安倍政権3年の11政策分野の実績評価【農林水産】

2015年12月26日

農協改革や農業の産業化に動いたが、減反後の農政のビジョンが見えない

【農林水産】総論 2.6点(5点満点)
昨年:3.2点

評価の視点
 ・「減反廃止」は真に実効的な改革になっているのか
 ・農協改革は各地域農協の自立と創意工夫を促すようなものになっているのか
 ・農業の担い手の確保と育成をどうするか
 ・農地政策にどのように取り組んでいるのか

 第2次安倍政権は、首相官邸に農林水産業・地域の活力創造本部を、農林水産省に「攻めの農林水産業推進本部」をそれぞれ設置し、様々な農業改革に乗り出している。
 まず、1970年から40年以上続けてきた減反廃止を打ち出した。これまでの日本の農業政策においては、農家に対する過剰な保護政策が問題となってきた。米の生産調整(減反)により供給量を抑制し、高い米価が維持される一方で、各種の直接支払制度が行われており、農家は二重に保護されている。これは言い換えれば、国民は消費者として、納税者として「二重の負担」を強いられていることになる。
 そのような状況の中、突如打ち出された減反廃止は、本当に生産者が自らの経営判断・販売戦略に基づいて需要に応じた生産をすることを促すようなものになっているのか。そして、「二重の負担」構造を打破したものになっているのかなどを確認していく。
 次に、農協改革である。環太平洋パートナーシップ協定(TPP)交渉の大筋合意を受け、日本の農業は大きな岐路に立たされている。すなわち、政府は保護的な農業政策から、地域ごとに競争力のある農業を育成する政策に舵を切り始めている。その流れの中で、農協のあるべき姿も問われているが、今回、安倍政権が行った農協改革は、JA全中の指導によって全国一律の活動を行う体制を改め、各地域農協が創意工夫により、地域の実情に合ったサービスを提供できるような環境を整えたものとなったのかをみていく。
 また、農業の担い手の問題もある。農林水産省が11月に発表した2015年の農林業センサス(速報値)によると、農業就業人口は2010年の前回調査から51万6000人減って209万人となり、平均年齢は65.8歳から66.3歳に上昇。65歳以上が全体に占める割合は63.5%に達し、過去最高となった。一方、39歳以下の農業就業人口は前回の17万7000人から減少して14万1000人となり、全体の6.7%にとどまっている。
 若い世代の担い手をいかに確保、育成していくかということは喫緊の課題であるが、そのためにどのような具体策を打ち出したのかを検証していく。
 最後に、農地に関する政策である。農業の生産性を高め、競争力を強化していくためには、強い担い手への農地集積と集約化を進め、生産コストを削減していく必要がある。そのためにどのようなスキームを構築したのか。また、それは有効に機能しているのかを評価していく。
 その他にも近年、農村地域の高齢化、人口減少等に伴う集落機能の低下により、農地・農業用施設等の資源の保全管理が困難になってきているが、その中でどのような支援策を実行しているのかもみていくことにする。



【農林水産】個別項目の評価結果



法制化された「日本型直接支払い制度」を着実に推進する。
【【出典:2014年衆院選マニフェスト】

農地を農地として維持することに対価を支払う日本型直接支払いの仕組みを法制化する
【出典:2012年衆院選マニフェスト】

2点(5点満点)

