安倍政権1年実績評価 個別項目の評価結果 【経済再生】

2013年12月20日

総論

 安倍政権の経済政策は、アベノミクスという「大胆な金融政策」「機動的な財政政策」「成長戦略」の三本の矢から成る。政権発足からこの1年で、アベノミクスがデフレ脱却、名目3%、実質2%成長の実現に向けてどのような効果を発揮したのか、あるいは、発揮する道筋がどこまで見えたのかという観点から評価する。アベノミクスの最終的な目的は、第一の矢である金融政策によって円安・株高を実現し、これを契機とする企業業績の回復が民間設備投資の拡大、賃金上昇による持続的な個人消費の拡大に結び付く好循環を実現することであり、この点からは、未だ十分な効果が発揮されたとは判断しがたい。公共事業の拡大など財政支出の拡大という第二の矢は、景気下支えの役割を果たしてはいるが、財政制約面から持続性には乏しく、公需から民間需要へのバトンタッチが進むかは未だ不透明である。この好循環を実現する鍵は、第三の矢である成長戦略の着実な実行によって、民間企業のリスクテイクを促すとともに、企業業績の回復が賃上げ、個人消費の拡大という形での景気回復メカニズムを発揮できるかどうかにある。

 まず、第一の矢である金融政策に関しては、異次元緩和と呼ばれる市場の予想を上回る大胆な金融緩和によって、市場の「期待」は大きく変化した。円安・株高によって、個人や企業のマインド改善が明確となり、円安は輸出企業の業績改善をもたらし、株価の上昇につながった。同時に、株価上昇は、資産効果の発現という形で個人消費の回復をもたらした。ただし、こうした効果は、円安・株高基調が続いた年前半を中心に生じている。円安・株高が一服した夏場から秋口にかけては、景気回復ペースも鈍化しており、持続性に不安の残る回復となっている。家計や企業のインフレ期待も足下の実際の消費者物価上昇を受けて高まりを見せつつあるものの、デフレ脱却を確信できるものとはなっていない。

 第二の矢である機動的な財政政策については、大規模な経済対策と補正予算が打たれ、足下の景気回復を下支えしていることは事実である。また、来春の消費税率引き上げに備えて追加経済対策の発動も決定しており、来年の景気後退リスクを最小化するという意味で、心理的にもプラスの効果を発揮している。ただし、大規模な財政支出は、財政制約面から持続不能であり、現実にも財政政策の効果が切れると大きな需要の反動減が生じる。この意味で、第二の矢は、第三の矢の効果が発揮されるまでの時間を稼ぐ政策に他ならず、同時に財政規律を緩ませるリスクを冒すものであることには留意が必要である。安倍政権において、そうした認識がどこまであるのかは不透明である。

 アベノミクスの最重要の矢である成長戦略については、多くの重要法案が臨時国会で成立したことは素直に評価できる。「日本再興戦略」(6月14日閣議決定)では、わが国経済がデフレから脱却し、少子高齢化、人口減少が続く下でも持続的な経済成長を遂げるために、①産業の新陳代謝を活発化させることによって、産業構造を高度化する、②健康・医療、環境・エネルギー、次世代インフラ、農業の4分野を新たな内需拡大の柱に育て上げる、③製造業のみならず非製造業も、大企業のみならず中小企業もグローバル展開を加速することによって海外市場を開拓すると同時に海外からの対日投資拡大をも促すことなどが掲げられた。そのためには、TPPなど経済連携の促進、大胆な規制改革、法人実効税率の引き下げ、労働市場の改革による雇用の流動化促進が不可欠の課題であり、これらの課題に対する安倍政権の取り組みは、なお不十分といえる。

