「2016年度予算」をどう評価するか

2016年2月23日

第2話:予算評価各論

 第2話では、予算と消費税に関する各論的な議論が行われた。予算設計に関しては、税収を高く見積もることの問題点が浮き彫りとなり、消費税については、軽減税率という「新たな宿題」や、来年4月に予定されている10%への引き上げの可否について議論が展開された。


工藤泰志 工藤:今回の予算の中身に関してもお話を伺いたい、と思います。一つは、この景気なり経済状況が大きな転換期にある中で、高い税収を見積もって、それをベースに予算を組んでいることの是非です。高い税収が実現しなかった場合、それはどうなっていくのだろうか、という問題が一つあります。

 それからさっき鈴木さんがおっしゃったように財政再建の集中改革期間という点でいえば、今年はその一年目の予算です。そのためにどのような努力しなければならないのか、そして、予算編成にはその努力の跡というのは見られたのか、という問題です。

 それから三つ目は、消費税の10%への引き上げが来年の4月に予定されていますが、それに伴う軽減税率の問題です。そこで財源を確保できていないのにもう予算を組んでいるわけですが、こういう予算の運営の仕方をどう考えていけばよいのか、ということです。

 いかがでしょうか。

税収を予測することは困難

小黒:税収の見通しについては、内閣府が出した経済成長率などの推計に従って、主税局が機械的に計算して出すという仕組みになっているので、裁量をきかせて税収を高くするとか、そういうことはしていませんが、足元とここ数年間くらいの税収の動き方を見ると、すごく高く見積もっていると思います。過去の事例を見ると、景気の変動によって当初見込んでいた税収が、決算に入った時には大きくずれるようなパターンがしばしば生じています。本当にひどいときは上下に15%くらいずれる、ということが結構ありました。現在でいえば、税収が大体50兆円くらいですから、上下に15%くらいずれるということは、7兆円くらいずれるということです。7兆円くらいずれるような時というのはどういう時かというと、例えばリーマンショックみたいなことが起こった時です。普通の景気変動で見誤った時は、もうちょっと少なくて大体2兆円から3兆円くらいです。そういうことを見てきているので、財務省もちゃんと予備費とか色々なところにお金の手当てをしているわけです。

 財政再建を考えるのであれば、本当はそういう税収の展望も考えるべきだし、財政法上も本来はそういう余剰金が出たら、それをしっかりと国債残高を減らすのが前提になっているのですが。ただ補正予算などの支出に使うこともできるわけなので、その辺をどうやって厳格にしていくか、ということです。

 あともう一つ、これは先ほども言いましたけど、もうすぐ景気の拡張期は終わるような状況に近づいている。ですから、税収の上振れをあまり期待してはいけないわけです。そういうところに制度上、政治のディシプリンが働いていくようにしていかなければならない。もっとも、財政は結局、政治ですから、政権がそういう支出に使うと決めてしまったことはもう仕方ない。議会が承認して予算ができるのだから、議会の場で統制するというやり方もありますが、(現状の国会議論を見ていると)仕方ないところもあります。

財政再建に一応努力したが十分な展望は見えず、軽減税率という新たな宿題もある

鈴木:財政再建の努力の形跡があるのかという点ですが、今あるルールとしては「骨太方針2015」に書かれていることが基本です。具体的には16年度から3年間を「集中改革期間」と位置付け、18年度のPB赤字のGDP比を1%に抑えることが目安です。それから、国の一般会計の一般歳出の目安として、3年間で1.6兆円しか増やせないという縛りをかけています。うち1.5兆は社会保障で、0.1兆が社会保障以外の予算。16年度の社会保障関係費を見ると、4400億円の増加で、一時的要因を考えても5000億増ということで、3年分の枠の3分の1におさまっている。社会保障以外も300億円しか増えていないので、これも0.1兆円の3分の1になっている。

 しかし、これで明るい将来が見えているかというと全くそんなことはないわけです。だからこそ17年4月に10%への消費税率引き上げをきちんとやらなければいけないわけですし、昨年の暮れに決めた改革工程表に基づく歳出改革を着実にやっていけるかどうか、ということにかかっています。

