「日本の改革は終わったのか」座談会 議事録

2007年11月20日

071113_02_mani.jpg

第4話 成長と財政再建、社会保障の財源、地方再生と格差に問われているもの

工藤  これからは福田政権になって議論が行われている、成長と財政再建、社会保障の財源問題、地方再生と格差の3つの課題についての評価をお聞きしたいのですが。
 
水野  成長と財政再建は論争があって、成長率を高めるべきだというのは、それはできればこしたことはないですが、それは希望と現実を一緒にした議論だと思っています。名目成長率を高めれば、増税負担が少なくなるのはその通りですが、名目成長率は政府がコントロールできるものではなく、結果も目標を実現したわけではありません。こうした状況では成長率は控え目に見て、それで財政再建をやっていくべきだと思います。

 成長率が予想外によかったら、それは別に減税しなくたって、政府の借金がいっぱいあるわけですから、そちらの償還に回せばいいだけの話であって、前提の段階では、成長は控え目ということでやっていくべきではないかと思います。

 高齢化で、医療費が増え続けるのは決まっているわけですから、こちらは複数税率の消費税を導入して、社会保障の財源にもしていかざるを得ない。歳出カットについては、さっき申し上げた省庁別予算と同時に機能別予算、たしかアメリカは両方発表していると思いますが、これを出し、本当に社会保障がどれだけ使われているか、まず事実を明らかにしないと、恐らく歳出構造も変えられないと思います。

 3番目の地方再生はほとんど決め手がないと思います。放っておけば恐らく都市に集中するでしょうから、それは是とするか、政府はどっちの選択をとるかということを決めなくてはいけない。100万都市ぐらいにどんどん集中させていくようなインセンティブをとるのか、今の20万、30万の県庁所在地も含めて、そういうところも再生していくのか、どちらか決めないと、結局、地方再生といっても、所得のある人はみんな都会に出て、お年寄りだけ地方に残る。放っておけばどんどん格差は広がっていくはずです。

齊藤  成長と財政については先ほど発言したので、あとの2点について発言します。まず社会保障の財源の問題ですが、私はまず500兆ぐらいの国債の残高自体をそれほど深刻に考えなくてもいいかなと思っています。国のバランスシートを考えてみると資産もありますので、そういう見合いで言うと、ネットの債務はかなり小さいわけです。資産で手当てがされていない債務が大きいのは、公的年金債務ですが、そこに関しては、フローの部分で税収で賄っていく仕組みが必要です。例えば基礎年金部分ぐらいを税金でやっていくとか、そういう仕組みをどこかでつくって、その財源という話は余りごまかさないほうがいいのではないかと思っています。

 そのときの財源のあり方ですが、あるところまでは消費税というのは、説得しやすいと思っています。全て消費税だけに依存してやっていくと高い税率の数字が出てきてしまうと思いますが、10%という話になると、それほど違和感がないと思います。当面の財源の手段と徴税構造の話はもう少し長期的に考えたほうがいいと考えます。それは消費税だけではなく、ほかの所得だとか、資産課税の仕組みとか、もしくは所得や資産捕捉の方法とか、そういうものをもう少ししっかりつくって、その中でバランスのとれた徴税の仕組みを考える必要があります。

 これだけ格差や分配の問題がクロースアップされているのに、税で手当てする話が余り出てこないのは、ある意味で不自然で、資産課税や資本所得とか、高所得者に対する税の話とかというのは、消費税に中期的に頼りつつ、もう少し長い目で見たときに、そういう税の徴収源と、捕捉の方法は考えるべきです。

 納税者番号のようなものや社会保障番号のようなものは、近代国家の中で必要になってくるだろうし、保険料と税の区別というのは余りないので、徴税の方法をもう少し効率的に行うことは長期的には考えたほうがいいと思います。

 地方の問題ですが、地域経済の活性化でカギになるのは金融の仕組みだと思います。今、地域金融がかなり疲弊していますが、従来型の銀行のような仕組みで資金を回していくのではなくて、もう少しファンド的な発想で地域の人たちも、地域の再生のリスクをとってもらうような資金の調達の仕方とかということを考えて、金融面から地域の資金の流れをつくっていくことはある程度できるのではないかなと思います。

