですけどね。
添谷 小沢さんの場合は、アメリカに対する一種の自立戦略じゃないですか。国連に「YES」ということによって、アメリカは「NO」だと。
実態のない国連中心主義
明石 これは日本国民にも前からあった一種の国連主義、国連中心主義ですね。日本が国連に加盟した翌年から2年間、外交青書に謳われていました。国連中心主義が第一にあって、次にアメリカとの同盟重視があり、第三にアジアとの友好政策という三本立てだったわけですが、国連中心主義というものは実は実態のないものです。国連は国際社会の中で色々な主権国家が集まってその中でてんやわんやしながらコンセンサスをまとめて行く。コンセンサスをうまく作れる場合もあるし作れない場合もあって、作れない場合には国連は機能不全に陥る。国連がいつでも動けるものだと思っていること、つまり国連が一種の世界政府に近いものであり得るし、またそうあって欲しいという思い込みが日本の中にあった。日本の平和主義の牢固たるものにそういう先入観みたいなものがあったわけです。
国連は確かに色々いいこともやるし、必要でもある。国際的なルールを長い時間をかけて作り上げていくというプロセスの上で不可欠な存在である。にもかかわらず機能不全に陥ることがままあるし、特に東アジアにおいては、伝統的な意味での安全保障の問題が、冷戦時代からの遺産として残っているものがあまりにも多い。北朝鮮の問題がそうであり、台湾の問題も中国にとっては国内統一という悲願の一環でしょうけれども、伝統的な意味での力関係、特に軍事力の関係が生きている地上に残った唯一の地域かもしれませんね。
アフリカなんかでは国連は非常に不可欠な、とても燦然たる存在です。国連のPKO活動も8割近くがアフリカで展開しているわけです。しかし、アジアでは国連はそれだけの役割を国際政治において果たしてきていない。
そういうところにあって鳩山政権は一種の国連原理主義みたいなものを出してきて、国連への日本の寄与、PKOへの参加が足りないと言っているわけですが、かといって国連のお墨付きがあれば何にでも参加するのかと言えば「そうだ」と言わざるを得ない面が小沢さんあたりの発言から読み取れるわけです。こうした国連至上主義と日本の今までの憲法解釈の仕方と、どのように照合するのかということも問われるわけで、憲法9条に片寄りすぎた過去の姿勢を正すのはよいのですが、その正反対にカジを切りすぎるのも国連の現実から飛躍しすぎる面が出てきているといえるでしょう。
そういう意味で、今までの外交問題で日本がやってきたことの集積を、主体性を持って破壊していくというと格好はいいが、そこに無理が出てくるし、空回りになってくる。日本全体の国益にとってもちょっと危なっかしい。また、主体性を持って本当に国際社会に貢献しうるのかというと、なんだか中国から見ても東南アジアから見ても、ちょっと合点できない部分、日本だけの単純な空回りが露呈しているのではないか。
工藤 それが対アメリカみたいな感じの動きに見えるのだけど、本当に国連主義をベースにして何か大きな世界的なものを民主党が打ち立てて、という流れではないですよね。
添谷 だからアメリカと国連が選択肢になっているのがおかしい。選択肢じゃないのだから。
言論NPOでは、鳩山政権の評価議論を随時公開します。第1回目は、「外交政策」です。日本の外交に今、何が問われているのか、鳩山外交はそれにどう答えたのか、を白石隆氏、明石康氏、添谷芳秀氏の3氏が語り合いました。司会は言論NPO代表の工藤泰志です。