2017年10月5日(木)
出演者:
湯元健治(日本総研副理事長)
早川英男(富士通総研エグゼクティブ・フェロー)
加藤出(東短リサーチ社長、チーフエコノミスト)
司会者:工藤泰志(言論NPO代表)
工藤:言論NPOの工藤です。今日は経済政策についての評価を行いたいと思っています。今、日本経済の回復傾向が一段と鮮明になっています。これをアベノミクスの成果とみるのか、という問題も一つあると思いますが、安倍政権はアベノミクスを掲げて、その実績をもとに、今後は少子化という問題にチャレンジしたいという話をしています。つまり、安倍政権が行った経済政策をどうとらえればいいのか。そして、選挙のときに、経済政策で、有権者は各党に何の説明を求めなければいけないのか。それをきちんと議論してみたいと思っております。
それでは、評価をする3人の方をご紹介します。私の隣が、日本総研副理事長の湯元健治さんです。続いて、富士通総研エグゼクティブ・フェローの早川英男さんです。最後に、東短リサーチ代表取締役社長でチーフエコノミストの加藤出さんです。
ということで、早速皆さんにお聞きします。アベノミクスが始まってもう5年近く経っていますが、これは成功しているのでしょうか。これについての評価をお聞きしたいのですが、湯元さんからどうでしょうか。
アベノミクスはこの5年近くで成功しているのか
湯元:一言で言うと、ミクロ分野では成功したものはいくつかありますが、マクロの経済成長や物価上昇率といったところでは完全に失敗していると言わざるをえません。
工藤:その理由は後からお聞きします。早川さんはどうでしょうか。
早川:私も、この期に及んでは失敗だと思います。もともとは、おそらく財政政策、金融政策で経済を浮揚させて、そこで稼いだ時間を使って成長戦略などを進めていく、という話だったのですが、時間がかかるのは当たり前にしてももう5年ですから、もう失敗だ、という評価だと思います。
工藤:加藤さんはどうでしょうか。
加藤:足元の経済は、海外経済の好調さに支えられてとりあえずは持ち上がっていますが、マクロでみると改革も進んでいません。また、最近アメリカや中国に行きましたが、5年前からの推移を振り返ると、これらの国々はIT関係などで改革がずいぶん進んでいます。しかし、日本は遅々として進まない部分が多々あり、円安と株高で息をついて喜んでいるだけ、という点はすごく心配です。
工藤:皆さん、かなり厳しい評価から入ったのですが、景気を見れば、少なくともかなり長い間の回復局面がずっと続いています。安倍首相はそれを踏まえて、例えば今回のマニフェストでも、「名目GDPは過去最高となり、政権が発足した2012年から50兆円増加した」とおっしゃっていますし、「就業者は185万人増加し、有効求人倍率も2004年の調査開始以来、初めて1倍を超えた」としています。つまり、安倍さんなりに経済指標を見ると、この5年近くの間に経済が非常に良くなったということです。
確かに、異次元の金融緩和から始まって、それらの効果はもっと厳密に見なければいけないのですが、経済実態という点で見ればかなり成果はあります。これをただ「失敗」というだけでとらえてよいのかお聞きしたいのですが、湯元さんからどうでしょうか。
部分的には回復、マクロでは全く目標通りに成長していない日本経済
湯元:先ほど、ミクロ分野ではいくつか成功しつつところがあると申し上げました。例えば、企業業績は5年連続で増収増益を記録し、過去最高を更新し続けています。ここはうまくいっているところだと思います。雇用情勢も、185万人の雇用増のほかに、失業率も2.8%と完全雇用水準に近く、求人倍率も1.52倍と、43年ぶり、バブルよりもっと以前の数字にまで上昇しています。あと、ミクロ分野でいうと、外国人観光客も2400万人を超えて、今年の勢いだと年間で2800万人以上に達しそうになっています。これは、免税店を増やしたり、ビザの規制緩和をしたりと、いろいろな努力をしているので、その効果が表れているのだと思います。また、農産物輸出も4年連続で過去最高を更新しています。
ですから、部分部分で見れば、頑張って、その成果が出ているところは確かにあるのですが、それが経済全体を押し上げるほどに強く出ているのかというと、分野が限られています。また、企業業績が上がっても、それが賃上げにつながり、設備投資や個人消費の増加につながるという好循環のパワーが弱すぎるのです、ですから、マクロ的な経済成長率が全然上がってこない、物価も思うほど上がってこない、というところがあって、目標に対して半分くらいまでしか来ていません。本当は、完全な失敗とまで結論付けられないところはありますし、あと5年かければ達成できるかもしれませんが、あと5年待てるのか、というところもありますので、マクロの数字は全く想定した通りになっていないのが現状だと思います。
早川:まず、確かに足元の日本経済の調子が良いのは間違いありません。ただ、それがアベノミクスによるものか、と言われると、そうではないと考えるのがごく自然です。一番分かりやすいのは、アメリカ経済も成長しているわけですが、それがトランプ政策のおかげか、というと、そうではないことは誰もが知っているわけです。日本経済の調子が良いからといって、アベノミクスがうまくいっているという話にはなりません。
湯元さんがおっしゃる通り、この何年間か、安倍政権がミクロの分野を中心にいろいろなことをやってきたのは事実です。取り上げたテーマ自体は、比較的筋の良いものが多かったと思います。地方創生からスタートして、新三本の矢、一億総活躍、働き方改革、今度は人づくり革命。いずれも正しいとは思うのですが、結局最後までやり抜くことなく、しかも評価もしないで、次のテーマに移ってしまう。いつも「焼き畑農業」だといっているのですが、それはダメではないかと思っています。確かに、少しずつは成果が上がっているのだけれど、それがマクロの成長力になっていかないというのは、そういうことだと思います。
次の景気後退時に手を打つ余地がない
