2019年7月11日(木)
出演者:
湯元健治(前日本総研副理事長)
早川英男(富士通総研エグゼクティブ・フェロー、元日銀理事)
加藤出(東短リサーチ株式会社代表取締役社長、同チーフ・エコノミスト)
司会者:工藤泰志(言論NPO代表)
政権発足から6年半、アベノミクスはデフレの脱却と生産性の向上を掲げ、様々な目標を掲げました。その大部分は達成が難しくなっているだけではなく、「異次元」と称される金融政策や財政政策の「副作用」に対する懸念も強まっています。
これに対して、与党も野党も公約ではしっかりとした提案がなされず、選挙を意識した分配を競う形になっています。各党の選挙公約がこれまでになく、形骸化する中で、有権者は何を考えるべきなのか、3氏からは、日本の政治に厳しい注文が飛び出しました。
「物価2%上昇」「名目3%・実質2%成長」というアベノミクスの目標はなぜ達成できないのか
工藤:私たちは2004年から、各政党のマニフェスト(政権公約)の評価を継続的に行い、政権の実績評価も行っています。今回もその作業を行ったのですが、率直に言ってどの党の公約も願望や主張を述べているだけで、国民に対して何を約束しているのか全く分からない状況です。政党が国民に向かい合わず、選挙目当ての行動しかしない。私はこれは、民主政治の危機だと考えますが、この選挙の機会は活かさなくてはなりません。
そこで、今回は、今度の選挙で私たち有権者は何を考えなければいけないのか、ということをきちんと議論してみたいと思っています。
まず、初めにお聞きしたいのは、今回の選挙で経済政策を考えるとき、本来、何が問われるべきなのでしょうか。日本の政治は国民に何を説明すべきなのでしょう。
湯元さんからどうでしょうか。
アベノミクスの目標達成が難しくなる中、
軌道修正のプランを与野党が競い合うべき局面
湯元:安倍政権が6年半以上も続いて、長期化しています。アベノミクスという形で様々な経済政策を打ち出し、実行してきたわけですが、なかなか、その目標のほとんどが相当厳しい状況にある。ということは、これまで自公政権がやってきた経済政策というのは、そろそろこのあたりで大きな軌道修正を図る、あるいはまったく新しい政策体系に変えていく。そういうことをお互い、選挙戦を通じて国民に訴えていく。そういうことにならないと、何回選挙をやっても、日本経済の新しいスタートにならない。
こうした議論は本来、野党が挑むべきなのですが、今回の公約も全く中身がない。国民はこれまで、アベノミクスを継続してほしいという方向で来たと思います。しかし、いろいろな歪みや構造的な問題がここに来てますます表面化している、ということを考えると、与党自身も、一定の修正プランを出していくべき時に来ていますし、野党は、それに対して、単なる与党批判ではなく、きちんとした対案を示していく、ということが求められているのではないかと思います。
工藤:与党は、アベノミクスをきちんと点検して、足りないものがあるなら大きく変えるメッセージを出してほしい。野党は対案を出してほしい、という意見でした。
「老後2000万円問題」で浮き彫りになった、「課題から逃げる政治」の姿
早川:ある意味で、ついこの間議論になった「老後2000万円問題」は、本当は非常に重要な議論であって、これこそ私は選挙で、議論してほしかったと思っています。
というのは、今、年金で起こっていることは、要するにマクロ経済スライドという制度を15年前に入れて、これから少子化が進み、低成長が続くのであれば、給付額を減らしていくことによって年金制度を維持するという仕組みになっているわけです。ですから、制度は「100年安心」かもしれないけれど、給付額は減っていくわけですから、それぞれの人々は「100歳まで安心」ということにはならない。
そのときに、何が問題か、ということです。「このままでいい」という選択肢は一つあって、このままでいいのであれば、要するにみんな自分で2000万円貯めていくということになるし、もし、2000万円貯めていくのが大変だというのであれば、おそらく二つの選択肢がある。一つは、消費税の引き上げにしろ、何にしろ、負担を求めていくという選択。もう一つは、実は、これから給付が減っていくのは将来世代の話なので、現在の高齢世代に関する給付、年金に限らず医療なども含めて節約することで、将来の人々の給付を確保する。
