【言論NPO座談会 議事録】
安倍政権の財政再建をどう評価するか

2017年10月11日

2017年10月4日(水)
出演者:
鈴木準(大和総研政策調査部長)
土居丈朗(慶応大学経済学部教授)
田中弥生(大学改革支援・学位授与機構特任教授)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)


kudo2.jpg工藤:今日の議論は財政再建の問題です。今回の選挙で私が気になっているのは、財政再建について政党・政治家・候補者が強い関心を持っていないのではないか、ということです。今まで日本の将来を考えた場合、社会保障費の増大、財政再建の問題が大きなイシューだと思っていましたが、これはどういったことになっていくのか。三人のゲスト共に考えていきたいと思います。

 まず、大和総研の政策調査部長の鈴木準さん、慶應義塾大学経済学部教授の土居丈朗さん、最後に大学改革支援・学位授与機構の田中弥生特任教授です。

 今回の解散で、与党は、消費税の増税をやるということになりましたが、使い道の中身を変えるので、それを解散の大義にするという形をとりました。これ自体に異論がある方も多いと思いますが、驚いたことに、これに対して他の野党の方も含めて消費税を上げないという主張が出てくるわけです。2012年の三党合意を踏まえて、消費税、日本の財政再建というものが真剣に考えられてきたように思われたのですが、これが形骸化してきているという気がします。皆さん、どのように思われますか。


財政再建へ、どう取組むのか

suzuki.jpg鈴木:今、おっしゃった2012年の合意は民主党政権のときですね、三党合意で社会保障と税の一体改革をまとめ上げて、消費税率10%への引上げを与野党合わせ7割超の賛成票で決めたわけですが、その後政権交代が起きた。2015年には経済・財政再生計画を安倍内閣が作って、財政健全化を進めてきました。しかし、基礎的財政収支の2020年度黒字化という目標の達成は、少し難しいのではないかという見方が世の中の大勢を占めているという状況下にもともとありました。今回、消費税率を上げるということを与党は宣言したのだと思いますが、しかし税収の一部を別のことに使うと。その分、どこかで歳出減らさない限りは財政収支が悪化してしまうわけで、財政再建をどのように考えていけばいいのか、我々としては分かりにくくなっている。選挙では財政健全化をどう考えているのかを各党明確にしてもらわないと、政権選択の選挙ですから我々は困ってしまうということです。

工藤:政権選択選挙ですから、財政再建についてのスタンスを明らかにしなければならないというのは確かだと思います。土居先生はどのようにお考えですか。


国債金利ゼロをいいことに

doi.jpg土居:結局、与野党とも、国債の金利がほとんどゼロであることに胡坐をかいているということです。有権者も、財政再建に関心がある人ももちろんいるが、なかなか景気回復を実感出来ないというような人たちからすると、国債は金利がゼロで発行出来るのだから、急いで消費税を増税しなくてもいいのではないか。そういうムードに野党側が乗っかったというのが今の状況でしょう。ただ、やはり与党は、そうはいっても社会保障費が増えて、やりたいことをするには財源がないと出来ない、という切実な財源問題に直面していて、国債は金利ゼロで発行出来るということを知っていても、それは真綿で首を絞めるような格好になる。そこでついに安倍総理も、三度目の延期はしないということを明言する形になった。

 なぜ消費税の使途を変えないといけないかという理由は、2020年の財政健全化目標の達成が難しそうで、それをストレートに諦めましたと言ってしまうと、二度消費増税を延期した時ですら財政再建の旗は降ろさないと言ってきたことを覆すことになる。さらに、アベノミクスが失敗したのではないか、うまく景気浮揚が出来なかったから、2020年の目標を諦めなくてはいけないのではないかと後ろ指を指される。そこで何かいい口実はないか、ということを探していたというのがまず一つ。

 そうは言っても、消費税を8%から10%に上げる時には、すでに予定されていた社会保障の充実のうちの子ども供子育て支援、これは2.8兆円という医療介護を含めた充実分のうちのところ0.7兆円は子育て支援に当充てると決めていた。この0.7兆円が、すでに5%から8%まで増税する時に得た財源で使い込んで尽くしてしまった。ということになると、8%から10%に上げる時、その増収分は子供ども子育て支援に当充てられないということがはっきりしている。それが恐らく最後の引き金になって、子供ども子育て支援をやりたい、待機児童問題をまだ解消していない、なのに消費税を増税しても今のスキームでは回せない。そうすると、増税しても何のために増税したんだと若い世代の人たちから思われる、。ということで、いっそのこと2020年までの目標も増税分の使い道も一旦白紙に戻す形で、9月25日の記者会見になったのではないかと思います。

