評価の視点
日本の国と地方合わせた長期債務残高は1000兆円を超え、主要先進諸国中、最悪の状況にある。リーマン・ショック後について主要先進国の財政収支の改善状況を見ると、日本は改善ペースが最も遅く、財政の持続可能性は著しく脅かされている。そうした中、安倍首相は「リーマン・ショックのようなことが起こらない限り、一度延期した増税は予定通り行う」と説明していたものの、2017年4月の消費税率引き上げを再度2019年10月まで先送りすることを発表した。一方で、2020年度までに国と地方を合わせたプライマリー・バランス(PB)を黒字化する従来の目標は堅持した。
財政の持続性を確保するためには、歳出・歳入面からの徹底的な改革が不可欠であると私達は考える。特に、未曾有の超高齢社会を迎える中では、社会保障目的税である消費税率の引上げをはじめ、社会保障制度の改革などを強力に進展させる方策も不可欠である。
加えて、2020年度のPB黒字化は中間目標に過ぎないということを踏まえるべきである。医療と介護等の費用は2015年現在で約50兆円規模だが、2025年になると75兆円程度に膨張する可能性があるといわれている。つまり、10年間で25兆円、1年間平均で約2.5兆円伸びることになり、その財源を確保するためには、消費税に換算して毎年1%分の国民負担を求めていく必要がある計算になる。さらに、2025年以降、団塊世代が後期高齢者になり、後期高齢者向けの医療費が全体の給付費の50%以上になるという試算もあり、急激に医療給付費が膨れ上がっていく。こうした状況下で、長期的な展望に立ち、2020年度以降をも視野に入れて、財政の構造的な改革を具体的にどのように行おうとしているのか、政治は明らかにすべきである。
そこで評価の視点として、①経済政策全体の体系の中で適正に位置づけられた、具体的な財政健全化目標と達成時期を明示しているか、②特に消費税の引き上げ時期について、スケジュールも含めて具体的な歳入改革の一環として示しているか、③社会保障の効率化など抜本改革というにふさわしい具体的な歳出削減策を明示しているか、④財政健全化の実効性を高める仕組みを示しているか、⑤団塊世代が後期高齢者になる2025年以降という長期的な視点に立った財政再建の取り組みを示しているのか、という5点を重視して各党の公約を評価した。
【 評価点数一覧 / 自民党 】
項 目 | ||
形式要件 (40点) |
理念(10点)
|
4
|
目標設定(10点)
|
4
|
|
達成時期(8点)
|
4
|
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財源(7点)
|
1
|
|
工程・政策手段(5点)
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2
|
|
合計(40点)
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15
|
|
実質要件 (60点) |
体系性・課題抽出の妥当性(20点)
|
6
|
課題解決の妥当性(20点)
|
4
|
|
政策実行の体制、ガバナンス、指導性と責任(20点)
|
3 | |
合計(60点)
|
13
|
|
合 計
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28
|
【評価結果】自民党 マニフェスト評価 合計 28 点 (形式要件 15 点、実質要件 13 点)
【形式要件についての評価 15 点/40点】
自民党は今回の公約の中で、2020年度までにプライマリーバランスの黒字化の目標を堅持し、2020年度後の債務残高GDP比の安定的な引き下げを目指すことを明記している。また、その達成に向け、1年前に閣議決定された「骨太の方針2015」の中で掲げた「経済・財政再生計画」に基づき、「デフレ脱却・経済再生」、「歳出改革」、「歳入改革」の3つの柱を推進していくとし、一応の目標設定、達成時期を定めていることは評価できる。
しかし、2020年度の黒字化目標について、2016年1月の内閣府「中長期の経済財政に関する試算」では、日本経済が首尾よく再生し、かつ、2017年4月に予定通り消費税を引き上げたとしても、2020年度に6.5兆円の赤字が残るという試算が出ている。そうであるなら、PB黒字化目標の実現に向けて、具体論や選択肢を今回の参議院選挙の公約に具体的に示していない点は評価を下げざるをえない。
また、少子高齢化で社会保障給付費が毎年2.6兆円増加している中で、財政再建の実現には社会保障制度の改革が急がれるが、その点も具体的な政策は提示されていない。さらに、今回、消費税の10%への引き上げを見送ったにもかかわらず、公約には「赤字国債に頼らず安定財源を確保して可能な限り社会保障の充実を行っていく」ことと記載されている。その安定財源の提示はなされておらず、また、軽減税率導入についての財源も依然として不明確である。
【実質要件についての評価 13 点/60点】