 また、産業界の期待が大きい法人実効税率の引き下げは、震災復興法人特別税の1年前倒し廃止が実現した点は高く評価されるが、さらなる引き下げについては「速やかに検討する」という意思表明に止まっており、実行性は不透明である。労働市場の改革については、派遣規制、労働契約法、職業紹介事業の規制緩和を目指している点は評価できるが、解雇規制やホワイトカラー・エグゼンプションについては、国家戦略特区での一点突破を目指したものの、失敗に終わっている。とくに、成長戦略の目玉として期待される国家戦略特区は、基本法が成立したものの、具体的内容、地域の決定は、時期が当初の秋口から年明けにずれ込んでおり、スピードが鈍っている。また、特区内での規制改革の中身は小粒なものが多く迫力に欠け、特区内での法人実効税率の引き下げも方向性が見えていないなど、総じて事前の期待を下回る内容となる可能性が強く、現時点では高い評価は与えられない。

 経済政策全体に対する安倍政権1年を見てみると、今までの政権にないぐらい、様々な取り組みが動き始めており評価できる。しかし、現時点での好景気は、異次元の金融緩和や公共事業等の公需によるものであり、成長戦略で出された項目をどれだけ早く実現し、民需へのバトンタッチの姿を示すことができるかが、安倍政権の経済政策見ていく上でのポイントとなる。


