「日本の改革は終わったのか」座談会 議事録

2007年11月20日

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第1話 必要なのは改革をきちんと検証すること

工藤  福田政権になって、成長を軸とした経済政策の進め方は変更があったように受け止められます。ただ、その変更は、政権として十分な説明があるわけではありません。政策論としてどう変わったのでしょうか。

高橋  2007年の骨太の方針は2007年の6月19日閣議決定されて公表されましたが、その後に参議院選挙での与党の敗北と安倍政権の瓦解があったわけです。そういう意味では、骨太2007を出した時と状況とかなり変わってきています。骨太2007を出した時点では、改革の継続というスタンスが相当強かったわけですが、福田政権になった時には改革を継続すると同時に、私は勝手に「弱者への配慮」というふうに括らせていただきますが、改革の継続だけではない、別の配慮が求められ、そこにある程度答えを出していかなくてはいけなくなった。

 したがって、改革の継続と弱者への配慮、この2つをうまく両立させていくということが福田政権の基本的な運営のスタンスだと、思いますし、総理のその後の発言を聞いている限りは、この2つの両立を彼の経済政策の座標軸に据えているように見えます。

 ただ、現実問題として、本当にこの2つがうまく両立していくのか、あるいは現政権が両立させて運営をすることが可能なのかについては、私はかなり悲観的です。改革の継続ということは随分口にされていますが、実際にはかなり改革の後退が始まっている。そして、弱者への配慮ということが来るべき選挙での集票ということと相まって、ばらまきという形に形を変えてといいますか、そういう形の歳出圧力に変わっていく、そんな動きが出てきています。

 ただ、福田政権になったからそうなったのかというと、必ずしもそうではない。私が内閣府にいたときに小泉政権から安倍政権に代わりましたが、党のほとんどの方の支持を受けて政権ができたわけで、それがゆえに路線闘争がないままに安倍政権が成立したのです。したがって、成立した途端に支持基盤である党の中からいろいろな意見が出ており、とりわけ小泉改革に対する反動のようなものが非常に強くなり、安倍政権は一見、党の全幅の支持を受けているように見えますが、党自体が実際には改革の反動のような形が強くなってきて、それが安倍政権の政策運営にブレーキをかけていったという色彩が強かったと私も思っていました。それを総理も無視できなくなっていたのだと思います。

 福田政権は、参議院選の敗北と安倍政権退陣の反省に立ってできたわけですが、結局、挙党体制の上にでき上がっており、その意味では、安倍政権と性格が似ており、党内の対立をそのままにして、その上に政権が乗っかっているという構図になっているわけです。小泉内閣のときには、政権と党のねじれということがよく言われましたが、今回はそのねじれが衆議院と参議院のところで起きている。ただ一方で、政権と与党ということで言うと、小泉内閣の時のようなねじれはなくなっているように見えますが、逆にねじれがない分だけ座標軸がはっきりしない。それが実際の政策運営を曖昧なものにしている。そういうことを今は感じています。

工藤  新しい捩れとして参議院の存在自体が大きなものになっています。ある意味では二つの政府の状況ですが、参議院で優位の民主党も座標軸を描けていないと思えますが。

高橋  民主党の中も、やはり改革を進めたい人たちと、どちらかと言えば既得権にしがみついていこうとする人たちと、2つに分かれている。野党として政権をとるということで、今はある意味、一枚岩になっているわけですが、逆に言うと、もし政権が近づいてきたり、政権をとったということになると、途端に自民党と同じように路線の違いというのが表面化してくるのではないか。

 少し話が先に行き過ぎてしまうかもしれませんが、大連立とか、与野党の連立とかという議論の背景には、自民も民主も両方とも、党の中に全く違う考えの人たちが同居している。その同居の状態というのが続いている限りは、なかなか政治が前へ進んでいかない。そうした状態を解消するとすれば、例えば連立という形でもっとすっきりさせて、政界再編に持っていくとか、そういう話もあるかも知れません。ただ、実際に与野党の権力闘争の中で実際の政治がそういうふうに動いていくのか、当事者の方がそう考えているのかは分かりません。