――表面化してきた金融緩和の「危うさ」
早川:最後に、かなり長い景気拡張期間になっているのは事実なのですが、問題は、一方において日銀は2%の物価上昇を目指しているわけですが、それは当面実現しそうにないし、一方、財政サイドは日銀の金融緩和が続くことを前提にして、財政の健全化を少しも進めていないということです。心配なのは、今の景気があとどれくらい続くのか、ということです。仮に、あと2年、3年の間に景気後退局面が来るのだとすると、そのときに目いっぱい金融緩和をしてしまっている日銀は新しく手を打つ余地がほとんどないだろうし、本来であれば財政サイドがもう少し余力をつくっておけばいいのですが、それもつくっていません。このまま「アベノミクスは道半ば」と言い続けているところで景気後退局面がやってきたら、日本は財政政策も金融政策もお手上げ状態になる、ということについて何の反省もないことが、問題だと思っています。
加藤:本来は、日銀の政策で強烈なカンフル剤を打っている間に、しかも支持率が高い間に、いろいろと痛みを伴う改革をやっていく、というのが政治スケジュールとしても良かったのでしょう。ところが、日銀のカンフル剤が強烈すぎたというのと、FRBがちょうど2013年以降に金融引き締めのタイミングになってきたので、運良く円安気味にもなってきた、ということがありました。たぶん、安倍政権から見ると、物価上昇目標2%は達成しなくてもOKで、達成しない方が、日銀は出口政策に移行しなくて緩和を続けるわけです。国債の発行金利は10年でゼロ近辺、それより短いとマイナスですから、政府にとってみればこんなハッピーなことはありません。しかも、普通の中央銀行がやらない株の購入など、いろいろなことをやっているわけです。
その状況に慣れてしまっていて、金利が低いということで痛みがないがゆえに財政再建へのモチベーションが出てこないということで、結局は問題先送りというか時間の浪費になってしまっている、という部分は残念ながら大きいと思います。
工藤:皆さん、かなり本質的な話になっていて、経済政策の手段が持つ危うさが指摘され始めている、ということは理解しました。
もう一度基本に戻ると、安倍さんは今回のマニフェストで「アベノミクスを加速することで、景気回復とデフレ脱却を実現します」と言っています。先ほど、景気はずっと回復しているという話だったのですが、たぶん、安倍さんの言う景気回復とは経済の好循環が起こることを意味しているのかなと。また、どうすれば「デフレ脱却」になるのか、まだデフレは脱却していないのか、という問題もあります。このあたりはどのように考えていけばいいのでしょうか。特に、湯元さんも指摘されたように、賃金上昇や力強い消費につながらないから循環が起こっていない、ということですが、なぜ賃金が上がらないのか、ということも含め、アベノミクスが成功しない状況でどういうことが表面化しているのか、お聞きしたいです。
成長戦略のスピードアップが必要
――賃金上昇に向けても構造問題への踏み込みが不足
湯元:アベノミクスは「実質2%以上、名目3%以上の成長」という高い数字を目標にしていることもあるのですが、やはり持続性がないといけないと思います。三本の矢のうち、金融政策、財政政策に対する依存度があまりにも高い。これらは、後々にいろいろな副作用が出てくる政策であるにもかかわらず、効果は、将来の副作用をはるかに下回る水準しか出ていません。そのことが、なかなか持続的、安定的な経済成長につながらない。別の言い方をすると、潜在成長率、つまり日本経済が持っている本当の実力を2%以上まで高めていくような改革をしなければいけないのですが、それは金融・財政政策ではできないことであって、三本目の矢である成長戦略を、着実というよりもっとスピーディーに推し進めていかないといけません。5年間かかってようやくこの程度まで来ていますが、これを2~3年でやってほしかったということがあります。潜在成長率も、ひところと比べると少し上がってきて、1%くらいまでは戻ってきていると思いますが、これをさらに2%にもっていくには、もっともっと改革する分野を広げていって、もっとスピードを上げていくことが必要です。そこの部分が残念ながら足りません。
賃金については、財界などにプレッシャーを与えて、「春闘での賃上げ率が2%以上」とか「ベースアップ」などは5年連続で実現していますから、確かに一定の成果はあります。ただ、ベースアップはわずか平均0.5%程度ですから、物価が少し上がっただけですぐに実質賃金がマイナスになるというレベルです。本当は、ベースアップのところこそ2%くらいまでもっていかないといけません。ただ、財界にプレッシャーを与えているだけではなかなか物事がうまく進んでいきませんので、本当は、例えば政労使会合で労使の賃上げ交渉に政府があえて介入するところまで踏み込みのであれば、どういうルールで賃上げ率を決めていくのか、例えば生産性が上がった分についてはしっかりと賃金を上げていくというルールを確立するとか、そういったところまで踏み込んでいく必要があったと思いますが、いまだにそういった踏み込みが見られません。じっと待っていても、例えば正社員は有効求人倍率が1倍を少し超えた段階にすぎません。賃金水準が正社員の6割くらいしかない非正規雇用のところ、特にパートタイマーなどは1.8倍という求人倍率になっていて、そこはけっこう時給なども上がっています。ただ、パートとか非正規は労働時間が少ないので、労働時間も加味した賃金上昇率はわずか0.5%くらいです。
労働市場が正規・非正規に分かれてしまっている構造問題を解決していかないと、なかなか賃上げ率は高まっていきません。ようやく同一労働同一賃金制度を国会に提出しようという構えになっていたのですが、解散総選挙によってこれも先延ばしになってしまいました。