昨年:3点

多面的機能法は成立したが、自民党の公約を実現したものではないが、
結果的にはバラマキを阻止したとも評価できる

 自民党が公約で掲げた「日本型直接支払い」の仕組みは、民主党の戸別所得補償に対抗する形で、水田、畑、果樹園など全ての農地に対して多面的機能を理由に直接支払を行うというものだった。そして、政権獲得後の2014年6月、農業・農村の多面的機能に着目した日本型直接支払制度の創設を盛り込んだ「多面的機能法」が成立した。
 しかし、その内容は自民党が公約で掲げたような、全農地を対象とするようなものではなく、これまで予算措置で実施されてきた①「中山間地域等直接支払」(2000年から実施)、②「環境保全型農業直接支援」(2007年から実施)に加え、2000年から始まった「農地・水保全管理支払」を組み替え、対象範囲を広げる形で、③「多面的機能支払」に名称を変更した3つの直接支払を法制化したものであり、その内容は分かりにくく、かつその公約の修正を国民に説明したわけでもない。したがって、法制化はなされたもののそれを実現したと評価するのは無理であり、減点要因となる。もっとも、自民党が掲げた公約で直接支払を創設すると、従来より薄く広く補助金を支払うことで、中小・零細農家の温存につながる可能性があったため、結果的にはバラマキを阻止したとも評価できる。


農地を農地として維持する、という方向には進んでいる

 その多面的機能法に基づく取り組みの実施状況だが、まず「多面的機能支払」のうち、地域共同で行う水路の草刈り、泥上げ、農道の砂利補充などを行う組織に対する支援である「農地維持支払交付金」では、3月末の時点で196万1681ヘクタールまで取り組みが拡大している。これは従来の「農地・水保全管理支払」と比較すると、前年比で48万7302ヘクタール増となる。「資源向上支払交付金」(地域資源の質的向上を図る活動)では、179万2816ヘクタールで、前年比31万8437ヘクタールの増加となった。「資源向上支払交付金」(施設の長寿命化のための活動)では、55万446ヘクタールで、前年から14万9511ヘクタールの増加となった。
 その他の実施面積を見ると、「環境保全型農業直接支払」は5万7744ヘクタールで、前年度に比べ6630ヘクタールの増加となり、「中山間地域等直接支払」では68万7220ヘクタールで、前年比では376ヘクタールの増加となった。
 小幅な増加にとどまったものもあるが、法制化後の取り組みは全体的に「着実に推進」はしており、「農地を農地として維持する」方向に進んでいると評価できる。



青年等の新規就農・雇用就農を倍増(年間1万人から2万人に)し、世代間バランスがとれ、地域農業を維持・発展させるための取組みを強化する。
【出典:2014年衆院選マニフェスト】

戸別所得補償を見直し、「担い手総合支援法」を制定、新規就農、経営移譲の円滑化など担い手の育成確保を推進
【出典:2012年衆院選マニフェスト】

3点(5点満点)

昨年:4点

政府は、新規就農促進を優先課題として取り組む方針

 農林水産省が11月に発表した2015年の農林業センサス(速報値)によると、農業就業人口は2010年の前回調査から51万6000人減って209万人となり、平均年齢は65.8歳から66.3歳に上昇。65歳以上が全体に占める割合は63.5%に達し、過去最高となった。一方、39歳以下の農業就業人口は前回の17万7000人から減少して14万1000人となり、全体の6.7%にとどまっている。
 政府は新たな担い手の増加に向けて、青年就農給付金(2013年の10085人から2014年には12500人へ受給者増)や研修制度の充実などの取り組みをし、日本政策金融公庫も新規就農・農業参入支援のための融資を実施している。さらに、3月31日 閣議決定の「食料・農業・農村基本計画」でも、新規就農促進を取り組むべき優先課題として挙げるなど、政権として力を入れていく方針を示している。


世代間バランスをとりながら、地域農業を維持・発展させる方向で動き始めた

 その結果、新規就農者調査によれば、40歳未満の新規就農者は、2013年の13360人から2014年には15300人に増加している。このうち定着するのは1万人程度と見られるが、上記の取り組みに伴い、新規就農者は増加している。
 そのため、世代間バランスを取りながら、地域農業を維持・発展させるための取組みに着手し、目標実現に向かって動いていると評価できる。しかし、どういった時間軸で「2万人」を実現しようとしているのか、その目標設定はなされていないため、順調に動いているのかは判断できない。



いわゆる「減反」の廃止に向けた歩みを更に進める。
【出典:施政方針演説2015年2月】

減反(コメの生産調整)を廃止する
【出典:2013年1月24日施政方針演説】

2点(5点満点)