工藤:土居さんが言われた通り、目標そのものがすでに実現不可能になっているので、それをさらに先送りする。目標は堅持すると言ってきたんですが、その展望が示せないということですね。ただ一方で、そうは言っても子育てとか、いろんな支援にお金を使うというのはいいことではないかと思う人がいらっしゃる可能性はあります。この中身の変更を、田中さんはどういうふうにご覧になっていますか。


とっくに出ていた2020年の危機


tanaka.jpg田中:今のご質問と、健全化という約束の二つの観点からお話しします。

 とうの昔から、この目標が達成出来ないということは、政府の出していたデータから明らかになっていたのではないかと思います。その顕著なものが中期財政フレームで、これは内閣府から出されているものですが、経済再生ケースとベースラインケースがあります。、現行の経済状況からみれば、明らかにベースラインケースという保守的な路線でいくべきものを、実質GDP成長率が2%、名目GSP成長率は3%成長を前提とした経済再生ケースを用いた試算を政府は発表しています。試算では、何とも楽観的な経済再生ケースでさえ、2020年の黒字化目標の達成は困難であるとの試算が出ていました。つまり、この目標に白旗を上げてしまったのか、否かについて明確な答えがないまま、一年以上過ごしてきたというところがあります。ですから、政府が出している数字はもうだめだということが示されていて乖離が起きていたと思います。

 二番目の約束の話ですが、そもそも閣議決定にはどの程度、遵守義務があるのかという点についてはっきりしません。この話だけでなく、これまで何度も閣議決定は反故にされてきました。閣議決定というものの意味づけ、あるいは強制力、決定と修正にかかわる透明性について議論すべきだと思います。有権者からすれば、約束というのは守るべきですし、もし土居先生のおっしゃったような事情があるのであれば、それを説明した上で変えること自体を有権者に問わなければならないと思います。

工藤:三人の方から、安倍政権が解散の理由にした、財政再建への取り組み姿勢について厳しい評価がありました。確かに、この前の選挙が行われた時は、消費税を延期するということに安倍さんはすごく説明を問われ、財政再建をきちんとやる、翌年の夏までにプランを出しますという発言をしましたが、結果として出された案というのも中途半端だったし、出されたものですら、今年の見通しでいうと2020年には基礎的財政収支が8.2兆円くらいの赤字になり、つまり黒字化出来ない。選挙の時に言っていることについて説明がないまま、今度は新しい形で出してくるとなると、国民は何を信じていけばいいのかと思うのは当然だと思います。土居先生に聞きたいのですが、消費税を上げるということは決断したと理解していいんですよね。

土居:もちろん、そう理解しないといけないと思います。ないしは、そう理解したというものだということをきちんと選挙で問うて、その結果、もし自民党が勝ったならば、その通りにやっていただかなければいけない。

工藤:ただ、中身は変わる。そうだとすると、安倍政権から見れば何の説明が足りないですか。財政再建の工程・流れが見えなくなりましたよね。そこはどうでしょうか。


どこまで歳出抑制出来るか

土居:内閣府が出した「中長期試算」の8.2兆円の赤字というのは、もう少し細かく試算の前提データを見ると、2018年度以降の追加の改革は織り込んでいないということです。ですから、2017年度の予算が出来ましたから、そこで歳出を抑制するというのは入っています。しかし、2017年度以降はわかりませんから、そこで歳出抑制をするという計画は全く試算には織り込まれていない。そうすると、8.2兆円という数字はあるんだが、田中さんがおっしゃったように、楽観的な経済成長の見通しに基づき、税収がたくさん入ってくるという想定のもとではあるけれども、そこからどれくらい歳出抑制で追加的な収支改善が出来るのか。さらには景気がもし落ち込んだとしたら、どれくらいの税収減になるのか、といったプラス、マイナスみたいなものは、もう少し分析して説明をするというのが安倍内閣からあっても良かったと思います。

 出来るか、出来ないかはやってみなければ分からないところがあります。別の言い方をすると、歳出抑制についてのコミットを安倍内閣としてしたくなかったのではないか。でも、安倍内閣のこれまでの評価という意味でいうと、社会保障の給付の抑制は猛烈な反対なく、そこそこ出来ているんです。社会保障費を1年間に5000億円程度増えるというあたりに収めている。これは2017年度までの安倍内閣の予算編成の成果なんのですね。出来ているんだったら、その調子で2020年まで引き続きやりますよというくらい約束しても、それほど背伸びをしていするとはいえわけではありませんし、医療・介護関係者も猛反対しているというわけではない。小泉内閣で決めた骨太2006の計画の、国費で2200億円の社会保障費の抑制というものに対する反発と比べれば、全然反発はありません。合意を得ながら抑制を効かせてきたということは、安倍内閣の評価すべき点だと思うのですが、それを何も自分から誇ることもなく、説明もしていないということだと思います。