自民党は、今回の公約の中で、アベノミクスによって国と地方を合わせた税収が21兆円増加した(2016年度見込みと2012年度の比較)ことを強調している。国民の生活水準の向上を意味する経済成長は経済政策の目的であり、財政を再建する目的も最終的にはそこにある。ただし、税収増は消費税増税分を除くと13兆円であり、その13兆円も構造的な部分と循環的な部分と分けて議論されているわけではない。景気循環の中で再び減ってしまうかもしれない税収を含めて政策の果実と位置づけることは、厳しい財政改革の必要性に対する認識を低下させる懸念がある。
また、公約の中で「経済成長が財政健全化を促し、財政健全化の進展が経済の一段の成長に寄与するという好循環を加速し、財政再建と経済成長の両立を図ります」としている。経済が成長していない中での財政再建は不可能であり、仮に財政収支が改善しても経済が長期停滞したのでは意味がない。従って、そうした捉え方は自体は正しい課題設定であると考えるが、有権者へのメッセージとしては経済成長だけで財政健全化が達成できるかのような印象を与えるものとなっている。さらに公約ではG7伊勢志摩経済イニシアティブに基づいて「機動的な財政政策を進める」とも述べられており、財政健全化というよりは、第二次安倍内閣発足直後の「第二の矢」への回帰が窺われる。
もっとも、国・地方のPBを2020年度までに黒字化する目標を維持していることは確かであり、その達成に向けて策定された「経済・財政再生計画」に基づいて、「デフレ脱却・経済再生」「歳出改革」「歳入改革」を3つの柱として推進するとしている点は一貫している。同計画については経済財政諮問会議でアクション・プログラムや改革工程表などが既に決定されており、今回の選挙を通じてそれに政治的なコミットメントを与えていることは一定の評価ができる。
今回見送った消費税率の10%への引き上げについては、社会保障の財源として2019年10月に実施するとしているが、税率引き上げの再延期に伴って実施が難しくなった社会保障の充実に関しては、「赤字国債に頼ることなく安定財源を確保して可能な限り社会保障の充実を行います」としている。消費税率を引き上げないからには、それを財源として実施する予定だった充実策は実施してはならないと私達は考える。仮に実施する場合には別途の恒久財源の確保が必須であるが、その点が曖昧である。また、消費税率10%時には軽減税率制度が導入されることになっているが、恒久財源の具体的な中身については言及がない。
社会保障制度の改革については、自助・自立を第一に共助と公助を組み合わせ、税や社会保険料を負担する国民の立場に立って持続可能な社会保障制度を構築するとしている。だが、国民皆保険維持、地域における必要な医療の確保、健康管理事業の推進、地域包括ケアシステムの構築など、従前からの政策の列挙にとどまっており、今回の選挙を通じて有権者が政策の妥当性を判断し、事後に評価できる形式の公約とはなっていない。どのような給付側の改革とどのような財源確保によって社会保障制度の持続性を確保しようとしているのか、選挙戦を通じて明らかにすることが求められる。
【 評価点数一覧 / 公明党 】
項 目 | ||
形式要件 (40点) |
理念(10点)
|
2
|
目標設定(10点)
|
1 | |
達成時期(8点)
|
2
|
|
財源(7点)
|
0
|
|
工程・政策手段(5点)
|
1
|
|
合計(40点)
|
6
|
|
実質要件 (60点) |
体系性・課題抽出の妥当性(20点)
|
2
|
課題解決の妥当性(20点)
|
2
|
|
政策実行の体制、ガバナンス、指導性と責任(20点)
|
1 | |
合計(60点)
|
5
|
|
合 計
|
11
|
【評価結果】公明党 マニフェスト評価 合計 11 点 (形式要件 6 点、実質要件 5 点)
【形式要件についての評価 6 点/40点】
公明党の公約には、財政再建について「財政健全化目標は堅持します」と記されているのみと言ってよく、それをどのように実現していくのか、その財源も示されていない。ただし、例えば社会資本整備について、ストック効果を高める観点から、「「賢く投資・賢く使う」インフラマネジメント戦略に転換し、経済と財政の一体的再生に貢献」といった視点が打ち出されている点は歳出の見直しと捉えることができ、また、従来から主張している公会計改革や財政の見える化を行うといったことも述べられており、それらの点は評価したい。
また、消費税の引き上げについては2019年10月に延期されたことで、公明党が主張していた軽減税率の導入も同時期に延期となった。しかし、その財源はいまだ具体的になされておらず、今回の公約にも盛り込まれてはいない。
【実質要件についての評価 5 点/60点】
与党の一角を占めている公明党のマクロ経済政策は、自民党のそれと整合性がとられたものとなっている。財政再建についてはマニフェスト上で「財政健全化目標は堅持します」とだけ述べられており、その実効性を高める仕組みについては明らかにされていない。
