2019年参院選挙の争点とは何か ― 財政政策 ―

2019年7月17日



財政健全化の見通しが全く立っていない現状をどう見るか

kudo.png工藤:言論NPOの工藤です。参議院選挙のマニフェスト評価、今日は財政分野について議論してみたいと思っています。ここでの私の関心は、日本の財政の持続性という問題がどうなっているのか、この一点に尽きるわけですが、今年の予算を見ても、100兆円を超すかなり大規模なものになっています。査定以外の形でも予算がつくという状況があり、消費税の問題もあるのですが、こういうことになると、財政規律という問題に関しても疑問を持っているのです。

 ただ、この問題が、選挙においてはなかなか大きなアピール点になっていません。これが、私が非常に気になっていることで、本来、この問題をどう考えるかということは、日本の国民にとっても重要な問題と思いますので、今日はこの問題意識から、皆さんと話をしてみたいと思っています。

 早速、ゲストを紹介させていただきます。私の隣が、大和総研政策調査部長の鈴木準さんです。続いて、法政大学経済学部教授の小黒一正さんです。最後に、創価大学経済学部准教授の中田大悟さんです。

 ということで議論したいのですが、まず、今度の参議院選挙では、財政分野で、本来、政治は国民に何を伝えなければいけないのか。逆に言えば、国民が今、考えなければいけない点は何なのか。それを皆さんはどう思っているのかということを、話していただきたいのですが、鈴木さんからどうでしょうか。


「財政の持続性」に対する国民の不安に応えていない日本の政治

suzuki.png鈴木:生活と政治というのは一応違うのですが、政治というのは将来の生活を決めるという意味で、密接不可分だと思います。最近、内閣府から出た「満足度・生活の質に関する調査」を見ると、高齢者の満足度が際立って高い。それから、地域別や都市の規模が大きいか小さいかで満足度の違いはないなど、いろんなことが分かってきています。全体として内閣府の「国民生活に関する世論調査」をみると、1960年代以降の時系列でみて、今、足元が最も満足度が高いのです。75%くらいの方が生活に「満足している」と言っています。ただ、一方で、生活が「良くなっていく」と言っている人は1割くらいしかいません。つまり、水準は高いのだけれども、将来の展望という意味では、良くなっていくことが見通せていない。これは、工藤さんがおっしゃった「財政の持続性」というところに、依然として大きな不安があって、例えば、消費税はこの秋10%に上がると思いますが、その後どうなるのかということを、本来、各党は議論していただかないといけない。なかなか展望が開けないのは当然でありまして、そういうところが今回足りないということをまず申し上げたいと思います。

工藤:ただ、野党は消費税10%への引き上げ自体に反対しています。

鈴木:それ自体、2012年のいわゆる三党合意で、衆参とも8割くらいの賛成票で、10%まで上げるということを決めたわけですよね。それを変えるというのは、私は意味が分からないですね。


財政赤字の問題は、人口減少、高齢化、低成長、貧困化に対処する
  政策パッケージが示さていないことの裏返し

oguro.png小黒:日本が今抱えている問題は三つあると思います。一つは、人口減少、高齢化です。だいたい100年間くらいで人口が半分になる。約1億3000万人から約6500万人に人口が減っていくので、平均で毎年60万人くらい減るわけです。それと同時に、国土交通省が「国土のグランドデザイン2050」を出していますが、2010年時点と2050年時点で、人口が半分くらいになるエリアが、日本の国土全体のうち6割くらいある。これは、人口が半分になれば、地方財政に大きな影響を及ぼすわけですが、例えば上下水道の料金などは収入が半分減るわけですから、これが意味することは、その負担を2倍にするなどということをしないと帳尻が合わないという中で、人口もどんどん減っていく。これは「地方消滅」というワードになりましたが、そういう問題をどうするのか、ということも同時に進行している。

