経済政策の評価と選挙で問われることとは

2016年6月15日

第一話:安倍政権の実績評価

工藤:言論NPOは、今日から今年7月に予定されている参院選をはじめとした選挙についての議論を開始したいと思っております。おそらく、今回の選挙は私達の将来にとって非常に厳しい、重大な選挙になると私達は考えています。日本の将来を考えた場合、人口の減少や高齢化が進むことは確実ですが、その課題を日本の政治がどう解決していくのかについての具体的なプランがまだ国民の前に提示されていません。また、経済では、アベノミクスが期待したような形で大きく展開しているようにも見えない。そして財政の不安もあります。そうした中、私達は今年の選挙をどう考えればよいのか。そして、日本の将来をどう考えればよいのか。それを私達はきちんと考え、選挙に臨まなければならないと思います。

 そこで、言論NPOは、今日から4回にわたって、今、日本の将来について何が問われているのか、そして、日本の政治はそれに対して、何を答えればよいのかということについて議論を開始したいと思っております。その第1回目となる今日は、経済と財政問題を議論していきます。

 それではゲストの紹介です。まず、日本総研副理事長の湯元健治さん、次に、富士通総研エグゼクティブ・フェローの早川英男さん、そして、大和総研主席研究員の鈴木準さん、最後に、東短リサーチ代表取締役社長でチーフエコノミストの加藤出さんです。皆さん、よろしくお願いします。

 さて、私達は、安倍政権の評価をずっと行ってきたのですが、選挙を迎えるにあたって、この実績評価をどう考えるかということから議論したいと思います。

 私達は昨年12月に、「安倍政権3年目の通信簿」を公開しました。今日、ゲストに来られた方々にもこの評価作業に協力していただいたのですが、経済の分野は非常に厳しい、冷静な評価がなされていました。つまり、アベノミクスは期待されていたような成果は挙げていない。異次元の金融緩和が円安や株価上昇をもたらして、企業業績をプラスにしたのは事実だが、それが実際に経済を大きく変えるような好循環に至っていない。それから、財政に関しても、まだまだ財政再建の見通しが見えない、国民にきちんと説明する段階に来ているのではないか、という評価でした。

 その12月から5か月が経ち、改めて安倍政権の経済・財政分野について、評価をお聞きしたいと思います。

この5か月間の安倍政権実績評価

湯元:私は、昨年12月の実績評価の際には、安倍政権は、良いパフォーマンスを出した分野と、今ひとつ良くない分野が混在している、というふうに申しました。特に良いパフォーマンスを出した分野は、ミクロ分野です。企業業績は過去最高益を更新し続けている。最近、足下が若干減益傾向になってきていますので、危ういところがありますが、水準は依然高水準です。もう一つは、雇用情勢ですね、失業率、有効求人倍率を見ても、バブル期以来の二十数年ぶりの改善ということで、非常に労働需給が引き締まっている。この二点だけとって、景気が良し悪しを判断すると、企業にとっては業績が上がり、収益が増え、各家庭、個人にとっては、仕事がある、雇用がある。それから、賃金についても上がり方が小幅ではありますが、3年連続でベースアップが実施されたということは、近年にない出来事ですので、家計にとっても良いことが起きたと評価できると思います。

 ただ、マクロ経済全体の数値ということで言うと、おそらく消費税の引き上げの影響が大きかったと思うのですが、この3年間の平均で見ると、経済成長率は実質で見て、わずか0.7%程度と、目標の2%からはほど遠い。消費者物価も原油価格の下落という大きな影響があったことは事実ですが、これもマイナス0.3%とマイナスに逆戻り。期待インフレ率を引き上げようという日銀の異次元緩和、そして最近のマイナス金利導入を合わせても、期待インフレ率はむしろ0%台前半のあたりに下がってきているという状況で、マクロの目標達成にはまだまだ道が遠いわけです。

 そうなった原因を私なりに分析してみますと、企業収益が増えて、それが賃上げに結びつき、個人消費に結びつき、設備投資に結びつくという「経済の好循環」がどんどん強くなっていくことを期待したわけですけれども、現実にはその好循環が働いているものの、非常にパワーが弱いということだと思います。

