第3セッション:医療と介護をどう評価するか
工藤:まず、お医者さんの問題ですが、「医師の診療科目別・地域別の偏在を是正するため、医療に携わる人材や高度医療機器などの医療資源を確保するとともに、その適正配置を図り、地域で必要な医療を確保する」という公約はどうですか。
医療・介護・子育て政策を分析する上で、地方自治体も巻き込むことが重要に
亀井:基本的には今地域医療構想でやっているので、なかなか評価しにくいのですが、地域医療構想の50万人単位だとちょっとやや不十分かなという気がします。急いで診てもらわないといけない脳とか心臓とか血管などのいわゆる3次医療と言われているところについては50万人単位であって良いと思うのですが、緊急を要さない癌とかそういう特殊な病気については、医療に関わる人材の供給は限られているわけなので、もう少し大きい拠点で診療ができるようにしないといけない。しかも1人診療科など彼らの現実に疲弊している状況を見ると、もうすこし集中させる必要があるのかもしれないと思っています。
工藤:ここのところには、病床数によってお医者さんを配置し直して減らしていくという話も含まれているわけですね。
小黒:この問題は結構深刻で、例えば診療報酬とかである診療をすると何点です、この診療をすると何点です、ベッドなども種類で点数も違うわけで、点数が高いところにたくさん集中して、医者の人たちが誘導するという、医師誘発需要というものがありますが、そういう形で誘導されてしまう。あるところを制度改正して潰しても、違うところに行ってしまう。なぜそうなるかというと、医者の人が最初に売り上げを想定していて、あとは帳尻を色々なところで合わせているという仮説があります。慶大の印南先生の実証分析の結果は、それが有意に出ているという結果でした。これは結構深刻な問題で、政府が改革しても違うところで医師誘発需要が発生し、医療費に増加圧力がかかってしまう。このため、アメリカとかで何をやっているかいうと、医療機器とかでも本当に必要なところだけ供給するという形で、何でもかんでも買えないように規制をかけたりしている。そういう仕組みを入れていくことも考えていかないといけないと思います。
西沢:医療と介護の話で、安倍政権評価するとなると、子育て支援も言っておかないといけなくて、医療と介護は、国はこうしますと言っても、実行部隊は地方で、国の方針がうまく伝わっているかという問題があります。彼らが本当に活き活きとインセンティブをもって動いてくれるのか。同様の問題が子育てでもあって、妊娠とか子育て、検診、保育は地方自治体の仕事なので、国がそうやって掲げていても、地方でそれがうまく機能しているかという問題があって、そこを見て評価しないといけないと思います。
介護保険制度そのものが持続可能なものになっているのか
工藤:介護の問題に非常に関心を持っているのですが、この介護関係は2つの政策課題があって、1つはこれからの介護を必要とする人が増えるなかで介護制度そのものが持続可能なものになっているのか、ここは結構多くの人たちが不安を持っていると思います。公約には「介護保険料の上昇を抑制するために介護サービスの効率化、重点化を図るとともに、公費負担の増加などを行い、持続可能な介護保険制度を堅持する」という話があって、これに関しては来年に関連法案をある程度出していくという状況があると聞いています。
小黒:介護については、いま介護費が年間10兆円ぐらいかかっているわけです。これが2025年に20兆円と2倍になるということなのですが、財政的には10兆円増えることに対して消費税を4%ぐらい引き上げれば確保できるわけです。それは別に保険料を引き上げてもいいのですが、介護については財政面の問題が重要になってきます。もう1つ空間面の話も非常に重要です。医療というのは比較的単発なのですが、介護は少し違います。医療機関には病気になった時だけ行きますが、介護は介護状態になると日常茶飯事の状況になり、生活や居住空間との関係が極めて重要になってきます。そういう意味では空間がすごく重要で、空間が重要だということは、日本が直面している問題を真正面から議論しないといけない話になる。なぜかと言うと、2010年と2050年で人口が半分ぐらいになってしまう場所が日本全体で6割ぐらい、そのうち2割は無居住化するという話なので、そういう壊れていくようなエリアで介護サービスをきちんと供給できるかという話がある。そういうふうな議論も含めて議論していかないと難しいのです。
