預金者である市民を置き去りにしたまま進む休眠預金活用法案
工藤:今日の言論スタジオは休眠口座の問題について考えてみたいと思います。休眠口座という耳慣れない言葉をみなさんご存じでしょうか。日本の場合は10年間に渡って銀行での取引のない口座、または(預金者と)連絡の取れない口座をいうのですが、その口座に入っているお金が、あることに使われるという法案が、いまの国会の中で決まりそうだという事態です。安保法制についての国会論戦は数多く報道されていますが、こうした預金の使われ方、という問題について、当事者である私たちがなかなか知らないままこの法案ができそうだということでびっくりしているのですが、今日はこの分野に詳しい人を交えて議論してみたいと思っております。
まず、大学評価・学位授与機構で言論NPOの理事も務めています田中弥生さんです、続いて、社会起業家研究ネットワーク代表の服部篤子さん、最後に、明治大学経営学部公共経営学科准教授の小関隆志さんです。
さて、休眠口座をめぐる動きに驚いているのですが、田中さんの方からどういうふうに動いているのか、そもそもどういった法案なのかという点についてご説明していただきたいと思います。
法案の経緯と問題点
田中:まず、どういう経緯であったのかという点、次に、この法案の骨子について説明させていただきます。休眠口座法案に関しての提案は民主党政権の時から実はなされていまして、新しい公共という委員会があり、そこで提案がされ政府提案もされたのです。しかし、その配分先にNPOやベンチャーが入っていたこともあり、議論が白熱し結果的に没になっていました。
その後、(民主党から自民党へ)政権交代後、昨年あるNPOたちの提案で「休眠口座国民会議」という、2、30人のメンバーで構成される会議ができました。今年になってから、このメンバーの動きが急に早くなり、法案の骨格を提案し議員の方でパブリックコメント(パブコメ)を求めています。そして、与党の部会等々を通りまして国会に近々提出されるであろうという動きになっています。
どんな法案なのかといいますと、先程工藤さんがご説明されましたように、休眠預金というのは私たち個人がずっと使っていなかった通帳があり、その口座の額がだいたい総額で800億とか850億円と言われています。それがいままでは10年経つと法律に基づいて各銀行の資産になって転化されていたのですけれど、そうではなくてこれを一回吸い上げてNPOなどの活動に配分してしまおうというものです。どんな仕組みかというと銀行から預金保険機構に一旦それが回収されて、そのあと預金保険機構から新たに「指定活用団体」というところに預けられてそこで運用します。その指定活用団体から「資金分配団体」というところに分配されますが、これは例えば、NPOの中間支援組織であったりNPOバンクであったりというように、地元のNPOや公益法人などに助成金や貸付という形で分配されるという、いくつかのプロセスを経るものです。
法案に関しては既にパブコメもかかっていますし、法案の骨子というのも出てはいるのですが、その内容を見る限りまずキーになるのは指定活用団体です。一気に800億円近いお金が集められて運用される訳ですけれども、法案を見ると指定活用団体については一般財団法人であるということや、若干の注意事項が抽象的には書かれていますけれども、どういうガバナンス構造になっているのか、利益相反を含めてコンプライアンスに関する規定が書かれていません。そういう意味で私はこの配分のメカニズムが上手く機能するのかについても懸念を抱いています。
工藤:私も田中さんからこの話を聞いて言論スタジオでも議論したいと思った理由が、(この動きについて)全く知らなかったからなのですね。社会のために使うということに関しては非常に良いことだと思っているのですが、知らない間に自分の預金が、勝手に使われてしまうという点に非常に違和感を抱いてしまう。また、社会のために使うというのであれば、もっと自発的に自分たちが参加していくという形が必要だと思っているので、最低限の情報が欲しいのですが、全く知らない中で動いている。しかも、法案が成立間近になっているということで、考えることが必要なのではないかと思いました。服部さんは今の法案の動きをご覧になってどのように感じていますか。
市民社会に関わる法案であるにもかかわらず、市民社会では議論がなされず、超党派で進んでいる
服部:私は、イギリスでの休眠口座を使う動きが出たときから興味を持っていましたが、それを追いかけているうちに気が付くと日本でも法案が出来ており驚いています。例えば、新聞検索をしてもさほど多くの件数は出てきません。私たちはいろいろな市民セクターの中で活動していますが、市民セクターに関する法案が出てきたときには、市民セクターでもずいぶんと活発に議論されてきました。新聞等でもずっと掲載されてきました。研究も盛んに行われます。そういう過程を経て、新しく法律が出来るとか、制度を見直す、ということになっていくものだと思うのですが、今回はそういった動きがないのが、驚いている点です。
工藤:小関さんどうでしょうか。