この三つの選択があるはずなのだけれど、結局、今回起こったのは、政府は、そもそも報告書そのものをなかったことにすることによって、議論をしない。一方で、野党が言っているのは単に「消費税引き上げ反対」だけであって、「2000万円を自分で貯めるのは無理だ」とも言っているわけですから、では、残る選択肢は、現在の高齢世代の給付を減らすしかないのですが、それにすら真面目に答えないわけなので、結局、議論もされずに封印されている。今の日本の政治が本当に大事な問題をしっかりと、議論しようとしていないということが、非常によく表れた事態だったと思います。
加藤:アベノミクスの6年半は、短期的な景気刺激策には非常に力を入れていたけれど、長期的な経済改革は、お題目はいろいろありましたが、あまりそこには力を入れてこなかった。しかし、この6年間、特に後半は、世界経済が上向いてきたので、その良い流れに乗れた、ということでとりあえず良かったわけですが、これから流れが厳しくなってくる。2年前の秋、今回ECB(欧州中央銀行)の総裁に選ばれたIMF(国際通貨基金)のラガルド専務理事が、かつてのケネディのスピーチを引用して「晴れている間に屋根の修理をしなくてはいけない。雨が降ってきたら屋根の修理はできない」、つまり、景気が良いときに構造改革をしないと、と言っていましたが、まさに、そういうことがこれから問われる局面が来ます。
今、早川さんが言われたように将来の社会保障制度の議論をすべき良いチャンスの2000万円問題だったのに、封印してしまうということで、そうなると、選挙の争点がなくなってしまうという面もあり、その辺も、今回の選挙に対して何か白けた空気がある一つの理由なのかな、と思います。
工藤:2000万円問題の議論を封印した意味は、「100年安心」というのが、本当は制度が安心と言っているだけなのですが、給付も含めて全て安心だという幻想を政府はそのままにしておきたい、ということなのでしょうか。
早川:そうかもしれません。ただ、逆に言うと、この間の金融審議会の報告書は、その幻想を打ち砕くようなことを言ってしまったので、「不都合な真実」を表に出したことによって、皆が不安を覚え、怒りを覚え、ということだったと思います。
工藤:これは社会保障の議論でも取り上げたいと思います。経済政策を議論する前に、二つの問題について聞きたいと思います。
安倍政権が6年半掲げてきた目標は、政策手段としては、当初の三本の矢だけではなく、新三本の矢など、目標がどんどん増えています。ただ、そのいずれも、湯元さんがおっしゃったように達成していないわけです。それだけでなく、目標がどんどん発展し、今では成長と平等に移っています。ただ、安倍政権の大きな目標は、デフレから脱却する、そして日本の成長力を高めていく、とうことでした。
そのアジェンダは、6年半前から今まできちんと生きていると思うのですが、最近の政策論議を見てよく分からないのは、まず、デフレは解消したのか、ということです。つまり、「解消した」と言い切っている人もいるし、「そうではないのだけれど、何とかその方向に向かっている」という人もいて、いつもはっきりしていない。
それから、経済成長率についても、当初掲げた目標が難しくなり、「GDP600兆円」という目標が掲げられているのですが、それがどうなっていくのか。また、生産性という問題に関しては実現の道筋にあるのでしょうか。確かに、骨太の方針でも様々なメニューを出して、努力はしましたが、それはうまくいったのでしょうか。うまくいかないのであれば、何をしなくてはいけないのか。湯元さんどうでしょうか。
金融緩和でインフレ期待を高め、経済活性化につなげる目論見は失敗。
むしろ、その副作用に懸念が強まっている
湯元:まず経済成長率目標については、実質2%、名目3%という数値を掲げていますが、この6年間の平均で、実質1.1%、名目1.7%、これは消費税引き上げの影響もあってちょっと高めにはなってきますが、いずれにしても目標の半分前後くらいにとどまっています。消費者物価も、コア消費者物価で0.7%程度ですから、2%には程遠い。
その後、そういう数値目標の達成はなかなか大変だということもあって、「GDP600兆円」という実額の数字を挙げてきましたが、これも昨年度の実績で550兆円。それも、30兆円以上、研究開発費を設備投資に算入するというテクニックを使って増やしているのですが、550兆円を600兆円にするには、これから3年平均で3%以上成長しないといけない、ということで、事実上不可能な状態になっている。