工藤:土居さんがおっしゃったのは、もともと計画がうまくいっていなかったと。だから、中身を入れ替えた形でもう一回仕切り直しをして、ということだったんですが、安倍政権の第二期政権をずっと見てみると、もともと財政再建にそんなに真剣だったのかと。つまり、個別の社会保障の増加を抑えるということはわかりますが、かなり追加の経済対策があって、増収分に対してもそれを上回るような支出をしているとか。財政再建に向けてきちんと取り組むよりは、経済をふかすということをやっていたのが安倍政権だと思うのですが、どうでしょうか。


経済財政一体改革の中間評価を注視

鈴木:経済と財政は一体的に考えないといけません。第二次安倍内閣以降のマクロの経済成長率は、実質1.4%(年率)、名目2.2%と、そこそこうまくいっている。ただ、経済の構造を変えたのか、潜在成長率の向上として評価出来るのかというところはまだ分からない。また、財政収支の方は、経済・財政一体改革を2015年の骨太の方針で決め、2016・2017・2018を集中改革期間ということで、歳出の改革を結構やってきています。また、改革効果が出るまでにかなり時間のかかる改革項目をたくさんやっていますから、これから改革効果が出るのかどうか。プロセスとしては2018年に一旦、中間評価というものを行なって、19年度以降に必要な改革決めていくことになっています。そのプロセスの途中、中間評価の前に衆院解散ということになったわけです。中間評価をこれからどれくらいきちんとやるのかを、我々は見ないといけない。

工藤:中間評価をやって政策を決めるというプロセスは重要ですが、今回の政策は、それとは全然違う形で出てきているように見えるわけです。どこかの審議会で具体的な案が出てきているというわけではなく、思いつきで新しい政策課題がどんどん降ってくるというふうに見えるんですが、そういう理解はだめでしょうか。

鈴木:今回新たな政策に2兆円を充てるという数字が出ていますが、改革を果関数に例えるとそれが切片の話なのか、改革の傾きの話なのかどちらと評価するかですね。切片と評価するのであれば、そう大きな問題ではない。そうではなく、改革の勢いという意味で傾きを寝かせてしまうというのであれば問題ですね。

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財政再建は必要なのか

工藤:先ほど土居さんがおっしゃった話に近いが、なぜ財政再建が必要なのか。今、日本がどういう状況にあって、何が問われているのかという話を明らかにしてもらわないといけない。同時に、確かに安倍さんの言っていることに一理あるような気がしているのは、所得再分配ではないんだが、困っている人にある程度アクセスを認めて上げると。それは世界でも同じような傾向があるんですが、ただ安倍さんがやっていることは、きちんとそうした政策変更に基づいて動いているのか、もともとあることを何か別の形で動かそうとしているのか、それとも単に思いつきなのかよく分からない。ひょっとしたら生産性をあげるということをダメにしてしまう行為ではないのか、よく分からないです。財政再建を言っている人は、宗教みたいに財政再建だけを言っているだけで、本当はそんなに必要はないのではないか。そういったことを感じさせるような議論があるわけです。ただ一方で、2025年、団塊の世代が後期高齢者になり、急速な高齢化が進んでいく。また日銀の資金管理が、直接ではないにしても、いろんな形で国債を引き受けて金利を抑えていくという異常事態を続けている中での立て直しなんだと。そういうことが忘れられているようにも思える。そこで皆さんに聞きたいのは、財政再建は必要なのかということです。


賦課方式の社会保障制度では世代間格差の是正が重要

土居:財政再建は当然、必要です。1日も早く財政収支を改善するということが必要です。なぜかというと、わが国では少子高齢化がさらに進む中で、社会保障の受益と負担の世代間格差が拡大している。これを1日も早く、拡大を防がないといけない。拡大を防ぐイコール、社会保障の支出を抑制する、ないしは、高齢者も含めた租税負担をお願いする、これが必要なわけです。そうすると結果として財政収支が改善される。財政収支が改善するということは、その分だけ、将来世代が負担する国債残高が抑制でき、将来世代の租税負担を抑制することが出来る。これが一番大事きなところです。

