「預金者保護が第一」ではなく、「使える預金をできる限り増やす」という制度設計になっている
工藤:この法案でまず考えなければならない最大の問題は、預金者保護という問題です。預金はあくまでも預金者のお金であって、公益に使うということであればまず預金者に情報を知らせないといけないのではないかという議論があります。
田中:おっしゃる通り、どこに配分するかという話の前にまず預金者の意見をきちんと吸い上げたのかということ、あるいはフォローする仕組みを作ったのかということを議論する必要があると思います。
工藤:銀行業界が預金者を代表して異議を申し立てたりしていないのですか。
田中:当初は銀行業界も抵抗していました。しかし実は、間接的にヒアリングをしてもらったのですが、「(賛成に転じたので)そういうことはない」ということです。
工藤:ない。それはどうなっているのでしょうか。小関さんはどうですか、各国の事例も踏まえて、進め方をどう考えればよいですか。
小関:もともと預金者のお金ですし、所有権がなくなっている訳でもないので、最大限本人に戻すというのが筋ですよね。では、どうやって戻せばよいのか。制度を作るときにいかに預金者にお金を返しやすくするか、ということです。そもそも、なぜ休眠預金が発生するのかという点についてご存じない方もいらっしゃるかもしれません。わずかなお金しか口座になく、それを取りに行くのに大変なコストがかかる。忘れていた。あるいは相続人が複数いて全員の合意を見つけるのが難しい、といった様々な要因があります。場合によっては金融機関側が対応出来ないこともあるけれども、自分の口座にどれくらい預金があるのかわからないという場合に検索して情報が一元的に管理できるような制度を金融機関側が提供することで休眠預金を減らすことも当然出来る訳です。制度を作るときに預金者の保護が第一なのか、あるいは、預金をなるべくたくさん残しておいてそれを社会事業に使うことを第一に考えているのかで制度設計が根本的に変わってくる訳です。私は、第一義的に大事なのは預金者の保護なのではないかと思っています。イギリスなど各国の場合も休眠口座の検索システムというのを作っていて、まず預金者保護第一なんですよ。検索して見つかった場合には預金者に払い戻しをすることが保障されています。といっても返還率が20%を切っているので結局、残る休眠預金というのは8割くらいになるのですが、制度設計上は預金者の保護は外せないと思います。しかし、今回の超党派の議連が提案している法律案の中には検索システムの話は一切出てこない。
工藤:つまり、今回の法案は、返還を進めてなるべく休眠預金を減らした上で、その余ったお金を使うという訳ではなく、とにかく「使いたい」というのが先行しているわけですね。しかも、なるべく話題にならない形で。何か犯罪のようにも感じてしまうのですが。
田中:知らないうちに物事が進んでいて、NPO学会でも「知らない」と言う人が多いです。
工藤:この法案の建て付けはどうなっているのですか。首相はどのような役割を担うのですか。
田中:この法案を見ると、一つは、首相の元に10名から構成される審議会を作ってそこで配分先などを決める。そして、指定活用団体も問題が起きた時の指示は首相から直轄という形になっています。
工藤:そうであれば、安倍さんは預金者に説明しなければいけないのではないでしょうか。これをよく見ていると、ファンドなり財団を作るということが目的になっているようにも見えるのですが。
田中:(法案の)指定活用団体に関わる条項の中に「運用」という項目が入っています。これを見る限り、指定活用団体の運用先は国債等に限られていますが、その運用益は自分たちの活動費に投じることが出来るということで上限が定められていません。
工藤:そうなると、一つファンドを作るということと同じですよね。
田中:「過度過ぎる場合にはチェックが入る」とは書いてありますけれども、過度がどのくらいを意味するのかは書かれていない。ファンドは容易に作ることができる状況になっていると思います。
工藤:公益性という題目を掲げてはいますが、真の目的はファンドを作って何かをしたい、ということに見えてしまいますね。海外ではどうなのでしょうか。小関さんは先程、「マイナス面もある」とおっしゃっていましたが。
韓国では失敗している
