第二話:地域の再編とグローバルイシューに日本外交はどう向き合っているのか
工藤:先程、お2人が話されたことは非常に興味深いお話でした。つまり、日本の状況から見ると、やはり、中国の台頭というものがあって、それに対してどう対応すればいいのかということで、安保法制を成立させ、力の均衡を維持しようとしている。一方で、安倍政権はそれだけではなくて、ロシアやインドなど他の国々とも、1つの別なものを作ろうとしているという、ただ単純な話ではない、というご指摘でした。
それは、1つの新しい秩序づくりに向けて、何を狙っているのかというのはまだわからないわけです。やはり、中国の影響がかなり強いので、ひょっとしたらオーストラリアとの提携も中国の圧力が大きすぎるために、アジア太平洋という枠組みになっているという見方もできるし、ロシアとの関係も北方領土の問題もありますし、日本外交、安倍外交は非常に苦心してやっているのか、いうことをもう少し解説して頂きたいと思います。
外交・安保の「地理空間」が凝縮され、ポートフォリオの多角化が必要に
神保:いろいろな表現の仕方があると思いますが、外交・安全保障の「地理空間」というのを考えてみると、10年前は比較的グローバルな世界を見ていたと思います。そこには、対テロ戦争があり、グローバル・ミレニアム・アジェンダとか、開発の問題など、それに向かって、いかに国際協力やガバナンスを深めていくかということをまじめに議論していて、日米同盟も共通の戦略目標をグローバル化して、NATOもグローバル化と言っていたのですが、今日では比較的、この地理空間がぐっと凝縮された世界になってきたのだと思います。それは工藤さんがおっしゃったように、中国の台頭があれば、北朝鮮の問題の深刻化もあるし、海洋安全保障の問題もある。ヨーロッパも、ロシアの様々な問題や、都市でのテロと難民問題など課題が山積しています。そう考えると、お互いが関与することが難しい世の中になっていて、アメリカも後ほど議論になると思いますが、非常に内向きな議論が増えている。その結果、問題は狭まり、また非常に深刻化しているにもかかわらず、お互いに協力することが難しいということが、いまの状況なのだと思います。
そうすると、かつてであれば同盟を強化し、それをグローバルに展開していくという方向性の中で外交は正解が導けたのですが、今はアメリカのプレゼンスを確保するために、日米防衛協力のガイドラインを改定し、日米の関係を深めたということで、非常にプラスになったのですが、それだけでは、全く立ちゆかない世界が出てきた。そうすると、日本の戦略的パートナーシップの関係を多角化していく必要があるわけです。それが、オーストラリア、インド、ASEANといった国々との関係強化のみならず、ヨーロッパやロシアをいかに日本外交のポートフォリオの中に組み込むかということが非常に重要で、このポートフォリオ戦略の多角化なくしては、今の中国の台頭という問題に対抗するには、とてもパイが足りない。こういう問題意識があることは非常に大きいと思います。
実際に数年前に作った国家安全保障戦略という戦略文書の枠組みはまさにそうなっていて、その戦略と現在展開している世界の流れというのが、比較的想定に基づいたような形で展開しているのが大きなポイントだと思います。
工藤:今の話も非常にわかりやすいものでした。川島さんに伺いたいのですが、中国という国を考えたとき、中国はリーマンショック以降、4兆元という巨大な公共投資を行い、ある意味で世界の信用収縮を抑えるために大きな役割を果たしたわけですが、今、その調整が入っているわけです。
そして、政治のガバナンス上、権力を集中する現在の習近平体制の中で、国内的にも様々な憶測が飛び交う時代になってきています。ただ、日本は単なる包囲網ではないとすれば、中国の中にも手を入れて、協力関係を作らなければならない思うのですが、そのことに関しては、どういう進展があるのでしょうか。
「中国の台頭」によって地域の再編が起きる中、日本はどう参画するか
川島:中国の内政にはいろいろな見方がありますが、経済に関しては、リーマンショック時の中国の4兆元という財政出動もありますし、その後、中国が数年間、世界の工場兼マーケットになったおかげで、世界経済は維持できたものの、ここに来て、中国経済が危機というか問題に直面していて、構造転換をおこなおうとしています。このような状況に対しては、サミット時の日本の説明のように、リーマンショックの前と同じであるという意見もあれば、中国経済の転換期だから現状は過渡期にすぎないのだという意見もある、と思われます。この多様な見解が現れたのが今回のサミットだったわけです。