工藤:好循環を実現するためには、賃金が上がって消費に結びつく仕組みをつくっていかなければいけません。それを、異常な金融緩和している間にやってほしかったのですが、マニフェストを見ると、「景気回復とデフレ脱却を実現します」ということは、安倍さんは好循環がまだ実現していないという認識ですよね。早川さん、これは実現できるのですか。物価上昇が何%になればデフレ脱却と呼べるのでしょうか。
早川:先ほど、「最初は大胆な金融緩和と財政出動によって時間を稼ぎ、その間に構造改革を進めて...」と我々は理解している、と申し上げたのですが、これは善意に解釈すればそうである、ということです。悪意に解釈すると、実際には、安倍さんの周辺にいるいわゆるリフレ派の人たちは、構造改革は重要ではないと考えているのです。要するに、大胆に金融緩和をしてデフレ脱却さえすれば、潜在成長率は本当はもっと高いのでどんどん成長する、と考えていたわけです。それが実現していないから「まだデフレ脱却していない」とか「まだ景気回復は不十分だ」と言っているわけであって、そのように言っていること自体が、バブル期を上回る人手不足という状況からは乖離してしまっているにもかかわらず、自分たちができなかったからそういう言い訳をしている、としか私は思えません。
本当の問題は、単に金融緩和が足りなかったなどということではなく、日本の実体経済の方にあるわけです。ここ数年間を見ても、アメリカにしても中国にしても明らかに大きなイノベーションの波が来ているし、ドイツなどでも新しいイノベーションをつくり出す動きが見えている中にあって、日本はなかなかそれが進んでいないからこそ、パートやアルバイトの賃金が上がっても、特に大企業の正社員の賃金が上げられないわけです。本当の問題にちゃんと直面しないことが問題だと思います。
工藤:アメリカなどでは、日本とは逆に市場から債券買い入れを制限していくような局面に入っています。一方で日本の政府としては、まだ目標を実現できていないわけだからこれに対して金融緩和を継続しなければいけないわけですし、今度は「生産性革命と人づくり革命で好循環を起こす」と言っているわけです。
加藤さん、マーケットとしては、そろそろダメなのではないか、これ以上目標を実現できないのではないか、と見ているのでしょうか。
好循環を起こすために必要な需要を引き出すイノベーション
加藤:今はデフレか、というと、物価の統計を見ていると、上がりも下がりもしていないゼロインフレだと思います。ただ、ゼロインフレ・ノルム(社会に定着している状態)とう状況が強くて、皆、怖くてなかなか値上げに踏み切れないというところは残っています。その要因は、企業があまり儲かっていないというのがまず一つ。あと、賃金が上がってそれによって消費が増えて、という好循環は、人口減少による人手不足がきっかけではなかなか起きづらい。本当の需要の強さを導き出すには、本当の意味で賃金を引き上げやすくなるような、企業が儲かるようなイノベーションが必要なのでしょう。確かに日本企業は、コスト削減のためのイノベーションを次から次へと打ち出してくるので、なかなか値上げに向かっていきません。
そういう中で、インフレ率が上がらないから緩和を続けていくと、FRBもECB(欧州中央銀行)も今、金融政策を正常化していますが、彼らの経済成長の予測を見ても、今年が一番良くて、来年、再来年と下がっていく予測を出しています。日銀自身も2017年の1.8%から2019年には0.7%に下がっていく予測です。したがって、数年後には欧米が金融緩和に転じてくる予測があるわけです。そういうときに、日銀は緩和全開で何も打つ手がないということになると、どのみち今の景気回復局面でインフレ率2%の達成はもう絶望的ですので、欧米の中央銀行が金融政策を正常化している間に、日銀も並行して少し正常化し、緩和の余地を残しておかないといけません。欧米が緩和に転じてきたら、このままETF(上場投資信託)を6兆円買うとか、国債もこれだけ買っているのをこのまま進める、あるいはもっと進めるということになると、長期的にはもっと問題も出ています。しゃにむに2%を目指すというのではなく、もう少し長期的な視野で戦略を組んでいかないと、危険なところに来ていると思います。
景気刺激策を手じまいした上で具体的に何をすべきか
工藤:アベノミクスがうまくいっていないのであれば、どうするのか、ということです。例えば、成長戦略にあまりにも時間がかかるのであれば、今の金融・財政政策を継続しながらそれを急ぐ、ということなのでしょうか。それとも、金融・財政政策は手じまいしていく方向に戦略を組み替えていくのか。湯元さんからどうでしょうか。
湯元:三本の矢のうち金融・財政政策はもう限界まで来ていますし、これ以上の効果は望めない状況ですから、もう手じまいに向かうべきだと思います。その一方で、まだまだスピードが遅い成長戦略の方はもっともっと加速させ、対象範囲を広げていくという努力をする局面に来ています。三本を同時にやっていくというイメージで来ていますが、実際は最初の二本しかやっていなくて、三本目の矢はほとんど打たれていない状況ですから、成長戦略の「一本の矢」に切り替えていくべきだと思います。
早川:基本的には湯元さんとほとんど同じ答えです。ただ、あえて言うと、現在景気は良いわけだし、物価は上がっていないけれど需給ギャップはプラスの局面です。普通に考えると、マクロ政策は景気刺激的な政策から中立的な、いくぶん引き締め気味になっていく局面なのですが、物価は上がってこないので、政策を打つ余地をつくるならどちらかというと財政政策だと思っています。例えば、リーマンショックの後に日本は財政出動をかなり大きくできたのですが、あれは小泉政権時代に財政赤字を大幅に減らしたからこそできたものです。
一方で、こういう経済状況なので、何も恐れることなく構造改革を進められます。失業者が街にあふれていたら構造改革は進めにくいですが、そういう局面ではない。ただ、残念ながら、それはもっと政治資本があるときにやりたかった、と思います。