 そういう状況の中で、大規模な軽減税率導入という予想外のことがさらに起きている。政府の公式見解では0.4兆円は総合合算制度をやめることで財源があるという説明になっていますが、総合合算制度というのは、菅直人内閣時代に菅さんが導入を強く主張したもので、「最大4000億円の公費を使うかもしれない」という言い方がされていただけです。その後、全く議論はされませんでしたので、もともとどこかに税源があったという話ではないと私は思います。もちろん、少なくとも6000億円に関して、現時点では財源の当てが全くありません。

工藤:つまり1兆円の財源がないわけですね。

鈴木:そうです。ですから、軽減税率については1兆円が歳出・歳入面での新たな宿題と考えなければいけないということになり、16年度末までに財源を確保することになっています。

工藤:そういう予算の在り方、財源がないのに決めてしまう、ということを前提に予算が組まれるということはありえるのでしょうか。

鈴木:それを国民がどう受け止め、どう評価するかという問題だと思います。

本来なら税と社会保障一体改革から財源を捻出するのが筋だが、そうした議論が全くない

矢嶋:そもそも消費税の引き上げにあたっては、「社会保障の充実に使う」ということで社会保障にリンクさせたわけです。そうであるならば、その1兆円は、本来の筋から考えると、税と社会保障の一体改革で出してくるべきですが、そういう議論は全くないわけです。参議院選挙を控えて賛否が分かれている問題を先送りにしている状態なので、いずれ「国債を発行して1兆円を持ってくればよい」という議論になってしまうおそれがあります。

工藤:消費税の引き上げの是非についても有識者にアンケートを取ってみました。来年の4月から消費税が10%になることを前提に社会保障など色々な政策が動いていますが、最近政府の発言を見ていると何か奥歯に詰まった感じがして、本当に10%に上がるのだろうか、という気がしてきます。そこで有識者にも引き上げを実行すべきか聞いてみると、「どのような経済状況でも上げるべきだ」というのが26.6%でした。それから一番多かったのは、安倍首相がよく言われているように「リーマンショックのようなことが起これば延期すべきだ」というのが34%でした。ただ、気になるのが「すでに経済状況が不安定化しており、現状でも延期すべきだ」という回答が23.4%もある。

 これまでの言論スタジオでも同じような質問をしてきたのですが、今までは「どんなことがあっても上げるべきだ」という声が多かったのですが、違う見方が有識者の間でも出てきているわけです。みなさんはどう思われますか。

何を見ながら消費税10%への引き上げの可否を判断すべきか

小黒:足元の四半期ベースのGDP速報を見ても、実質GDP成長率がマイナスになっているので、その影響がアンケート結果にも出ていることは間違いないと思います。安倍政権が最初に発足してあれだけ実質GDPが一瞬伸びた大きな要因は、私が見る限りでは公共事業といって間違いないと思います。その辺の効果が落ちてきている。それから、金融政策の幻想も効かなくなってきたところもあります。そういう意味では、標準的な経済の姿に戻っただけなのです。潜在成長率も足元では0.5%か0.4%で、ほとんどゼロ成長です。そういう状態で、ちょっとでもショックが起こるとすぐにマイナス成長になってしまう。例えば、中国など色々なところの影響が波及してきて、ショックが起こればすぐマイナスになる。そういうようなことをよく見ながら増税の判断をすべきです。

 ただ、人口が減っている中では、マクロの実質GDPでみるのではなくて、一人当たり実質GDPで見るべきだと思います。例えば、人口が10人で100の実質GDPとする。5人で80の実質GDPになった。これは一人当たりでいえば増えていることになります。そういうような一人当たり実質GDPを、諸外国と比較しながら景気の判断をすべきです。今までの常識は通用しなくなってきている局面なのですから、何を評価軸にして増税の可否を判断していくのかということが一番重要なポイントになってきます。

