2016年6月14日(火)
出演者:
実哲也(日本経済新聞社論説副委員長)
鈴木準(大和総研主席研究員)
亀井善太郎(東京財団研究員、立教大学大学院特任教授)
小黒一正(法政大学経済学部教授)
司会者:工藤泰志(言論NPO代表)
6月8日収録の言論スタジオでは、日本経済新聞社論説副委員長の実哲也氏、大和総研主席研究員の鈴木準氏、法政大学経済学部教授の小黒一正氏、東京財団研究員・立教大学大学院特任教授の亀井善太郎氏の各氏をゲストにお迎えして、消費税増税の再延期など財政政策の評価、そして今回の選挙で何が問われるべきかについて議論しました。
消費増税の先送りは、すべきではなかったとの見解で一致
まず冒頭、司会を務めた言論NPO代表の工藤泰志から、7月10日の参議院選挙を前に来年4月からの消費税増税を2年半先送りしたことについての評価を尋ねました。
これに対し、実氏は、世界経済、日本経済が必ずしも悪化していない中で「新しい判断」という言い方で増税を先送りしたことは残念な決断であると指摘しました。
鈴木氏は、増税前に経済状況を判断することを求める景気弾力条項が昨年削除されており、今回の増税延期は、2014年と全く異なる性質の判断だとしました。また、租税法律主義の原則にも触れ、今回の増税先送りに国会の責任は大きいのではないかと述べました。
小黒氏は、消費増税再延期を「デフレ脱却」の重点政策と述べているのに対し、再延期の理由を「世界経済不安定化リスク」としている点、アベノミクスにより「史上空前の景気回復の過程にある」としながら、経済状態を勘案して消費増税を再延期する点について、整合性は取れないのではないかと指摘しました。
亀井氏は与野党相乗りの増税先送りに対し、選択肢のない政治になっていると指摘。課題先送りの社会が、いま産まれていない子ども世代の選択肢を歪めてしまうと警鐘を鳴らしました。さらには安倍内閣で再延期について真面目な議論なされていないとして、民主主義下における意思決定プロセスがないがしろにされたと述べました。
消費増税の先送りを決断した理由とは
続いて工藤は、「なぜ安倍首相は再延期せざるを得なかったのか」との問題提起に対したところ、実氏は、安倍首相の基本方針が「デフレ脱却最優先」であり、少しでも脱却にマイナスになることはしない、との考えが根底になるのではないかと指摘。一度、消費税を上げたことで、「経済がマイナスになってしまった」という意識が強く、さらに引き上げることで自分の任期中にまた経済が悪くなってしまうとの思いがあっての決断ではないか、と語りました。
鈴木氏は、いい方に解釈すればと断った上で、増税によってある種の余裕が生まれ、歳出改革が緩んでしまうと考えたのではないかと指摘しました。さらに現在、消費者物価指数がマイナスになっていることを挙げ、その中での増税は厳しいと考えたのではないかとの見方を示しました。
小黒氏は、小泉政権では増税を封印して、歳出削減、後期高齢者医療保険制度など、かなりの改革を行ったことを挙げた上で、これから行う改革はさらに踏み込んだ改革が必要だと指摘。しかし、当時の構造改革や社会保障改革で疲弊した結果、政権を失ってしまったという考え方から、自民党は増税と歳出削減を避け、経済成長頼みの発想になっているのではないかとして、経済成長による税収増加するかもしれないという楽観論が、最終的に増税判断をゆがめてしまったのではないかと語りました。
亀井氏は、2025年以降、団塊世代が後期高齢者に入ってから日本の財政はさらに厳しくなることを挙げ、経済再生と財政健全化の両輪をどうやって回していくかがこれから重要になってくると指摘。しかし、経済再生の情報しか安倍首相の耳に入らず、「安倍首相は裸の王様だった可能性がある」と語りました。
2020年以降、さらに厳しい経済、財政の状況がやってくる。その覚悟はあるか。
その後、消費増税延期が日本の財政と将来に及ぼす影響について話し合われました。
実氏は、2020年でのプライマリーバランス黒字化が相当厳しくなったとの見方を示し、2020年以降、2025年にかけて団塊世代の方が後期高齢者になり、急激に医療給費など社会保障費が激増することを指摘。こうした危機感を持って経済発展と財政健全化の両立に取り組まなければならないにも関わらず、そうしたことが参議院選挙の争点にすらなってないことへの不安を述べました。