加藤:本来、今の金融政策はできるだけ手じまいの方向に行くべきなのでしょうが、強烈なモルヒネ、つまり国債発行金利が低いという状況に政治家みなが慣れている中では、なかなかそちらに舵を切れないでしょう。しかし、今の超低金利、10年物より手前は金利がマイナスに下がっているという状況では、来年以降、地方金融機関の経営が本当に大変になってきます。そうすると、何のための緩和をしているのか。金融仲介機能がかえって悪化してくる恐れがありますので、せめて欧米の中銀が金融政策を正常化している間に、日本の地方金融機関も何とかやっていける金利水準にひとまず持ち上げておくべきです。出口政策は政治的につぶされてしまうでしょうから、それくらいの修正はしておいて、かつ構造改革により力を入れる。
あと、猛烈な反対はあるでしょうが、移民の問題をもう少し正面から考えないと、結局策がないのではないかと思うものですから、そこを踏み込んで議論していく。つらい話から目を背けつつ、何か楽にできる方法はないか、という政策になりがちだと思います。
工藤:安倍政権の実績の評価になるのですが、先ほど早川さんが「焼き畑農業」にたとえられていたように、テーマや目標設定がどんどん変わっていってしまっています。ただ、安倍政権が言っている、10年間の平均ベースで実質2%、名目3%の経済成長、そして2%の物価上昇という数値目標は、曖昧になってきているものの一応残っていると判断するしかありません。そこに今度は、GDP600兆円という目標が加わってきました。これらは達成可能なのか、また目標そのものが誤っているのかも含めてお聞きしたいと思います。
先ほど「物価目標2%の達成は難しいのではないか、そこまで達成しなくていいのではないか」というお話がありましたが、安倍さんは先日、新聞のインタビューで「やはり2%をきちんと貫く」という話をしていて、この数値目標は生きていると判断せざるをえません。であれば、これをどのように評価すればいいかお聞きしたいのですが、湯元さんからお願いします。
物価上昇、経済成長の目標自体を取り下げた場合にも出てくる問題
湯元:安倍政権は発足から5年近くになっていますが、統計データの取れる過去4年間の実績値の平均を見ると、実質GDP成長の平均はわずか1.1%、目標の半分ちょっとです。名目GDPの方は2.1%と、3%の目標にかなり近いところまできているのですが、これは消費税引き上げや原油価格下落のテクニカルな影響が含まれていますので、実力的には1%台半ば程度と見ています。物価安定目標2%に至っては、生鮮食品とエネルギーを除いたコアコアベースでわずか0.3%ということですから、2%目標からははるかに遠い状況にあります。
さらに、新三本の矢で600兆円という目標を掲げていますが、現時点で538兆円くらいまで来ています。残り、2020年くらいまでの4年間、毎年平均で名目成長率2.8%以上を達成しないと600兆円に達しません。この538兆円自体も、研究開発投資を設備投資に含めるというテクニカルなかさ上げを30兆円以上行って、ここまで来たということですから、この目標も達成は困難に近い数字です。ただ、今の段階では2020年度の目標なので、とりあえず旗を降ろさず、引き続き目標としてやっていくということですが、今のやり方ではなかなか到達するのが厳しい、と言わざるを得ません。
工藤:安倍政権は、従来の三本の矢はまだ旗を降ろしていないのですよね。
湯元:新三本の矢の「第一の矢」に、従来の三本の矢が含まれているということです。
工藤:早川さんは、この数値目標は達成できるとお考えですか。
早川:基本的には、ほとんどの人が、いま湯元さんが言われたことと同じことを考えていると思います。一点だけ言うと、私は、物価安定目標2%の「早期達成」は非常に難しいと思いますが、ある程度中長期の軸としては、2%くらいのインフレは何とか達成したいと思います。なぜかというと、日本経済の実力は、潜在成長率で見てせいぜい1%くらいです。仮に平時の物価上昇率がゼロだとすると、平時の金利水準も1%に届くか届かないかという状態になる。そうすると、例えば1997年から98年の日本の金融危機、あるいは2008年のリーマンショックのような大きなショックが来たときに、結局、金融政策はほとんど打つ手がない状態になっています。現に、97~98年の金融危機のときも、リーマンショックのときも、経済は深刻な悪影響を受けてしまったわけです。そういうことを考えると、何とか2%は達成したいという目標自体は維持していいのではないかと思っています。 ただ、それを明確に達成する手段がそれほどあるわけではないので、「2年間で」とか無茶なことを言っても、「それはできません」ということになると思います。目標を掲げてからもう4年半たっていますから。
加藤:GDP600兆円はかなり無理筋ではあるのですが、逆に、その超楽観的なシナリオを前提にして財政再建計画も組まれています。そういう点では、現実に即した目標に修正したほうが良い。過度に楽観的なシナリオを持っていると、いろいろなものに後で無理が来ます。
ただ、2%のインフレ目標を撤回して、例えば今から1%に下げたりすると、円高になりやすいなどの現実的な問題があるのも事実です。「2%」と口でうまく言いながら現実対応をしていく。アメリカのイエレン・FRB議長も、今のアメリカのインフレ率が、一番重視しているコアPCEが1.3%しかなく全く底打ちしていないのに、また12月に利上げすると言っている。ということは、建前の目標と現実の対応とをうまく使い分けている。景気が良いうちに金融政策を正常化していこうという本音があるわけです。
そこは要領よくやっていく必要があると思うのですが、ただ気を付けないと、2%という目標がある限り日銀がしゃにむに緩和するということになると、政府にとってはかえってラッキーということで、政治家に財政再建の危機意識も出てこないということになってきますので、現実との乖離を見ながらやっていくことが大事だと思います。
