第2話:人口減少、少子化高齢化への政府の取り組みで課題は解決されるのか
工藤:私たち言論NPOは、有権者が政策を考える際の判断材料を提供しようということで、日本の政府の政策を評価している団体でもあります。こうした評価は本来、メディアがやるべきなのですが、日本のメディアはやっていないのが現状です。
さて、2012年に末に成立した安倍政権において、アベノミクスの「三本の矢」が非常に重要な政策の旗印だったのですが、2015年9月の自民党総裁再選後に打ち出した「新・三本の矢」では、少子高齢化という課題を設定し始めた。そういう意味で安倍政権は日本の課題については認識していると思います。ただ、課題を認識しているということが国民にどれだけ伝わっているかという問題と、国民の不安を解消できるようなプラン、解決策が出されているのかという問題が次の段階での評価の前提だと思います。人口減少の問題に対して、希望出生率1.8をベースに、将来的に、2060年に1億人を維持する、またそのためのプランが5月に提示されましたが、どのように評価されていますか。
6月1日に閣議決定された「ニッポン一億総活躍プラン」の評価とは
池本:これだけ女性や子どもの問題を真剣に取り上げて、実際に保育の部分や学童保育も何十万に増やすと宣言して、きちんと予算を付けようという決意は非常に嬉しいことだと思っています。しかし、全体的に議論が大ぶりというか、詰めが甘くて、海外と比べても投じた財源がいかに有効に使われているか、というところまでの設計が非常に遅れていると感じています。例えば、保育の問題でも、単に保育士不足だから賃金を上げるという話になっていますが、海外ですと、給料が高ければ良い保育が出来るかというとそうではなくて、保育の質を外部から評価する仕組みが整っていて、保育の質が悪ければ、その保育園は閉鎖するなどのすごくシビアに制度設計がなされています。一方、日本では、そうした視点はなく、非常に雑な設計になっているのが現状です。ですから、財源を投じる以上、その財源がきちんと有効に使われて、子供たちの保育の質が良くなるという見通しがないと、負担する側も納得できないわけです。そのあたりが非常に大雑把な議論になっていて、その詰めをもっとやっていかなければいけないと思います。
久我:冒頭でも申し上げましたが、希望出生率1.8を達成するために、まず一番大きな課題は、未婚者が結婚しないという「結婚の壁」が存在していて、その背景には若年層の雇用の不安定さがあります。その雇用を安定化するという政策に関しては、やはり、女性の活躍促進だとか待機児童の解消などと比べ実効性に乏しいという印象があります。
例えば、「ニッポン一億総活躍プラン」などでは、「若年層の非正規雇用を正規雇用への転換を企業へ働きかける」というような漠然とした表現になっています。一方で、女性の活躍促進については「3割目標」が掲げられていたり、待機児童の解消では「2017年度までに保育の受け皿を50万人拡大する」というような具体的な数字が並んでいます。そうした政策と比べると、やはりぼんやりした印象は否めないと思います。
工藤:今の久我さんの話は、保育士の整備とかに比べ、若年層の雇用の問題に対する対策が余りにも足りないという話で、池本さんは、出されたものがシステム化された、きちっと冷静な政策論になっていないという話でした。白河さんはどうご覧になっていますか。
白河:一億総活躍国民会議の中で、保育士、介護士の処遇改善はやりました。結婚対策について議論したことはありませんが、結婚のベースづくりとして、若者の雇用の安定や賃金のことなど、働き方の問題については、同一労働・同一賃金、長時間労働是正のなかで、かなりしっかりやれたところだと思います。
長時間労働是正の点については、安倍首相が「36協定における時間外労働規制の在り方について再検討を開始する」ということを発言し、今回出された「ニッポン一億総活躍プラン」に工程表をつけることとなり、何年にここまでというおぼろげな矢印が引っ張ってあります。その中で、「36協定における時間外労働」の再検討の開始が2016年からになっており、法制化の検討についてこれから始まると思いますが、どれぐらいのスピード感で実現するのか、ということを私達は一番注目しています。
「働き方改革」の中で、一体何が少子化対策になるかというと、やはり「共働き、共育て」を実現するためには、女性が収入を維持できないといけない。女性の就労の維持を一番阻んでいるのが長時間労働ですし、男性が家庭に参画して、一緒に子育てすることを阻むのも長時間労働なのです。その結果、保育所でのお預かり時間がどんどん延びてしまい、保育士が人手不足になってしまう。いわゆる、長時間労働のせいで保育士自身も長時間労働のブラック職場と化して、子育てと両立できず、どんどん離脱していく。これは子育てに限ってではなく、介護に関しても同じことが言えます。介護離職に関しても、やはり長時間労働の問題があります。加えて、もう1つの問題は、仕事が第一だと考えるマッチョな思想です。この思想を取り払うことも大きな壁だと思いますが、こういったことがあると、どうしても時間的に制約がある人材は離職していってしまう。色々なことが「働き方改革」によってかなり変わってくるのではないかと私は思っています。