他方、子育て家庭への支援(負担軽減策の拡充)、保育サービスの拡充、教育の充実、社会保障の充実など、財源を必要とするかなり多くの政策を推進するとしている。社会保障等の充実については、財源を赤字国債に頼ることなく、これまでの経済政策による果実を活用することを含め、財源を確保しつつ可能な限り実現を目指すとしている。このスタンスは自民党とかなりの程度共通するが、掲げられた充実策の多さと対比すると、その財源をどう確保するのかということとのバランスが体系的に検討されたものになっているとは言い難い。実施が望ましい政策が無数にある中、どの施策を選択するのかを財源とともに示すことが政治の責任であると私達は考えるが、政策の優先順位が十分に明確になっていない。
また、これまでの「経済政策の果実」が何を意味するか明確でないが、仮に増加した税収を指し、増えた税収を充実策の財源にするということだとすると、収支は改善しないことになる。経済を成長させて税収を増やした実績を認めるとしても、それに加えて徹底した歳出改革と制度的な負担増がなければ財政の持続性を回復できないという認識が希薄であると言わざるを得ない。
特に、消費税率10%への引上げが条件(財源)とされている年金の受給資格短縮化や年金生活者支援給付金の実施、介護1号保険料の軽減について公明党は前向きとみられる。消費税増税の先送りを決めた状況下にもかからわずそうした姿勢を示すことは、「社会保障財源としての消費税」と「社会保障制度の充実」とを、有権者が比較考量して政策を選択するという財政改革期における極めて貴重な機会を奪うことになる懸念がある。
【 評価点数一覧 / 民進党 】
項 目 | ||
形式要件 (40点) |
理念(10点)
|
3
|
目標設定(10点)
|
1 | |
達成時期(8点)
|
2
|
|
財源(7点)
|
0
|
|
工程・政策手段(5点)
|
2
|
|
合計(40点)
|
8
|
|
実質要件 (60点) |
体系性・課題抽出の妥当性(20点)
|
2
|
課題解決の妥当性(20点)
|
2
|
|
政策実行の体制、ガバナンス、指導性と責任(20点)
|
2 | |
合計(60点)
|
6
|
|
合 計
|
14
|
【評価結果】民進党 マニフェスト評価 合計 14 点 (形式要件 8 点、実質要件 6 点)
【形式要件についての評価 8 点/40点】
民進党は、アベノミクスは失敗であるとし、消費税率を引き上げる状況にはないとして消費税の10%への引き上げを見送った。その上で、与党よりも6カ月早い2019年4月に10%への消費税率引上げを行うとしていることを明示した点は評価できるものの、24カ月延期する理由が詳しく提示されているわけではない。消費税増税を見送る一方で、2020年度の黒字化目標を守るとしているが、どのような手段を用いて、目標を達成しようとしているかは明らかにされていない。
また、子育て支援や年金生活者支援給付金、年金受給資格期間短縮化などは、消費税引き上げを待たずに予定通り17年4月から実施するとしているが、制度充実や支援強化の財源は明示されていない。
また、民進党は、財政健全化目標と実現までの戦略を定める財政健全化推進法を作ることで持続可能な財政構造を実現するとしている。しかし、目標や法律の具体的内容は示されておらず、どのように財政の持続性を確保していこうとしているのか、今回の選挙公約だけでは不明である。なお、税金のムダづかいをなくすなどの行政改革の必要性や身を切る改革の徹底が述べられているが、それはかなりの程度各党共通しており、本来、財政再建とは関係なく必要なことである。
【実質要件についての評価 6 点/60点】
当初、民進党の前身である民主党が与党であった2012年に、「社会保障と税の一体改革」として2015年10月には消費税率を10%に引き上げると合意されていた。その消費税について、税率を引き上げなければならないとしていた旧民主党・現民進党が、今回は延期すると主張していることについてどう考えればよいのか、十分には国民に説明されていないと考える。今回延期をして、どうして2019年4月であれば引上げができるようになるのか明らかにされていない。
また、社会保障や子育て支援の充実策として、保育園・幼稚園で働く人の月給を5万円引き上げる、総合合算制度を創設して保育・医療費等の自己負担を軽減するとしている点が与党との違いとして目立つ。だが、これについて財源は明確にされていない。高所得者優遇となるとして消費税の軽減税率は中止するとしているが、総合合算制度の創設に加えて、中低所得者に消費税を払い戻す給付付き税額控除を実施する方針が示されている。中低所得者への厚い配慮を政策の柱としていることは明確になっているが、それだけ確保すべき必要財源は与党よりも大きいと考えられ、それについて金額を含めて明確にしない以上は実現性に疑問符がつく。
確かに、税制改革について、大企業や富裕層への課税強化、国際的な税逃れの防止を掲げている。金融所得課税の税率を5%引上げ、高所得者の所得税率も引き上げるとしている。ただし、それによる経済への影響やそれによる税収規模がどのようなものになるかは示されていない。
その他、地方に対する国のひも付き補助金を廃止して「一括交付金」を復活させる、農家に対する戸別所得補償制度を法制化・恒久化する、将来的には高校無償化を保育園・幼稚園から大学まで広げるなど、旧民主党の政策に回帰し、さらにはそれを拡大している色彩が強い点で、財政健全化が必要という観点からは、残念ながら懸念を覚える公約と言わざるを得ない。
【 評価点数一覧 / おおさか維新の会】