ここで上げなければ将来は上げられるのか、延期すれば政策体系の不整合が生じる

鈴木:増税の環境という意味で経済状況を整理すると、確かに公共事業は効かなくなってきました。それから、輸出あるいはインバウンド需要ということで良くなってきましたが、円安が進んだ効果もさすがに減衰してきています。一方、設備投資がなかなか伸びないと言われてきましたが、色々な統計を見ると若干足元で動きが出てきていると思います。それから、賃金が伸びていないのでなかなか消費が伸びないわけですが、それでも家計の消費マインド、センチメントというか、消費者態度は思いのほか悪くありません。実は、実質国民総所得(GNI)という最も総合的なマクロ指標は、直近の5四半期連続で前期比プラスになっています。現在の日本経済が足踏みしていることは間違いないものの、悪くなるという状況ではないわけです。仮に現在のような経済状況で消費税を上げられないとなると、一体いつ上げられるのかと考えてしまいます。

 それから、消費税率を8%、さらに10%に上げると決めたのは、2012年の夏の国会です。当時は安倍政権ではなかったので、その政策はある意味では安倍総理ご自身のものではなかったといえます。しかし一度は決められた増税を延期して「景気弾力条項」を外したということでは、安倍総理が10%への引き上げにかなりコミットした形になっている。ですから、仮に再び延期するとなると相当難しい説明が求められることになると思います。つまり、世界経済が新興国を中心に力強さを欠いている、あるいは国内では地方経済が思わしくない。そうした状況に対して消費税の税率引き上げ先送りという政策を割り当てることが正しいのか、説得力のある説明はかなり難しいのではないでしょうか。

 仮に延期するとなると、例えば、年金生活者支援給付金という1か月当たり最大5000円を600万人くらいの低年金者に配るという政策や、年金の受給資格期間を25年から10年に短縮して無年金者を減らすといった政策が影響を受ける可能性があります。それらは税率10%への引き上げとセットになっているからです。同様に少子化対策も10%引き上げなければ十分に行うことは難しいでしょう。そういったことを考慮せずに税率引き上げを延期すれば、全体的な政策体系が不整合を起こしてしまうと思います。

「財政再建イコール消費税引き上げ」という議論ではなかなか前に進まない

矢嶋:私自身は消費税は、淡々と上げていくべきという主張です。ただ、予想としては引き上げが実行できないのではないかと思います。そもそも、こういう議論をする時、財政再建論者がイコール消費税引き上げ派という、そこのイコールというのが悲しいですね。本来、財政再建の議論は、「少子・高齢化が進んで、日本が人口減少社会になっていく中で、問題が起きないようにするためにはどうすればいいのか」というところからスタートしていたと思います。しかし、そうした全体像の議論ではなく、消費税を引き上げるか上げないかが財政再建の踏み絵にしているかのような議論に終始しており、そういう議論をやっている限りではなかなか前に進まないと思います。

 財政再建イコール消費税という議論よりも、例えば、高齢者の窓口負担を100円いただくとか、そういう具体的な議論の方が、より財政に対しても良いし、社会保障をマネジメントするという意味でも、皆が共有できる問題だと思います。

工藤:万が一、今回上げられないとなると、次に上げるのも難しくなる、という問題もありますよね。

政治のパワーと覚悟が求められる

小黒:ますます上げるのは難しくなるだろうと思います。私も基本的には上げた方がいいと思います。ただ、上げるには政治のパワーと覚悟が求められると思います。今回、消費税が8%や10%に上がるきっかけになったのは2006年です。2006年、小泉政権の末期に与謝野馨氏や柳沢伯夫氏などが税制の大綱の中に一体改革の考え方を入れました。それが税法の附則になって入っていった。その考え方をつないできて、今の一体改革が実現した。今回も似た形で附則に入っています。しかし、政治家の先生方にそれを拾い上げて活かしながら、もう少し踏み込んだ改革につなげていくパワーがあるのかどうか。前回できたのはまさに与謝野氏、柳沢氏、それから野田元総理などがすごく頑張ってできたという流れがあったからです。財務省も頑張ったと思いますが。それだけ頑張ってもここまで来るのに7年かかっている。これから2020年を過ぎて、2025年になったら団塊の世代が皆75歳以上になり、医療費や介護費はもっと増えてくるという状況になるので、ここで引き上げをやらないとかなり厳しいのは間違いないと思います。



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