なぜ、いろいろな目標を掲げて、かつ、それができるようにいろいろな戦略を打ち立てながら、これが達成に程遠い状況にあるのか、ということは、いくつかの事情が重なり合っていると思います。「三本の矢」というところが、金融政策、財政政策、成長戦略と三つに分かれていますが、やはり、金融政策、財政政策に過度に依存した運営だった。金融政策によってインフレ期待を高め、経済を活性化させるという目論見でしたが、これが見事に失敗したと言わざるを得ない状況です。そういう中で、最近、金融政策の「副作用」に対する懸念も非常に高まっている状態です。
財政政策も、過去6年で30兆円以上の資金を投入していろいろとやってきましたが、一時的に景気を下支えしたり押し上げたりすることはありましたが、持続的な経済成長には全く結びついていない。
したがって、本当に目標に近づくためには、成長戦略によって潜在成長率を引き上げていく必要があります。確かに、潜在成長率も一時0.5%を切るところまで下がってきたものが、足元では1%程度まで持ち直してきていますので、成長戦略の効果がゼロだった、というわけではありませんが、2%以上の成長を実現しようと思うと、やはり、潜在成長率を少なくとも2%以上に高めていかないといけないので、成長戦略をもっと幅広い分野で、かつ相当なスピード感をもって実践していく必要があります。
ただ、この6年間を振り返ると、やはり取り組みに着手した段階も非常に遅いものが多かったですし、発表してから実行に移すまでも1年、2年という相当なタイムラグがあったこともあって、なかなか成果が大きく現れていない状況です。
ここが最大の問題点として指摘されるのですが、この成長戦略も安倍総理というトップに対する信頼感が、いろいろな政治スキャンダルもあって相当低下したことにあって、それを推進していこうというところに対する国民のサポート的な見方がなくなってきて、冷めた見方に変わってきてしまった。
つまり、成長戦略の一番重要な一丁目一番地である規制改革、国家戦略特区といったものが失速してしまった、ということが、やはり足元の状況を悪化させている。
もちろん、グローバルな経済情勢の悪化も大きく影響していますが、ますます将来に対する明るい展望が持ちにくい状況になってきてしまっていると思います。
目標が追加されるばかりで、前進がない成長戦略
早川:まずデフレの話から始めます。議論が複雑になってしまうのは、「0%」と「2%」という二つの話があるからです。0%を基準に考えるのであれば、安倍政権が成立してからの消費者物価の前年比は、消費税の分を抜くと年率0.3%くらいなのです。
実はデフレの15年間の物価下落率は0.3%で、マイナス0.3%からプラス0.3%に上がったのは事実です。一応、0%を基準に考えるのであれば、デフレでなくなったのは間違いない。
ただ、問題は、2%を掲げている理由というのは、平時の物価上昇率が2%くらいである。要するに、日本の金利はいつもゼロではなくて、平時のインフレ率が2%くらいあって、平時の金利水準が2%とか3%という状態であれば、景気後退局面が来ても金融政策で対応余地ができるわけですが、その2%の方は到底達成できそうな状態ではないわけです。既に景気後退局面になったのか、これからなるのか、分かりませんが、そういう議論が行われている中で、はっきりしているのは、日本には、少なくとも金融政策面で対応する余地がほとんどないということです。アメリカは今、「予防的利下げ」などいろんな議論になっていて、それが良いか悪いかはともかくとしてそれなりの対応余地があるけれども、日本は結局、6年半かけてそういう対応余地をつくれなかった、という意味ではうまくいっていない。
それから、潜在成長率の話をすると、今、潜在成長率は1%くらいです。これは、多くのエコノミストにとって、だいたい予想通りではないかと思います。ごく一部のリフレ派の人たちは「デフレから脱却すれば潜在成長率も上がる」と言っていましたが、たいていの人はそうではないと思っていて、だいたい1%と予想していました。
