社会保障費が増大する中、財政健全化の道筋は描けるのか

2015年12月15日

2015年12月15日(火)
出演者:
鈴木準氏(大和総研主席研究員)
西沢和彦氏(日本総合研究所上席主任研究員)
亀井善太郎氏(東京財団ディレクター(政策研究)・研究員)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)


 言論NPOでは、12月26日(土)の安倍政権発足3年に合わせ、政権の実績評価を行い、結果を公表いたします。それに先駆けて、12月3日収録の言論スタジオでは、この3年間の財政・社会保障政策について、鈴木準氏(大和総研主席研究員)、 西沢和彦氏(日本総合研究所上席主任研究員)、亀井善太郎氏(東京財団ディレクター(政策研究)・研究員)の3氏をお招きして、議論を行いました。


財政再建への責任を自覚していない政府と国会

工藤泰志 議論の冒頭、代表の工藤から、安倍首相が昨年の衆院選時、消費税の10%への引き上げを先送りすると同時に「財政再建の道筋は死守する」と国民に約束したことを念頭に、「2015年のプライマリー赤字半減、2020年の黒字化という目標達成の道筋は描けているのか」と問題提起がなされました。

 これに対し、鈴木氏は、2015年の赤字半減については、補正予算で大きな歳出をしない限り「目途がついている」と述べました。そして、2020年度のプライマリーバランスの黒字化については、2015年6月の「骨太の方針」の中で、経済と財政を一体的に改革することを明示し、同時に、2020年度の目標達成に向けて、具体的な行程法、改革の進捗度合いを測るKPIを設定する等の取り組みを始めたことを紹介。その上で、「今後、こうした改革が本当に国民一体の取り組みとしてできるのかにかかっている」と語りました。

 西沢氏は、「本来は今年4月に予定通り消費税を上げ、さらなる税制改革や社会保障の構造改革につなげるべきだったが、昨年の先送りで日程が狂ってしまった」と述べました。その上で、財政健全化の目標達成のためには、医療費などの歳出削減の金額や最終的な増税率など、政治側が具体的な金額や数値に落とし込む必要があるものの、関係者の反発を恐れて金額に落とし込むことができていないのが現状であり、財政再建の目標達成の目途はついていない、と指摘しました。

 亀井氏は、改革の進捗度合いにKPIなどを設定し取り組み始めたことは評価しつつ、西沢氏と同様に削減目標などが金額に落とし込まれていないことを指摘し、財政再建をやり抜くという政治の覚悟がなく、先送りしようという話が出てくること自体が「政治の責任放棄」であり、財政再建に向けた政治の覚悟が問われている、と語りました。

 また、国会で財政問題の議論が進んでいない現状について鈴木氏は、憲法で定められた財政民主主義などの原則を挙げ、「財政に関して立法府は政府よりも重い責任を背負っているが、その自覚がないことが日本のデモクラシーの本質的な問題だ」と主張。一方、「選挙がない今年は、本来は財政問題に腰を据えて取り組むべきだったが、安保法制の議論にエネルギーを費やしてしまった」と、安倍首相の問題についても指摘しました。また、西沢氏は、「薬剤費の抑制、入院よりも在宅医療を手厚くする診療報酬体系へのシフト、診療報酬全体としての伸びを押さえようとしている努力」については評価しつつ、現在、歳出削減のために検討されている後発医薬品の普及促進といった施策について、「財政問題の深刻さと比較して、予想される金額的なインパクト小さすぎる」と指摘しました。


軽減税率は目的が不明確、年金・医療改革は着手が進まず

 続いて、昨年の衆院選マニフェストで掲げられた個別項目の達成度に対する評価に移りました。

 まず、「安定した社会保障制度を確立するために、2017 年(平成 29 年)4 月に消費税率を10%にする」という公約の進捗状況について、鈴木氏は「増税を前提とした軽減税率の議論をしているという点では、達成に向かっているのではないか」と評価。一方、西沢氏は、増税の有無は今後の経済状況に左右されるとの見通しを述べ、亀井氏は、「安定した社会保障制度の確立」への道筋が見えないという観点から、厳しい評価を示しました。続いて、消費税の軽減税率導入に関しては、「低所得者対策なのか、増税による通税関の緩和なのか」という政策目的が見えず、マニフェストそのものの妥当性が問われているという見方で3氏の見解が一致しました。その上で鈴木氏は、仮に軽減税率を導入するとしても、インボイス制度を導入する等、消費税の信頼性を高める方向で実現するのであれば評価できると指摘しました。

 次に、議論は社会保障政策の評価に移りました。まず、「年金は現行制度を基本に『改革推進法』に則り、国民会議の審議結果を踏まえ必要な見直しを行う」という項目について、西沢氏は、2013年に出された社会保障制度改革国民会議の報告書では、給付抑制を狙った仕組みであるマクロ経済スライドの発動が提案されていた、と指摘。そして、昨年の財政検証を踏まえて法改正を行い、マクロ経済スライドを発動する予定だったが、まだ実現しておらず、昨年の財政検証の結果は時間が経てば経つほど古くなるので、見直しが行われる可能性は低くなる、と厳しく指摘しました。さらに西沢氏は、「国民健康保険の運営単位の都道府県への広域化」についても、改正された国民健康保険法では「都道府県は市町村と『共に』国保の運営を行う」と書かれており、保険者が曖昧になっていることで国民に対する説明責任の点からも疑問があると指摘。また、「協会けんぽと共済の統合」に関しても「着手すらしていない」と述べ、中小企業の健康保険である協会けんぽと、それに比べて保険料率のかなり低い共済組合を統合することは現実的にも考えにくい、と語りました。

