今回の選挙で、有権者は各党の公約の何を見極めなければいけないのか
工藤:分かりました。財政を考えるためのいろんな論点がかなり出されたのですが、それをベースにして、今回、各党の公約を斬ってもらいたいわけです。そもそも、財政の持続性という話をベースにした公約がほとんどなく、野党は、いろいろ温度差はあったとしても、基本的には「消費税は上げるべきではない」という考え方ですよね。与党は消費税を上げるのだけれど、公明党は軽減税率の話です。そして、消費税を上げて全世代型社会保障をやるとか、そういうふうな理由付けで挑んでいるという状況なのですが、少なくとも、将来の持続的な財政に向けての道筋が何か出されているわけではないわけです。選挙だから、消費税を上げることの理由付けとか、「それは嫌だ」という形がけっこう大きい公約になっているのですが、皆さん、これをどのように読めばいいのでしょうか。可能であれば、点数をつけてもらいたい。中田さんからどうですか。
有権者が留意すべき、公約の根底にある各党の「哲学」
中田:点数付けとなると非常に難しいのですが、とりあえず、与党に関して言えば、一文だけでも「財政再建する」と言っているところです。何をどういう道筋で、ということは分からない。野党で言えば、それを言っているのは国民民主党だけです。他の野党は、
軒並み、そのことに関しては何も触れない。今日の議論で、比較的、与党に関してそこの責任を果たしていないことへの批判が多かったと思いますが、やはり、もう一度ターンを変えて、野党に関しても、これは話にならないのではないか、と指摘しておかなければいけないのだと思います。
財政と社会保障は一体ですから、年金の話に移ると、年金の2000万円問題が出た後に、財政憲章の数値が出るのが遅れてしまいました。それがどういう理由で遅れたかは、本当のところは定かではないですが、与党の議論は与党の議論として、これも無責任であって、「年金制度には問題ない、持続可能だ、100年安心だ」と言い張るわけです。もしくは、「制度の安心と生活の安心は別だ」という詭弁めいたことも言うわけですが、野党はそれに対して何を言っているかというと、「年金積立金を使えば」、要はマクロ経済スライドなど要らないのだ、という、2004年の制度改革以前の話をしようしているわけです。とすると、マニフェストにもそれが全部表れていて、野党の方がより無責任に、野放図に「安心で、歳出をどんどん出せる」、そして財政再建の道筋は出さない、ということを考えれば、少なくとも、あえて採点するとすると、立憲民主党も何も言わない、共産党、社民党に関して言うと、ほぼゼロに近い10点程度なのかな、というイメージです。国民民主党は、一生懸命書かれているのです。短期的によく政策を集められた、とは思うのですが、残念ながら、要所要所でフィージビリティ(実現可能性)のないものが混じり込んでいる。それは付け焼き刃的に入れたものがあるのかもしれませんが、そこをもっと詰めてもらいたいと考えれば、もう少し点数は上なのかな、という感じです。
与党に関して言うと、先ほど「自民党と公明党でセットだ」という話をしましたが、そうすると、あえて赤点になるか、ならないか、単位が取れるか、取れないか、という考え方で言うと、自民党と公明党それぞれは30点ずつくらいかもしれないけれど、合わせ技で与党なのだから、ということでプラス10点にしてあげてもいいかどうか、というレベルかな、と思います。
小黒:点数をつけるのは難しいように思うのですが、まず気をつけて見た方がいいと思うのは、与党の自民党、公明党の路線と、国民民主党と維新の会、あと、その他の野党、というので、色合いがかなり違う。
自民党と公明党は、当然、役所(官僚機構)を使えますから、政策の中のパッケージには、今まで議論してきたものがけっこう入っているわけです。有り体に言えば、消費税を増税して、その分をいろんな新しい「全世代型社会保障」に向けていく、というような路線で、ちょっと消費税を上げて、歳出もちょっと増やす、という現行路線の微修正です。長期的な財政の持続可能性が担保できているかは分からないけれど、そのような話が書いてある。
国民民主党はちょっと違っていて、党首討論を見ると、たぶん軽減税率に反対なのだと思います。「これは高所得者にも恩恵があるから」と。そうではなくて、ちゃんと低所得者にもお金を向けて行ければいいじゃないか、という話がいろいろ書いてあって、「だから消費税反対だ」というロジックなのです。そういう意味では、歳出を拡大させないような、ワイズ・スペンディングの方向を少し示しているような感じも見受けられる。
もう少し極端なケースが維新の会で、どちらかというと、小さな政府を目指している。だから、増税は一切しなくて、規制緩和と経済成長で、あとは徹底的に歳出削減をするようなイメージで書かれているので、目指している社会像はかなり違うのだと思います。
他方で、立憲民主党とか共産党などは、財源をどのように確保するかはいろいろ書いてあるのですが、具体的なところは本当に可能かどうか分からないけれど、どちらかというと大きな政府、今の自民党と公明党より大きな政府を目指すような感じで書かれている。
まず、その路線を十分よく理解する必要があるのと、その中で、公約の中に「財政再建」というワードがきっちり書いてあるのは与党の自民党などと、あとは国民民主党、そして維新の会です。あとは書いていない。
あと、我々国民が公約を見極めるポイントというか、スタンスとしては、増税して、増税した分を財政再建とか、ワイズ・スペンディングで本当に困っている人に集中投下するなら分かるのですが、そうではなくて、ばらまいてしまうというようなところがいいのか、そうではなくて、「兵糧攻め」のような形で、増税しないであとは歳出をカットしていくという形を目指すのか。かなり路線が違うので、その辺をよく見る必要があるかなと。あとは、価値観が入るのだと思います。
