第2セッション:この1年の安倍政権をどう見るか
工藤:安倍政権の経済政策があまりうまくいっていない中で、この1年間に、安倍政権は経済的な目標を実現すために、政策を改善するようなフェーズに入ってきているのか、それとも全く右往左往して、問題を自覚していながらも有効な手立てを打てないでいるのか。さらに言えば、状況認識そのものがうまくいっていないのか。皆さんはこの1年間の安倍政権の経済政策をどういうふうにご覧になっていますか。
政策決定のプロセスに大きな問題がある
田中:私は、経済政策を作るプロセスに大きな問題があると思っています。典型的な例を申し上げると、5月のサミットの時の消費増税の延期の話です。増税延期自体は、最後は総理が決めたらよいと思います。ただし、何が問題だったかというと、担当大臣である麻生財務大臣を蚊帳の外において、いきなりサミットで世界が笑うようなデータを出して決めたことです。百歩譲っても、サミットで提案した後、閣議や閣僚懇談会、経済財政諮問会議を開いて延期することについてどう考えるか議論し、延期した場合の財源の手当などを検討した上で、最後は総理が決めるならいい。何が言いたいかというと、政策立案過程が、問題を分析して正しい解決策を引き出すようなものになっていません。それから安倍総理になって内閣人事局ができたので、役人たちは耳障りのいいことしか官邸に上げない。極端に言えば、イエスマンしか幹部にはなれないようになっています。社会保障の改革は痛みが伴うので政治は真剣に取り組もうとはしません。政治にやる気がなければ、役人たちもできないわけです。あたりさわりのない政策しか実現しない状況だと思います。
加藤:ベクトルという点では、ある種、日銀の緩和で痛み止め効果が効いている中で、早々にすごく悪くなっていくわけではないだけに、茹で蛙的に当面いくという路線に乗っているというところでしょうか。先ほど田中先生がおっしゃっていたアベノミクスの改革案に格好いい話はいっぱい出てくるのにプライオリティーがないというご指摘は、根本的に経済を20年後、30年後いかに良くしていくかということにはあまり安倍さんは興味がなさそうに見えてしまう問題につながるかと思います。安全保障とか憲法の話を進めていくためには、経済において現時点で摩擦、対立が生じるような改革案はなかなか出しにくいということではないでしょうか。
工藤:さっきおっしゃった茹で蛙というのは、湯元さんが言ったようなインフレ期待を出していくように、積極的にやっていくというのではなく、今の低金利状況を維持すれば良い、それで凌ぐという形にスタンスが大きく変わったという理解でよろしいのですか。
個別的な政策案ばかりではなく実効性ある抜本的改革が必要
内田:個別にみると改革案は出ている。また、短期政権ではできなかった改革も色々出てきているのですが、全体として一本太い矢が通っているかというとそうではないということでしょう。
湯元:基本的に田中さんが先ほどおっしゃったように、プライオリティーがないというのは、私もその通りだと思います。ただ、アベノミクスを実行していくプロセスの中で、当初考えていた通りの展開になっていないことに対して、少しずつ軌道修正を図ってきていると思います。例えば、最初は金融政策、財政政策に重点を置きました。それが円安を生み、株高を呼んだということですが、円安は一方で様々なデメリットが出てきます。例えば、弱いところ、つまり地方、中小企業、家計などに皺寄せがいくので、これを修正すべく出てきたのが、例えば地方創生というテーマ。新3本の矢で子育て支援や介護離職ゼロを目指していくのも、実質的には少子高齢化など中長期的な課題に重点をシフトして、家計のほうに分配政策を厚くするという、短期的にはそういう政策シフトがありました。中長期的には、本当に希望出生率1.8や介護離職ゼロなどが本当に実現できれば構造的なところに踏み込み始めたと見ることもできなくはない。ただ、今の政策メニューを見る限りにおいては、本当にそういった目標を達成できるようなメニューになっているとは到底思えません。
内田:改革という観点でいうと、安倍政権に関わらずアジェンダ型の改革、アジェンダを大きく広げてそれに取り組んでいくというアプローチだと思います。ただ、通常、実社会では、改革といったら合理化の成果と戦略性、モットーが重要になってきます。合理化という観点で言うと、財政にしても年金改革にしても、社会保障にしても、幾らそれによってコストが削減できるのか、明確な基準と成果がないといけないのです。そこまでのアプローチをアジェンダ型で色々進んでいくのでしょうが、最後の成果に結びついていないというのが、日本のこれまでの改革の歴史ではないかと思います。だから、もう少しPDCAを回してチェックしていくとか、欧米のように、財政にある程度の制約を課して、そこを通過しない限り予算が通らないような仕組みにするとか、そういうことが本当は必要なのではないかと思います。
それからもう1つ、戦略という観点で言うと、より効率的な経済にするためには、必ず直投とか外資、国際センターがどうしても必要で、そのためにはまずは思い切って法人税を引き下げるとか、そういう政策が必ず必要になってきます。シンガポールの例を考えると、小国でありながら、極めて経済が効率的に回っています。彼らには次々と次世代の成長戦略が見えていて、今だとGDPの3割が医療に特化している。日本の場合は、そういった戦略、もっと絞り込んだ成長産業戦略が本質的に必要だと思います。
日本経済の本当の実力を上げるには、タブーにも取り組んでいく必要がある
工藤:皆さんの今の全体的な評価がよく分かりました。これから個別の評価に入ります。