水野  高橋さんのお話はそのとおりだと思います、では、継続すべき改革とは何か、ですが、恐らく小泉政権のときの改革というのは、私は余り改革ではなかったと思っています。ただ、それに反対すると抵抗勢力になりますから、みんな改革賛成になるしかない。 

 企業が自ら改革をしないと生き残れないという時代になっているわけです。小泉さんが行ってきた改革は、そうした企業の背中をある程度押すことは必要だったかもしれませんが、そる以上のものではなかった。むしろ、今振り返ってみると、小泉さんがやるべきことは、やはり財政再建だったと思います。

 今、こういう弱者への配慮が必要だというときには、財政の裏づけがないと何もできない。そういう意味では、政府が一体、どういう改革をすべきか、改革の中身がよくわからないままここまで来たということが、状況を手詰まりにさせている。政府は、口では恐らく弱者への配慮と言うのでしょうが、実際には何もできないわけです。この5年間、景気が回復していても、年収200万円以下の人の層が年中増えている。では、こうした人はみんな努力しないで遊んでいるからそうなったかというと、恐らくそんなことはないと思います。

 今の日本で年間、200万円、2人働いても400万円で生活しようとしても、それは事実上無理な話です。今、高齢化社会で地方が過疎だから、土地を売って都会に出てくればいいじゃないかと言っても、恐らく過疎の土地は値段がつかないでしょう。そういうときには移転するための費用というのが要るでしょうし、皆さん自由に移ってくださいと言うわけにいかない。

 そういう意味では、これからいろいろな財政出動が必要になってくると思うのですが、その金がない。福田政権の経済政策というのは、財政を早く黒字にして、こういう状況に対応できるようにしないとならない。財政構造改革というのは、引き続き私は最大の経済政策になるのではないかなと思います。

齊藤  私は皆さんのように足元をきっちり見ての感想より少し離れたところからの見方になります。形だけを見ると、安倍政権から福田政権に移って、経済関係の閣僚とか、財政諮問会議のメンバーとかに、大きな変化はないので、表面的には政策面で継続性があるように見えます。ただ、実際には意識的にやっているかどうかは別として、かなり大きな見直しが起きているのではないかという気がします。

 安倍政権と小泉政権をキーワードで考えてみると、構造改革、経済成長、財政再建、所得分配と、これらの関係をかなり明確に言っていたと思います。「改革なくして成長なし」ですから、構造改革をして経済成長を促していく。「成長なくして財政再建なし」ですから、財政再建の財源は基本的には成長果実で賄っていく。「底上げ政策」では成長して底辺を上げていくことによって、分配面での生活を高めていくということも言われました。

 ただ、キーワードの関係は前政権と前々政権で明確でしたが、これが必ずしもロジックが明らかでなくて、レトリックにとどまっていた面が強かったような気がします。ですから、今の政権がやっていく作業としては、この関係が本当にあるのかないのかということをまず検証してみる、それをまず考えていかないといけない。

 それと同時に、いまお二方のお話の中にも出てきましたが、それぞれの中身についても検証してみないといけない。たとえば、構造改革と言ったときに、前政権や前々政権がやってきた改革が、どこまで実際の日本経済の構造を改革してきたのか、実際に不良債権処理とか、郵貯や、道路公団を初めとする民営化ということで言うと、かなり改革のメニューは着実にこなしてはきたが、その中身が本当に当初目的としていたことどおりの経済的な成果を生んでいるのかどうか。と同時に、財政再建自体の中身、財政構造が本当に歳入と歳出に関してきっちり長期的にサステイナブルな形になっているのかどうか。つまり、今まで何となく、改革すれば成長がある、成長すれば財政再建もできる、成長すれば分配の問題もある程度解消するというふうに、期待値で議論していた部分を1つ1つ検証していって、それぞれの中身も吟味して地に足がついたような政策の考え方をしていくことがこれから大切なわけです。