工藤:このあたりがよく分かりません。先ほどの全体の話と連動しているのですが、考え方が分からなくて、つまりお金が足りないから払えるおじいちゃんには自己負担を上げて、大企業にもうちょっと払ってもらうということぐらいは見えるのですが、おじいちゃんたちの自立を図るといっても、本当に介護が必要な人たちが出てきて、徘徊があったり、認知症など色々出てきた場合に、社会としてどこまで何をしてどうするか、ということの考え方が見えません。
小黒:1つは、今、団塊の世代の人たちがまだ75歳以上になっていませんが、2035年になるとみんな85歳以上になるわけです。介護保険の実態を見た場合に85歳以上が増えると半分ぐらいが何らかの形で介護状態です。つまり、保険適用の方々が急増し大部分を占めるわけで、そうするともう保険ではなくい、事実上、税金でファイナンスしてもいいような状態になってくる。そういうような状況でこのシステムを財源も含めてどう回していくかを考える必要があります。そうした考え方や、運用の仕方については、今のところ誰も考えていないと思います。介護保険というのは医療保険の失敗を考えて組み立てられた制度で、良いところもあるのです。例えば1人あたりの給付上限が決まっていて、予算に制約がかかっている。そういう意味では医療保険のように無尽蔵に増えていく仕組みではないので、ある程度膨張が抑えられる仕組みになっています。ただ、それでも問題があって、かなり団塊の世代が高齢者になって、要介護者になっていくと、財政的には非常に厳しい状態になります。
工藤:持続可能性は見えていないですよね。
小黒:そうですが、政府としてはそこの部分を縮小していくということはできるのですが、その場合誰かが介護しなくてはいけなくて、それを全体としてどういうふうにプライベートなセクターの役割も含めてやっていくのかということの全体像が見えていません。
西沢:介護は2つあって、1つはこういう仕事をしている人たちで話題になっているのは、1億総活躍の時に、これまで政府は施設から在宅へというスローガンの下に、高コストの施設から極力在宅に促そうという方針だったのですが、1億総活躍で介護離職ゼロが出たときに、特別養護老人ホームという施設の受け皿を増やそうというふうにガラッと方針が変わりました。今までの政策との整合性どうなったのかと、話題になりました。
もう1つ、介護保険の根本的な構造的な問題として、医療もそうですけど、出来高払いだということです。介護サービスを提供すれば提供するほど事業者が儲かる仕組みになっていて、本当はもっと予防インセンティブ的に、例えば人頭払いにしてあまり介護サービスにつぎ込まないで自立を促したほうがいいのに、出来高払いになっているものだから、どんどん費用がかさんでいく。構造的には極力、要介護度を低くするように、介護にならないような人たちをつくっていかないといけないのに、制度の仕組み自体が出来高払いで、提供すればするほど儲かるという構造自体を変えていかないといけない。今政府では自己負担割合を上げるとか、介護給付の内容を絞るとかやっていますが、それだけではなくて介護保険の仕組み自体を変えていく必要があると思います。
工藤:今後、介護というゾーンをどのように制度設計して、どう運営していこうとしているのか。基本的な方向がこれから押し寄せる人たちに対応する状況が見えていないということですよね。これを検討している仕組みは政府の中にあるわけですか。
亀井:政府というより、これは社会的合意なのだと思うのですが、2025年の私たちの社会はどうなっているのか、もっと言うとこれは都市において極めて深刻な状態になる、都市問題だと思います。地方はもうすでに比較的亡くなる方が早めに出てきていて、この問題に徐々に対応していけるのですが、都市の場合はこれがある種津波のようにやってくる。こうした津波が来るということを当事者である高齢者と家族が同居するのかしないのかということもふくめて、プランをあらかじめ健康な時に考えて準備をしていくということも、国民サイドで必要なことで、そこも含めた制度設計が必要だと思います。そこがないのに、ファイナンスだけどうなのかとか、人材がどうなのかという極めてパッチワーク的にものを捉えているから、この問題はずっと解決できないし、ある種モグラ叩き的になっているのかなという気がします。