1つは、3本の矢により、10年間の平均で名目3%程度、実質2%程度の経済成長を達成し、雇用、所得の拡大を目指すということがあります。これがだんだん曖昧になってきているのですが、これは安倍政権誕生の時の1つの約束なわけです。次に出てきたのが、GDP600兆円の実現を目指すということです。これは2020年頃を目標にという話ですから、さっきの政策目標とかなり近い。もう1つ、大胆な金融緩和でデフレから脱却するという問題がありました。この3つは、実現できるのかできないのか。現段階では実現できていないのですが、今後、実現できる見込み、目途が見えているのか見えていないのか、それに対してふさわしい対策があるのかないのか。皆さん、いかがでしょうか
田中:全体としては非常にネガティブです。名目で3%、実質2%というのは生産性がバブル期と同じかそれ以上にならないと達成できません。政治的に高い目標を掲げること自体はそれほど悪いことではないのですが、具体策が伴わないと空虚になってしまいます。
工藤:加藤さん、大胆な金融緩和でデフレ脱却はすでに目標を変更したということでしょうか。
加藤:そうですね。9月に日銀はインフレ目標達成を「短期決戦型」から「持久戦」に事実上変更したのに、安倍政権からは強い批判は出ていない。デフレではないそこそこのインフレ率で、株価もそこそこ上がって、円安も続いてくれるような環境であれば、金融政策としてはオッケーというふうに実際上は受け止めているということだと思います。
工藤:それは、大胆な金融緩和でデフレ脱却をどんどんしていくぞ、ということからは離れたという理解でいいのですか。
加藤:完全に諦めたとは決して言わないでしょうが、容易にはインフレ率が上がらない現実を事実上ある程度受け入れざるを得なくなったということだと思います。ただそうなってしまうと、名目3%実質2%という話との整合性が取れなくなってくる部分も出てきます。また日銀は安定的にインフレ2%を超すまで緩和を続けるというコミットメントをしていますが、安定的にインフレ2%を超えたのは1990年代初期まで4半世紀戻らないといけないので、まさにバブルをもう一度という話になってしまう。金融政策で無理に成長を高めていくのではなくて、日本経済の実力を本当の意味で上げていくとなると、政治的に悩ましい議論も含め正面から取り組んでいく必要があるのだと思います。
工藤:湯元さんと内田さんには今の話に加えて答えてもらいたいのですが、1つは、参院選の公約に、速やかに経済対策を断行し、切れ目のない対応をとる、とあります。これは今までのマニフェストでも弾力的な対応とか、機動的な政策対応など、経済財政の運営を推進するという形で第1の矢、第2の矢という問題がいつも出てきます。切れ目のない対応については、どう見ていけばいいのか。そして、新3本の矢を放って、成長と分配の好循環を作り出すという問題も含めて、初めの政策目標を達成できる方向になっていますか。
湯元:第2の矢の切れ目のない対応というのは、無限にやっていく財政余力が存在しないわけです。従って、もう6回もやっていますから、切れ目のない対応をやったのかもしれませんが、これ以上やらないで欲しいというのが正直なところです。
新3本の矢は、確かに少子化対策あるいは介護離職の問題に焦点をあてて、構造問題を改革していこうというその意気込みや方向性自体は、私は評価しています。しかし、どの程度実現できるのかということに対しては、様々なプランや政策が出ていますが、保育や介護の受皿を50万人ずつ増やす、そのために特に第2の矢の財政支出を拡大することによってそうした政策を実行していこうという側面が強いと思います。
しかし、この問題は財政支出の拡大だけではなくて、相当構造的に踏み込んだ改革をやっていく、あるいはタブーを排した改革をやっていかないと達成できない問題だと思います。例えば、労働力人口が不足してこれだけ人手不足になっている中で、外国人労働問題もそれなりには進めていますが、本当に不足している分野に対して、根本的に入管法を変えて、受け入れていこうという動きには全くなっていません。これは賛否両論あるからということなのだと思います。保育分野や介護分野も外国人を入れようという意欲はあると思いますが、現実には、今の技能実習制度を活用して使うという程度の動きしかやっていません。それから、少子化対策も、タブー視されている例えば非嫡出子に対して政府がきちんと支援をするかどうか。ヨーロッパ諸国ではやっている国が多いのですが、日本ではそういう議論すらなされていない。医療の問題でも、終末期医療をどうするのかなど、タブー視されているが、やらなくてはいけない改革というのはたくさんあるのですが、そこまで踏み込めていない。色々なことを考えると、やる意欲と方向づけ自体は悪くないと思いますが、今の改革メニューではなかなか達成することは難しいと思います。
経済政策の数値目標は達成できるのか
工藤:内田さん、マクロベースでの目標設定で掲げていることは、今後実現できるのか、実現できる道筋にあるのか、それともかなり難しい局面なのでしょうか。
内田:平均値で名目3%、実質2%は、今の潜在成長率から考えると0.2%ぐらいですから、これはかなり難しいと言わざるを得ないと思います。600兆円については、平均4年間で3%の成長が必要ですが、最後のオリンピックのところで風が吹けば、それに近い数字は出るかもしれません。マクロで見ると、先ほど話があった切れ目のない対策とか一億総活躍というのは次の矢ということになっているので、これはまた後で議論します。
それから、金融政策については、私は修正したと思っています。やはり色々な議論はありますが、明確に量をかなり持続的に80兆円拡大していくことは限界があるので、量から金融へのコントロールへと徐々に変えてきているという認識です。