 当然ながら、まだ生まれていない、顔も見たことのない子や孫のために今、財政収支を改善するのかというと、なかなかやる気が出ない政治家とかいるかもしれないが、そうではなくて、そういう世代間格差の是正というものは、きちんとやっていかないといけない。なぜ、世代間格差の是正が重要かというと、わが国では社会保障制度は賦課方式。、つまり子供達が親の世代に対して仕送りをするような形で財源を賄う。、そういう色彩の強い社会保障制度になっている。そうすると、若い人たちがそっぽを向くと全く社会保障制度は持続できない。これがネックなわけです。高齢者は高齢者で、若い人たちが天引きされる形で負担してくれているのんだから、お金が自動的にくるんだと思っているかもしれませんが、若い人たちの社会保障制度に対する信頼がまだなんとか損なわれていないから続いているんであって、そうでないと、あっという間にお金の"源"がなくなり、高齢者の人たちも、もらっている給付がもらえなくなる。そういったことを感じてもらわないと、いけないということです。

工藤:経済そのものはどうなんですか。アベノミクスではそれを引き受ける日銀という存在があって、金利が抑えられているから、国債費の関連費が少ない。国債を出していても、あまり大した負担になっていないというんですが、逆に金利が上がってしまうと、手がつけられない状況になる。そういうことがいつも気になっているんですが、鈴木さんはどのようにお考えですか。


今の経済構造を変えないと日本は衰退の道へ

鈴木:金融政策との関連でいえば、デフレ脱却というのは本当に重要で必要なことだと思います。デフレ脱却のために、現状の金融政策をやっているわけですが、今やっている金融政策は財政健全化とセットでないと機能しないことがまず一つ。また今は、日銀が長期金利も操作しているのでゼロ金利になっていますが、デフレから脱却すればインフレ期待が生じて、実際のインフレ率も上がっていくわけですから、当然長期金利も上がってくる。これだけの債務残高をすでに持ってしまっていますから、少し金利が上がってしまうと、今は基礎的財政収支で赤字であるけれども、今度は金利負担で赤字が大きくなって財政収支が悪くなり、債務残高がいわゆる雪だるま式に増える恐れがある。財政健全化が必要だというのは、最終的には債務残高がGDP比で上昇し続ける状況を止めないといけないわけです。そうでないと、社会保障制度も持続出来なくなる可能性が極めて高くなります。

 もう一つ、景気・経済の観点から申し上げたいのは、政府が財政赤字だというのは民間が黒字と言いますか、政府しかお金を使っていないということです。企業は十分に設備投資をしておらず、家計もたいして消費をしていない。全体のバランスとして、民間にお金が余っていて、政府だけがお金を借りて使っている。つまり、この先にあるのは非常に陰鬱とした社会です。政府は生産性を上げる主体ではないですから、民間が、もっとお金を使う状況にならないといけないし、現在は我々の大事な貯蓄が、全部国に対する債権になってしまっている。この経済構造を改めないと、長期的に日本はどんどん衰退してしまうでしょう。これが、財政再建が必要な理由です。

工藤:土居さんにもう一つ聞きたいんですが、いつまで持つのでしょうか。つまり、今あることはサステイナブルではなく、日銀が引き受けながら金利を抑えていく中で成長率を上げていく、これは政府と日銀の協定でもあったわけですよね。しかし、それが出来ないということになって、日銀も少しずつ買う量を減らし始める。こういう状況になると、非常に厳しい。なかなか上手くいかないなと思っているのですが、率直に今の不安定な構造はいつまで持つのか、財政再建をしない余裕がどれくらい私たちにあるのか、ということです。


怖い金融政策への疑心暗鬼

土居:日銀の政策が、どこまで持続出来るかということにかかっています。極端にいうと、政府が国債を新発すればするほど、日銀が新たに国債を買う余地が出てしまう。今の黒田総裁は、財政ファイナンスはしないと明言していますが、黒田総裁の任期切れがあって次の総裁のスタンス次第では、今までの黒田レジームとは違う金融政策になるかもしれない。そうなった時に、一時的であれ金融政策に対する疑心暗鬼が出てしまうと、インフレにはならないかもしれないが、国債金利が上がるという可能性がまず一つ考えられます。場合によっては、選挙後に起こるかもしれない。アベノミクスを野党は批判するでしょう。量的緩和がアベノミクスの矢の一つに入っていて、それはよくないことだということが、野党の中で認識され、安倍内閣が終わってしまったら、新しい与党と日銀の間で新たに政策調整をしなければならない。その段階で、疑心暗鬼が起こるということは当然ありえます。財政当局が財政健全化、つまり国債を無節操に増発しないということをしていない限り、日銀に対する国民・市場の信任認が一時的であれ変なことになってしまう。今の日銀は全国債残高の4割を超える量を引き受けている。これは平時では見たことがない数字です。

工藤:田中さんは、財政審に長期間いて財政当局の行動を見ていたと思うんですが、土居先生がおっしゃっていたような緊張感が崩れているんでしょうか。それともまだ危険性を感じながら、それに向かい合っていくという姿勢が残っているんでしょうか。