項 目 | ||
形式要件 (40点) |
理念(10点)
|
5
|
目標設定(10点)
|
2
|
|
達成時期(8点)
|
0
|
|
財源(7点)
|
2
|
|
工程・政策手段(5点)
|
1
|
|
合計(40点)
|
10
|
|
実質要件 (60点) |
体系性・課題抽出の妥当性(20点)
|
1
|
課題解決の妥当性(20点)
|
1
|
|
政策実行の体制、ガバナンス、指導性と責任(20点)
|
1 | |
合計(60点)
|
3
|
|
合 計
|
13
|
【評価結果】おおさか維新の会 マニフェスト評価 合計 13 点 (形式要件 10 点、実質要件 3点)
【形式要件についての評価 10 点/40点】
おおさか維新の会の公約では、2017年4月に予定されていた消費税10%への引き上げについて、「身を切る改革、行政改革、歳出削減がなされていないことや景気の現状に鑑み」凍結する旨が明記された。まずは、国会議員歳費の3割削減、議員定数の3割削減、国・地方の公務員総人件費2割(5兆円)削減、財政責任法を制定し、発生主義と複式簿記を導入するなど、様々なメニューが並べられている。これらの主張は2014年衆院選の公約でも示されており、主張は一貫している。他の政党とは一線を画した独自性を有権者に示している点では、貴重である。
ただ、プライマリーバランス赤字ゼロへの工程表をつくるという目標は述べられているが、具体的内容(手段や工程、期限など)は示されていない。 また、当該目標は2014年にも掲げられているが、具体化されているとはいえない。
また、消費税増税は凍結したものの、諸々の改革が終了した際、10%への引き上げをどうするのか、更にその先を見据えた消費税をどうするのか、引き上げないとすれば財源をどう手当てするかなどについては、何ら言及されていない。
【実質要件についての評価 3 点/60点】
おおさか維新の会の公約では、財政の収支尻ではなく政治、行政の改革によって財源を生み出そうとする方向性が見え、他党と比べても理念は明確である。しかし、国会議員歳費は重要な問題であることは認めるが、超高齢社会の財政と経済の問題の大きさに照らせば象徴以上の意味はない。また、公務員総人件費を政府サービスの低下を伴わずにどのように削減するかが重要であり、また、削減できたとしてもそれで財政が健全化するとは思われない。
財政問題の帰趨は、社会保障制度の今後の運営や税制改革の行方に大きく依存すると私達は考えている。おおさか維新の会は、社会保障費の改革について、社会保険料の適正な設定・適正な給付を実現する、高齢者向け給付を適正化するとしているが、一般論の域は出ていない。一方で、年金の支給開始年齢を段階的に引き上げる、年金制度を積立方式に移行する、年金目的特別相続税を創設する、医療費の自己負担割合について年齢で負担割合に差を設けない、などドラスチックな提案をしているが、大胆な改革案だけにそれをどう責任をもって実現していこうとしているのか具体的に明示されていない点は評価を下げざるを得ない。
また、地域政党に起源がある同党らしく、消費税の地方税化と新たな地方間財政調整制度(地方共有税)の創設が掲げられている。財政問題は社会保障制度に加えて、国と地方の財政関係をどうするかが最重要のポイントの1つである。
ただ、道州制の導入や地方共有税といった政策で、財政の改革・再建の道筋が示されている、あるいは、実行力を予想させる体制の確立が提案されているとは到底言えない水準の記述にとどまっている。
【 評価点数一覧 / 共産党 】
項 目 | ||
形式要件 (40点) |
理念(10点)
|
4
|
目標設定(10点)
|
2
|
|
達成時期(8点)
|
2
|
|
財源(7点)
|
3
|
|
工程・政策手段(5点)
|
1 | |
合計(40点)
|
12
|
|
実質要件 (60点) |
体系性・課題抽出の妥当性(20点)
|
2
|
課題解決の妥当性(20点)
|
1
|
|
政策実行の体制、ガバナンス、指導性と責任(20点)
|
1 | |
合計(60点)
|
4
|
|
合 計
|
16
|
【評価結果】共産党 マニフェスト評価 合計 16 点 (形式要件 12 点、実質要件 4 点)
【形式要件についての評価 12 点/40点】
共産党は公約で、「『アベノミクス』と消費税大増税路線は破綻した」とし、「消費税に頼らない別の道」で歳出のための財源を確保するとしている。その財源は大きく二つあり、1つ目は富裕層や大企業の税優遇を改め、「所得や資産など負担能力」に応じた税制に改革することで22.3兆円、2つ目は、国民の所得を増やす経済改革で20兆円を超える自然増収が10年後に得られるとしている。他方で社会保障の拡充を進め、2030年ごろまでに基礎的財政収支の黒字化が実現できると主張している。
こうした政策は2014年の衆院選のマニフェストでも示されていたが、他党が財源を明らかにしない公約を提起する中、実現可能性は別として、国民に一定程度の具体策を提示していることは評価できる。
【実質要件についての評価 4 点/60点】