 二番目の問題は低成長で、ここ最近、経済成長率は比較的上がってきていますが、ここ20年間くらいの名目GDP成長率を平均すると、だいたい0.5%くらいしかないわけです。そういう意味では、いろいろな経済対策や成長戦略を打っているけれど、どうしても経済成長率が上がらない。したがって、税収は増えてきている部分も最近ありますが、流れとしては、2014年に消費税を増税した分とか、いろんな効果があったり、あと、景気循環の中で税収が増えたりしている部分はありますが、今後のことを考えると、どうしても税収はなかなか伸びない。その中で、社会保障費が高齢化で伸びているわけです。この問題にどう対応するのか。

 三番目は貧困化で、最近問題になりましたが、「老後に2000万円足りない」という問題が象徴するのは、貧困が増えているという、生活が厳しい方々です。今、生活保護の方々は200万人くらいいますが、半分が高齢者。65歳以上の高齢者のうち、100人中3人くらいの方々が貧困なのです。ちょっと前、1995年くらいでは、1%台でした。これは着実に増えていて、今、毎年3.5万人ずつくらい増えています。そのトレンドで引っ張ると、2050年には65歳以上の人に占める生活保護受給者が100人中6人くらいになる可能性があって、そうすると、けっこう大きな人数になってくる。だいたい、私の推計だと、200万人くらいになる感じなのです。でも、今、生活保護の捕捉率は2割くらいしかないので、実はその5倍くらい、潜在的にいる。2050年に、75歳以上の人口はだいたい2500万人くらいですが、仮に2割の方が貧困だとすると、500万人規模になるわけです。この問題を年金で解決しようと思っても、どうしても低年金の方々はけっこういて、金融庁の「老後2000万円足りない」と言っている方々というのは、あのモデルだと、夫婦2人で年間240万円くらいもらっています。一人あたりでは120万円で、120万円以下しかもらっていない人が47%くらいいて、月額7万円くらい、年間84万円くらいしかもらっていない方々というのも3割くらい、正確に言うと27%くらいいるのですが、このボリュームがどんどん増えていく。

 現役も3人に1人が非正規なので、これは低成長の問題と裏表ですが、そうすると、どうしても社会保障のいろんな支出が増えていく話になる。そういった中で、政府が昨年(2018年)5月に「2040年を見据えた社会保障の将来見通し(議論の素材)」という試算を出しましたが、2018年の社会保障給付費は年金が56兆円くらい、医療が40兆円くらい、介護が10兆円くらい、全体で121兆円で、GDPがだいたい560兆円なので、これで21.5%分くらいを占めている。これが2040年度になると、190兆円くらいになる。GDP比でだいたい24%になる、と試算しているわけです。これは、社会保障給付費(対GDP)が2.5%ポイントくらい伸びるわけですが、2.5%のインパクトというのは、今のGDPの規模感覚で言えば、560兆円に2.5%をかけると14兆円くらい。だから、消費税で5%分くらい、軽減税率を入れないで財源を調達しないと賄えないような話になっています。

 鈴木先生も言われていましたが、消費税を10%に上げた後、どういうふうにしていくのか。今、既に財政赤字もあるわけです。財政が持続可能なことは当然考えられないので、この問題は財政の問題でもあるのですが、裏側では、そういう人口減少、高齢化、低成長、それから貧困がこれからもう少し進んでいくような貧困化の問題にどう対応していくのか、ということのビジョンが見えないと、なかなか解けない問題だと思います。

工藤:今の小黒さんの話は、我々が行った社会保障や経済政策の議論でも同じ文脈になっているのですが、今言われたことは、将来に対する悲観論がかなり高まっている理由は、将来の人口動態の大きな変化とか、ある程度見通せるものを含めた形でも、かなり大きな政策論をつくらないといけない段階に来ている。その政策の軸を貧困という形にした場合、それをどうすればいいかとかいう形で、政策の立て方を変えないといけない。あと、地方を巡る政策の組み直し、それから統治構造の改革なのです。言葉で言えば「革命的」な政策パッケージを用意しないと、いろんなことが全体的にプランニングできないのではないか、という声がありました。

 今の話も全くそうなのですが、ただ、残念ながら、今出ている選挙公約は、そういう話ではないのですね。「消費税を上げる、上げない」という、選挙になると必ず同じ話になって、国民が本当に考えている不安、将来に対する見通しのなさにきちんと迫った形になっていない。そういうことを、お二方は言われたのだと思いますが、中田さんはどうですか。