 特に、賃上げに結びつくルートが弱い。先程ベースアップが3年連続あったと言いましたけれども、わずか0.6%前後くらいのベースアップですので企業収益の改善に比べたら非常に小幅です。これに対して、安倍政権から企業に賃上げ要請をしてきましたが、企業のスタンスは依然慎重です。そもそも非常に大きな問題は、労働市場の構造改革が進められていないということです。特に、正規雇用と非正規雇用の問題。非正規雇用比率が4割近くまで上昇して、両者の賃金格差は欧米対比でみると非常に大きい。非正規の賃金は正規の賃金の平均6割程度という状態がほぼ放置されたまま続いているわけです。ですから、労働需給が引き締まって、雇用者数が増えても、賃金全体の上昇圧力がなかなか高まらない。したがって、労働市場の構造改革や成長戦略に腰を入れて取り組まないと経済の好循環を強めていくことは難しい。

 それから、やはり、異次元緩和に依存しすぎた、あるいはマイナス金利を含めた金融政策に依存しすぎたツケが出てきています。海外からのグローバルリスクが顕在化すると、円安株高とい方向は望めなくなり、逆方向(円高株安)に為替や株価が振れてしまう。その影響もあって、足下、景気の足踏み状態が長期化し、景気後退に突入するリスクも高まっているという状況になっています。まさに、異次元緩和に過度に依存してきた咎が表れています。

 アベノミクスの第二の矢である財政も今回、補正予算を出すということですが、効果は一時的なものに過ぎないことは過去の経験から見ても明らかです。

 結局、成長戦略のスピードや広がりが、3年経ってもまだまだ足りないという点が、どうしても、マクロとミクロでパフォーマンスが大きくかい離する原因だと思います。

早川:半年経って評価が変わったかというと、基本的には変わっていません。一定の成果を収めたことは間違いない。最近は、円高株安と言いますけれども、安倍政権が成立する前の段階では、1ドルは80円、日経平均8,000円からスタートしたわけですから、現在の水準と比較すれば特に大幅な円高、株安というわけではありません。それから、労働市場は有効求人倍率で見ると1.3と、1989年、つまり、バブルの真っ只中の頃の水準に等しいわけです。企業収益も確かに大企業製造業は、ちょっと頭打ち感があるのですけれども、全産業で見ると、依然としてほぼ過去最高水準の企業収益を維持している。

 しかし、大まかに言うとそのように良くなった部分は間違いなくあるのだけれども、一番問題なのは、にもかかわらず、成長していないということです。湯元さんも先程言われた通り、過去3年間の平均成長率は、0.7%です。しかし、もっと問題なのは、その0.7%でさえ、実は日本の潜在成長率よりはずいぶん高いということです。例えば、いま、日銀が推計している潜在成長率は0.2%、内閣府の推計でも0.4%です。潜在成長率というのはいわば日本経済の実力であって、普通はこれを上回れば景気が良くなる。すると、0.7%でも景気は良くなっているわけで、だからこそ企業収益が良いのであり、労働市場もタイトになる。

 しかし、問題は「0.7%でよいのですか」ということです。人口減少が進み、高齢化も進んでいる中、将来の日本の社会保障制度を考えると、0.7%成長ではおそらく維持できない。したがって、どうしても潜在成長率をもっと上げていかなければなりません。

 それから、もう一つは、まさに湯元さんがおっしゃった通りであって、やはり、あまりにも古い方の「三本の矢」でいうところの最初の矢である金融緩和に依存しすぎた。世界全体で言われていることですけれども、自ずと金融緩和の効果には限界があります。黒田東彦日銀総裁は「限界はない」と言っていますが、普通に考えれば限界がある。ですから、それ以外のものが出てこないとなかなか経済の好循環は回っていかないということだと思います。

 さらに、問題は政府の政策に限りません。私は、一番根底の問題は、本当は民間にあると思っています。つまり、労働市場です。労働市場が変わっていかないと、なかなか色々な問題が解決しないと思います。例えば、これだけの金融緩和にもかかわらず、物価が上がっていかないのは、正社員の給料が上がらないからです。実は、レベルはともかくとしてパートやアルバイトのほうが上がっていて、正社員が上がらない。正社員はなぜ上がらないかというと、企業側は要するに、従来の日本的雇用を維持したいのですよ。そして、「今、自分の会社は儲かっているけれども、多分これは円安や原油安のおかげであって、本当に実力がついているからではない」と思っている。労働者側もなかなか要求すらしない状態になっている。しかし、働き方を含めて労働市場を変えていくことを梃子にしていかない限り、なかなか成長率も上がっていかないし、潜在成長率も上がらないし、多少の規制緩和だけでは駄目だと思っています。