いずれにしても、中国の存在をどのように見ていて、日本の外交・安全保障をどうするかという問題について、私が考えているのは、「中国の台頭」といわれるものによって起きているのは、地域の再編だということです。東アジア、東南アジア、中央アジアという地域の呼称はありますが、より実質的な地域空間は、いま組み替えられているわけです。新しい地域というものがどんどん出現していて、日本もその新しい地域づくり、枠組みづくりに加わっていかなければならないということです。中国自身は、今、作ろうとしている地域をどう考えているかというと、中国を中心にした新しいアジアというものを作ろうとしていて、それが中国と内陸部を主にした、一帯一路であったり、AIIBであったりと様々な言い方がありますが、そうした空間に自分の仲間内の地域を作ろうとしつつある。
日本は日本で、アメリカとの関係を強化してオーストラリアと手を組み、さらにインドを加えたの大きい四角形であるとか、あるいは東南アジアとの関係を強化するなど、いろいろな新しい地域づくりを始めている。こうした地域づくりがせめぎ合うところにきていて、そこにTPPやAIIBといった経済的枠組みが重なってくるわけです。安保の面と経済の面、その他の面において、こうした新しい地域の枠組みが今、せめぎ合いながら見えつつあると思われます。
一方、ヨーロッパでは、いったん出来上がったはずのEUやNATOが様々な危機に直面していて、地域が揺らいでいる。ただ、地域が揺らいでいるからといって、かつての資本主義圏、社会主義圏のような分断を安保面、経済面ともに深めていけばいい、ということではないことはわかっている。つまり、経済面ではお互いが協力していかなければならないのは明らかですし、サプライチェーンも密接に絡んでいる。
さらに、中国というマーケットは絶対に必要であるので、そうした意味では中国の片手を握っておく必要がある。とりわけ、中国が作ってきた経済の枠組みに関しては、それを頭越しに否定したり、無視し続けることも難しい。ですから、一方で中国の中に手を突っ込む、あるいは手を繋ぎながら、もう一方では違う方法を模索するというかなり複雑な外交をしないといけない時代に入っている。それだけ、いま、世界全体が変容期なのでだと思います。
工藤:今おっしゃった地域の再編が起きているということは、その通りだと思いました。最終的に、この再編によって新しい秩序が出来上がったとき、断層があるわけではなくて、グローバル経済の中で繋がらなければいけないとすれば、最終的にどうい形で一緒になるというプロセスになっていくのでしょうか。
神保:そこまで話は単純ではないという気がしています。まさにG7の存在意義にもかかることなのですが、先進国が作り上げてきた制度と規範がどこまで維持できるのか。そして、新興国が中心として作り上げていくガバナンスが、どれだけ実態を作り上げることができるのか、という重要な問題を孕んでいるわけです。
もちろん、例えば、世界銀行やADB、AIIBといったファイナンスのメカニズムが相互補完関係になって、世界のインフラ需要を満たし、開発に寄与するということであれば、これは、ハッピーストーリーになるわけです。しかし、そこには様々な問題、例えば、審査体制、リーダーシップなど、どのような形で民主主義への体制支援というものを位置付けるか、様々な問題がうまく折り合わないからこそ、日本やアメリカの参加問題ということが揉めてしまうわけです。こういったことを1つひとつ片付けていく。川島先生がおっしゃった非常に重要な視点というのは、地域が再編されているということに関して、日本はどうやって参画するかということです。このストラテジーというのはまだ十分出来ていません。その根底には、G7が作り上げてきた規範と新興国が作り上げようとする規範の対立が必ずしも解けていないというところに原因があると思います。
工藤:確かに、いま起こっている変化の中で、もっと戦略的に練らないといけないと思うのですが、少なくとも日本政府はこうした大きな再編の中にいろいろな形で動いているのだけれども、将来的なビジョンをどうしていくか、という点が見えていないということですか。