田中:難しい質問です。財政審に10年近く関わらせていただいて、空気感の違いは感じます。財政審の議論は、圧倒的に財政健全派ですし、消費税を上げるべきであるという点で意見は一致していますが、それを政府側(政権与党)に持っていって、どういう風にacceptされているかというところについては、正直言って、やはり受け入れられ方がここ数年で変わってきたかなという印象はあります。

工藤:今度は別の問題なのですが、安倍政権が考えていく社会保障、例えば、子育て、大学などの奨学金、つまり所得のない人でも十分に大学にアクセス出来、大学入学などについて格差が生まれるということがよくないことは、ある意味理解できるのですが、この問題はどう考えれば良いのでしょうか。つまり、社会保障における支出の中身を変えなければならない段階にきているのでしょうか。田中さんはどう思いますか。


給食費が生活費に
  ――社会保障の仕組みの精査を


田中:そもそも私は、大学行政に関わってきた者として無償化ということについては反対であり、それは、今の大学セクターを悪化させる方向に働くと思います。ただ、無償化について、小中とか幼児に関して、どう考えるかというと、色々な政策を精査した方がいいと思います。例えば、支払い能力があるから出来るだけそこからとるべきだという議論は、それはそうなのですが、支払い方が下手で、例えば給食費などは、結局家庭に払っていて、低所得の家庭というのは、給食費としてもらったとしても、それを生活費に使ってしまい、実態として給食費を払えない状態になっています。その仕組みというのが機能しているのか、きちんと精査、評価する必要があると思います。現行制度を是正する場合にもコストがかかるでしょう。それでも、無償で配ったしまった方が、全体に給食は行き届き、なおかつより安価にそれを届けることができるというの効果の検証が出来るのであれば、無償化はした方がいいと思います。個別に現行の制度を精査した上で、その有効性の検証と機能しているのかということと、全体を配ったときの費用対効果を比較して、政策を決定すべきだと思います。

工藤:土居さんに続けてほしいのですが、今安倍政権が出しているのは、例えば3~5歳児は誰にでも配るという話でしたよね。色々なやつは、精査して出した案ではないのですよね。

工藤:土居さんに続けてほしいのですが、今安倍政権が出しているのは、例えば3~5歳児は誰にでも配るという話でしたよね。色々なやつは、精査して出した案ではないのですよね。

土居:ある種の政治決断です。ただ同じお金を出すというならば、もっと他に回して、同じ幼児教育ならば幼児教育の中で3~5歳児に所得制限なしで、中高所得層に授業料無償化するためにお金を配る。そのお金があるならば、幼児教育の中でもっと別のところにお金を出した方が、もっと有効なお金の使い方が出来るのにと思っている教育関係者とか専門家とかはいっぱいいます。果たしてそれを、どこまで選挙準備のためにちゃんと聞いておられたかというと、微妙に怪しいところがあります。だから、シンボリックにおっしゃった、そんな専門家にしかわからない細かい話をしても、選挙で受けないと思われた可能性はあるのかなと思いますが、それは残念です。そうはいっても、年内にもっと細かい内容を詰めることになっていますから、まだ私は、選挙が終わってもその先見直していただければ、今はまだ遅くないと思います。

工藤:公約というものは、とりあえずシンボリックに言って、後で検討するというあり方です。これをやると言って、行程は後で考えると言うと、曖昧になってしまうこともある。今回の話も、内容がシンボリックに出てきて、ある意味理解出来るところもあるのですが、しかしその中身は、田中先生がおっしゃったように、大学そのものの改革を歪めてしまう可能性があります。そういうことを専門家で議論した中で、そういう政策が上がってきて、党がそれを出すというのはよいのですが、こういう出し方はどうなのでしょうか。