ただ、中身を見ると、けっこうびっくりすることが起こっています。というのも、皆が「潜在成長率が上がらない」と考えている最大の理由は、要するに、高齢化が進んで労働投入が減っていくので、多少生産性が上がっても1%を上回らないだろう、というのが例えば6年前の予想だったのですが、今、実際に起こっていることは、実は、労働投入はびっくりするくらい増えているのです。これは、女性の労働参加率と、高齢者の労働参加率が上がって、それでプラスになっているにもかかわらず全体の潜在成長率が1%でしかないのは、生産性上昇率、つまり全要素生産性(労働生産性と資本生産性の平均値)がどんどん下がって、合計が1%のまま、ということが起こっているのです。いかに生産性が落ちているか、ということです。
これが危険なのは、今は労働参加率が上がっていますが、労働参加率は無限には上がらないわけです。女性の労働参加率も、もう相当上がってきましたし、高齢者の労働参加率も上がってきたので、今、労働経済学者は「そろそろ天井が近い」とみているわけですが、仮に労働参加率の上昇が止まると、潜在成長率がさらに落ちてくる可能性がある。そういう意味では、いかに成長戦略が機能していないか、というのがはっきり分かるということだと思います。
成長戦略が機能していないことについて「なぜか」と問われると、確かに、安倍政権はたくさんの目標を掲げましたが、では、本当にどれを進めるのか、というのは実はあまりはっきりしなくて、とにかく、毎年毎年、目標を掲げていく。ですから、マニフェストを見ると項目数はどんどん増えていく。「達成できたから、これはやめます」というのはなくて、次から次へと新しい目標が追加される。「やってる感」は満載なのだけれど、何を「やった」というのがほとんどない状態になっていて、それが要するに、実際の生産性上昇に結びついていないということだと思います。
「第4次産業革命」で勝ち残る展望が開けないと
企業収益の家計への還元、真のデフレ脱却につながらない
加藤:お二人がほとんど本質的なところを指摘されたので、補足的に申し上げますが、例えば中国、アメリカの今を7年前と比べると、日常生活の景色、特にIT関係がずいぶん変わっていると思うのです。ただ、日本はいろいろ規制も多いので、その変化が非常にゆっくりしていますから、となると、一つは、若い人たちが新しいITのサービス、アプリなどを「何か開発してみよう、チャレンジしよう」という気持ちが出てこないでしょう。アメリカや中国などでは、「一発儲けてみようか」というチャンスが目の前にあるな、と思うのでしょうが、なかなかそれが感じられない、というのが一つあると思います。
それから、アベノミクスの事実上の柱であった日銀の金融緩和ですが、この6年半やってきたことは、結局は、国内の金利を徹底的に押し下げて、内外金利差をつくることで為替を円安にして、それによって輸出製造業が儲かってくれて、そこの給料、ボーナスが増えてトリクルダウンが起きてくれば、日本全体で賃金の上昇と物価の上昇の良いスパイラルが起きてくれるのではないか、ということでやっていたのでしょうが、ところが、実際やってみて、それがうまくいかない。この政策の一番の恩恵を受けたであろう自動車産業では、最大のメーカーであるトヨタが、今回、危機感を持ってもらうために給料、ボーナスを逆に減らすという話になってしまい、なかなか良い循環にならない。
一方で、とことん金利を低くしているがゆえに、一般の預金者の金利はほとんどゼロで、ある種、超低金利の長期化が「年金のほかに2000万円必要」問題にもつながっているわけです。超低金利による家計部門、金融部門から輸出製造業への所得移転をやっているのだけれど、しかし、製造業の方が将来的な楽観論をなかなか抱けない、次の時代に勝ち残っていけるか、ということに経営者たちも不安があるので、そこから先の回転が出てこない。こういうことを考えると、6年半やったということで、ここは見直しながら、いかに第4次産業革命をリードしていく産業を増やしていくか、という議論をしていかないと、本当の意味でのデフレ脱却にはならないということだと思います。
工藤:今、安倍政権が考えている政策を本質的に分析していただいたのですが、そうであれば、各党の政策評価に入る前に、もう一つ聞かなければいけないことがあります。つまり、何を継続すべきで、何を変えなければいけないのか、ということです。
