第3話:財政再建に向けた展望
工藤:最後の議論は、今回の予算を見て日本の財政再建は本当に可能なのか、ということを議論したいと思います。
有識者アンケートで「あなたは、今回の予算案を見て、日本の財政再建は可能だと思いますか」と聞くと、「既に困難だ」が38.3%でした。去年も同じ時期に予算についてアンケートを行いましたが、そこでは25%でしたので、13%とかなり大幅に増えたことになります。そして「このままでは難しい」が42.6%ですから、合わせて8割の人が財政再建の先行きに対して懸念を高めている状況です。
前回の衆院選で、安倍政権は消費税の引き上げを先送りしました。しかし、「財政再建は絶対にやるのだ」ということで、財政再建のプランを15年夏までに出すことを約束し、6月にそのプランが出されました。その内容としては、色々な目標は出たのですが、それがどのように財政再建の道筋となっているかは分かりにくいものになっています。今年1月に出された内閣府の試算も、財政再建のプランとどう連動しているかよく分かりにくいのですが、同じ政府から出されたデータだということで判断すると、非常に由々しきデータになっています。内閣府の試算は、去年の「経済・財政再建計画」で出されている中間目標、つまり、2018年度にプライマリーバランス赤字をGDP比1%まで削減することもできない、というシミュレーションが出ています。国民から見れば政府は「財政再建は絶対に不退転でやる」と言い、集中改革期間に入ってきたけれど、それがどのように進んでいるかが国民には全く見えないし、不安なデータも出てきている状況です。
そうなると今、日本の政治は、本当に財政再建を果たすために動いているのかという疑問が出てきます。いかがでしょうか。
改革工程表をどこまで着実に実行できるか。2016年は重要な一年になる
小黒:先ほどもお話ししましたが、基本的に債務残高GDP比を決めるのは、名目成長率と財政赤字のGDP比です。名目成長率は、これだけ大規模な金融政策をやっていてもなかなか2%のインフレ率を実現できていない中で、この10年間は0%に近い状況です。この名目成長率が仮に1%だとしましょう。一方で財政赤字のGDP比は、政府が出した結構良いシナリオでも、2020年に4%です。すると、債務残高GDP比は、今の債務残高と関係なしに400%となります。
そういう意味では、財政赤字GDP比を削減しなければいけないのですが、新しい財政再建計画において、政府がとりあえずのターゲットにしているのはプライマリーバランスです。その後、財政赤字にターゲットを絞って債務残高を引き下げていくことが書かれています。ただ、まだ最初の前段階のプライマリーバランス黒字化を達成できない状況です。
政府も一応どうにかしようとしていますが、内閣府が出している推計では、2%の実質経済成長率という非常に楽観的なケースでも、プライマリーバランスは2020年度で6兆円の赤字となります。そういう意味では非常に厳しい。もっと踏み込んで財政再建しなければいけないというのが今の現実です。それを踏み込んでやれるかどうかは、政府がつくった改革工程表をどこまで着実に実行できるかにかかっています。
改革工程表は全体で89ページくらいの資料ですが、社会保障だけで3分の1くらいあり、全てやろうとすると、かなり政治的にリーダーシップを発揮していかないと難しいと思います。しかし、今の段階では選挙を控えているので政治的な意思は弱いと思います。問題は、選挙が終わった後に、政権がどのくらい本気を出してやるかです。社会保障の集中改革期間は2018年度までですから、17年が制度の弾込めをする審議会などの時期で、16年がその前哨戦になることは間違いありません。
しかし、現実の政治の動きを見るとちょっとペースが遅いと思います。もう少し頑張って踏み込まないといけないし、ここで踏み込まないと最終的にも財政再建はできません。そういう意味で、2016年は非常に重要な年です。
国民一人ひとりの「気づき」を促し、行動変容を実現する改革を進めていくしかない
鈴木:先ほど矢嶋さんが「消費税を踏み絵にしているような状況から脱却しないとどうしようもない」とおっしゃいましたが、全く同感です。消費税があまりにもマイナスインパクトをもって喧伝され過ぎています。確かに消費税を8%に引き上げた14年度の成長率はマイナス1%でしたが、駆け込み需要とその反動をならせば2014年は踊り場にとどまりました。
