いしかわ・よしのぶ
1940年生まれ。64年東京大学法学部卒業後、自治省(現総務省)入省。静岡県総務部長、自治大臣官房審議官、自治省行政局公務員部長などを経て、93年静岡県知事に就任(現在4期目)。知事就任時から「行政の生産性向上」を重視し、日本で初めての本格的な「新公共経営」を確立。2003年には「政令県」制度を中核とする内政構造改革を提唱し、市町村合併の推進や権限移譲に取り組むなど、理論に裏打ちされた地域経営を実践している。
第3話 静岡県の強さの戦略的活用はこう進めている
今、私が考えていることは、例えば医療について、静岡は医者の数が少ないと言われますが、医療の面での安全・安心の大元は何かというと、無医地区は論外ですが、人口当たりの医師数の多少の多寡よりは、重病だ、大変な病気だと言われたときに、高い水準の医療を受けられるかどうかということが非常に大事なのです。そのために、静岡県には日本のトップレベル、いや、できれば世界の最高レベルの医療水準が整っている状態をつくろうとしています。そこで、例えばがんセンターや県立総合病院に大変力を入れています。こども病院もそうです。
いくら静岡市や浜松市が政令市になったからといって、そういうところまではできません。財政的な能力やいろいろな意味合いでそうです。例えば、世界トップクラスの病院をつくると、県内どころか、県外、場合によっては外国からも人が来るかもしれません。そのために大きな財政負担が必要です。政令市の財政の中でそのような負担をするというのはおかしいではないか、市民のためにもっと使えという議論になってできませんが、静岡県の380万程度の規模になると、それこそ選択と集中によって、それをやれば、むしろ皆さんが喜んでくれるということはあり得るのです。それが広域団体の使命です。
極端なことを言えば、外交、国防、刑事、電波、金融といったことはやり切れませんが、その他のことは、例えば国立大学でも、高等教育は全部静岡県庁が仕切る。今現在、多少無理すればある程度仕切れるだけの財政的な能力もありますが、もっと権限・財源を移譲してくれれば、もっと効果的に仕切ることができます。その代わり、本来、静岡県がやらなくていいようなことは市町村の基盤を強くしてやってもらう。
幸いなことに静岡県というのは、長い歴史の中で、かなりの力を持っている地域です。ですから、それをベースに志を高く持ち、世界のトップレベルをイメージして、挑戦していくべきだと考えています。そうは言ってもすべての分野に手は広げられませんので、本県の強みや得意な分野を選択してやっていく。例えば舞台芸術に力を注いでいますが、そのきっかけは世界レベルの演出家が静岡県出身者で、本県の呼び掛けに応えて、創造的な演劇活動に本県で腰を据えて取り組むと決心してくれたことです。当初からしばらくは強い反対の声もありましたが、今日ではこの活動に対する国内外からの評価の高まりにつれて、だんだん批判の声が下火になり、それに賛成する輪が広がってきています。教育はまだそのレベルほど成果は出ていませんが、県立大学や文化芸術大学については、そういう兆しが出てきているのです。今後は独法化した静岡大学なども一緒に巻き込んでやっていきたいということで、そのための土俵として、県内の国公私立大学間のネットワーク活動の充実に取り組んでいます。
経営戦略を考える場合に必要なことは、自らの強さを見出してそれを伸ばしていくことだと思います。それを本県経済に当てはめてみると、静岡県の強みはものづくり、製造業です。このところ、日本の製造業中心の産業構造はだめになった、もっとコンテンツやソフト産業、あるいは産業分類で言えば3次産業を振興しなければならないということが言われ続けていますが、静岡県はものづくりの力が強いのです。私が知事になった15年前、製造業出荷額は全国第5位でしたが、今は3位です。静岡の工業力というのはすごいと実感しています。実際に現場を歩いてみると、研究開発要員が大変多い。製造業というとブルーワーカーで、汗とほこり、油にまみれているとイメージされやすいのですが、実態は違います。病院以上に清潔と言ってもよく、しかも、研究開発要員のウエイトがどんどん高まっている。これを追求していけば、いわゆる世界のものづくりの中心拠点になれると確信できます。
静岡のものづくりの一番の基点になったのは、例えば浜松地域の「やらまいか」という言葉で表現されるチャレンジスピリットです。それを具体的に形に表す技術的、学問的な基礎としての静岡大学工学部がある。加えて、県の東部地域などを中心にして、日本を代表する企業の工場、事業場、しかも、その中に必ず研究所が付設されているという、大変ハイレベルの企業立地がある。これを生かさない手はありません。
しかも、業種構成で見ると、愛知県はトヨタが余りにも巨大で、輸送用機械のウエイトが三菱重工やその他航空機メーカーも含めて考えると5割近くなると思いますが、静岡県の場合は輸送用機械のウエイトは3割です。そのほかに精密機械、電気、紙パルプ、食品、飲料、化学など、非常に多様な業種構成になっています。したがって、これは景気の波動に対して比較的強い。特定の業種に依存していないからです。もう1つは、本県で誕生して、本社をほかに移さずに世界で活躍している企業が沢山あります。ヤマハ、スズキ、ヤマハ発動機、浜松ホトニクス、矢崎グループなどです。そういう企業は特色を持って底力を発揮しています。
企業立地動向ですが、新たに本県に進出した場合だけでなく、既存の県内企業が増設をする場合を含めて、新たに1,000平方メートル以上の土地を取得して設備投資をした場合を1件と数えると、その件数が静岡県は日本一になっています。県としては、企業立地促進のための優遇策をとっていますが、北川さん(元三重県知事)がシャープに対してしたほどのことはやれていません。それでも企業立地が旺盛なのは、本県が幸いなことには、他県と比べて我々の立地条件がいい、即ち東京と名古屋、大阪の間にあって、大市場に容易にアクセスできるということです。また、例えば企業が立地し、関連の協力工場、協力会社を求めようというときに、県内産業が多様な業種で構成されていますから、いろいろな関連機能を容易に調達できるということです。そういう強みがある。水が豊富であるということもありますが、基本的には市場のアクセス性の良さと、関連企業が集積していて様々な機能を利用できる。その2つだと見ています。
それに加えるものがあるとすれば、地価です。バブル経済の頃には静岡県内も大都市圏の土地の値上がりに引きずられて地価が上がり、そのために、例えば東北や九州と比べると、地価が割高な感じがして企業立地が停滞しましたが、バブルが崩壊してから値段が下がり、地価についてのハンディがなくなってきたということもあります。そこで市場近接性ということにさらに意味が出てきた。
静岡県の強さのもう1つは観光産業です。ちょうどバブル経済の後半に伊豆半島では観光関係の設備投資が盛んに行われましたが、それが稼働し始めるころにバブル経済が崩壊した。バブル経済華やかなりし頃は、さしたる努力をしなくても多数のお客が来ましたが、それが過ぎると客足がぱったり遠のき、設備投資が過大になって疲弊してしまった。やっと十数年たった去年ぐらいから、客足の減りが止まり、今年は少し反転して増えてきました。ですから、これからだと思います。また、富士山静岡空港の開港に合わせるかのように、アジア地域からの観光客が非常に増える傾向が出てきました。アジア地域の人にとってみると、富士山や伊豆の温泉はあこがれの的です。
「日本の知事に何が問われているのか」をテーマに、全国の知事にインタビューを続行中です。
現在の発言者は石川静岡県知事です。