消費税率の10%引上げは先送りではなく断念すべきとしている。消費税にたよらない別な道で財源を確保するとし、特に、大企業や富裕層に対する増税を強化すべきとしている。大企業に対して具体的には研究開発減税などの租税特別措置、受取配当益金不算入、連結納税など、大企業にとって利用可能性の高い税制を改めるとし、また、安倍内閣が決定した法人税減税を中止することで6兆円の財源が生まれるとしている。富裕層に対しては、配当や株式売却益の課税強化、所得税・住民税の最高税率を現行の55%から65%へ引き上げ、相続税の最高税率を現行の55%から70%への引き上げ、5億円超の資産保有者に対する富裕税創設などを行い、3兆円以上の財源を確保するとしている。
税制以外でも、防衛費や公共事業費、政党助成金などを削減すべきとし、以上によって20兆円以上の財源が生まれるとの試算を一覧表にして示している。法人税減税の意義や所得税・相続税の最高税率の在り方については議論が分かれ、その試算の現実性には様々な評価があり得る。そうした税制改革を行えば企業や富裕層が海外へ逃避するなどして目論見通りの税収は得られない公算が大きいと思われるが、具体的な政策とそれによって生じる財政面の効果について公約として述べられている点は、有権者が政策を選択する上で評価できる。
他方、20兆円超の自然増増収が得られるとする条件は、国民の所得を増やす経済改革で2%台の名目成長を実現することとされている。だが、デフレからの完全脱却に苦しむ日本が、どのようにそうした経済を実現するのか説得的な公約にはなっておらず、根拠が希薄である。また、賃金が上昇すれば医療や介護に従事する人々や公務員の賃金も上昇することから、名目成長は必要なことではあるが、それが財政健全化の十分な処方箋にはならないことを見逃している。
社会保障費については、安倍内閣での関係者の努力を「国家的詐欺に等しい」と切り捨て、削減を中止し、拡充へと転換するとしている。年金については最低保障年金制度をめざし、医療における保険診療の拡充と介護における介護報酬の引上げ、国の制度としての子供医療費無料化、国立大学授業料を10年間で半額にするなど財政需要を拡大させる政策が多数掲げられている。
歳入側の試算とは違って、主張する歳出側の数字がほとんど示されていないにもかかわらず、2030年ころまでにはPBを黒字化させることが可能になるとしている。この点、40兆円以上の歳入増を想定しても10年以上PBが黒字化しないという歳出膨張が示唆されることに加えて、すでに歴史的にも国際的にも政府債務が極端に積み上がっていることや、デフレ脱却後には金利が正常化するであろうこと、団塊世代の後期高齢者入りといった人口動態を踏まえると、2030年ころまでにPBを黒字化させればよいと考えるのはその間での財政破綻を想起させ、評価できない。
【 評価点数一覧 / 社民党 】
項 目 | ||
形式要件 (40点) |
理念(10点)
|
1
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目標設定(10点)
|
0
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|
達成時期(8点)
|
0
|
|
財源(7点)
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1
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|
工程・政策手段(5点)
|
0 | |
合計(40点)
|
2
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|
実質要件 (60点) |
体系性・課題抽出の妥当性(20点)
|
0
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課題解決の妥当性(20点)
|
0 | |
政策実行の体制、ガバナンス、指導性と責任(20点)
|
0 | |
合計(60点)
|
0
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|
合 計
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2
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【評価結果】社民党 マニフェスト評価 合計 2 点 (形式要件 2 点、実質要件 0 点)
【形式要件についての評価 2 点/40点】
社民党は消費税増税が2回先送りされたことや、社会保障の切り捨てが進んでいるという認識から、「社会保障と税の一体改革」は破たんしているとしている。そして、雇用の劣化や格差・貧困の拡大に歯止めをかけ、「一体改革」をやり直すことを公約に明記した。
やり直しにおいては、消費税の10%への引き上げは中止し、「社会保障の安定・充実」と「消費税」を「一体」とは扱わないという。「(1)ボトムアップの経済政策による税収増、(2)防衛費の縮減や不要不急の大規模公共工事の中止をはじめとする歳出の見直し、(3)官民ファンド・基金事業の縮減、政府資産の活用、(4)消費税依存税制からの脱却と税制全体をパッケージとした税収増などにより、必要な財源を確保する」としており、2014年の衆院選の公約から大きな変更はない。