工藤:長時間労働を解消するために、政府はどのように取り組もうとしているのでしょうか。
白河:今、「36協定の時間外労働規定」に上限がないような状態になっていて、その規定を見直すことと、ヨーロッパのように仕事の終わり時間から、始まりの時間までは11時間空けないと次の仕事をしてはいけない、というインターバル規制の導入が進められています。
「同一労働同一賃金」については、最初はガイドラインを示すけれども、いずれきちんとやっていくということになっています。政策にはアメとムチがありまして、アメ政策、つまり、助成金を出して、インターバル規制や同一労働同一賃金を促進しますというほうが、予算はかかるけれども、やりやすい。一方で、規制するようなムチ政策は、やはり、経済界とのコンセンサスが非常に難しいということで、どうしてもアメ政策が多くなってしまうのですが、アメ政策をやっていると予算がどんどん出ていくだけで、やはり、ある程度思い切って法律的な規制をしっかりやることが一番重要になるのではないかと思っています。
工藤:いまの1つひとつの評価をもう少し具体的にやらないといけないと思うのですが、私は、この議論の前に、同じシリーズで経済政策の専門家を集めたときに疑問がありました。日銀が目標に掲げている実質成長率2%、名目成長率3%、という数字の達成は現状、非常に難しいわけです。政府が人口減少をベースにした出生率の解消を目指した時の、実質成長率のモデルでも、頑張っても実質成長率は2%もいかないかもしれない、という状況でした。そうであるなら、私は単純に目標を下げたらどうかと思うのですが、経済の専門家からは、それは無理なのだと強く反論されました。今の高めの成長率目標をベースにして、社会保障など全ての構造を作っているために、その目標を壊してしまうと、全てが壊れてしまうという話があり、動けないと言われました。「三本の矢」と「新・三本の矢」は論理的に繋がって理解している人が多いわけです。一方で「新・三本の矢」は、本当に日本が直面する問題に対して初めて打ち出したという形で評価されている。加藤さん、ここはどう評価すればよいのでしょうか。
働き方・子育て・経済成長・財源など全体を繋げた議論、政策設計が必要
加藤:基本的に言えば、ツールと目的という形で「三本の矢」と「新・三本の矢」があると思います。経済成長についても名目成長率3%、実質成長率2%という目標があるのですが、もう1つ忘れてはならないのは、プライマリーバランスの2020年の黒字化目標です。全ての目標が1つになって、何とかしなければならない。ただ成長してもプライマリーバランスの黒字化が難しい状況になっているので、そのあたりをセットでどう考えるかというところがあります。だから、工藤代表が指摘したように、成長率の目標をもう少し下げてしまうことによって、全てが壊れてしまう可能性もある。人口が減少していく中で成長率を上げていかないと答えは見出せないと思うので、やはり成長率を上げていくことが必要だと思います。ただ、そのために具体的に何をやるのか、それによって、どれだけの成長率が高まるのかについての踏み込みはまだまだ甘いと思いますし、同時に、「一億総活躍プラン」もそうですが、プランは出せるものの、財源的にどうするのだという話、例えば、介護士の賃金を上げるにしても、介護診療報酬制度の中でやっていますから、やはり保険料は上がるというところまで見ていかないといけないし、負担と給付のことを考えていかなければならない。そのあたりの連結が見えてこないというところもあると思います。ただ、成長率から考えると、私はもっともっと高めの成長率を狙うような政策をこれから作っていかないと日本が持たないと思います。
工藤:皆さん、財源の裏付けがないとおっしゃっていましたが、政府の案は財源がないのですか。
加藤:全くないと思います。もっとも高い成長率を続けても、6兆円ぐらいの赤字が残るという試算が内閣府から出されており、プライマリーバランスの黒字化は2020年の目標達成は困難な状況になっています。そこに対しては答えが出ていません。消費税を更に先延ばししたので、達成はもっと危なくなるだろうと思いますが、そうした整合的な政策にはなっていないのが現状です。
工藤:池本さん、こうした点をどう考えれば良いのでしょうか。先程の働き方の問題や子育て、若者がしっかりと仕事ができて、将来も貧困にならないようにするなど、かなり、システムを含めた政策設計が必要だと思うのですが、お話を聞いている限り、所得再分配の政策に、財源もない形で移っただけのように感じてしまいます。ただし、課題解決に向かったことは評価できると思うのですが、皆さんがおっしゃったように、ちゃんとした政策設計になっていないということについて、どこに原因があると思いますか。