工藤:その路線のところと、あとは、鈴木さんが言っていましたが、消費税が上がることに過度に神経質になって、何でも支出してしまう、結果としてばらまきと見られてしまう構造になってしまう。選挙を過剰に意識した、各党が同床異夢の再分配構造ですよね。
小黒:私は増税をした方がいいと思うのですが、増税しても、湯水のようにお金を配ってしまったら、「砂漠に水を撒く」ようなもので、永久に財政再建はできないので、無意味なのです。税収も、今後増税できるチャンスがそんなにあるわけではないので、本当に歳出も合理化しないといけない。
工藤:順位としては、どの党が一番ですか。
小黒:まず、「財政再建」をちゃんと書いてあるか、書いていないかで、書いてあるのは、自民党とか与党と、あとは国民民主党と維新の会、あとは書いていない。これでまず点数が違いますよね。あと、目指している方向性が違うので、そこは点数付けが難しい。あと、与党の場合は、役所を使えるわけなので、整合性はある程度取れていることを書いていると思うのです。そのようなアドバンテージなどを含めると、みんな、ほぼ10点もない感じだと思います。本気で増税しないで財政再建をやるのであれば、はっきりそう書いてほしいのです。それも一つの選択だと思うので。あと、決めるのは有権者ですよね。
鈴木:公約に何か書いてさえあればいいというものでもないと思うのですが、まず、書いていなければダメだということです。それから、書いてあるにしても、与党は、既に決まっていること、選挙があってもなくてももともとやることになっている事柄を書いているので、そういう意味では、別に新しさはないのです。野党に関しては、では、参議院選挙で仮に野党が大躍進して、野党で過半数などということになったとき、ここに書いてあることが実現できるのかというと、フィージビリティがないものがほとんどであるように見えます。
最近の議論でいうと、「自助・共助・公助」という言い方がありますが、各党のフィロソフィー(哲学)が何であるのかを私は見ています。政府が国民の生活を全面的に支える、お金を直接に配って、あるいは医療や介護のサービスを全部政府が配って維持するという政策なのか、それとも「自助」を求めるのか。ただ、「自助」と言うのも、年金の2000万円問題の議論が典型ですが、それが丸投げの自己責任あるのか。そうではなくて、年金は十分は配れないのだけれど、例えば先ほどお話が出たNISAやiDeCoが整備されています。これは税制優遇していますから、減税になっているという意味で政府はコストを払っているわけです。ですから、丸ごと生活を支えるのではないけれど、インセンティブを設計して、頑張る人や工夫する人を増やしていく。そういう知恵出しが求められるのが「自助」です。要するに、「自助」をどう政策的にサポートしようとしているのかが重要です。「自助」というと、完全な自己責任や、国民を突き放すというイメージで語られることが多いのですが、そこをどのように考えているのかについて、各党の公約からどう浮き出ているのかを見て、有権者は投票する先を選択することになるのかなと思います。
工藤:皆さんいろんな話をしていただいたのですが、最後に一言だけ、有権者に対して、今回の選挙で財政分野を考えるとしたらこれだ、ということを言っていただきたいのですが、どうでしょうか。
「将来」を見据えたメッセージを、政治は正直に語っているか
中田:財政分野で、与党、野党の政権公約を見て考えるべきことは、各政党が将来まで見通したメッセージをちゃんと送ってくれているかどうか、です。目先のことだけを語ろうとしているのか、痛みも含めて将来のことをちゃんと語ろうとしているのか。ここを見定めてほしいと思います。
小黒:先ほど言ったことの繰り返しになるのですが、痛みをちゃんと正直に伝えているのかは非常に重要だし、財政の問題は非常に深刻な問題なので、これにちゃんと向き合っているかどうか。ただ、そのときに方向性はいくつかあるわけです。社会保障をちゃんと維持しないといけないから、大きな政府でいくのだ、という方向性か、そうではなくて、現行の路線を微修正してうまくやっていくという方向性なのか、あるいは、もっとドラスティックに、より小さな政府、規制緩和をして、社会保障を含めて相当抑制していくという路線なのか。そこについて、本気で書いているかどうか、ということも含めてよく見ていただいて、投票していただくことが重要だと思います。
鈴木:財政に対する政治の向き合い方が非常に薄い、と言わざるを得ない状況だと思います。私は「参議院選挙」だということを重視したくて、やはり、長期的なビジョンをどれだけ各党や候補者が持っているのか。短期的な、今年、来年の話だけをしているというのは、相当深刻な状況です。先をきちんと見ているのかどうかを見定める必要があります。
工藤:今日の皆さんの議論でかなり一致したのは、長期的なメッセージをきちんと正直に、痛みを含めて、真剣に立ち向かうという姿勢が大事だという話なのですが、残念ながら、公約に限れば、そういうメッセージがなかなか伝わっていない。今後、討論会とかいろんなことがまだまだあると思うのですが、皆さん、そこをよく見てほしい。
ただ、私個人として見れば、マニフェストが導入される前と比べても、今回の選挙では、根拠のない再分配、という傾向が非常に強まってきている。つまり、今、日本が直面している大きな困難を正直に説明せずに、「何となく大丈夫なのだけれど、お金はあるのだからいろんなことをやります」という昔の公約に戻ってきているような印象があります。この状況をどのように考え直さないといけないのか。逆に言うと、有権者はそのように言った方が投票してくれるのだと、と政治家は思っている可能性があるわけですから、「そうではない。本当のことを言っている人たちの方が信頼できる」という目で、私たちは今度の選挙を見るべきだと思っています。ということで、今日は皆さん、ありがとうございました。