昨年:3点

減反はなくなる方向で動き始めた

 2013年11月、政府は5年後の2018年産を目途に、主食用米の生産調整(減反)を見直し、行政による生産数量目標の配分に頼らずとも、生産者が自らの経営判断・販売戦略に基づいて需要に応じた生産ができるようにすることを決定した。これによって、国が生産目標を農家ごとに割り当て、生産数量を抑制することによって価格を維持する方式の減反はなくなっていく方向で動いている。


主食用米ではなく、飼料用米の栽培に補助金を出して転作を促すなら意味がない

 ただ、政府は新たな米価の下支え対策として、水田に主食用米ではなく、飼料用米などを栽培した場合、それまで10アールあたり8万円支払っていた補助金を最大10万5000円に増額した。これにより転作が増え、2015年産では飼料用米の生産量が前年比24万トン増の42万トンに伸びている。一方、主食用米の生産量は前年比44万トン減の744万2000トンとなり、減反の生産数量目標(751万トン)を下回った。その結果、米価も上向き、2015年産米の10月末までの相対取引価格は60キログラムあたり1万3108円と、2014年産米に比べて約1割上がった。3月には、今後10年の農業の方向性を示す「食料・農業・農村基本計画」を閣議決定したが、この中にも飼料用米の生産拡大が盛り込まれた。
 しかし、今後も農家が飼料用米の生産を拡大すればその分主食用米は不足し、米価が上がる。しかも、2014年には2770億円にも上っている補助金総額がさらに膨張する。つまり、国民は高い米価という消費者としての負担に加え、納税者としての負担も増大することになる。この「二重の負担」の構造が見られるのはこれまでの生産調整と何ら変わっておらず、何のための減反廃止なのか分からないため、評価はできない。



農地中間管理機構(農地集積バンク)をフル稼働させて、今後10年間で、全農地面積の8割を担い手に集積・集約化する
【出典:2014年衆院選マニフェスト】

都道府県ごとに、農地を貸し出す「農地集積バンク」を創設する
【出典:2013年参院選マニフェスト】

3点(5点満点)

昨年:3点

農地集積は進んでいるが、進捗は遅れている

 農業の生産性を高め、競争力を強化していくためには、担い手への農地集積と集約化を進め、生産コストを削減していく必要があるが、そのための具体的な措置として、2013年に農地中間管理機構関連法が成立した。
 現在、担い手への農地集積割合は、2013 年度末の48.7%(220万8258ヘクタール)から2014年度末には50.3%(227万1193ヘクタール)へと1.6%増加した。しかし、「今後10年間(2023年まで)で8割」という目標を達成するためのペースは、年平均3.1%増であり、現時点で51.8%まで増加していることが必要なため、進捗は遅れていることになる。
 このうち、農地中間管理機構の2014年度(初年度)の実績は、出し手からの借入面積が2万8822ヘクタール、そこから機構から受け手に転貸された面積は2万3896ヘクタールだった。しかも、すでに担い手が借りていた農地を、機構を通して借りたことにするなど、「付け替え」の事例も多く、農地集積全体に対する機構の寄与は実質的には7000ヘクタール程度とみられる。マニフェストでは機構のみによって「10年間で8割」目標を実現する方針を打ち出しているが、現状では目標達成は極めて困難である。


農地中間管理機構が、実績を積み上げることそのものを自己目的化している

 そもそも農地の集積・集約化を促進するための事業には「農地移動適正化あっせん事業」や基盤強化法にもとづく「利用権設定等促進事業」、「農用地利用改善事業」、「農地利用集積円滑化事業」など様々なものがある。このうち機構創設前の主たる事業は円滑化事業だったが、国は機構の利用を促すために2014年度以降、円滑化事業への予算措置は行わず、農地集積に関する予算を機構の事業に集中している。例えば、農地集積に協力する者に対して交付される農地集積協力金は円滑化事業には措置されなくなった。
 しかし、地域の実情によっては他の農地集積事業の方が適切な場合もある。現状の取り組みは、機構が実績を積み上げることそのものを自己目的化しているところがあり、今後、農地集約が目標に向かって順調に進むかどうかは現時点では判断できない。