工藤:今の話を聞いて、いろいろなことを考えていました。加藤さんがおっしゃったように、実質2%、名目3%の成長は財政再建のフレームの前提にもなっていまして、この目標設定を変えてくるということになると、いろいろなことを考えなければいけなくなりません。しかし、目標を実現できないのにそれを掲げる、ということにも意味があるのか、という問題もあります。目標を維持しつつ政策手段をそれに合わせることによって、ひょっとしたら経済の大きな状況変化を見誤ってしまう可能性もあるわけです。このあたりはどのように考えればいいのでしょうか。「達成できるまで頑張り続ける」ということでいいのでしょうか。
成長率目標を「達成できるか」ではなく 財政健全化のためにもその達成手段を選挙で競うべき
湯元:今の財政健全化の目標、プライマリーバランスを2020年度までに黒字にするという目標は、事実上達成不可能という状況ですが、その前提として、非常に高いアベノミクスの目標が達成された場合というケースと、今程度の成長率がだらだらと続くケースの、二通りのシミュレーションを内閣府が公表しています。仮に2019年10月の消費税引き上げが
実現した場合でも、高成長でも8兆円くらいのプライマリー赤字になる。もし1%くらいの低成長であれば11兆円の収支不足が出てきてしまいますので、何らかの対応をしていかないといけない、ということです。仮に成長率目標を高めに設定したとしても、財政健全化目標を全く達成できない状況ですから、低めにするとますます達成できないということです。
ですから、「成長率目標を変えたらいいのではないか」という次元の問題ではなく、こういう数値が出ていること自体、しかも目標自体も国際公約しているわけですから、それを達成する手段を具体的に明示して、せっかく選挙をやるのであれば、手段について与党と野党で考え方の違いがあるでしょうから、それをお互い出し合って有権者の判断を問う、といったことをやるべきなのだろうと思います。シミュレーションはあくまでもシミュレーションですから、それをもとに何をやるべきか、ということがそこから浮かび上がってくると思います。
工藤:早川さん、金融については物価上昇2%の実現は短期では失敗したのですが、しかし目標は変えておらず、6回も延期をしているわけです。しかし、マーケットを相手にしているわけですから、今度は政策手段が問われます。この目標をずっと設定し続けると、先ほどの話のようにいろいろなかたちで政策の方向を大きく変えていくというタイミングにならないわけですよね。この辺りはどういうことを考えなければいけない局面なのでしょうか。
消費増税のメリットを国民に示すのと合わせて、10%より先の議論を
早川:目標は近い将来には達成されそうにないのですが、実際には去年の秋に、日銀は総括的検証をして、金融政策の枠組みをもう変えているわけなのです。イールドカーブ・コントロール、つまりお金の量ではなく長短金利に目標を置く枠組みになっている。そのことをマーケットの人たちは理解しているので、「2%に届かないから、追加緩和なのだな」と思っていないのです。その意味では、1年前の枠組みの変更は、それなりにうまくいっていると思っています。
逆に言うと、「そろそろアベノミクスの総括的検証」をやらなければいけないと思います。今回、安倍さんが19年10月に消費税を上げたときの使い道を変えるという議論をされていますが、私は、あれ自体には反対ではありません。なぜなら、第一に、皆「ますます放漫財政になる」と批判していますが、2020年のプライマリーバランス黒字化が実現するとはほとんどだれも思っていないし、むしろ19年10月の消費税増税も先送りだ、と多くの人は思っていたので、それとの対比でみれば、使い道を変えるにせよ、19年10月にちゃんと増税するのはましだ、ということです。二点目に、14年4月に消費増税をやったときに、その税収をほとんど財政再建に充ててしまいました。そうすると、増税しても国民にとって何も良いことがない、と、おそらく多くの国民が思ってしまった。その結果、増税自体ができなくなっているのではないでしょうか。であれば、やはり増税はする、その代わり増税することによって国民にとっても良いことがある、と分かってもらった方が良いのではないか、という意味で良いのではないか。
ただし、三点目に言っておかなければいけないのは、消費税は10%で終わりではない、もっと上げなければいけないのだ、ということです。だからこそ、国民に「増税することによって良いことがある」と分かってもらう必要があります。今回、安倍さんが言っていることは結構なのですが、そう言うのであれば10%よりも先の話を始めなければいけないのではないか。「すぐに名目3%成長ができる」などという架空の前提で議論するよりは、もっと現実的な前提で「10%より先の話をいよいよ始めましょう」と言う方が、建設的だと思います。
工藤:確かに、安倍さんの意図を善意で考えればそういうことを言えるし、本当に必要な増税の幅が当局者の頭にあれば、それが成り立つような気がしています。
加藤さん、来年、日銀の黒田総裁が任期を迎えます。これまでアベノミクスを支えた異次元の金融緩和を行った黒田総裁が交代するのか、もまだ分からないのですが、金融政策を実態に合わせたかたちで変えなければいけない、マーケットに対する説明を考えた場合に一つのタイミングになるような気がしているのですが、あくまでもアベノミクスの加速で達成するという説明と、実体経済との間に齟齬が出てきているような気がしませんか。
加藤:「海外経済が好調なので日本経済が好調なのだ」という認識を持たないと、海外経済が崩れてきたときに右往左往して、「アベノミクスは効いていなかったのか」という話にもなります。また、今の緩和の状態をずっと続けると金融システムの問題も出てくるでしょうし、日銀がETFを毎年6兆円買い付けていくと、世の中に浮動株がなくなってきてしまうということが起こりうるでしょうから、その辺の最低限のところは修正しておく。そのためには、2019年、20年となると、日本経済も含めて世界経済が減速していく可能性がありますから、来年が非常に重要なタイミングで、黒田さん続投なのか、選挙結果によっては違う人になりうるでしょうが、ただ、おそらくどの政権になっても、今の金融政策を根本からひっくり返す人を政府は選ばないでしょうから、多少の違いでしかないと思います。その範囲内で、2018年にやれることは修正しておかないと先行きが苦しい、ということだと思います。