むしろ、問題にすべきことは、成長戦略がなぜうまくいっていないなのか、あるいはベースマネーを100兆円、200兆円と増やしてみてもうまくいかないのはなぜか、ということです。消費税のことを腫物を触るように議論している間は、なかなか財政再建の方に進むのは難しいと思います。
この間、色々な成長戦略をやってきました。TPPが大筋合意に至り、農政改革も始めました。医療の改革にも着手しました。エネルギー市場の改革、企業統治の改革、労働市場の改革などもやっています。そういった着手済みの構造改革を、着手しっぱなしではなくて、どのように進捗していて、何が改革推進上の問題になっていて、どこが遅れていてどこが進んでいるのか。そうしたことを、もう少し政府が国民に説明し、国民がそれに対して評価をしていかなければならないと思います。
私は、政策としては2013年1月22日の政府と日銀との共同声明に尽きると考えています。共同声明で、日銀は「頑張って金融緩和をしてデフレ脱却を目指します。ただ、これは時間がかかります」と言っています。政府は、「成長戦略をきちんとやっていきます。そして、財政の信認を着実に確保していきます」と言っています。結局、共同声明に書かれたことに立ち返るということに尽きると思います。
財政再建の具体策としては、私も関与しましたが、今後の改革工程表が決められたわけです。基本的な考え方として、国民一人ひとりの気づきを「見える化」によって促すものになっています。つまり、情報が比較できる形で示されることによって、例えば、医療費の分野では「隣の自治体と自分の住む自治体とで一人当たり医療費がこんなに違う。それが保険料の高さに跳ね返っているのであれば、どのような改革をしないといけないのか」あるいは、「会社員が自分の入っている健保組合の加入者の健康状態は全国平均と比べてこんなに悪い。これはなぜなのか」というふうに専門家でなくとも課題の所在が分かり、理解と納得感をもった改革が進められることを狙っています。自治体の色々な行政サービスについても、うまくやっている自治体があれば、そういう事例を全国に広げていく。そのやり方を真似れば、他の自治体もコストを下げ、効率化が可能になり、その浮いたコスト分を他の支出や財政赤字の削減に回せるようになるわけです。
そのように、国民一人ひとりが問題の所在を理解して、現状を変えるための行動を起こすという行動変容を実現するための改革工程が考えられています。80項目の改革のすべてをやることは簡単ではありませんが、やるしかない。現状には問題が多いという意味で今の発射台は低いので、そのような改革をやってみる価値は相当あると思っています。
国民はどこまで財政再建に取り組んだのかフォローアップし、さらにマニフェストについても進捗を確認していく必要がある
矢嶋:政治家に期待したいことが多いのは事実だと思いますが、期待しても裏切られることが多いのが現実です。私たちにできることは、フォローアップすることだと思います。今の政権は、去年夏に色々な計画を出していますが、それが実際にどこまでできているのか点検して政権に突きつけなければいけません。また、与党は衆議院選挙の前にマニフェストを出したわけですから、それは今、実際にはどうなっているのか、と問うていかない限り、約束も守らずに好きなことをできるわけです。そうした政権から見れば意地悪なことを、私たちが一生懸命やらないといけないと思います。
工藤:矢嶋さんのおっしゃる通り、まさに有権者がカウンターバランスを取り戻さないといけないタイミングです。政党のマニフェストも形骸化していて非常にレベルが低い状態になっているので、課題解決のプランとしてきちんと出すことを政治に求めないと厳しいと感じています。財政再建の話に戻ると、財政の規律を政治が守ろうとしているのか、という大きな問題があります。有識者アンケートで、「2012~15年度まで当初予算の範囲内で赤字国債を自動的に発行することを認めてきた特例公債法を、20年度まで延長する改正案が国会で審議されています。あなたは、この法案をどう評価しますか」と質問しています。その結果、「国会のチェックが十分でなくなり、財政規律が緩むので反対である」と63.8%が反対しています。つまり、財政に対する規律が崩れているのではないか、と多くの人が感じているのです。
また「日本が財政再建をするためには何が必要だと思いますか」という質問に、最も多かったのは、「日本の将来的な人口減少を見据えた長期的な財政再建計画を立てること」が59.1%でした。それに並んで「給付と負担を見直し、社会保障を抜本的な改革をすること」が53.8%となり、結構本質的な論点に支持が集まっています。その次に「仮に税収が増加した場合には、支出でなく財政再建に使うこと」が44.1%、そして、「政府が財政再建に向けた覚悟を固めること」で40.9%、同じく「2020年の黒字化目標を達成するための具体的で明確な財政再建計画を出すこと」が40.9%でした。こうした有識者や専門家の認識をどう考えればよいのでしょうか。