小関:昨年、韓国の休眠口座を活用しているマイクロファイナンスの事業について調査してきました。韓国の場合は休眠口座の管理とその活用を、すべて「微笑(ミソ)金融中央財団」という一つの団体でやっています。2007年に休眠口座に関して、預金と保険の両方の管理する法律ができ、それを受けて09年にミソ金融中央財団ができました。当時の李明博大統領の肝いりで作ったものですが、韓国の場合大統領の権限が非常に強いということもあって、ミソ金融という団体は、形式上は民間の団体であるけれども、純粋な民間の団体だと思っている人は韓国では誰もいません。政府直轄の外郭団体のようなものだと認識されています。あまりにも政府の規制が強く、画一的な運用がされていて民間としての良さは全く反映できていないわけです。この韓国の例について、日本ではあまり紹介されていないため、知らない方がほとんどだと思いますが、ミソ金融から民間の福祉事業者と呼ばれるマイクロクレジット会社にお金が流れて、そこから低所得者層の人たちに貸しているという事業をしています。そこで一番の問題が、ミソ金融から民間にお金を貸す場合に、事業をやるための運営費がほとんど赤字になることで、有力なマイクロファイナンスの団体はみんな撤退しました。その結果、経験のない団体が新しくマイクロファイナンスの主体となって、ミソ金融からお金をもらうという構造になってしまった訳です。さらに、制度の規制が強いことは、腐敗が起こる原因にもなりまして、2011年に問題になったのが与党の幹部が自ら事業主になってミソ金融中央財団とつるんで賄賂をわたして事業を取り、それが検挙されました。私が韓国の休眠口座の関係者とマイクロクレジットの団体の方に話を聞いた限りでは、「韓国のミソ金融は失敗だった」と口をそろえておっしゃっていました。
工藤:日本の法案の建て付けも同じようになっているのですか。
田中:韓国の制度の詳細は存じ上げないのですが、主としていくつかの層に分けてそこから分配、貸付するというのは同じだと思います。
工藤:韓国のガバナンスの問題は大統領が強すぎた、ということがあるそうですが、日本も安倍さんが審議長ということで、運営に関して政府の意向が強くなるような建て付けになっているのでしょうか。
田中:日本の場合、審議会のさじ加減次第だと思います。
市民社会で求められているものと、乖離が大きい法案
部:そもそも日本ではどういうことが市民社会から求められているのか、それにこの法案はきちんとマッチしているのか。各国の例は参考にはなると思いますが、まず日本はどうなのか、ということを本来考えるべきです。
と、言いますのは、アメリカもイギリスもそうですが、民間のお金をどうしたらもっと社会のために使われるようになるのか、あるいは、どうすればメインストリームの銀行のお金がもっと社会に還元されるのか、ということが徹底的に議論されています。社会投資家に関するリストが作れるくらい、社会にお金を回していくという金融の本来の姿を取り戻そうという動きがあり、その中で脈々と政策の中に取り込まれてきた流れがあって、休眠口座もその一つでしかない訳です。
一方、日本では、金融に興味はあるけど社会には興味はないという人たちがまだまだ多いでしょう。では、日本でもそういう人たちを増やしていくのか。あるいは、使う側のNPOをもっと強くしていくのか。そのためにはこの休眠口座をどう使えば良いのかという議論をしてほしいと思います。
工藤:確かに、そういう建て付けの中で議論が出てきたわけではないですよね。
田中:典型的な問題としては、分野の絞り方ですね。(配分先として)この法案の中では「子育て」、あるいは「若者支援」、「地域活性」、「その他」という分野の限定された書き方がなされています。他方で、NPO法、公益法人法においては、公益の分野が非常に多様であるために相当な議論をし、結果的に法律の別表という形で二十数分野について列挙されています。これほど公益の定義についての議論の蓄積があってそのアウトプットもあるにも関わらず、それが全く使われない形で、特出しで四分野になっている。先ほど服部さんがおっしゃったように、日本の市民セクターの現状をどう考えるべきか、というところが法案から見えてこないです。
小関:イギリスでもいくつかの分野に絞っていて、韓国もマイクロクレジットに限定しているというので、分野を絞るのがまったく非合理的かというとそうでもないかも知れないです。しかし日本の場合、どうして四分野に絞って法案を作ったのか、という点が分からないことが大きな問題かと思います。
服部:社会不安がどんどん広がり、目の前に多様な問題が出てきているのにもかかわらず、絞り込むというのは逆の発想になるのではないかと思います。一度作った法律をわざわざ改正してまで新しく制度設計することはないと思うので、今、(射程を)広げておくことの方が必要だと思います。もう少し細かいことを言えば、「助成金」と「貸付」となっていますが、日本でのNPOへの貸付は非常に少ないと思います。「ソーシャルビジネス」という言葉をご存じの方は多いとは思いますが、政府系金融機関から言わせれば貸すに値するところはまだ少ない。そういう中で貸付と助成金と書いているところからも、(この法案が)実態からズレているのではないかと感じられます。