なんとなく無償化では、科学の政策とは言えない

鈴木:全体像について申し上げると、全世代型の社会保障にするというのは、おそらく多くの人が賛成していて、ずっと歴代の内閣も言ってきたことだと思います。ただ全世代型といった時に、例えば現役の労働者で失業して長期失業になって困っている人もいるわけですよね。もちろん子育ての負担で困っている人もいる。そのような中で、どこに政策を当てなければならないかをもっと考える必要があるでしょう。それから、財源がないので、全世代型にするというのであれば、高齢者給付を少なくとも増やさないという必要もあります。全世代型にするというのであれば、消費税の税収ではなく、出来れば高齢者向け給付を少し抑制して、それを財源にして現役世代に充てるということを考えなければならないでしょう。現役世代の中でも、成長戦略的に女性が活躍できるように育児と就業の両立をしやすくするとか、格差の問題があるので教育についてもっと細かく目配りをしていくべきといった多くの問題がある。ただ、ある政策をやってどれくらいの効果が見込めるのかが重要です。就学前教育として幼稚園がありますが、そこを無償化したとして、どれくらいの効果が出るのかということを、もう少し数字で議論するなり、他の政策との比較考量なりをしないといけない。大学について高等教育の無償化という議論もありますが、今、奨学金を4割以上の学生が使えるようになって、本人も保護者も頑張って大学に通えている現状があるわけです。そこに上乗せして、なんとなく教育なのだから無償がよさそうだという理由で、どういう効果があるのかわからないままに政策的に政府の財源を注ぐというのは、科学としての政策とは言えないでしょう。財政健全化とか財政政策を実際にやろうとすると、細かい政策の積み上げなので、全体を何兆円増やす、減らすという話ではなかなかうまくいきません。有権者が政策の中身を受け止められるよう、選挙の際には各党に何をしようとしているのかを各論でも言っていただいて、我々がどの政策を支持するのか考えることが大事です。

工藤:最後の議論に入りたいと思います。ここでは政治と今度の選挙という問題について少し考えてみたいと思います。私が今回、財政再建について気になったのは、「希望の党」への民進党の合流の時に踏み絵の中に、消費税を上げないというのがありました。2012年の三党合意では、消費増税と財政再建の話の合意があったのに、政治の世界はもうそれを忘れてしまったのか、という気がします。これは、どのように見ればいいのでしょうか。土居さん、どうでしょうか。


消費増税の使途の変更に安倍さん、躊躇せず?

土居:そもそも野田内閣がそれを作って三党合意したが、結局それを引き継いだのは、安倍さんだったわけです。そして安倍内閣が出来て、安倍さんは、はっきり言えば、三党合意に拘束されたくないと内心思っているのです。だから8%までは消費税を上げたが、10%までは上げたくないということが透けて見える。今回は違った展開になりましたが、三党合意ないし社会保障と税の一体改革の枠組みは消費税を10%まで上げるかもしれないが、使途の枠組みを変えてしまうのは、安倍さんにとっては何の躊躇もないと思います。それを有権者の側からすると、結局社会政策保障・税一体改革については、看板は掲げています。ですが、それを踏襲しようとしている政権なのか、そもそも踏襲するつもりのない政権なのかがよくわからない中で、今度は民主党から引き継いだ民進党が事実上解党するということになったので経緯がよくわからない状態になり、今日に至っていると思います。

工藤:マニフェストを出さないのではないかという政党があるということに驚きなのですが、消費税を上げることに反対だということが議論されてくると、真面目に日本の将来を考えている有権者は、よくわからなくなってきていると思います。消費税を上げないということが、政策的に意味があるのでしょうか。どう考えればよいのでしょう。


景気回復の実感とは何か

鈴木:2012年に消費税増税を含む三党合意がありましたが、その後に2回総選挙があったので、政治の側は、ひょっとすると国会の中身は当時とは全く違うのですということかもしれません。しかし、真面目に財政健全化や日本の将来を考える有権者からすると、それは納得できないでしょう。少し先になれば変わってしまうかもしれないということですと、選挙ではなかなか判断出来ないということになってしまうでしょう。消費税増税に反対である理由として、景気回復の実感がないうちは上げられないという意見があるようですが、それでは実感とは何かということですね。さきほど、経済の状況を若干申し上げましたが、現状で上げられないという判断は難しいように思います。増税に関する景気の弾力条項はないわけですが、今の経済状態で上げられないとすれば、いつ上げられるのかということだと思います。既に決まっている増税を取りやめるのであれば、どういう状況になったら景気回復の実感が湧いて、増税が出来る環境といえるのかということを明確にする必要があると思います。一方、10%に引き上げた5%ポイント分の使途を少し変えるならば、その具体的な内容と、変えることによってどのようなよいことがあるのかを明らかにすべきです。それから財政健全化の旗を降ろさないというならば、いつまでに基礎的財政収支を黒字化するのか。現時点でははっきり言えないにしても、いつまでに黒字化するのかを、いつまでに検討するのか示すことが大事で、期限がないと改革は進みません。目標は念仏のように唱えていれば実現するものではないので、関係者が実際に改革に向けて動く状況を作るためには、期限を切らなければなりません。

工藤:土居さんに聞きたいのですが、健全化のための目標になっているPB(基礎的財政収支)の意味は何なのでしょうか。誰かが、国際公約ではないと言っていますよね。つまりこの目標の持つ意味は何で、それを達成しなければならない理由は何なのでしょうか。