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与野党はせめて、財政再建の道筋を正直に語るべき

nakata.png中田:既にお二方がいろんなことの論点を整理されたので、もう少しシンプルに言おうと思うのですが、今、与野党は選挙の公約を提示されているわけです。とすると、政治というのはやはり、人々に対して、財政再建、もしくは財政の持続可能性をどうやって担保するか、という道筋を、素直に示してほしいですね。正直に示してほしい。それは、例えば与党からしても、与党は一応10%に上げる立場なのです。ですが、今、社会保障の話も出ましたが、例えば、幼児教育とか保育の無償化。その方向性に反対する人はなかなかいないと思うのです。アクセスを良くすることに対しては反対しないのでしょうが、優先順位はおそらく違っているだろう、と皆が思っているわけです。デマンド(需要)をどんどん膨らませるような政策を行っていて、でもサプライ(供給)サイドはそのままですから、対応できないわけですが、今、無償化をやれば、当然のことながら、将来に対してサプライサイドの供給能力を上げなければいけない、という話になると、これは財政支出の拡大圧力につながっていくわけです。そういった整合性がとれないことを同時にやってしまう、ということは、国民から見ても本当にいいのかな、と思わせてしまう可能性があると思うのです。

 それから、与党のスタンスで私がいまいち不満なのは、増税をすると、少なくとも短期的には痛みが出るはずなのです。その短期的な痛み、経済に対する悪影響というものを、軽減税率とかポイント還元とかいろいろやりますが、それだけで吸収できるのかということも分からない。それは長期的に続くわけですから。そういった痛みを素直に提示しないということは、国民に対して素直に情報を提供していないのだと思うのです。

 反対に、野党の方は野党の方で、短期的なことだけを考えて、目先の消費税を上げないという議論だけに執着してしまって、では、自分たちはどういうビジョンで財政の持続可能性を担保していこうというのか、その姿勢が見えない。マニフェストの一覧を見てみれば分かりますが、野党は本当に政権を取る気があるのだろうか。与党に対しての代替手段としての自分たちをアピールする能力があるのだろうか。一部の野党は一生懸命頑張って政策を考えているようですが、それでも、なかなか全体としてそれが広がりがあるようにも思えないわけです。

 民主党政権の末期に、例えば年金改革で、民主党政権の年金制度改革はめちゃくちゃだったのですが、最後の最後になって、馬淵澄夫議員あたりがやっと現実的な改革案を出されたことがありましたが、そういった、人々があきらめたころに出されてももう遅いのですね。ですから、まだ人々が野党に対して期待を抱けるかもしれないこの時期に、出してもらいたい、というのが、今回の選挙のマニフェストを見たところの感想です。

工藤:今のお話を伺ってみると、確かに、全体的な設計というのは、常にやっていないと、選挙のときに急に思いつけと言っても無理だと思うので、たぶんでないと思うのですが、中田さんが言ったのは、最低限、道筋は示してくれ、どうなっているのだ、ということでした。

 この道筋について聞きたいのですが、基礎的財政収支(プライマリーバランス、PB)の黒字化目標を2020年から2025年に移しましたよね。それを移すまでの道筋は、どのように説明されているのでしょうか。

鈴木:2016年度からの3年間を「集中改革期間」と呼んで、16年度、17年度、18年度と一定の取り組みを政府は進めました。そこで、社会保障分野、社会資本整備分野、地方行政・地方財政の分野、あるいは大学改革を含めた教育改革。全ての財政分野について必要な改革事項を工程表化し、改革を進めてきました。ただ、これはけっこう時間のかかることで、トップダウンで「何兆円削減せよ」といった話ではなく、ボトムアップ型の、とにかく具体的な改革を進めましょうということで、やってきています。この改革は、「種まき」と「水やり」をやった段階で、何か目覚ましい効果が出ているかというとそういう段階ではない。なおかつ、消費税の税率引き上げを先送りしたり、「新しい政策パッケージ」があったりした関係で、20年度のPB黒字化目標は、18年度の骨太の方針で25年度に先送りされた、というのがこれまでの経緯です。