 それと、地方と都市の問題ですが、経済のメカニズムで地方と都市の資源の配分が起きていて、都市に人や物が集中するのは、集積の利益が明らかに都市のほうにあるためです。その流れを無理やりとめるというのは、効率性を考えても余りよくないと思います。ただ、一方で集積したことによるさまざまなコストという面が見えにくくなっているという問題はあります。環境問題や自然災害の問題を考えたときに、南関東地域にここまで資源が集中しているのに、そのリスクのヘッジのためのコストがどのぐらいかという部分は、企業も家計も含めてほとんどフリーライド(ただ乗り)しています。そのコストをある程度見えていくような仕組みを作るべきなのです。

 例えば地震のリスクに対しての手当てがかかるという仕組みが出てくると工場やオフィスの立地戦略においても、東京が常に望ましいのか、または東京圏を通勤圏にしている従業員の福利厚生が本当に保てるのか、そういうようなことまで考えて、市場メカニズムの中で地域への分散が図れるとか、地方の方に少し呼び水的な補助金や税金の仕組みということを考えて、ある程度地方のほうに資源や人を移すことに合理性や効率性の根拠が見えるような形をつくっていく。その流れを地方の金融が後押ししていくようなことが、今後必要になってくるのかなと思います。

  まず、成長と財政再建ですが、実質成長率が高ければ財政再建は非常にしやすい、これはそのとおりだと思います。しかし、物価上昇率が高まれば本当に財政再建が行いやすいのかについては、少し疑問を持っています。1つは、その時には当然金利が高くなって、利払い費も膨らむということまで考えると、必ずしも物価上昇率を上げてやれば、簡単に財政再建が進むというふうにもいかないのではないかと思います。

 もう1つは、名目成長率が高いほうが財政再建が進むという人の論拠として、税収の弾性値が1.1とか、もっと高いという話があります。しかし、本当に税収の弾性値が長期でも1.1とか1.2とか、高いとすると、10年も20年もすると、自動的に租税負担率が上がっていってしまいます。それはインフレ税のようなもので、ほとんど増税しているのと変わらないことになってしまいます。とにかく名目成長率さえ高めてやれば、財政再建が非常にうまくいくというのは、どこかに幻想があると思います。

 もちろん実質成長率が高くなるというのは非常に望ましいことです。先ほど斉藤先生が、バブル景気の時期に日本の企業が非常に無駄な投資をやったというお話をされましたが、日本の場合、GDPの中で設備投資の比率は16%ぐらいで、アメリカは設備投資の比率は10%くらいしかありません。日本のほうは実質成長が1%かせいぜい2%ぐらいしかなくて、向こうは設備投資の比率はもっと低いのに、成長率は日本よりも高かったわけです。結果として起こっていることは、実は日本はGDPは大きいですが、そのかなりの部分を固定資本減耗、つまり壊れたものをもう一度つくり直して維持するためだけに使っている。

 その結果、消費のウエートは実に低いわけです。1人当たりGDPがこんなに大きいのに何で貧しいかといえば、生産はするけれど、ほとんど消費に使っていないからなのです。成長戦略というと、すぐに設備投資をもっと刺激してという方向に行くのですが、本当にそれだけで良いのだろうかと思います。

 2番目の社会保障の財源の話ですが、これは既にかなりの部分が税金で賄われているという認識がないため、保険料を払ったのだから、もらって当然だと、これだけ何十年も払ったのになぜこれしかもらえないんだ、と皆文句を言うわけです。しかし、自分が払った分でもらえる積み立てた分というのは、実はそんなにたくさんなくて、結構税金が入っている。それをもう少しきちんと説明しなければなりません。特に今度、基礎年金の国庫負担の割合を3分の1から2分の1に引き上げるとすると、基礎年金の半分は税金で賄っている形になるわけです。それをあたかも皆さんが払った保険料でできていると言うから、みんな権利意識が強くなって、減らすというのは何事だというふうになる。本当は増やしたければ税金をもっと上げないとできませんというふうに言わないと、先に進まないと思います。

