アベノミクスで日本経済は再生したのか ―安倍政権3年の実績評価

2015年12月15日

2015年12月14日(月)
出演者:
小幡績(慶應義塾大学大学院経営管理研究科准教授)
内田和人(三菱東京UFJ銀行執行役員)
早川英男(富士通総研エグゼクティブ・フェロー)
湯元健治(日本総合研究所副理事長)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)


 12月26日、安倍政権が発足3年を迎えるにあたり、言論NPOは政権の実績評価を行い、結果を公表する予定です。それに先駆けて、12月2日収録の言論スタジオでは、この3年間の経済政策について、富士通総研エグゼクティブフェローで元日銀理事の早川英男さん、日本総研副理事長の湯元健治さん、三菱東京UFJ銀行執行役員の内田和人さん、そして、慶應大学大学院准教授の小幡績さんの4氏に安倍政権の経済政策について議論しました。まず「大胆な金融政策」、「機動的な財政政策」、そして「成長戦略」というアベノミクス3本の矢で日本経済は再生できたのか。円安、株高、デフレ脱却についてはまずまず評価されたものの、肝心の経済成長については個人消費の回復が弱く、経済の好循環の力強さが足りない、との指摘がありました。

 また、公約である「速やかな経済政策」については、「もっと踏み込んでやらないと、企業が積極的に設備投資をするようにはならない」と不満の声が出ました。アベノミクスの新3本の矢については、GDP600兆円、希望出生率1・8など"的"としての数値目標が出されても、「非常によく書かれた作文で、国民の目には心地よく見えるが、実際にどこまで実現できるのかはまったく保証されていない」と厳しい見方が示されました。


成長戦略、道半ば

 司会の工藤から3本の矢の目標設定の達成度について問われた早川氏は「円安、株価は○、消費者物価は△、経済成長は×」と評価し、湯元氏は「企業業績が過去最高益を更新し続けたことは、アベノミクスの成功した部分」としながらも、経済の好循環を生むまでには力強くなく、成長戦略は「道半ば」としました。一方、民間企業の立場として内田氏は、「企業マインドが萎縮している中で金融・財政政策を総動員した効果は非常に大きかったが、少子高齢化や労働力の減少といったことから、設備投資へのマインドはそれほど強くない」と説明。新3本の矢が需要政策からサプライサイド政策に方向転換したのは、企業のマインドや個人の消費マインドを切り替える意味で必要なもの、と述べました。小幡氏は「円安、株高、インフレのアベノミクスの第1ステージは今のところ100点満点」、しかし、「短期にサプライサイドで成長率を上げようとする第2ステージはやる気があるとは思えない。おそらく0点ではないか」と厳しく予想しました。

 「アベノミクスは成功している」とする安倍政権と経済の実態がかけ離れているのでは、という問いかけには、「トリクルダウンがうまく回っていないので、なかなか家計に及んでいかない。企業は、すべてのものを吸収して何も出てこない"ブラックホール"状態だ」(早川氏)、湯元氏は、異次元緩和について、政府と日銀の間で政策のねじれが生じているのでは、との見方を示しました。


現実路線で経済再生と財政再建を目指せ

 議論の第2セッションでは、経済政策の進展についての評価が話し合われ、早川氏は「経済は実質成長しているわけではなく、一番問題なのは生産性が上がっていないこと。このままでは日本の財政は維持できず、経済再生と財政再建を両立するかたちになっていない」のが、より鮮明になってきた、と語りました。経済の好循環が生まれてこないことについて小幡氏は、今の時代は「需要サイドと供給サイドの両方が上がっていく時代ではなく、右肩上がりに伸びてこない中で生産性を上げることが必要。"好循環"というとバラ色のように聞こえるが、経済を壊さないように消極的な意味で、好循環を守っていくしかない。基礎的財政収支の2020年度までに黒字化というのは守れなくていいので、プラス成長を維持しながら赤字を少しずつ減らすということを、ブレずに我慢してやっていけるか」と安倍政権の今後の現実路線に期待を込めました。

 「非正規労働者の処遇改善」、「TPPの大筋合意」、「法人税の大幅引き下げ」、「2020年までに外国企業の対内直接投資残高を現在の2倍の35兆円に拡大」など安倍政権の「速やかな経済対策」の進展について湯元氏は「非正規労働者の処遇は、政策としてほとんど動き出していない」、「TPPを結べば充分というわけではなく、日中・日韓関係が改善されないと、それぞれの経済連携協定の交渉が進んでいかない」など全体として不満が残り、「もっと踏み込んでやっていかないと、企業が積極的に設備投資をするようにはならない」と、よりよい社会建設のため、それぞれの公約推進に注文をつけました。
 

未来投資による生産性革命       ――行政サービスのICT化を

 最後のセッションでは、アベノミクスの第2ステージについて話し合われ、「希望を生み出す強い経済」としてGDPを600兆円にする目標について湯元氏は、「今の状況の延長線上からは極めて難しい」と目標達成を疑問視しました。しかし、人口減少・少子高齢化が進んでいく中での成長戦略として、「未来投資による生産性革命」を打ち出したことを評価。大学改革を通じた飛躍的なイノベーションで、飛躍的に生産性が上がることに期待しました。また、内田氏は海外で伸びているICT(情報通信技術)を取り上げ、ICTを公共投資的に行政というかたちで拡大していく行政サービスのICT化が重要ではないか、と提案しました。

 一方、新しい第二の矢が「夢を紡ぐ子育て支援」で希望出生率1・8が目標、第三の矢が「安心につながる社会保障」で介護離職ゼロが目標。"矢"を"的"として位置づけた明確なものとなりました。この点について湯元氏は「出産への政府介入としてタブー視されてきた出生率を目標に掲げたことは、過去にあまりない。簡単な目標ではないが、掲げたこと自体は重要」としました。介護離職者の問題については、「高齢化社会が深刻化している時代に国民が一番、心配していることに焦点を当て、はっきりした数値目標を決めて実現させていこうという意欲を示した」と、その姿勢を評価しました。しかし、「介護の施設を100万人分増やすといっても、実際には180万人くらいのケアの受け皿が不足していると言われている。団塊の世代が後期高齢者になった時に、介護職員は10万人程度では済まないような状況になる。当初予算でそれなりの規模の予算をつけて実行していかないと、この取り組みの達成は到底見込めない。いくらお金を使ってやっていくのか、そのお金をどうやって調達するのかというところもまったく明示されていない。非常によく書かれた作文で、国民の目には心地よく見えるが、実際にどこまで実現できるのかはまったく保証されていない」と絵に描いた餅になりかねない、その実行性を危ぶみました。

  「持続的に日本にヒト・モノ・カネが入って、海外の投資家が日本に期待するためには、人口減少・高齢化という構造をきちんと変えなければいけない」という安倍政権の問題意識は正しくても、それぞれの政策の具体的な中味に乏しいアベノミクス第2ステージ。内田氏は、「第1ステージからサプライサイドの政策に切り替えたのは高く評価する。しかし、どの国も高齢化している中で、特にヨーロッパを中心に、社会保障改革はアグレッシブに推進している。地方創生なり、まだまだやることはたくさんある。もう一つメニューを広げて、きちんとサプライサイドに向けた政策をしっかり進めていってほしい」と話しました。小幡氏は、「マインドとか需要という短期の派手な仕事から細かい政策に移ってきた。成長戦略は、それほど派手に打てるわけでもなく、地道にやるしかない」と応じ、議論を締めくくりました。