衆院と参院のねじれ現象により、財政再建せざるを得ない状況にすることは可能
小黒:財政再建は最終的に政治がやらなければいけないのですが、政治に規律付けを働きかける主体は二つあると思います。一つは市場です。マーケットメカニズムで、例えば長期金利が上がっていくことによって、国債の価格が下がり、政府は財政再建に追い込まれるという構図です。ただ、現在は、日本銀行の金融政策によって、事実上、金利の形成メカニズムは歪められているので、そういったメカニズムは働いていません。しかし、これもそう長くは続かず、2017年後半~2018年くらいになると、金融政策の継続は厳しくなるかもしれません。
もう一つは、有権者の意志です。直近の参院選に関連する話で言うと、このアンケートで出された設問の特例公債法は結構重要です。この法案は、今回はもう通ってしまうので、しばらく数年間は特例公債が発行できます。この法律が通らない状況になると、予算が組めないので非常に厳しい状況となります。もし、本当に有権者が財政再建をどうにかしてほしいと考えるのであれば、衆院と参院のねじれ現象を起こさせれば、次に特例公債法を延長するときには厳しくなるでしょう。今回の参院選、次の参院選で3年ずつかけてねじれ現象を起こさせると、有権者の意思として、そのときの参院議員が全部ノーということで、自動的に財政再建しなければならないような現象を意図的につくり出すことは可能です。
野党が「何でも反対」でなく、代替案を出すようにならないと状況は何も変わらない
鈴木:国会の多数派が内閣を構成しているという意味では、粛々と法律が通ってしまうのであれば、1年限りであっても特例公債法は規律にならないと思います。特例公債法を複数年分にせざるを得なかったのは、両院がねじれるとどうしようもなくなるという現実的な問題であって、その問題が示唆するのは、いずれの政党が与党であったとしても、野党が与党の政策に対して反対するだけではなく、代替案を出すべきだということです。反対するのが野党の役目と言われますが、知恵のある修正案でよりよい政策を決めていけるような、野党の力がもっとないと状況はまったく明るくならないでしょう。
また先ほどの有識者の意見にもありましたが、税収が増えたときにそれを使ってしまわないことがとても重要です。先ほど申し上げた80項目の工程表も、一つひとつは良い改革なのですが、それぞれの改革で税収が増えたり、あるいは歳出が減ったりした分の全額を他の歳出に使ってしまったら、結局、収支は改善しないわけです。それが一番まずいことです。もちろん、改革の成果の全てを財政再建のために使うということでは改革に取り組むインセンティブが損なわれてしまうので、歳出を減らしたときにそれを他に使える部分もある程度はあっていいのですが、成果をきちんと収支の改善に充てるということをどこかで担保しておかないと駄目だと思います。
「情報開示」、「ルール」、「インセンティブ」の三つが重要
矢嶋:アンケートの結果を見ていて、三つのことが重要だと思っています。一つは、情報開示だと思います。それは、改革のメニューもそうですし、今、政府がやっていることの実情を知るという広い意味での情報開示です。もう一つは、やはりルールが必要です。歳出のキャップやペイアズユーゴーのようなルールは設けるべきだと思います。
三つ目は、インセンティブだと思います。予算を削って褒められるという状況を各省庁がつくれば、全体的に財政再建の方向に向っていくことになると思うので、この三つを実施して粛々とやっていくしかないと思います。
工藤:今日は、皆さんに政府の今年度予算案を評価していただきました。この評価は、今年行われる選挙に向けてのスタートだと考えています。予算は、日本の財政だけでなく、その背後にある経済、社会保障など日本の将来をめぐる様々な問題を考えていく上で、一つの集大成になっています。財政がどんどん拡張し、しかもきちんとコントロールされず、解決策から誰もが逃げてしまうと、国家が破綻してしまいます。ですから、ここできちんと議論を深めていかないといけないと思っているところです。
私たちはこれから7月の参議院選まで日本の政策を将来の視点から考えるという議論をこれからも深めていきたいと思います。皆さん、今日はどうもありがとうございました。