 もう1つは、社会保障費は年金と介護と医療の全部をみんなが納得するようなレベルで維持するのは無理だということです。最低限のところは面倒を見るけれども、ほかの面倒は見られない。これは説明する必要がある。寝たきりになったときとか、病気になったときの最低限だけ守るのであれば、年金はこんなに要らないのではないか。

 年金でそんなにお金が必要だと思うのは、資産は持っているが、この状態で寝たきりになってしまうと、幾らお金がかかるかわからない。だから、年金は自分が持っている資産を減らさないだけもらわないと、と思っている。介護とか医療をもっと手厚くしてやれば、実は年金はもっと少なくてもみんな納得するのではないかと思っています。

 最後に、地方の再生の問題ですが、これもナショナルミニマムというのを考え、ここまでは最低限だから国が面倒を見てあげるが、それ以上はできない、それ以上は地方で考えてくださいということを言わないとだめです。例えばどこに住んでも生活保護とか、年金で、一定の所得が保障されますが、都市と地方である程度の所得格差があるということまでは面倒を見切れない。それが嫌なら都会に出てきてくださいと言うしかないと思います。

 地域によって経済的な格差があるのはしかたのないことで、都会は確かに賃金は高いけれども、環境は悪いし、家も高い。地方に行けば所得は低いかもしれないけれども、家は安いし環境はいい。そういう違いがあるのは当たり前だと。どちらを選ぶかというのは、あなたの価値観ですよというような提示の仕方をすべきなのです。特に医療や介護の効率を考えると、とてもではないですが、山のてっぺんに住んでいる人までちゃんとした医療とか介護を供給するというのは、コストが高くてできない。できるだけのことはするが、都会の真ん中に住んでいるのと同じようなレベルではできないということははっきり言うしかないと思います。

高橋  成長については皆さんおっしゃっている通りだと思います。名目成長率が上がって、結果的に税収が増えるのであれば、それはいいのでしょうが、名目成長率を上げるということ自体が非常に難しいわけで、物価と金利の関係もあるわけです。目標として実質成長率を何とかして上げていくということはやるべきですが、名目に頼るというのは危ないことだと思います。物価と金利の関係とか、名目に余り頼らないとかという意味では、今回諮問会議から出てきたものは少し修正されているように思います。実質成長率を上げていくための手だてをとるということが基本だと思います。

 経済構造がよくなれば、税収弾性値も上がっていくわけですから、そういう意味でも、実質成長率を上げる議論をすべきです。残念ながら、福田政権になって、実質成長率の話が忘れられているのではないのかというところが危惧するところです。

 財政の問題ですが、今回の諮問会議の試算で、必要増税幅という言葉が使われています。私は必要額というところまではいいと思いますが、それがすなわち増税ではないと思います。やはり歳出改革、行政改革をどこまでできるのか、成長でどこまでカバーできるのか、それから、自己負担の部分をどこまで求めるのかというようなところまで含めて考えて、最後、増税の必要な額というものを考えていくべきで、あの数字がそのまま増税幅としてひとり歩きするというのは非常に危ない。

 また、分配のことをもっときちっと考えるべきではないか。皆さんのお話にありましたが、日本では社会保障の面で、最低限のセーフティーネットは何なのか、どこに置くべきなのかという議論をもう1回すべきではないのか。それが生活保護なのか、年金なのか、全然違うもののようにいわれますが、もう既に年金の政府負担が2分の1あるわけですから、余り保険と税の区別をしてもしようがないと思います。そういう意味で、年金という形であろうが、生活保護という形であろうが、セーフティーネットをどうきちっとつくるのかという議論をして、あとは上乗せ部分をどうしていくか。それから、セーフティーネットを考えるときに、分配の観点から消費税でとるのか、所得税の体系を変えるのか、法人の税負担をどうするのかということを一緒に考えていく。結局は年金の問題をきっかけにして社会保障の問題について、セーフティーネットを考え、かつそのときには税と保険料の話も一緒に考えていく。増税の話ではなく、税体系をどう変えていくかという話に帰着すべき問題だろうと思います。