工藤:この議論も続けなければいけないのですが、一方、安倍さんが約束していることには、三本目の矢、成長戦略の政策がけっこうあるわけです。これも中身、キャッチフレーズがどんどん変わってしまうのですが、「一億総活躍社会を実現するため」というかたちで、賃金上昇、所得上昇、消費増大の循環を生み出すことを考えているし、働き方改革などいろいろな政策を打ち出しています。最近掲げている、生産性を上げていくということも重要だと思うのですが、そうした話もキャッチフレーズとして「生産性革命を果たす」というかたちになってきました。
一方で、一番のポイントだったTPPがダメになって、アメリカを抜いたかたちでの協定で日本の意思を示そうという話になっています。当初描いていた、TPPによって経済成長の基盤を大きく変えていくということも見えなくなっていますが、このあたりの取り組みの評価をどうすればいいかお聞きしたいのですが、湯元さんはどうお考えですか。
働き方改革は、「浮いた労働時間をどう使うか」という戦略が 国際競争力向上のために必要
湯元:「一億総活躍社会」というキャッチフレーズは国民にとっても響きの良い言葉で、女性を活用していきましょう、高齢者を活用していきましょう、若者をもっと活用していきましょう、ということなのですが、例えば「女性の活用」といったときに、筋違いの政策目標が出たりしているのです。「女性の管理職比率を欧米並みの30%に引き上げる」というのは、今の日本の、男性が猛烈に働いて長時間労働をするような仕組みが変わらないまま女性の管理職を増やすと、これは「子どもを産まない女性をたくさんつくりましょう」ということに他なりません。ようやくその間違いに気が付いて、働き方改革を打ち出してきたわけです。男性の長時間労働を削減することによって、女性も気兼ねなく休みながら、子育てしながら仕事もできる環境を整えていく。そういう意味で、内容的にも少しずつ良い方向に変わってきていると思います。
ただ、働き方改革は、これから各社いろいろと具体策に取り組み始めているところですが、間違えてはいけないのは、従業員の健康管理や福利厚生が最終目的ではないはずだということです。何のために働き方改革をするかというと、長時間労働で生み出していたのと同額かそれ以上の付加価値を、労働時間を削減しても生み出そうということですから、生産性が飛躍的に向上しないといけない。つまり、生産性革命と働き方改革がコインの裏表になっているということなので、そこをはき違えて、例えば経営者の方が早帰りデーをつくるとか、消灯してしまうとか、そういうことで本質が変わるわけではありません。そうなってしまうと持ち帰り仕事が増えるだけ、ということになります。そこがきちんと正しい方向に進んでいけば、良い方向に行く可能性はあると思います。
そして、生産性は、労働者側の生産性を上げるというところに加えて、AIとかビッグデータなど、第4次産業革命と言われる最先端技術を活用して新しい商品・サービスを開発していく、そしてグローバルマーケットのシェアを一気に取っていくという戦略、それを安倍政権も掲げていますが、それを打ち出してから1年半くらい経ってきています。しかし、具体策として何が出てきたのかというと、民間ベースでは非常に関心を持っていろいろ取り組み始めていますが、政府の政策として具体的なイメージがまだ出ていません。つまり、ここもスピードが遅いといえると思います。
早川:まず、TPPが結局のところアメリカのせいで動かなかったというのは、ある意味で、安倍政権の三本目の矢について言うと大きな誤算だったと思います。安倍政権はいろいろミクロに積み上げていますが、一番の大玉は何だったのかと言われれば、たぶん、TPPを交渉妥結まで持って行ったということだったのに、その大玉が死んでしまったというのは不幸なことだったと思います。
逆に言うと、それ以外のことについてどうしても中途半端だとう感じがぬぐえません。全てお上の言う通り一律に、という感じが非常に強いと思います。長時間労働の話にしてもそうだし、働き方改革にしても、これまでの日本的雇用で「残業だろうが転勤だろうが会社の言われるままに24時間働きます」という働き方がデフォルト(あらかじめ設定されている状態)ではなく、これからもっと、女性だけでなく多くの人たち、いろいろな意味での制約を抱えた人たちをうまく使っていかなければいけない。男性だって、介護の負担を抱えた人はたくさん増えていくわけなので、それぞれの人がそれぞれのいろいろな事情を抱えながら、彼らの力を柔軟に使っていけるような仕組みをつくるというのが働き方改革です。みな一律に「はい、何時に帰りましょう」という話ではないのであって、一人一人にその人のジョブディスクリプション(職務記述書)をきちんとつくって、それに当てはめていけば、実は子育て中の女性も、ある期間についてはこの職務記述書でやり、それが終わったらまた別の...というようになるのです。無制限に働く人だけが一級社員であり、それ以外は全て二級だ、というつくりを何とかしなければいけないと思います。
加藤:多くの日本企業が、「労働基準監督署が怖いから早く帰れ」ばかりになっている感じがします。もちろん、日本企業は今まで、無駄な仕事、無駄な会議が相当あったと思いますので、早く帰っても売上が落ちないということになると「今まで何だったのだ」ということになるのでしょう。ただ、そこから先が大事です。例えばドイツの企業ですと、今の第4次産業革命、IoT(モノのインターネット)革命をいかに乗り越えるか、がドイツ経済の命運を決するというくらいの覚悟で、IT教育を中高年に行ってプログラミングのできる世代を増やすなどの取り組みをしています。「IoT革命に向けた対応をどのくらいしているか」というアンケートを見ると、ドイツ企業は割合がすごく高いのですが、一方、日本企業は「早く帰れ」ばかり言っていて、これでは5年後、10年後大丈夫かな、と思います。もちろん、ワークライフバランスを良くすることは大事なのですが、時間が浮いたら浮いたで、あるいはイノベーションのできるような副業をある程度認めて、場合によっては務めている会社が金をつけてやる、ということがあってもいいでしょう。労働時間が短くなって余裕が出た先の戦略を組んでいかないと、国際的な競争においては相当厳しいことになってしまうのではないかと思います。