工藤:しかしこの政策論議を色々な形で深めていかないといけませんね。ただ政治にかんしてはそれをどういう方向でやるのかという考え方の視点を出さないと、断層が起こってしまって民意を吸収できないですよね、そのあたりに関してやっている方向が見えにくい。
介護離職ゼロと現在の政策の整合性が取れているのか
工藤:この介護関係ではもう1つあって、さっきの「介護離職者を2020年代初頭までにゼロにする」この問題はどう評価されますか。
小黒:これは目標としては悪くない、良い目標なのですが、本当に目標を実現するためにどういう手段を使ってやっていくかというところの整合性が、さっき西沢さんも言われていましたが、取れていません。ちょっと前までは地域包括ケアでなるべく在宅で介護していこうという方向に舵を切ったわけです。これは財政当局としてもそのほうがコストが少なくなるので、財政的には良いわけです。ただ、そうなると介護離職者が増える可能性があります。ですので、その辺の整合性をどう考えるのか。
亀井:どっちでやるか。介護サービスを充実させるから大丈夫です、という話なのか、ただこれは多分現実的ではありません。そんなに介護サービスが物凄く行き渡るはずもない。一方でそれによってやむを得ず離職する者をなくすには、働き方そのものも変えていかないといけないのかもしれないし、両方あるのだと思います。その両方が具体的にどういうことなのかということを示して、具体的な絵姿として見せていく必要がある。例えば。今は週2日休みで5日間働いていますが、4.5日とか、残りの2.5はもしかしたら自宅とか自宅の近所にワークスペースができて、そこでみんなが働くようになるのかもしれないし、そういうものを午前中だけ取る人がいたり、そういう具体的な話です。
今の自民党の公約の作り方では、課題解決のプランが提示できない
工藤:今の話を聞きながら考えていたのですが、政策目標が妥当でも、それを組み合わせて政策シェアをしていかないと全て解決できないですよね。1つだけをやればほかのところと矛盾してしまう。このあたりの組み合わせが政府サイドから国民に提起されていないということは事実ですよね。
小黒:政府の中でまとまった全体像に関する議論をする場がないというのが大きいのだと思います。介護される人に対して介護する人、家族も含めて介護人材がいて、色々オプションがあるわけですが、省庁にまたがっているわけです。それをちゃんと実行してまとめるだけの司令塔が存在しないというところも大きいです。
亀井:やはり自民党の悪いところが出ていて、みんなボトムアップなのです。本当は三角形になっていて、ボトムアップでボトムの話を入れていくのが大事だと思うのですが、やはり私たちが目指す20年後の社会像はこうです、というのがあって、それと整合性が取れるものを個別に入れていかないといけないのですが、今のJファイルやマニフェストの作り方は個別の政策を、部会ごとにあげさせるから、結果的にこうなって、そこから積み上げた社会像が全く見えなくなってしまうという問題があると思います。
工藤:本当にそうですよね。だから政策が課題解決プランに公約がならない。「妊婦から子育てまで切れ目ない家族支援を進める」、待機児童ゼロ。この辺りはどうですか。課題認識は正しいか。
小黒:課題認識は正しいと思います。ただ保育所も、本当に施設を作るのが良いかどうかも程度問題で、人口が減るので母親も減っていくわけですから、施設の在り方自体も借りても良いわけです。あとは保育ママという仕組みもありますし、子育ての場合は建物よりも人が重要だと思います。
工藤:ただ女性の専門家と話していると、人も重要だが質も重要だという話がありました。ここあたりは課題認識としてそれに取り組んでいることは非常に良いが、政策目的も含めて1回整理しないといけないですね。