PB(プライマリーバランス)は、国際公約ではなく? 一つの物差し

土居:誰が総理大臣になっても、PBの黒字化は結局のところ、収入と支出のバランスをどういう風にとるか、予算編成の中で明確にするという意味で大事です。最終目標は債務残高対GDP比が安定的に下がり、200%を超えてどんどん増え続けることがないようにすることだが、それは最終目標。中間目標は、年々の予算編成ですから、その年々で結局どれくらい借金を増やさないように出来たか、出来れば減らせるかというところまで来て欲しいのです。そういう物差しがないと、金利が低かった、経済成長が高かったなどのまぐれあたりで、債務残高対GDP比が減ったからラッキー、というやり方だと、国民としても評価出来ないし、たまたま減ったということをもって、この総理大臣は素晴らしいということは普通は思わないわけで、す。まぐれ当たりで債務残高対GDP比が減ってよかったね、という話で終わらせては、政策評価にはならない。そうすると結局のところ、今年の政策的経費を今年の税収でまかなえるという程度に帳尻を合わせられたのか、それとももっと国債を増発せざるを得ないような財政運営をしたのか、ということを評価しなければいけない。しかも社会保障は無尽蔵に増やせず、それなりに抑制をきかせていかなければならないということならば、何を糧に社会保障の給付を抑制するスピードを決めるか、減らしすぎてはいけないけれども増やしすぎてもいけない。それではどういうペースで、社会保障費の伸びをコントロールすればいいのかというと、社会保障費自体に目標をつけることも大事だが、もう一つコミットメントデバイスということで言えばPBがある。ちゃんと財源がまかなえるならば、そこの分だけは支出してもよいが、借金を新たに追加するというほどにまで社会保障費を増やすということになると、追加はやりすぎ。PBはその物差しとなり、PBを改善するということで、歳出をコントロールするということに通じてくるということだと思います。

工藤:他の野党は財政再建だけでなく、その目標そのものをどうするかについて発言していませんよね。


目指すのは大きな政府、小さな政府?
  ――安倍政権のリベラルな財政政策

土居:野党がもう少し選挙戦で明確にしてほしいのは、そもそも財政運営上で、有権者にわかりやすい言い方をすれば、大きな政府を目指すのか小さな政府を目指すのか、真ん中があってもよいが、どの程度の歳出希望規模にしたいのかということです。もちろんこの衆議院選挙では、もう一つの焦点として憲法改正の賛否ということ。民進党が事実上、解党したので、その保守とリベラルという対決のところはわかりやすくなった。それについては評価する向きはあるが、もう一つはっきりした方がいいのは、財政面から、大きな政府をより志向するのか、小さな政府をより志向するのか、軸で言えばタテ軸。右なのか左なのかという憲法改正について言えば、横軸での立ち位置を野党にはっきりさせてほしい。リベラルで大きな政府を志向するのであれば、消費増税賛成と言ってもよいのかもしれないが、言っていないとなると、不誠実という風に有権者は評価すべきだと思うし、逆に消費税を上げない、その代わり歳出も減らしますと言えば、保守で小さな政府志向という、アメリカでいえばティーパーティーみたいな政党が出てきてもおかしくない。それでは「希望の党」はそっちにいくのかというと、必ずしもそうではないかもしれない。安倍内閣は1億総活躍社会の実現とか、人生100年時代構想などと、割とリベラルな財政政策です。元をたどれば、第一次政権で再チャレンジなどと言っていて、あそこから今に至っているのかなと思いますが、そう考えるとやや大きな政府を安倍内閣としては志向しています。それでいて憲法改正賛成だとなると、より大きな政府で憲法改正賛成というところに今の与党がいる。となると、そこに「希望の党」は割って入るのか、それとも小さな政府志向なのか。そうだとしたら、「希望の党」に求められるのは、どこまで財政再建が出来るのかということを明示してほしい。

工藤:田中さん、政策をきちんと考えている人たちから見れば、政権選択となったらどのような日本を目指すのかについて競争するから、政党選択が出来るのですが、現実の選挙戦や新聞報道を見ていると、選挙を勝つだけの議論をしているように見えます。田中さんに聞きたいのは、実際は有権者の方がきちんと見ているのではないかということです。借金が1000兆円も増えて、毎年借金を増やしているという歯止めのない状況について規律をつけようと思ったら、それも先送りしているということについて、どう思います。有権者はもっと厳しく見ている、と期待してはいけないのでしょうか。