鈴木:これまでのお話で、かなりコンセンサスができていると思いますが、経済政策というのはやはり雇用だと思うのですね。安倍政権以前ずっと就業者数が減っていましたけれども、安倍政権になって100万人以上増えています。特に、雇用者は役員を除くベースで160万人増えている。その多くは非正規雇用ですが、その非正規雇用の増え方も落ち着いてきましたし、あるいは正規雇用についても動きが見られます。そういう意味では、雇用という面ではかなり良かった。

 ただ、先程来お話があるようにマクロでは、安倍政権下の成長率の平均は実質GDPで0.7%です。他方で、海外との交易条件の変化ですとか、あるいは、日本は対外資産をたくさん持っているので、そこからのインカムゲインがあるわけですが、それらを合わせた実質GNI(国民総所得)を見ると1.4%の成長になっています。

 もちろん、安倍政権は、実質GDPについて2%ずつ増やすということを強く掲げているわけですから、消費税率を上げる局面では、これを実現するのはなかなか難しいと思いますが、当初想定し、期待したほどには上がっていない。これはすなわち、生産性が上がっていないということだと思います。生産性というのは、最終的に実質賃金に表れると思うのですが、実質賃金はずっとマイナスで、ようやく今年になって少しプラスの傾向が出てきていますが、しかし生産性の上昇は確認できていない。
 
 生産性が上がっていない、実質賃金が増えていないため、なかなか経済の体温も上がらない。コアCPI(消費者物価指数)は直近ではまたマイナスになってしまいました。これではなかなか物価目標2%の達成は見込めない。これまでは為替だとか、エネルギーなどで物価が動いていただけで、本当の意味でのデフレ脱却にはまだ至っていないという状況です。まとめると、安倍政権以前と比べると相当良いのですが、しかし、当初の期待からはまだだいぶ遠い状態にある、ということです。

 それから、もう一点、財政のほうですけれど、経済財政諮問会議を中心に、財政の議論はそれなりにやってきていると思います。「経済・財政一体改革」ということで、去年の末には、2016、17、18年度を「集中改革期間」と位置付けたいわゆる改革工程表を決めました。そして、18年度に状況を再評価し、20年度のPB黒字化に持っていくという仕組みはできました。ただ、現状は政府としての取り組みであって、政治がコミットしているというところまではいっていない。ですから、政府が今作りつつある、財政の健全化に向けたPDCAサイクルに対して、今後、どのように政治がコミットしていくのかという点が課題だと思います。

加藤:この3年間で、日本の空気が明るくなった、また、海外の投資家からもこれだけ注目されるようになったというのは、アベノミクスの功績だと思います。そのきっかけ作りとしては良かった。

 ただ、「三本の矢」というのは、もともと毛利元就が、「矢を三本合わせれば折れない」と子供たちに遺言したことが由来ですが、アベノミクスの三本の矢の場合、実際は金融緩和の「一本の矢」だけであるわけで、しかも、これがいま折れかかってきてしまっている。一本だけでは折れてしまうのはある種必然なわけです。

 安倍さんのあれだけの支持率、それからそのリーダーシップを以てすれば、本来は経済の長期的な改革に取り組もうと思えばできたのではないかと思うのですが、そこまでには至っていない。例えば、イギリスのサッチャーの改革であるとか、ドイツのシュレーダーの改革とか、現在においてああいう自由主義的な改革が正しいかどうかという議論はあるものの、守旧派がいる中で、思い切った改革を行う政治力があったと思います。ただ、残念ながら、安全保障政策に多大な時間を取られ、経済面では中長期的な日本経済の問題に取り組むよりも目先の景気刺激のほうにいってしまいました。ですから、株価をすごく重視されています。

 きっかけ作りとしては確かに良かった。先程来皆さんおっしゃっていますように株価はこの三年で上がった。CPIもゆっくりだけれども、民主党政権時代よりは上がっている。しかし、成長率は落ちているというこの現実を見ると、構造改革なり、あるいは一番大事なのは人口問題ではないかと思いますけれども、そこにもっと切り込んでもらいたいところです。

 そして、問題なのは、構造調整をすることによって「痛み」が出てしまうところで、それを金融緩和策で和らげるという政策パッケージであれば非常に良いことだと思いますけれども、この3年間で起きていることは、むしろ金融緩和策の痛みの緩和効果に依存してしまって、結果的に問題が先送りになりがちになっているということです。

 また、財政に関しても、マイナス金利というところまでくると、国債をマイナス金利で発行できるという状態になってしまっていますから、なおさら財政再建の意欲が、特に政治サイドは後退しがちになります。

 そのように、痛みを和らげながら構造改革を促すはずの「第一の矢」が結果的に構造改革を先送りしてしまうのではないかというのがいま一番心配するところであるかと思います。

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