池本:海外と比較してみると、海外は全体を見て、どこを動かすと全体に良いかという繋がりで議論していますが、日本はそういう視点ではなく、それぞれの分野で議論をしているのが現状です。海外で取り上げられる保育の質を、なぜ日本では取り上げないかというと、海外では教育政策全体あるいは教育を社会保障の一部とみて、幼児期に投資すれば、後の学校教育もうまくいき、労働力率も引き上げられるという視点があるわけです。そのためには親の労働時間も減らして家庭教育を充実させる、というところからスタートしている。つまり、子供の人権という話ではなく、経済にとって良いことなのだということで、子育て支援が進んでいるのです。しかし、日本の子育て支援や女性の問題は人権をたてにして、うるさい人が言っているからという扱いで、経済の議論と別になってしまっている。そこをもう少しシビアに、保育の質が経済成長にとっても重要だということを考えていくべきではないでしょうか。
実際、日本は、長時間労働のせいで時間あたりの生産性が他の国と比べて非常に低くなっていますので、そこを短くしても、生産性が上がって、そして、子供を通じた人間関係の形成や、副業を認める会社も出てきましたが、そうやって様々なアイデアを吸収して事業の多角化に繋げていくという視点を持つべきだと思います。
工藤:ということは、今、政府から出されている一億総活躍などの大きな政策体系は、これからの成長を期待できる政策なのでしょうか。それともかなりやり直さなければならず、政策になっていないということでしょうか。
池本:問題、課題は明らかになっていると思いますが、その具体策というか、これから動けそうなところまでの期待は感じておらず、どうやっていいかわからない、という段階だと思います。
工藤:久我さん、同じ質問なのですがいかがでしょうか。
久我:私は若年層の雇用の安定化という点が気になっていて、同一労働同一賃金については、これからもっと細かく議論されていき、良くはなっていくと思います。非正規雇用の方の賃金が上がるだけではなく、研討会の議論などを拝見していると、各種手当などを含めて不合理な待遇差がないような形でガイドラインが出されるようですから、基本給だけの問題ではなくなると思います。ただ、若年層が将来を見据えた時に、雇用が不安定なので家族形成ができないというのは、5年先、10年先も安定した雇用が続くのだろうかという不安だと思います。ですから、同一労働同一賃金でいわれているような、割と直近の待遇差の改善だけではなく、安定した雇用という問題も含まれて議論されなければ、希望出生率1.8に向けて、「結婚しよう、子供を産もう」という機運にまではたどり着かないところが、これまでの政府の議論をみていて気になっている点です。
もう1点は、いつも思うことなのですが、お金の使い方です。財源が限られている中で優先順位付けを細かく、丁寧にやったほうが良いのではないかと思っています。例えば、保育士の給与をベースアップするという話がありますが、全国で見てみると待機児童というのは、都市部に7割が集中していて、半分くらいの都道府県では待機児童ゼロ、100人未満とカウントされていて、そのうち半分が本当に待機児童がいない状況です。そうした現状がある中で、全ての保育士の給与を上げていくというのは、お金の使い方として適切なのだろうかという疑問があります。そういった点も含めて、細かいところから優先順位を付けていかないと、逼迫している財源の中では厳しい状況が続いていくと思います。
工藤:白河さんが委員として加わったところの政策に関して、様々意見があるのですが、白河さん、いかがですか。別に政府を代表しなくても良いのですが。
白河:私も一部のことしかわかりませんが、ただ、財源論というのは必ず出てきます。例えば、今回、一億総活躍国民会議の委員になると、様々な省庁の方が「こういうことをやりたいのです」とレクにいらっしゃいます。そうすると、追いかけるように財務省の方が来て「そんなに予算はないからできません」とけん制していきます。やはり、財源が逼迫する中、どこに投資を集中していくかという点は非常に重要なことだと思います。よく高齢者と子育て世代、若い世代の配分が悪いと言われますが、少子化対策を行い希望出生率1.8ということを本気で考えるのであれば、3年ぐらいは集中して、子育て政策にある程度投資しないとダメではないかと思っていますし、無駄な財源を見直していく必要があると思います。
今、霞ヶ関自体の働き方改革の推進委員会にも入っているのですが、一度始まった事業が、時代が変わってもずっと継続しているということが散見されます。つまり、止めることを決断できる人がいないとのです。一度予算が付いてしまうと、その予算が失われることはその省庁にとって、もの凄くマイナスだと捉えられているのです。行政レビューなどがありますが、もっとシステマティックに評価して、「ここにお金を使うのはもうやめましょう」ということができるといいのではないかと思います。
ニッポン一億総活躍プランには、10年の工程表が付いていまして、新・三本の矢の第一の矢に関しては6年、第二、第三の矢に関しては10年間、フォローアップ会合というのをやっていくそうです。その政策がきちんと回っているかどうかということをやっていくような工程表が付いているのが特徴的なところだと思います。