 鈴木氏は、「介護サービスの効率化、重点化」について、昨年成立した医療介護総合確保法によって、予防給付の地域支援事業への移管などが進んでおり、改革の方向性はある程度示されているという認識を示しました。これに関連して西沢氏は、介護や医療における地方への移管の流れについて「市町村や都道府県が必要なサービスを、クオリティを落とさずに提供できるのか」と問題提起。地方に移すことで国庫負担や保険料の抑制につながる可能性は認めながらも、国がサービスの質をチェックする体制が必要だと語りました。

 亀井氏は「一連の改革によってどのような社会になるのかが見えない」ことがマニフェストの最大の問題だと指摘。社会保障政策の大転換期を迎える中、地域社会や財政はどうなるのかということに関し、政治が具体的なイメージを国民と共有することが必要だと述べました。


「パイが縮小する時代」への転換を前提にした政治を実現できるかが重要

 続いて、司会の工藤はが、「日本が直面している大きな課題を政治が抽出し、政治が説明していく必要がある」と指摘。では、財政や社会保障政策で、現状の「大きな課題」はどこにあるのか、と質問を投げかけました。

 西沢氏は、その答えとしてまず、人口構成の変化によって、若い人たちが高齢者を支えていくというこれまでの仕組みを転換し、若者の負担を軽減していくことを課題として挙げました。さらに、高齢化に伴い、大きな病院よりも身近な診療所などを整備する等、医療提供の在り方を変える必要があると指摘しました。その上で、政治は大きな人口動態の変化とかを見据えて社会保障制度を国民に説明する形にはなっていないし、「根本的に間違っているのは、政治が医療提供者側を向いて仕事をしていることだ」と述べ、「政治家は被保険者、患者、納税者の代表として医療提供者側と交渉しなければいけないが、実際には向いている方向が全く逆であり、提供者側に遠慮するが故に、マニフェストも納税者にとってわかりにくいものになってしまう」と語りました。

 鈴木氏は、現在の社会保障政策が高齢者偏重になっていることを課題として取り上げました。その上で、政府における税制に関する議論の現状について「仮に配偶者控除を廃止するのであれば、女性の活躍に対してどういう意味があるのか、我々はどのような家族政策を望ましいと考えているのか。また、所得税や消費税、法人税も含めてどのように税制を変えていくのか」という論点整理がようやく始まった、と語りました。加えて、望ましい消費税率について、「2030年代の後半には25%ぐらい必要だ」との見解を述べ、その実行にあたっては、成長戦略などと組み合わせた大きなチャレンジが求められていると述べました。

 亀井氏は、「パイが大きくなる時代から、小さくなる時代へ」という転換点にあることに言及。そして、業界団体の利害の吸い上げなど、パイが大きくなることを前提にした政治が依然として続いていることを批判した上で、「今まではパイが大きくなっていたから、政治が国民に分配をできていたが、今後は、今まで政治にやらせていたことを自治体や地域社会、市民社会が引き受けてくれないか」というメッセージに転換していくことが大きなポイントになると指摘しました。

 続いて工藤は、「希望出生率1.8」「介護離職ゼロ」という目標を掲げた「アベノミクス第2ステージ」について、「社会構造の大きな転換の中で、日本に問われている課題へのソリューションになっているのか」と尋ねました。

 西沢氏は、「施設から在宅へ、という従来の政策を急に転換してしまった」と、今回示された介護政策の意味を解説。その上で、施設の建設コストやその財源、それに伴う保険料の上昇幅を「これまでの政策との整合性も含めてセットで示すべきだ」と指摘しました。さらに、年金のマクロ経済スライドの実施や医療・介護の自治体への移譲、国民に対するそれらの意義の説明といった仕事に注力しなければいけないはずが、そうした政策を置き去りにして、介護離職の問題に主張を単純化してしまっていると語りました。

 鈴木氏は少子化の要因について、「若い世代の所得・雇用環境が悪いため、希望通りに結婚し、子供を産み育てることができない」ことを挙げました。そして、「今はライフスタイルが多様化し、以前のような『モデル家系世帯』を前提にした政策の議論ができなくなっており、それに合わせて作った制度を全部抜本的に見直さないといけない」と指摘。そして、ライフ構成のモデルを提示する役割を、政治だけでなく地域社会、NPO、オピニオンリーダーといった社会全体が担っていかなければ新三本の矢の成功は難しいのではないか、と語りました。
亀井氏は、安倍首相の掲げる「1億総活躍社会」とは、誰にでも居場所がある社会なのではないか、と述べた上で、「パイが小さくなることを想定しながら、それでも一人ひとりが豊かになる社会、一人ひとりが活躍する場所がある社会を作っていかないと、政治が国民生活にとってのリスクになる可能性がある」と指摘しました。


 最後に工藤は、「今の課題に対して、根拠のない無関心や楽観主義があり、課題に向かい合おうという気持ちがだんだん後退している。この流れを変えるために、有権者がもっと強くならなければいけない」と、言論NPOが行う政策評価の意義にも言及。それを踏まえ、「今日は非常に良い論調になった」と振り返り、議論を締めくくりました。