安倍政権1年実績評価 個別項目の評価結果 【経済再生】

評価項目 評価 評価理由
「経済再生本部」を司令塔に「成長で富創出」ができる経済に転換、名目3%以上の経済成長を達成する
3 大胆な金融緩和と機動的な財政運営により、為替の円安や株価が上昇し企業マインドは改善した。結果、7~9月期までのGDPの押し上げに大きく寄与し、13年度は3%近い名目成長の達成は可能である。しかし、10月の設備投資は、大きな伸びにはなっておらず(前月比0.6%)、所定内給与は17か月連続で減少しており、実態経済の本格的な回復はまだ見られない。
経済政策にはタイムラグがあるとはいえ、14年度以降の3%の名目成長達成は、非常に厳しい状況であり、政府が目標とする10年間の平均名目3%、実質2%の経済成長については、現時点では見通せない。
賃金上昇と雇用拡大を実現するため、政・労・使の連携を深める
4 政府は「政労使会議」を開催し、14年春闘での賃上げを含む報酬引き上げを求めた。同時に、賃上げ増を税制面でも支援するため、14年度の与党税制大綱には、所得拡大促進税制の拡充、復興特別法人税の1年前倒しなどが盛り込まれた。
実際の賃上げの引き上げについては、各企業の判断に委ねられるが、賃金上昇にむけた流れをつくろうとする政治の強いリーダーシップは評価でき、「賃金上昇と雇用拡大」の実現に向けて動いていると判断できる。
2%の物価目標を設定し、日銀法の改正も視野に政府日銀が連携し、大胆な金融緩和を行う(第一の矢)
2 10月の全国消費者物価指数(総合)は前年比1.1%となり、生鮮食品を除くコアCPIは0.9%まで上昇。また、食料やエネルギーを除くコアコアCPIについては、13年10月の段階で0.3%と5年振りのプラスで、少しずつだが上昇している。しかし、現時点での物価上昇の大きな要因は円安効果に伴う電気代(前年比8.2%)、ガソリン(同7.1%)などコストプッシュ型の物価上昇であり、内生的な需要拡大による物価上昇とはいえない。少しずつ経済の温度は温まってきたことは認めるが、安定的に物価が上がる局面ではなく、2年で2%の物価上昇は現時点では困難だと判断する。
2、3年は景気の落ち込みや国際リスクに対応できる弾力的な財政運営を推進(第二の矢)
3 弾力的な財政運営により、12年度補正予算と13年度予算を合わせ、景気の下支えを行いつつ切れ目のない緊急経済対策を実行した。その結果、1~9月期までGDPの押し上げに大きく寄与し、景気のカンフル剤としての役割を果たしたと評価できる。しかし、第二の矢はあくまでも経済が本格的に回復するための時間稼ぎに過ぎず、その間に財政支出に依存した経済から民需中心の経済に早期に移行できるかが鍵となるが、成長戦略の具体的な実行はこれからであり、現時点で判断できない。
そもそもどのような場合に「機動的・弾力的な財政政策」を発動するのか、その基準が国民に十分に説明されていない。
TPP交渉は聖域なき関税撤廃が前提の限り反対
3 TPPに関する自民党のマニフェストは選挙を意識したつくりとなっており、非常にわかりづらい目標となっている。この目標を「聖域を守る努力をしながら参加を達成する」と解釈すれば、その実現に向けて努力をしている点は評価できる。
当初、日本政府は、自由化率93.5%を上限に交渉したが、他の交渉参加国との主張の隔たりは大きく、品目の一部を市場開放して「聖域5分野」は死守することで、自由化率を95%程度まで引き上げ12月TPP交渉の閣僚会合で提示した。しかし、他国と比較して自由化率はまだ低く、米国も不十分と強硬に主張し、年内の妥結は見送られた。こうした交渉状況を判断すると、日本の主張が実現する形で、交渉が妥結するかは現時点で判断できない。
世界で勝ち抜く製造業の復活に向けて「産業競争力強化法」を制定する(第三の矢)
3 「産業競争力強化法」は12月4日に成立した。しかし、当初想定されていた法人実効税率の引き下げ、雇用の流動性の向上、エネルギーコストの抑制などの課題は先送りされた。14年初頭に閣議決定する実行計画には、規制緩和や税優遇の時期を明記する予定であるが、ホワイトカラー・エグゼンプション、混合診療の拡充など具体策を盛り込めるかが課題となる。法律は制定されたものの、「世界で勝ち抜く製造業の復活」という目標に向かって機能するかは、現時点では見通せない。
特異な規制や制度を徹底的に取り除く「国家戦略特区制度」を創設する
3 12月7日「国家戦略特別区域法案」が成立した。今後は国家戦略特区諮問会議の立ち上げ、特区地域の指定などを行い、特区制度は来春にも始動する予定になっている。しかし、法案の成立は当初予定の10月から遅れ、年明けになるなどスピード感が乏しい点は評価を下げざるをえない。また、特区の中身について、海外企業やベンチャー企業を特区に呼び込むため、①短期契約を5年を超えて更新しても無期転換しないことを使用者と従業員が事前に約束できる、②解雇の要件や手続きを契約書面で明確化する、など雇用についての特例措置は見送られた。特区でどのような規制や制度を取り払うのか、どのような地域を対象にするのかなど具体的な内容についてはこれからの課題である。そのため、法律は成立したがこの戦略特区がどう実現するかは、現時点では判断できない。
日本の立地競争力の復活でイノベーション基盤の強化や法人税の思い切った引き下げを行う
3 「日本再興戦略」(6月14日閣議決定)にて、「2020年までに、世界銀行のビジネス環境ランキングで15位から3位以内に」、「世界の都市総合力ランキングで東京が現在の4位から3位以内に」入ることが目標として掲げられ、目標の実現に向けての手段として「国家戦略特別区域法案」が成立し、特区内に進出する企業を対象に設備投資や研究開発などで税負担を軽くすることを盛り込んだ。また、PFIの積極的活用に甘利大臣が理解を示すなど、一部の施策は実現に向けて動き始めた。しかし、法人税の思い切った減税については、2014年税制大綱では「引き続き検討する」との表現にとどまり、現時点で実現のめどは立っていない。