税制改革では、所得税の累進性の強化、金融資産課税の強化、大企業向け政策減税の抜本的見直し、法人税率引き上げ、金融取引税の導入、相続税の強化、富裕税の創設、高級品への物品税課税を行うとしている。ただし、それぞれの具体案や金額などはまったく示されていない。
一方、社会保障については利用者負担増に反対すること、最低保障年金制度を作ること、基礎年金のマクロ経済スライドを中止すること、医療従事者の数を増やすこと、などを述べている。だが、全体として一体改革の「やり直し」というほどの青写真とは到底言えない。
財政問題が深刻であるという認識は示されておらず、財政健全化目標などの設定はない。
【実質要件についての評価 0 点/60点】
社民党は、消費税増税が条件の年金生活者支援給付金制度の実施を求め、年金財政の持続性を維持するために必要なマクロ経済スライドに制約をかけると主張するなど、財政需要を高める項目への偏りが強いと評価される。介護についても、高齢者の在宅生活を365日24時間、支える体制をつくる、保険料や利用者負担を軽減するなど財政面への目配りがほとんどない。大企業や富裕層などへの各種増税を謳っているが、それは社会保障充実と体系的に結び付けられたものではなく、実現性や実現した場合の規模などが不明である。
社民党は公約において働き方の改革について多く主張をしているが、財政健全化目標を掲げていないことに象徴されるように、社会保障制度や財政制度を含む社会システム全体の持続可能性を確保する必要があるという課題に取り組む姿勢が見られない。財政分野の評価としては実質的要素がないと判断する。
【 評価点数一覧 / 生活の党と山本太郎となかまたち 】
項 目 | ||
形式要件 (40点) |
理念(10点)
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1
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目標設定(10点)
|
0
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達成時期(8点)
|
0
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財源(7点)
|
0
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工程・政策手段(5点)
|
0 | |
合計(40点)
|
1
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|
実質要件 (60点) |
体系性・課題抽出の妥当性(20点)
|
0 |
課題解決の妥当性(20点)
|
0
|
|
政策実行の体制、ガバナンス、指導性と責任(20点)
|
0 | |
合計(60点)
|
0
|
|
合 計
|
1
|
【評価結果】生活の党と山本太郎となかまたち マニフェスト評価 合計 1点 (形式要件 1 点、実質要件 0 点)
【形式要件についての評価 1 点/40点】
消費税増税については、経済政策の失敗によって景気は悪化しているため延期は当然としている。だが、いずれ増税するのか、いつまで延期するのかなどが、何ら示されていない。一方で、月額2.6万円の子ども手当の実現、高校授業料無償化の大学授業料減額等への拡充、医療における窓口負担の軽減や保険適用医療の拡大、ベーシックインカム制度の導入などを公約としている。これらの実施には巨額の財源が必要になると思われるが、重点政策パンフレットの中で党首が「政策経費27兆円、補助金30兆円の中からムダを省くことにより、捻出することは十分可能」としている。しかし、財源捻出のために具体的に何をするのか不明である。
【実質要件についての評価 0 点/60点】
生活の党は「生活が第一。」をスローガンとしており、可処分所得を1.5倍にすることを目標として提示している。しかし、超高齢社会の中で、税や社会保険料の引上げをいかに抑制するかが課題となっている中、可処分所得を1.5倍にするというのは常識的に考えてあまりに無理のある目標設定である。また、可処分所得の増加の手段として大きなウエイトを占めているのは、子ども手当などの財政措置とみられ、むしろ財政依存の構造を強める公算が大きいと判断される。何がムダであり、それをどういう仕組みで省くかを示さずに、ムダを省けば財源は十分あるというだけでは、財政健全化という観点からは何も示していないに等しい。
【 評価点数一覧 / 日本のこころを大切にする党 】
項 目 | ||
形式要件 (40点) |
理念(10点)
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1
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目標設定(10点)
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0