川島:既存の体制がある種の柔軟性を持ちながら、グローバルに様々な物語を包摂していくのが望ましい、これはもう間違いないわけです。そこはもちろん大きな目標として持ちながら、やがて引き裂かれていく、あるいは競争関係になっていく可能性も考慮しながらどうやっていくかということです。その辺のシミュレーションだと思います。
工藤:昨年の安保法制では、今のアジアに対する日米共同の動きだけではなく、国際的な平和の維持のために日本が積極的に動こうということで、PKOを含めた国際的な平和構築への協力にも踏み込んだわけです。現実的にはその考え方は非常にいいと思うのですが、今のシリア難民問題も含めて、様々な世界的な課題に関する日本の発言がまだ弱いという感じがすごくするわけです。
実際に、南スーダンPKOに派遣している自衛隊の「駆け付け警護」任務の追加も参議院選挙を前にして、先送りする状況になりました。世界的な安倍外交という点では、地球儀は俯瞰したのだけど、グローバルイシューに関しての日本のリーダーシップがまだ十分に見えていない感じがするのですが、神保先生いかがでしょうか。
グローバルイシューへの日本の議論が乏しく、主体的な関与も見えない
神保:これは、中国の台頭の副作用といえるものかもしれませんが、多くの外交・安全保障の資源というのは日本の周辺における脅威や危険への対処ということで政治的な正当性が担保されるという性格を持っていると思います。ですから、日本の対外関与にしても、ヨーロッパやアフリカ、中東など様々な外交というのが、対中政策の観点から正当化されるというのは非常にわかりやすい論理なのですが、それはそれで良いとして、何がそこで抜け落ちるかというと、1990年代来ずっと議論していた日本のグローバルイシューへの関わり、まさに真水の国際関与というところだと思います。では、今、日本国内でPKOって論点になっていますかというと、ほとんど論点になっていません。
ところが、世界には10を超えるPKOがあって、いま新しい「ブラヒミレポート」から「ホルタレポート」へと変わって、強力なPKOが平和構築をどうやっていくかという議論は盛んに行われているわけです。ここに日本の主体的な関わりというのは十分に見えないし、ヨーロッパの難民問題や、ISISを含むイスラム過激派への取り組みもそうですが、日本が主人公かといわれると必ずしもそうではないので、もう一度、議論を盛り上げる余地というのはあると思っています。
工藤:おっしゃるとおりですね。その点でいえば、先日のG7外相会合において広島に外相を招いたことは、広島の事情を理解してもらうのみならず、昨年あまり上手くいかなかったNPTをもう一度軌道に乗せるための1つの大きな雰囲気作りにはなるだろうし、いずれにしても、オバマ大統領が広島を訪問したというインパクトがありました。
だから、国際的課題に関して、今までの歴代政権から見ると、G7議長国ということもあって、かなり踏み込み、動いた感じがしたのですが、最終的に国内問題との連動のなかで、トーンダウンしてしまうようなことがありました。
川島さんに伺いたいのですが、世界の課題に対して、日本は何かをしっかりとやりたいと安倍政権は思っているのでしょうか。
日本として望ましい世界の明確なイメージを作り、提示することが不可欠
川島:おそらく日本として、このような世界が望ましいという明確なイメージを作っていかないといけないのだと思います。複雑な事態に対応する場合には、それだけはっきりとした目標がないと決断ができないと思います。そうしないと、いつも、ある程度の妥協、あるいは調整をして終わりになるでしょう。やはり、日本はまだ十分にこういう世界像が最も望ましい、という明確なイメージをもっと出していかないといけないと思います。
それに対して、中国は、ある種国益の反映があって、明確な「望ましい世界像」を出してきます。ですので、パリのユネスコでの世界の記憶遺産の問題であれ、何であれ、グローバルイシューの問題を逆に日中関係に適応したり、日本批判をいろいろとやってくるわけです。そういう意味では、日本の場合、まだリージョナルな問題とグローバルな問題を結びつけながら、あるいは日本の存在をそこに結びつけながらやっていくということがまだ十分にはできていないかもしれません。日本では、グローバルな空間を、中性的な、平場のように見ているところがあるように思います。そうした場でも、もう少し日本の意思を反映させ、自らを位置付けることも可能かもしれません。