確かに、湯元さんがおっしゃったように財政や金融にかなり偏った政策運営なので、副作用も出ているし、一方で債務はどんどん増えている状況になっています。ただ、本来の目的である潜在成長率を上げるということは、目標は正しかったと思うし、グローバル競争の中でも非常に重要な分野でやろうと思ったけれど、それはまだできていない。
すると、やめなければいけないもの、進めなければいけないもの、もっと力を入れなければいけないものは、何なのか、それを各党がきちんと考えていなければいけないと思うので、それを皆さんにお話しいただいて、評価に入りたいと思います。
金融・財政政策のあり方を根本から見直して副作用の拡大を止めつつ、
既に手遅れとなった成長戦略を躊躇なく進めていくしかない
湯元:先ほども申し上げましたが、アベノミクスの「三本の矢」のうち、財政政策と金融政策の二本に過度に依存した結果が、短期的な経済の押し上げはありましたが、持続的、あるいは本質的な潜在成長率の押し上げには結びついていない。それどころか、金融の面では、マイナス金利という形で金融機関の経営が圧迫され、金融の機能が正常に発揮されないリスクが高まっていますし、日銀の国債購入という政策自体も、将来的に利上げ局面に入ったとき、日銀の中に大きな損失が生じ、それを結局、政府が補填せざるを得ない状況、つまり、国民負担が大きく増えてしまう潜在的リスクが、年々、長引けば長引くほど高まっている。
この状況を冷静に見れば、大きな効果があったのであれば続けるという判断ももちろんあると思うのですが、思ったほど大きな効果が現れていない一方で、そういったリスクが極めて高まっている、ということを考えれば、本来、グローバルで見れば欧米が金融緩和方向に向いている中で、日本が出口戦略を考えるというのは、現実的にはまだ相当難しいのですが、少なくとも、将来的にどういう形で出口に向かっていくかという議論を、きちんと政府・日銀内部で行って、それを国民の前でしっかり公表していく、ということはしていかないと、最低限いけないだろうと思います。
それから、財政政策も、30兆円以上のお金を使って、なぜ持続的な経済成長に結びついていかないのか、ということです。本質的には、財政政策というのは一度お金を出して一定の効果は出ますが、その効果が切れると元に戻ってしまう、という筋合いのものです。本来、財政支出を拡大したときに、民間が「将来、経済が良くなる」という確信を持って積極的な投資に踏み切った場合にのみ、財政政策の効果が発揮されるということなのですが、過去6年間を振り返ると、「財政政策を拡大したので民間が投資を積極的に増やそう」といった動きには全くつながっていない。それどころか、将来の財政破綻リスクを高めてきています。
それから、消費税引き上げの延期も2回ありましたが、高齢化する中で社会保障財源が今でも相当不足しているわけですが、この不足がますます大きくなっていく。この問題は、与党も野党も日本の政治は蓋をして、先ほどの2000万円問題の本質そのものですが、そういう将来のことは、選挙を控えて誰も議論しませんし、争点にもしないという状況になっています。そうであるならば、少なくとも、今の大盤振る舞い的な財政政策というのは、むしろ普通の状態に戻していく。本当に、リーマンショックのような危機がやってきたときに、初めて一定の財政支出を拡大するのはいいと思いますが、安倍政権下で、一応、公式発表では一度も景気後退をしていない、その中で、6度か7度にわたって、景気対策と称して30兆円以上のお金を使うということの正当性は、本来、しっかりとした説明責任が必要だと思いますが、それが十分なされているとは到底思えません。
財政の健全化目標も2020年から2025年に先送りされましたが、それは、消費税の使途を変更したからではなく、この間、30兆円以上もの財政支出を拡大したためで、これがもしなければ2020年度に達成できていた可能性が強い、ということもありますので、このあり方も根底から見直していく必要があります。
潜在的な成長率をどう引き上げるか、各党に問われているのは成長戦略の再構築への知恵
逆に言うと、「三本の矢」の三本目の成長戦略というのは、それなりに良いこともやって、出だしは非常に良かったのですが、今、ちょっとつまずきかけている状況の中で、再構築していく。その中心は、いろんな政策をやってきましたが、やはり潜在成長率を引き上げるためには、生産性を飛躍的に引き上げるしかないわけです。そのための政策を、政府、安倍政権としていろいろ、IoTとかAIとかビッグデータとか、そういった最先端技術を活用して、医療とか農業とか介護とか交通とか地域とか、いろんなところで国が抱える課題を解決していき、同時にそれが経済成長の原動力になる。そういう「Society5.0」という新しいコンセプトを打ち出して、それを前に進めようとしている。