 ですから、そういう経緯について、政治はどう考えているのか。今回、参議院選挙であるわけですが、参議院は3年に1回半数が改選されますが、任期は6年と長い。小選挙区制ではなく解散もないので、そういう意味では各議員は次の選挙で党の公認をとれるか気にする必要は小さいですよね。本来であれば、参議院というのは、じっくりと長期的な道筋を議論して、国民に示すという役割を果たすべき院だと私は思うのです。短期的な話は衆議院が得意な話で、予算もそうですし、法律案も、衆議院で3分の2で再議決されれば、全て、衆議院の意思が国会の意思になるわけです。参議院というのは本来、長い目で見て、日本をどうしていくのか、ということを議論するにふさわしいというか、そういうことにマッチした院であるはずです。

工藤:鈴木さん、今の話はよく分かるのですが、政府では、2025年までにどういう計画をつくっているのですか。ただ、目標年次を先送りしただけなのですか。その出されている数字に対して、与党は責任を持たなければいけないので、本来であれば参議院選挙の中でそれを説明しなければいけないわけです。その記述が全くないので、それはどうなっているのだろう、と聞いたのです。

鈴木:内閣府の中長期試算では、2025年において、経済成長するケースでも1.1兆円のPB赤字が残るとか、ベースラインケースだと6.8兆円のPB赤字が残るとか、そういう数字は示されています。それに対して、どういう改革をしていけばいいかということについては、その試算とは別のものとして、今、「基盤強化期間」という言い方で新たな改革工程表が政府から示されています。

非現実的な前提のもと、本気で財政再建に取り組もうとしていない政府

工藤:分かりました。「どうやるか」ということはまた具体的に話さないといけないのですが、その前に、どういう道筋をつくっているのか、国民に何を約束しようとしているのかが分からないのです。小黒さん、この延期したという話は、延期したら、どのような形でそれが実現できるかという、はっきりしたことは、与党や政府は言える立ち位置にあるのですか。

小黒:まず、内閣府の中長期試算で我々国民がよく理解しなければいけないのは、政府は二つのシナリオを出しているということです。一つは経済再生ケースで、2027年度とか28年度くらいで、名目GDP成長率が4%弱くらいになる。もう一つは、ベースラインケースで、こちら側は名目GDP成長率が1%強になる。現実の経済成長率を、ここ10年間とか20年間見れば、ベースラインケースの方が比較的現実に近いわけです。ですが、プライマリーバランスの2025年度、要するに政策経費と税収の差ですが、これを国と地方で見たとき、それを黒字化すると言っているのは、どちらのケースを取っているかというと、高成長ケースなのです。したがって、そちらを目標にすること自体、まずそもそも保守的ではなくてズレているし、慎重な財政再建の目標とは言えないわけです。そもそも、2015年10月と2017年4月に予定されていた消費税引き上げを先送りして、たぶん今回は増税すると思うのですが、それが達成できなかった理由というのは、そこだけでなく、そもそも高成長を見込んだところでの財政再建の目標をつくっているわけです。だから、本気で財政再建をするのであれば、経済成長できれば一番いいのですが、そうとは限らないので、比較的、保守的、慎重な経済成長率のもとで、財政の収支をどうするか、ということを見ないといけないわけです。

 実際、2025年に低成長のベースラインケースで黒字化できる、というふうに内閣府のシナリオがなっているかというと、なっていないわけです。加えて言えば、内閣府の出している同じ推計で、基礎的財政収支ではなくて、それに利払い費などを加えた「財政収支」のGDP比の見通しで見ても、この場合は高成長ケースだと金利が上がっていくので、そちらでも、そもそも財政収支が黒字化していないわけです。トレンドとして見ると、2023年度か24年度くらいが、高成長ケースで財政赤字が一番縮小したところで、その後悪化していくトレンドに入っていくのです。ベースラインケースに至っては、2027年度か28年度くらいに、財政赤字がGDP比2.7%くらいまで拡大するのです。そういう状況の中で、財政再建をどうするのですか、ということについては、答えていないわけです。そこは非常に、政策の整合性が全然取れていないので、財政再建の本当の持続可能性を考えた道筋を示すのであれば、それをどう縮小するのか、ということに答えないとダメだと思います。


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