工藤:今度の選挙で、経済分野では各党は何を国民に約束しなければいけないのか。また、逆に言えば、有権者は何を政党に語ってもらわないといけないのか、ということに話を絞りたいと思います。第1セッションでは、三本の矢の政策手段が長期化することによって不安定な状況がある、その異常な状態の中で、時間を急いでやらなければいけない政策が非常に遅れてしまっている、ということがコンセンサスになっていました。今度の選挙は、経済分野では何が問われる選挙なのでしょうか。
国際競争力、経済成長に資する人材をどう育てるか
――無償化だけが先行していることが大きな問題
湯元:経済分野は、はっきり言って争点になっていないと思います。自民党だけが「アベノミクスを続けていく」ということだけを公約しています。そうはいっても与党は目標に達していませんから、野党は本来、「その目標を達成するにはどういう政策をやるべきか」ということを出してこなければいけませんが、出している政党はありません。逆に言うと、そこはもう争点ではなくなってしまっています。
代わりに安倍さんが争点をつくり出したのは、消費税2%分の使い道を教育無償化に充てるということです。教育は経済成長とかかわりのある分野であって、これからの厳しい国際競争に勝ち抜いていく、あるいは人口が減少する中で経済成長を続けていくためには、画期的なイノベーションが次々と起きていかないといけませんから、そうしたイノベーションを生み出す人材をどのようにつくり上げていくか、といったことは、安倍さんの言ったことと関連して、今回の選挙の大きな争点になるべきだと思います。
ところが、安倍さんがおっしゃっているのは、保育や高等教育の部分で、低所得者を対象に無償化をするということです。「どういう教育に変えていくか」という議論が全くないまま、単に「無償化をする」という議論は、格差是正策とか所得再配分政策をうたっているにすぎません。
工藤:3~5歳児の教育については、所得制限もなく全て無償化にすると言っていますよね。
湯元:教育改革といっても、保育、義務教育から高等教育つまり大学・大学院まで幅広くありますが、焦点を絞らないといけないのは、まさに日本の国際競争力をいかに高めていくのか、経済成長率をいかに引き上げていくのかということに関して、どういう教育システムに変えていくべきなのか。そこを安倍政権がきちんと出して、野党が対案を出してくる、ということになったときに、国民はどれが良いのかを判断することができるのです。
特に大学教育などは、とにかく大学入試が厳しくて、入るのは相当大変なのですが出るのはすごく楽、一流大学に入って一流企業に務めればそれで良い、という制度になってしまっていますが、例えばヨーロッパなど海外諸国を見ると、大学・大学院のところでいかに職業能力を身につけさせるか、というところに力を注いでそこに資金を投入しています。もし、今回安倍さんがそういう話をきちんとされた上で、財源として消費税2%分の一部を使う、とまでおっしゃれば、非常に筋の通った良い話になると思いますが、そこがないまま無償化が先行しているところに大きな問題があります。そこは与野党がきちんと議論し、選挙を通じて国民に問うていかなければいけないと思います。
早川:経済政策については大きなテーマになっていないわけですが、その中で、安倍さんが消費税の使い道について議論されたこと自体は、先ほど申し上げたように反対ではありません。その時点においては、この提案は民進党の前原代表(当時)が言っていた政策と非常に近いわけで、であれば、その中身について「何に使うのか」、教育であれば教育にどのように使っていくのか、という中身、これが政党間でどう違うのかとう議論をしていただければ、実のある議論になるのかな、と思っていました。しかし、民進党が事実上解党してしまったためにそういう議論にならなくなってしまった。少なくとも自民党サイドとしては、使い道についてもう少しきちんと、どのように使っていくのか、単なる無償化で本当にいいのか、ましてや大学無償化などというのは定員割れ大学の救済策にしかなりませんから、そういうことではダメだと思うので、中身の話。そして、その議論をやるのであれば、消費税10%の先の議論を始める、ということだと思います。
一方で、その他の党の経済政策はなかなか姿が見えていません。希望の党は、報道ベースでは消費税増税凍結と言っています。しかし、アベノミクスの好循環がなかなか回っていかないいくつかの理由のうちの一つは、社会保障を含めた将来の不安です。凍結をして本当に好循環は回るのだろうか、ということをきちんと議論してもらわないといけません。「増税できる経済状況ではありません」とおっしゃいますが、バブル以上の人手不足のこの状態で税金を上げられないのであれば、一体いつ上げられるのか、ということも含めて議論してもらわなければ、単に「凍結」ではポピュリズムに過ぎないと思います。
政策論議のたたき台となる長期の経済予測を示せる中立機関が必要