適正な情報を理解している国民

田中:消費税を一回上げましたよね。確か麻生さんが、消費税を上げても継続している政権は安倍政権ぐらいだとおっしゃっていました。でも消費税を上げる前にかなり広報活動をやっていたのですが、国の財政がどれだけ厳しいのか、色々な言葉でわかりやすく、それこそ池上彰さんも説明をされていました。、街頭でインタビューをすると色々な方々が、それこそ女性からお年寄りまで増税は必要だという意見で、かなり世論を押していたのです。適正な情報が入れば、国民は理解出来ると思います。ただ私は違います。ただし、耳に心地の良い政権公約しか出していないのではないかというその先には、国であってもデフォルト(債務不履行)ということがある。という危機感を、今の政党は全然感じていないのだと思います。なぜ財政再建をしなければならないかといえば、破綻をしないためですが、そこのところの話が逸れている。しかし、少なくとも消費税を上げた時にはその議論も含めて、かなり議論していた時期がいっときですがありました。その議論が消えてしまいました。消費税の有無の話ですが、ゴールは財政再建なのだから、もし手段としての消費税を選択しないならば、どういうロードマップで、何の手段を使って財政再建出来るのかという代案を出すべきです。そこのところは有権者としてウォッチすべきだと思います。それに加えれば、言論NPOは有権者に選挙のたびにアンケートをとられていたと思うのですが、三党合意も含めて、やはりデフォルトという概念があるのだという課題認識がどれだけあるのかを確認した方がいいように思います。

工藤:今の田中先生のお話は、まさに言論NPOが言いたいことなのですが、最後に一つ、お聞きして終わりにします。我々がやっている世論調査でも6割の日本国民が将来に不安を感じています。その不安とは何なのかというと、9割ぐらいが少子高齢化に有効な政策が、政治サイドから出てきていないということをはっきり言っているわけです。最近は北東アジアの安全ということについても反応が出てきているのですが、重要なのは、その問題の解決を日本の政党に期待出来るかと聞くと、2割に届きません。期待出来ないという人が半数を超えてしまっています。こういう状況で選挙が行われるのですが、そうした課題に対して政党間の競争が全くありません。その中でどのように考えればよいのか、私たちは非常に悩んでいるのです。ですから今、田中さんがおっしゃったように、候補者個人に何かを聞いた方がいいのではないかということです。財政問題で、候補者に一つ聞くとしたら何を聞けばよいでしょうか。それが最後の質問です。


財政がすでに破綻しているのであれば・・・

鈴木:消費税について一点だけ。安倍内閣では実質で年率1.4%、名目で2.2%という成長率だとさきほど述べました。これは消費税率を5%から8%に上げた短期的な悪影響を含めての数字です。増税をこなしたことは正当に評価されるべきだと思います。その上で、今、何か一つ聞くとしたらということですが、財政がもしすでに破綻しているのであれば、おそらく極端な円安になっていて、物価がものすごく上がり、我々の生活水準が大きく落ち込むということが起きているはずです。しかし、そのような破綻が起きていないということは、まだなんとかなるという風に理解できるわけです。ですから、なんとかするために、何をすべきかを候補者に聞かなくてはならない。消費税の増税は景気回復の実感なしには出来ないというのであれば、実感とは何かということです。日本の財政赤字の構造的な原因は社会保障費ですが、社会保障費について2019年度以降どう抑制していくかという歳出の目途はまだ設定されていません。18年度までは経済・財政一体改革で決めた路線でやってきているんですが、19年度以降どうやっていくか。明確なビジョンを持っているのかを候補者に突きつけていくということだと思います。

田中:今、財政再建に関して、現実的な手段としては消費税しかないわけです。そうであるならば、消費増税について賛成・反対を聞いた上で、反対であるならば消費税にかわる財政再建のロードマップを描いて欲しいと思います。


政治家の政策手段は、増減税か歳出増減か、二つだけ

土居:田中さんに近いんですが、財政再建というふうにする問うと、経済成長すればいいじゃないかという格好の逃げ道を与えてしまう。なので、社会保障費に限定します。鈴木さんがおっしゃったように、社会保障費こそが日本の財政成で重要なところですから、給付に対して収入が足りていないという状況を踏まえて、給付を抑制する形であまり負担増をせずに収支を合わせるのか、増税して、どの税でやるのか、ないしは両方をミックスするのか。その三択というふうにしないと、成長しなければなんとかなるというふうにすぐいうと思います。そんなのでは解決になっていないし、政治家に来年何パーセント成長率を上げるという直接的な政策手段はないわけです。政治家に与えられている政策手段は、増減税をするか歳出を増やすか減らすかという二つしかないわけです。あなたたちに与えられている手段の中で、問題を解決するとしたらどうしたらいいかということを政治家に問いたいと思います。

工藤:皆さんからご意見が出ましたが、今度の選挙ではそういう厳しい目を有権者側が持つべきだと思います。この議論は、これから経済・社会保障など、様々な話で続けていきますので、ぜひこれも参考にしていただきたい。

 皆さん、どうも有難うございました。

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