 その意味では、実質、中身のある政策の議論に移っていくことが問われているし、福田政権以降もそうせざるを得なくなるのではないかという気がしています。
 
  斉藤先生が言われた期待の話というのは重要で結局、小泉さんが改革をやったときに、これをやれば物すごくいいことがある、集中改革期間で2~3年我慢すれば、その後は、物すごくいいことがあると言ったのです。そう期待したからみんな我慢してきたわけです。確かに成長率は上がったかもしれない。だけれども、現実には低所得者の人は全然所得が伸びなくて、むしろ所得が下がったような人もいるし、サラリーマン全体としてみると、賃金は全然上がってこない、むしろ下がっているという状態の中で、ここのところをどうするのかという問題があると思います。だから、福田さんの考え方が、小泉さんや安倍政権と異なり、経済政策が変わったということではなくて、皆が期待していたものと現実の間にギャップがある。この間を埋めないと先に進めないというところに来ている。

 これは改革という方向からすると、弱者救済ということで一歩後退することになるかもしれないが、さらに二歩前進しようとするためには、今は後退するという戦術も必要になってくるところがあるのではないかというふうに私は思います。

 財政再建がすごく大事だというのは分かりますが、小泉さんのときにあの国債発行枠30兆を無理やり減らすというのが本当によかったかどうかというのは、私は疑問です。こうやって経済が立ち直ってきたというところから見ると、あのときに余り慌ててやらなくて、むしろそれは正解だったのではないか。この後も、斉藤先生がレトリックと言われた「成長すれば財政再建ができる」という話だけで先に進めるかどうかというところになると、やっぱりもう一度ちゃんと検証してみないといけない、それだけではいかないかもしれない、そういうところに来ているのではないかと思います。

全6話はこちらから

Profile

齊藤誠(一橋大学大学院経済学研究科教授)
さいとう・まこと
1960年名古屋市生まれ。京都大学経済学部卒業、マサチューセッツ工科大学(MIT)経済学博士(Ph. D.)。住友信託銀行、ブリティシュ・コロンビア大学(UBC)経済学部、大阪大学大学院経済学研究科等を経て、2001年から現職。著書に『新しいマクロ経済学 新版』(有斐閣、06年)、『資産価格とマクロ経済』(日本経済新聞出版社、07年)など。
高橋進 (日本総合研究所副理事長)
たかはし・すすむ
1953年東京都生まれ。エコノミスト。立命館大学経済学部客員教授、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科客員教授等を歴任。2005年民間出身者として3人目の内閣府政策統括官として登用された。
水野和夫(三菱UFJ証券株式会社 参与 チーフエコノミスト)
みずの・かずお
1953 年生まれ。80年早稲田大学大学院経済学研究科修士課程修了、八千代証券(81年合併後は国際証券)入社。以後、経済調査部でマクロ分析を行う。98年金融市場調査部長、99年チーフエコノミスト、2000年執行役員に就任。02年合併後、三菱証券理事、チーフエコノミストに就任。2005年10月より現職。主著に『100年デフレ』(日本経済新聞社)、『人々はなぜグローバル経済の本質を見誤るのか』(日本経済新聞出版社)。
櫨浩一(ニッセイ基礎研究所 経済調査部長)
はじ・こういち
1955年生まれ。78年東京大学理学部物理学科卒、80年同大学院理学系研究科修了、90年ハワイ大学大学院経済学部修士。81年経済企画庁(現内閣府)に入庁(経済職)、国土庁、内閣官房などを経て退官。92年ニッセイ基礎研究所入社、2007年から現職。専門はマクロ経済調査、経済政策。著書は『貯蓄率ゼロ経済』(日本経済新聞社)。他に論文多数。
工藤泰志(言論NPO代表)
くどう・やすし
1958年生まれ。横浜市立大学大学院経済学修士課程卒業。東洋経済新報社で、『週刊東洋経済』記者、『金融ビジネス』編集長、『論争 東洋経済』編集長を歴任。2001年10月、特定非営利活動法人言論NPOを立ち上げ、代表に就任。

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