 地方については、私は基本はもっと分権を進めて、地方の自立自助のための自己決定の仕組みをつくっていくということがやはり基本だと思います。道州制という華々しい議論をする前に、どうやって足元で実質的な分権を進めていくのか。道州制は先のことだということで議論されていないのかもしれませんが、むしろ、足元の分権が進まないのに、道州制の議論をしても、結局は官僚が抵抗して何も進まないということになるのではないかと思います。

 都市と地方の対立とよく言われますが、私は対立の構造を日本の国内でつくっている暇はないと思います。東京がいますごく伸びているように思われますが、しかし、アジアとか世界の中での東京ということを考えると、競争力はすさまじく弱くなってしまっている。インフラ1つとっても、港や空港はほかのアジアの都市にかなわないような貧弱な状態です。今、東京がいいとしても、世界の中で本当に生き残っていけるかどうかわからないという状況であり、東京をいじめて済む問題ではない。

 一方で、地方も自助自立していく。どうやって自分たちで活力を取り戻していくかという手だてを考えていかなくてはいけない。ミニマムは中央政府にやってもらうとしても、その上に何をつけ足していくかというのは、全部自己決定に任せる。そのときに地方は、先ほど金融のお話がありましたが、私は逆に今度は担い手のほうで、住民の自治とかNPO、あるいは市町村の組み直しという形で、行政に代わる担い手がもっと出てきて、その人たちが動くことで、地域の中の活力が生まれてくる、そういうメカニズムをいかに育てていくというところをもっと考えなくてはいけないのではないか。都市と地方の格差という結果に余り気をとられる必要はなく、再生のメカニズムをどうやってつくるかというところにポイントがあると思います。

全6話はこちらから

Profile

齊藤誠(一橋大学大学院経済学研究科教授)
さいとう・まこと
1960年名古屋市生まれ。京都大学経済学部卒業、マサチューセッツ工科大学(MIT)経済学博士(Ph. D.)。住友信託銀行、ブリティシュ・コロンビア大学(UBC)経済学部、大阪大学大学院経済学研究科等を経て、2001年から現職。著書に『新しいマクロ経済学 新版』(有斐閣、06年)、『資産価格とマクロ経済』(日本経済新聞出版社、07年)など。
高橋進 (日本総合研究所副理事長)
たかはし・すすむ
1953年東京都生まれ。エコノミスト。立命館大学経済学部客員教授、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科客員教授等を歴任。2005年民間出身者として3人目の内閣府政策統括官として登用された。
水野和夫(三菱UFJ証券株式会社 参与 チーフエコノミスト)
みずの・かずお
1953 年生まれ。80年早稲田大学大学院経済学研究科修士課程修了、八千代証券(81年合併後は国際証券)入社。以後、経済調査部でマクロ分析を行う。98年金融市場調査部長、99年チーフエコノミスト、2000年執行役員に就任。02年合併後、三菱証券理事、チーフエコノミストに就任。2005年10月より現職。主著に『100年デフレ』(日本経済新聞社)、『人々はなぜグローバル経済の本質を見誤るのか』(日本経済新聞出版社)。
櫨浩一(ニッセイ基礎研究所 経済調査部長)
はじ・こういち
1955年生まれ。78年東京大学理学部物理学科卒、80年同大学院理学系研究科修了、90年ハワイ大学大学院経済学部修士。81年経済企画庁(現内閣府)に入庁(経済職)、国土庁、内閣官房などを経て退官。92年ニッセイ基礎研究所入社、2007年から現職。専門はマクロ経済調査、経済政策。著書は『貯蓄率ゼロ経済』(日本経済新聞社)。他に論文多数。
工藤泰志(言論NPO代表)
くどう・やすし
1958年生まれ。横浜市立大学大学院経済学修士課程卒業。東洋経済新報社で、『週刊東洋経済』記者、『金融ビジネス』編集長、『論争 東洋経済』編集長を歴任。2001年10月、特定非営利活動法人言論NPOを立ち上げ、代表に就任。

071113_02_mani.jpg

1 2 3 4 5 6