科学技術を国家戦略として推進し、世界で最もイノベーションに適した国を創り上げる
3 「日本再興戦略」(6月14日閣議決定)において、①今後5年間で、科学技術イノベーションランキング世界1位(現在5位)、②今後5年間で官民合わせた研究開発費をGDP比4%に上昇させる(現在3.7%)、との目標を設定した。政府は、文科・経産など各賞バラバラだった研究活動をまとめるため、総合科学技術会議に総合司令塔機能を持たせる方向で制度設計を行っている。加えて、予算を自ら重点配分できるよう「戦略的イノベーション創造プログラム」(517億円)を概算要求し、来年度から5年間にわたり最先端の基礎研究を支援する基金に、2000億円前後を計上する検討に入った。①②ともにその目標の実現に向けて動き始めたが、いずれも高い目標で達成できるかは現時点で判断できない。
再生医療の実用化をさらに加速させる                      
4 「日本再興戦略」(6月14日閣議決定)において、2020年までに医療関連産業の市場規模を16兆円に拡大する目標を提示した(現在12兆円)。iPS細胞を使う再生医療の実用化に向けた薬事法改正案と再生医療安全性確保法案が11月20日成立し、再生医療技術を活用した製品の製造承認の早期審査(薬事法改正)、医療機関が患者から採取した細胞の培養や加工の企業委託が可能になった。また、日本版NIH(米国立衛生研究所)の創設、混合診療の対象範囲拡大も検討されており、現時点では「再生医療の実用化」に向けて目標達成に向かって動いていると評価する。
観光立国の取り組みを強化。2013年に外国人旅行者1000万人、2030年に3000万人超を目指す 
4 アベノミクスによる円安傾向や7月から東南アジア5カ国でのビザの発給要件緩和などを背景に、日本政府観光局は1~11月の訪日外国人客数が949万9300人と発表し、年間1000万人の外国人旅行者の誘致目標は達成の可能性は高い。2030年3000万人の目標は、現時点では判断できないが、東京五輪などもあり訪日外国人の訪日の伸びは期待でき、目標達成の方向で動いていると判断できる。
2020年までにあらゆる分野で女性が指導的な地位を占める割合を30%以上とする目標を実現
2 日本の25歳~44歳の女性の就業率を底上げするために、「日本再興戦略」(6月14日閣議決定)で、就業率を73%(現状 68%)にすることを目標に掲げた。今後2年間で約 20 万人分、2017 年度末までに約 40 万人分の保育の受け皿の確保、女性の活躍促進、仕事と子育ての両立、育児休業中、及び復職後の能力アップの支援に取り組む企業への支援を行う施策が示された。しかし、掲げられた目標はあくまでも努力目標であり強制力はない。実現に向けた具体策は「待機児童解消加速化プラン」の展開ぐらいしかなく、目標達成はかなり困難である。
戦略的海外投資や経済連携、国際資源戦略を展開
4 国際経済戦略会議は設置には至らなかったが、代わりに官邸に設置した経協インフラ戦略会議で、「2020年に約30兆円(2010年約10兆円)のインフラシステムの受注(事業投資による収入額を含む)」の実現を目標とする「インフラシステム輸出戦略」を決定した。安倍首相は就任後、インフラ設備についてトップセールスを実施し、海外からのインフラ受注額は13年1~9月に5兆円を超え、昨年の通年実績の1.6倍に増加した。受注件数も158件(昨年137件)を上回るなど、一定程度の成果をあげている。現時点で2020年に約30兆円という目標を達成できるかは判断できないが、目標達成に向けて、今までの政権にはないほどの積極的なセールスは評価できる。


各分野の点数一覧

安倍政権通信簿は2.7点(5点満点)
経済再生
財政
復興・防災
教育
外交・安保
社会保障
3.2
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2.7
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3.3
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教育分野の評価詳細をみる
3.1
外交・安保分野の評価詳細をみる
2.3
社会保障分野の評価詳細をみる
エネルギー
地方再生
農林水産
政治・行政改革
憲法改正
2.6
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2.2
地方再生分野の評価詳細をみる
3.3
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2.7
政治・行政改革分野の評価詳細をみる

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実績評価は以下の基準で行います

・未着手
・着手後、断念したが、その理由を国民に対して説明していない
0点
・着手後、断念したが、その理由を国民に対して説明している
1点
・着手し、一定の動きがあったが、目標達成はかなり困難な状況になっている
・政策目標を修正した上で着手したが、その修正理由を国民に説明していない
2点
・着手し、現時点では予定通り進んでいるが、目標を達成できるかは判断できない
・政策目標を修正した上で着手したが、その修正理由を国民に対して説明している
3点
・着手し、現時点では予定通り進んでおり、目標達成の方向に向かっている
4点
・この一年間で実現した。もしくは実現の方向がはっきりと見えてきた
5点