小黒:保育サービスのいいところは、夫婦共働きで賃金が増えた場合、保育サービスを含め、政府が出産・育児のコストを統制して、子どものコスト上昇を抑制できれば、所得効果で可処分所得が増加する。他方、保育サービスが十分供給できず、自前で子育てしようとすると、働きたい女性が仕事を継続できない可能性もあり、子どものコストである機会費用が大きくなる。そうすると出生率が下がる。機会費用は非常に大きく、働いていたら稼げていた賃金が丸々失われるわけです。その分出生率を下げてしまう。ですから、保育サービスを含めて、子育て支援の体制を外部からちゃんと供給するような仕組みを構築することが重要で、出産・育児のコストを統制できれば、若い夫婦の家計が豊かになって可処分所得が増え、子供をゆとりをもって育てられる環境ができるはずです。
西沢:待機児童というネーミングが、ちょっとセンスがないと思います。本当は子供、子育て支援であるべきであって、待機児童とか少子化対策でなく、子供が、お母さんが会社に行っている時間に楽しく安全に過ごせるという目線で政策を組み立てるべきだと思います。どうも安部政権は預かり機能の拡充には熱心ですが、子供がその時間帯に楽しく安全に過ごせているかどうかという視点が欠けているというのは、うちの池本さんと良く話します。
出生率を国が設定することについては、評価が割れた
工藤:最後に残ったのは「2020年代初頭半ばまでに希望出生率1.8を実現する」、一方で2050年1億人というのもあって、これをやるには出生率を2以上にしないといけないのですが、こういう意識を出すことは良いと思うのですが、それにむけて1億総活躍プランとか色々な形で取り組もうとしています。この取り組みについてはどういうふうに評価すればよろしいでしょうか。
亀井:私はそもそも国がこういうことを言うべきではないと思っています。
小黒:私は、そこは意見がちょっと違っていて、一応できるかどうか分からないが、出生率のターゲットを出すというのは悪くないかなと思っています。今までタブーだったのですが、はっきり明示的に1.8を目指すと言うことは良い。ただ、問題はそれを目指すための政策ツールが十分用意できているかというところです。あと気を付けないといけないのは、出生率が1.8になったとしても、2になったとしても人口減少は続くということです。これで我々の人口問題を解決できると考えるのは間違いで、その辺は気を付けるべきだと思います。
西沢:僕も亀井さんと同じで、1.8という数字を出すのは踏み込みすぎだと思います。本当に産みたくて産めない人の障害を社会的に取り除くのは重要だと思いますが、数値目標はちょっと復古的な感じがありますし、ただうちの仲間と話していると評価している人もいて、それまで安倍政権は金融緩和一辺倒だったと。それでようやく構造的なほうに目を向けたなという評価をする人間もいて、そうかな、というところもありました。
工藤:しかしこの人口減少の問題、高齢化の問題に今のままであれば、まだ大きなそれに対するプランというものが、考え方も含めて出されている段階ではないという理解でよろしいでしょうか。
西沢:あと、日本と韓国以外の先進諸国は移民が多くて人口が増えているところがあるので、日本はそこにアレルギーがありますよね。
工藤:アレルギーがあると思っている人たちがいっぱい存在していますよね。
亀井:経済学的には移民というのはある種正しい選択なのだと思うのですが、政治学的には世論が分断されてしまう。実際に日本以外の先進国の今年のテーマは移民でしたよね。それがないから逆に若年者の失業率が低くて済んでいるのかもしません。
工藤:現実的には、外国の人で働いている人がたくさんいますよね。
亀井:そこは完全に目をつぶっていて、ある種連帯から外してやっているという意味では実は問題なのかもしれない。
工藤:今日は社会保障の問題を評価してきました。皆さんの話を聞いていて、そもそもこの評価を何のためにやっているかという問題に関わってくるのですが、やはり政党なり政治家というのは国民の代表者として、課題解決のサイクルを作っていかないといけない。そうしないと、国民の不安だけが出て、それに迎合するトランプさんのような政治家が出てくるという政治構造を容認しているという状況になってしまっている。
だからこういう議論をしながら多くの人たちが自分たちとしても、自分たちの家族や地域、職場や日本の将来について考えていくきっかけになり、そして選挙の時にはそれをきちんと考えてやっていくという流れができればと思っているところです。
皆さん、今日はお付き合いどうもありがとうございました。