農協改革(中央会制度など)等については、本年6月に与党で取りまとめた「農協・農業委員会等に関する改革の推進について」に基づき、議論を深め、着実に推進する。
【出典:2014年衆院選マニフェスト】

農業委員、農業生産法人、農協など一体的な改革を実施する
【出典:2014年6月24日「日本再興戦略」】

3点(5点満点)

昨年:3点

地域農協の経営の自由度を高めることにつながることは評価できる

 8月、全国農業協同組合中央会(JA全中)の権限縮小など、農協組織を約60年ぶりに抜本改革する改正農協法が成立した。改正法は、地域農協の自由な経済活動を促すため、経営指導などの役割を担ってきたJA全中を一般社団法人に移行させ、監査機能を分離。地域農協には、2019年9月末までにJA全中ではなく、公認会計士による監査の実施を義務付ける。
 戦後の農政は食糧難に対応するため、米の増産を最優先にしてきた。米の集荷を一手に引き受けたのが地域農協で、その頂点に立って指導・監督し、統制してきたのがJA全中だった。今回の法改正は、JA全中の監査・指導権をなくすことで、地域農協の経営の自由度を高めることにつながると評価できる。


地域農協が自立し、創意工夫できる実効的な改革になっているかは未知数

 ただ、「人々が自主的に結びついた自律の団体」という協同組合の本質から見ると、改正法にはやや踏み込みすぎている部分もある。例えば、「農業所得の増大に最大限配慮する」(第7条2項)という規定を新設しているが、何を目的とするかは協同組合である以上、各農協自身が自己改革し、ボトムアップしながら考えていくことが必要だと考える。
 JA全中の政治力を削いだ点は評価できるものの、自由を得た各地域農協が自立し、創意工夫を発揮するための実効的な改革になっているかどうかは未知数であり、「農業の成長産業化を図るため、6次産業化や海外輸出、農地集積・集約化等の政策を活用する経済主体等が積極的に活動できる環境を整備する」という目標実現に向かっているかどうかも現時点では判断できない。



各分野の点数一覧

経済再生
財政再建
社会保障
外交・安保
エネルギー・環境
地方再生
2.8
(昨年2.8点)

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2.25
(昨年2.0点)

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2.25
(昨年2.0点)

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3.6
(昨年3.2点)

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2.2
(昨年2.0点)

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2.4
(昨年2.0点)

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復興・防災
教育
農林水産
政治・行政・公務員改革
憲法改正
2.3
(昨年2.8点)

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2.8
(昨年2.9点)

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2.6
(昨年3.2点)

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2.7
(昨年3.0点)

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2.0
(昨年2.0点)

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評価基準について

実績評価は以下の基準で行いました。

・この3年間で未だに着手しておらず、もしくは断念した計画であるが、国民にその事実や理由を説明している
1点
・着手して動いたが、目標達成は困難な状況になっている
2点

・着手して順調に動いているが、目標を達成できるかは判断できない
・着手して動いたがうまくいかず、目標を修正し、実現に向かって努力している、かつ、国民に修正した事実や理由が説明された

3点
・着手して順調に動いており、現時点で目標達成の方向に向かっていると判断できるもの
4点
・この3年間で実現した。もしくは実現の方向がはっきりと見えてきた
5点
※但し、国民に説明していなければ-1点

新しい課題について

3点

新しい課題に対する政策を打ち出し、その新しい政策が日本が直面する課題に見合っているものであり、かつ、目標や政策体系の方向が見えるもの。または、政策体系が揃っていなくても今後、政策体系を確定するためのプロセスが描かれているもの。これらについて説明がなされているもの
(目標も政策体系が全くないものは-1点)
(現在の課題として適切でなく、政策を打ち出した理由を説明していない-2点)