鈴木氏も実氏の発言に同意しつつ、大和総研が2013年に提言した数値を示しながら、「消費税は2030年台半ばぐらいに消費税を25%ぐらいに引き上げることが必要になる」と述べ、現在の社会保障制度を維持する上では、消費税の引き上げは必要不可欠だと指摘しました。さらに、今回の引き上げ見送りが、「経済状況」を理由にしたことについて、消費税を30カ月延期したからといって、経済が大きく変わることは考えられないと述べ、初期の目標通りに経済再生が進んでいない状況についてよく検証することや、橋本龍太郎内閣でつくられた財政構造改革法のように、具体的な弾力条項をつくることが重要ではないかと提案しました。
小黒氏は、2年6カ月消費税の引き上げを見送り、2019年10月に引き上げることに対して、参議院の改選を迎える2019年に、増税という決断はできないのではないかと語りました。また、2015年から2025年に向けて10年間で25兆円、1年で2.5兆円、消費税1%ぐらいの医療や介護費が増加していくことに触れ、こうした社会保障を含めた改革に耐えられるだけの財政再建をする意思が本当にあるのか、その覚悟が問われていると指摘。このままでは、2020年度には今掲げている財政再建フレームが事実上壊れ、東京オリンピック後、経済、財政の面で、非常に厳しい状況が国民を襲ってくるとして、かなり厳しいとの見方を示しました。
亀井氏も、他の3氏同様、2025年に団塊世代が後期高齢者になることで財政運営は非常に厳しさを増すという認識を示しました。そして、極端な話を前置きした上で、2025年から40年までの15年間をどうやって乗り越えるかが日本の社会にとって非常に大きな問題だが、その点に目を背けているのが日本の政治だと指摘。そして、「野党がやるべきこと、与党がやるべきこと、立法府として議論すべきこと、そのための情報インフラを整え、政府として情報を出していくことの全てが欠けていることが最大の問題だ」と語り、これから基本的にはパイが小さくなってくる中で、政治が痛みを分けるという政治に転換していく必要があると提案しました。
日本の将来を左右する財政のことについて、有権者も当事者意識を持つことが必要
最後に、工藤から今回の選挙において、有権者は財政政策について何を考えるべきか、政党は今回の選挙で何を語るべきか、と問題提起がなされました。
実氏は、「何でもしてあげます」という政治モデルからの脱却を訴え、持続可能な社会のための将来にわたる負担をビジョンとして示す政治の必要性を説きました。その上で今回の「低負担・高福祉」しか掲げることのできなかった政治に釘を刺し、それでも有権者は将来像を描く政治を求めていかなければならないと指摘しました。
鈴木氏は、社会保障改革について、トップダウンで抑制する、としても結局うまくいかない。企業や医療界、個人や地域の人たちなど、ありとあらゆる人が「問題だよね」という認識を作っていく必要があるとし、をもう少し広い国民運動にしていかなければならないと語りました。さらに鈴木氏は、本来政治は、国の将来を長い目で見て経済社会をどう維持していくことが仕事であり、2020年の数字を合わせるという目先の目標達成だけではなく、今後も持続可能な構造をどうつくっていけばいのか、ということを若い人を中心にもっと考えていく必要がある。今回の選挙は、その始まりとするべきと語りました。
小黒氏は、将来の財政再建に可能性は残されているとし、そのために重要なこととして、国民が財政再建の重要性を認識すること、市場の声を政治が受け止めて財政再建をしていくこと、そして、もっとも重要なこととして、有権者自身が「なぜ」という問いかけを行うことを挙げました。そして、日本人も中途半端な利己的ではなく、フランス人のように、自分の生活を守るために、政治をもっと監視するべきだと指摘しました。
亀井氏は、今回の選挙において、財政再建の選択肢が無いことを指摘し、消費増税先送り後の将来ビジョンで各政党が競い合うべきだと主張。また与野党が同様の主張をしている今こそ、メディアがきちんと問題提起―アジェンダ設定を行っていくことが重要だと述べました。さらに、国民1人ひとりが「いまの痛み」と「将来の痛み」を比べ、いまのうちから痛みを分担しておく発想ができる社会を目指し、政治家にも問いかけていくべきと述べ、議論を締めくくりました。