小関:私は、NPOバンクの全国組織である全国NPOバンク連絡会の理事をしているのですけど、本日はその理事としてではなく一研究者として意見を述べたいと思っております。工藤さん、服部さんがおっしゃったことと重複を避けるように申しますと、自分たちの預金がどう使われるかということについては、やはり預金者に発言権がある訳ですよね。それを知る権利も当然あります。法律ができてしまってから「いやこんな法律は知らなかった」とか「こんなはずじゃなかった」という話になると、かなり厄介な問題が起こるのではというのが、まず一つの懸念です。この休眠口座というのは、制度自体は既にイギリスでも韓国でもアイルランドでもあるのですが、そういう外国での休眠預金のサクセスストーリーだけではなくて、そこでどういう課題があったのか、失敗例も含めて検討した上で日本での制度を作っていくべきではないかと思っています。日本でほとんど知られていない、議論されていないということもありますし、預金者の立場からどういう制度を作るべきかという議論が出ていないことに問題意識を持っています。
工藤:各国の事例もまたあとから教えていただきたいと思います。今回、議論に先立ち有識者の方々にアンケートを取りました。すると、回答数がやはり少なかったのですね。休眠口座という問題がなかなか知られていなかったということが反映されていると思います。回答された方が60人しかいなかった中で、この動きを「知らない」と答えた人が40.7%でした。このアンケートは有識者向けなので、おそらく一般世論ではもっと知らないという人が多いと思います。預金者全員に関わることを全く知らないままステルス攻撃のように国会に法案が出て超党派で動いている。これは信じられないことだと思うのですが、なぜ超党派でこういうことが合意できるのでしょうか。
田中:私もよくわかりませんが、ロビイングを仕掛けないかぎりこういう活動は生まれないと思いますね。
工藤:日本の政治家には「この(休眠預金の)お金は自分のお金だ」という意識を持っている人がいるということでしょうか。
田中:そこはよくありがちなことなのですが、NPOなど公益活動に貢献すること自体が良いことであるから、国民の支持を得られるに違いない、と思ってらっしゃるのかもしれません。
工藤:先程、服部さんがおっしゃっていたように、一つの法案が出来るプロセスにおいては、様々な課題を発掘しオープンに議論するべきものだと思うのですが、日本に問われている課題は何なんでしょうか。
服部:休眠口座のお金を社会のために使うという話はおそらく反対はしづらいものだと思います。しかしながら、今まで各国で出てきた話はむしろ、社会の公益のためのお金をもっと循環させましょうという意図だったと思います。ですから、ソーシャルファイナンスの専門家の人たちが活発に議論してきた。そのお金をどう使うのか、どう監督をするのか、という制度設計が慎重になされてきた。ましてや800億などという大きなお金を誰が使うのかという話はイギリスでも長いこと議論されてきたということがありますので、(日本の現状には)若干疑問を感じざるを得ないです。
工藤:もっと慎重に議論して多くの国民に理解してもらいながら進めるべきだと思いますが、安保法制で頭がいっぱいという状態ですよね。小関さんは法案が出てきたプロセスはどのようにお考えですか。
小関:今回、議員立法で出てきました。実はNPO法も議員立法でしたが、あのときはかなりオープンでいろいろなNPOや市民団体が関わってその内容を検討しました。今回も休眠口座国民会議という民間の団体からの要望が2014年10月にあり、それを超党派の議連が受けて法案を作ったので、一応は民間発ということなのかもしれませんが、それだけの国民的な議論が巻き起こっているのかというと、そうではないのではないかと思います。
工藤:「国民会議」という名前だからといって国民を代表している訳ではないですよね。新国立競技場の建設問題と同じですが、超党派の動きになると、誰も文句を言えないような状況になってしまうのですね。例えば、建て付けでいろいろな問題があっても何となく遠慮してしまう。
田中:心配なのは超党派で物事が決まってしまうと、政府側は遠慮して介入しないのです。だから、法案に若干不足があると思ってもあまり声を出さない。これはNPO法のときも全く同じだったと思います。あとで問題がいろいろ出てくると、結果的に内閣府の方にクレームがいくのですけど、超党派で作った議員立法なので動きにくいそうです。
工藤:(政治側は)何が何でもこの法案を通さないといけない、という意思なんですか。
田中:与党の幹部の方たちが非常に熱心であり、その勢いで通るだろうという感じですね。
工藤:先程、パブコメについてのお話がありましたが、パブコメの機会は一応あった訳ですね。
小関:そうですね。ただ、その期間がかなり短かったのではないかと思います。
田中:私は(期間終了してから)二日後に知りました。たまたま議員の方のホームページでパブコメの実施を知りましたが、二日遅れてしまったので、もう受付けられませんということでした。
工藤:公益的なことに使うというと、非常に聞こえが良いので何となく問題にしにくくなるのですが、プロセスは市民社会のやり方とは違う進め方のようなので、違和感を抱いてしまいます。他国でもこういう進め方なのですか。
服部:私は違うように見えています。専門家の意見をもっと聞き、専門家がリードしているイメージがあります。もちろん、議員がリードすることはとても良いことだと思いますけれども、(市民側からすれば)その接点があまりにも少ない。
工藤:服部さんはパブコメをやっていることを知っていましたか。
服部:知っていましたが、間に合いませんでした。法案の言葉が法律用語ですから、難解で背景を読み取るには時間がかかりますので、すぐには書けませんよね。