そのこと自体は、本来あるべき方向に舵を切りつつあると見えますが、そういうことを打ち出したのがつい1~2年前ということなので、実際に効果が表れるまでにはまだまだ何年もかかる話なのですが、そういうところに全資源を集中投入して、スピード感をもって進めていくことが、何よりも問われているのではないかと思います。
早川:皆さんが言われている通り、基本的に、いわゆる第一の矢、第二の矢という短期主義的な政策に多くを依存しすぎた、ということです。実を言うと、第一の矢、第二の矢のような短期主義的な政策は、最初の1年くらいだけに限って言えば、効果があったのです。逆に言うと、そこから第三の矢にバトンタッチしていくはずだったにもかかわらず、それが全然行われていなかったことで、特に問題なのは、本当は、ある種、世界経済が良い局面において財政も正常化し、金融政策も正常化していくのが望ましかったのだけれど、典型的に言うと2017年は世界景気も良かったし、日本景気も良かったと思うのですが、この間、そういう正常化は行われずに、今、それが難しい局面に入ってきてしまったわけです。というのは、世界経済が明らかに減速局面に入り、日本の景気も、景気後退になったかどうかは微妙ですが、明確に減速してきて、この局面で財政政策、金融政策の正常化を進めるというのはかなり難しいのですが、これ以上、副作用が大きくなることは何とか避けなければいけない。
次に引き継ぐ、日本版の「シュレーダー改革」は可能か
一方で、成長戦略について言うと、これははっきり言って手遅れで、本当は、湯元さんが言われた通り、力を入れてスタートしたところで、1年や2年で効果が出るものではなく、安倍政権はもう6年半も続いているので、長期政権においてこそ本当は成長戦略が機能するはずなのだけれど、「これから頑張る」というのは遅すぎる。やらないよりは明らかにやった方がいいし、そういう成長戦略が何年後に実ってくるか、ひょっとすると安倍さんの次の政権の成果になるかもしれませんが、ここで種をまいておくことはやった方がいいです。ただ、政治的には難しい。
一番有名なのは、比較的最近では、ドイツでシュレーダー首相の改革が行われて、シュレーダー改革の成果を手にしたのはメルケル政権だったという事実がありますが、日本はそう簡単に政権交代が起こらないとすれば、やった効果は誰かが手にすることになるので、ここは躊躇せずに始めてほしいと思います。
今、考えるべきは超低金利の長期化による「感覚麻痺」
加藤:財政のサステナビリティ(持続可能性)の議論に関して、日銀がこれだけ超低金利政策を長くやっていると、感覚麻痺が起きてしまっていて、10年国債ですらマイナス金利で発行できてしまうと、「なぜ財政再建が必要なのか」という感覚に自然となってしまう。最近、金融業界以外の一般のビジネスマンの人たちと議論する機会があっても、「財政破綻というのは財務省の陰謀なのでしょ」という人が増えてきていて、それは、国債利払いの痛みを感じずに済んでしまっているので、そういうふうになってしまうのだと思います。
アベノミクスが始まる前の2012年に元BIS(国際決済銀行)のビル・ホワイトという有名なエコノミストの方が、「超低金利政策は危ない面があって、感覚麻痺が起きてしまうと、財政再建を先送りして、時間の浪費になってしまう。本当はやるべきものを単に先送りしてしまうだけになるから、気をつけなければいけない」と言っていましたが、結果的にそうなりつつあるということだと思います。したがって、MMT(現代貨幣理論)のような議論が、日本でけっこう人気が出てしまう。先週アメリカに行ってきたのですが、アメリカではあれはもはや終わった議論のようで、マーケットでは知らない人もけっこういるようです。一番人気があるのは日本、という妙な状況で、打ち出の小槌のような財政資金が使える理屈があるなら、すぐにそれに飛びついてしまう。「たぶん、それで行けるだろう」と思わせてしまう感覚麻痺が存在するという点では、先行きが非常に心配だな、と思います。