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達成時期(8点)
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0
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財源(7点)
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0
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工程・政策手段(5点)
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0 | |
合計(40点)
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1 | |
実質要件 (60点) |
体系性・課題抽出の妥当性(20点)
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1
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課題解決の妥当性(20点)
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1
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政策実行の体制、ガバナンス、指導性と責任(20点)
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0 | |
合計(60点)
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2
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合 計
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3
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【評価結果】日本のこころを大切にする党 マニフェスト評価 合計 3 点 (形式要件 1 点、実質要件 2 点)
【形式要件についての評価 1 点/40点】
日本のこころを大切にする党は、「徹底的な行財政改革」をうたう半面、「異次元の財政政策を出動する」「投資効果の高い公共事業の拡大を図る」などとも述べている。消費税については[再増税を当分の間停止する」としている。これらについて、異次元の財政政策の意味や、消費税をいつまで停止するか、何が実現した場合に引き上げるのか、行政財政改革の工程などの説明はなされていない。
社会保障については、生涯にわたり安心して暮らせる制度構築を目指すとし、マイナンバーを活用した世代間不公平の是正、医療費自己負担割合の一律化、高所得者の年金・医療費負担の適正化、給付付き税額控除制度の導入などを掲げている。より具体的内容や期限は示されていない。
消費税マイレージというユニークな提案をしているが、それは消費喚起を目的としたものとみられる。財政改革の必要性の認識や財政健全化目標は示されていない。
【実質要件についての評価 2 点/60点】
社会保障に関する主張については一定の評価が可能であり、選挙戦を通じてより詳しい内容が明らかにされることを望む。しかし、財政改革の考え方や健全化目標が公約で示されていないことから、基本的には財政問題を政策体系の中でほとんど重視していないと判断される。
主要政党のマニフェスト評価
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33 | 27 |
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28 |
23 |
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20 |
23 |
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30 | 28 |
15 |
18 |
11 |
4 |
4 |
8 |
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28 | 11 |
14 |
16 |
13 |
2 |
1 |
3 | |||||||||
9 | 10 |
7 | 9 |
8 |
4 |
2 |
6 |
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51 | 29 |
31 |
26 |
27 |
17 |
6 |
17 |
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21 | 20 |
15 |
12 |
17 |
12 |
10 |
16 |
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