加藤:残念ながら、あるべき経済政策論、財政改革論というものがあまり議論されない選挙になるのだと思います。また、本来、消費税を上げる、上げない、ということを選挙で問うということ自体が究極の財政ポピュリズムになってしまっています。例えばイギリスの今年6月の総選挙も、その一つ前の選挙もそうですが、キャメロン政権があれだけ厳しい財政緊縮策をやったわけですから、野党の労働党がもっと財政バラマキの政策を提示しそうなものですが、基本的には、「財政再建をやりながらの経済政策」という筋からは外れない範囲で、労働党も選挙を戦っているわけです。ところが、日本の場合はなかなかそのようにならない。一つは、先ほどのGDP600兆円の話にも通じますが、信頼できる中立的、中長期的な経済見通しを発表できる機関が必要です。海外にはそれがけっこうあって、議会予算局、独立予算局というところが、10年だけでなく20年、30年の長期の財政見通しを発表し、それをたたき台に与野党、政府が議論していきます。そのような基準が日本にはないので、都合のいい長期予想の数字が出てきてしまい、海外のようなたたき台がないから「うちの党は増税しません」と言うだけ言って、そこから先どうなるのか、という話は出てこない。一方で財務省が「財政が大変なんです」と言うと、皆「それは財務省の陰謀だろう」と信じない。こういう非常に不幸な状況ですので、いずれは、長期的な財政予測のできる中立機関をつくったらどうだろう、という議論もしていく必要があると思います。
工藤:皆さんの話を聞いていると、間違いなく日本経済の成長力を上げないといけない。ただ、上げながら、今まで取ってきた異常な政策手段を今後どうしていくのか。まだまだふかしていくのか。それとも落としていくのか。いろいろなことを考える局面ではないでしょうか。政治家そのものが、今の現実をどういう目で見ているのかを示さないと、何も分からなくて単なる人気取りだけの議論をしている人たちに、有権者はもう付き合う余裕がないような気がしています。この重要な骨格の経済政策運営について、政党は何を語らなければいけないのでしょうか。
湯元:例えば金融政策について、希望の党が仮に政権をとったときに何をやるのか誰も分からない状態になっている、ということ自体が非常に不幸だと思います。今の超金融緩和状態を続けるべきだ、という論者もいますし、副作用も相当目立ってきて徐々に収束に向けた準備をしないといけない、という論者も増えている中で、少なくとも安倍政権下では続けていくだろう、と予想されていますが、野党はそれに対してどういう対案を持っているのか、を明確に示していかなくてはいけないと思います。
それから、財政支出の拡大についても、実は安倍政権は過去4年半あまりで6回の補正予算を組んで、27兆円の国費投入をやりました。これは、景気を下支えするという名目はあると思いますが、本来、財政政策の拡大はどういう景気タイミングでやるべきか、についてはいろいろ議論のあるところで、一般的には、リーマンショックの後のように、失業者がどんどん増えていく、企業倒産がどんどん増えていく、それに対応するために巨額の財政支出をする、というのは許容される話だと思います。しかし、今のように雇用情勢が近来にない改善を示し、倒産はおろか企業収益が過去最高を更新し続ける中で、なぜ6回も、合計27兆円の財政支出を拡大しないといけないのか。これに対しては野党から強烈な批判があってしかるべきだと思いますが、そういった批判すら出てこない。それ自体が「政策論争の貧困」としか言いようがない状態です。
それから、消費税10%の先をどうするのか。これは、本当は、野党が政権を取った時にも直面しますので、10%で済むと考えている野党はその理由をきちんと説明しないといけませんし。そして、10%では済まないのだけれど、どこまでどうすべきか、国民にある程度痛みを強いることもやむを得ずやっていかなければいけないのだ、という共通認識が与野党にあるのであれば、その手段について具体的に国民に信を問う、ということが必要なのですが、そういったことが全くない今回の衆議院選挙をやる意味が本当にどこまであるのか、疑問を持たざるを得ないと思います。
アベノミクスの総括的検証を行い、
成長力強化のための構想を各党が競うべき
早川:先ほども申し上げたように、アベノミクスの総括的検証をやるべきなのだと思います。どこがうまくいって、どこがうまくいかなかったか。それを整理した上で、どう変えていくのかという議論をすべきです。その点、日銀は去年の秋に総括的検証を行いました。正直に言って、あの総括的検証の文章を読むと、あまり「間違っていました」とか「失敗でした」と書いていないにもかかわらず、結果的には政策の枠組みを変えているわけです。確かに、安倍政権が「アベノミクスは失敗でした」とは到底言えないと思いますが、もう少し賢明に「やり方を変えていく」と打ち出すことは不可能ではないはずであって、それくらいのことをやってみたらどうかと思います。
加藤:ECBも今月の理事会で量的緩和策の縮小を決めると思います。欧州の量的緩和の規模はインフレ目標に紐づいていたので、本当は今縮小するのはおかしいのですが、そっと理屈を変えようとしています。ですから、現実の政策というのは、ある程度要領よく説明を変えながら、しかし長期的に持続可能なやり方を模索することも必要でしょう。そういう意味で、日銀はもう一度包括的検証をやってもいいと思いますが、かつ、安倍政権もアベノミクスの包括的検証をやる。アベノミクスの5年間を振り返ると、日本経済の改革の変化のスピードは海外の国では遅い。今の状況では居心地がいいということに、結果としてなってしまっているということを意識した上での、次の経済政策の設計が必要だと思います。
工藤:今日は経済政策全般の評価をしました。自民党のマニフェストでは、北朝鮮問題、安全保障問題の争点がかなり打ち出されているのですが、国内問題ではやはりアベノミクスなのです。これをベースにした景気回復、デフレ脱却を実現しますと言っていますが、皆さんが言っていたようないろいろな大きな問題もあるし、一方で、日本の成長力をどのように上げていくかという構想力が問われ始めています。そういう意味で、「これは争点にならないから」ではなく、有権者の皆さんも、各政党がどういう構想力を持っているのか、現実の経済をどう見ているのか、これをきちんと見抜いていただきたいと思っています。今日は皆さん、どうも有難うございました。