対中外交の再開で何を目指すのか

2015年12月16日

2015年12月16日(水)
出演者:
田中均(日本総研国際戦略研究所理事長)
宮本雄二(宮本アジア研究所代表、元駐中国特命全権大使)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)


 言論NPOは、12月26日(土)の安倍政権発足3年に合わせて政権の実績評価を行い、結果を公表する予定です。それを前に、12月15日収録の言論スタジオでは、この3年間の外交・安全保障政策について、宮本雄二氏(宮本アジア研究所代表、元駐中国大使)、田中均氏(日本総研国際戦略研究所理事長)の両氏と議論しました。

 この3年間について両氏は、その成果に一定の評価を与えつつも、外交を貫くビジョン、メッセージなど具体的な内容の説明不足を取り上げ、信頼感のある日本建設を願いました。対中国外交でも、両氏は中国を引き込む建設的な関係構築、秩序形成の重要性をそろって指摘し、特に宮本氏は、中国に戦後の国際秩序を遵守する姿勢が見られることに注目。対話による外交努力の必要性を強調しました。最後に田中氏は、具体的な施策ごとに、その利害関係国を取り込んだ枠組みを形成していく「重層的機能主義」という視点を提案。宮本氏は、日中の共通理念として、「平和」と「協力発展」を挙げ、この二つが「日本が目指すべき外交のビジョンの核になるのではないか」と将来への希望を語りました。


中国への牽制だけでなく、中国を秩序形成に引き入れることが重要

工藤泰志 まず司会の工藤が、日米関係の立て直しと18年ぶりの「日米防衛協力の指針(ガイドライン)」の改定、安保法制の成立、日中首脳会談の再開、そして「地球儀を俯瞰する積極的平和主義」のスローガンのもとに行われた63ヵ国・地域への外遊といった安倍政権の3年間を振り返り、その総合的な評価を二人に聞きました。

 田中氏は、一連の安保政策や日中・日韓・日中韓の首脳会談といった個々の成果を高く評価しつつも、外交全体を貫くメッセージや、国民への説明が欠けていたと指摘しました。宮本氏は、国民のコンセンサスに基づいた一貫性のある外交・安保政策が必要だという観点から「民主党政権時代にとられた前例のない手法から、日本式のオーソドックスな外交に戻り、安心感を持って見ることができた」と評価。その上で、「積極的平和主義」について、「主義」というからには、どういう手段でどのように平和をもたらすのかという理念に踏み込まないと、具体的内容を語ったことにならないのではないかと主張しました。

 また、中国をはじめとしたアジア外交の展開について田中氏は、アメリカの一極構造が終わりつつある中、中国を牽制するだけでなく、中国を巻き込んで建設的な関係構築を図ることが重要だと述べた上で、「自由や民主主義の価値観を共有する国との関係を深めることは簡単だが、今、日本の最大の貿易相手国は中国であるように、実際の国際関係は必ずしも価値観をもとにして動いていない。国民生活や国益を守っていくためには、価値を共有していない国々との秩序をどうつくっていくのかということが最も重要であり、そのための外交のビジョンが欠落している」と語りました。そして、「安保法制の成立によって有事への具体的な計画を作ることが可能になったが、安倍政権は防衛力の強化自体を目的としているように見える。中国やロシア、北朝鮮との関係をどのように機能させ、秩序に組み入れるかという全体像が分かりにくい」と指摘しました。
宮本氏も、中国を引き入れた秩序形成の重要性について言及。「最近、中国首脳の発言に戦後の国際秩序を遵守する姿勢が見られるようになったことを機会ととらえるべきだ」と述べ、「中国の大国的な行動に対して、主権を守るために安全保障を強化するのはよいが、同時に外交や対話をより重視していくことで、全体としての外交がパワーアップしていく」と語りました。


大きなスローガンと、各論との間の説明が不足している安倍外交

 続いて、「国際協調主義に基づく積極的平和主義の立場から地域や国際社会の平和と安定に一層貢献する」、「日米同盟の絆を強化し、中国、韓国そしてロシアとの関係を改善する」という二つの政策項目に対する評価を行いました。

 田中氏は、「国際協調主義に基づいて秩序をつくるためには、日本自身が信頼される国でなければいけない」と主張。政権発足当初の歴史認識をめぐる首相の言動は、国際的な信頼を損ねるものだったとした上で、過去の首相の歴史認識は揺るぎないとした安倍談話への高い評価を語り、「首相は談話の内容を守り、信頼を作ってほしい」と求めました。

 日米関係については、アメリカの指導力が相対的に低下する中で、同盟国がアメリカを支える体制を作ることが重要だとの観点から、安保法制やNSC(国家安全保障会議)設置の取り組みを評価。今後の懸念材料として米軍基地問題を挙げ、「日本政府と沖縄県が全面衝突すれば日米の同盟関係に大きな傷がつく」と、沖縄問題解決への重要性と危惧を指摘しました。
さらに、日ロ関係について田中氏は、「ロシアを国際社会に引き込んでいく中で、北方領土問題について話し合う道が出てくる」と述べ、西側諸国の一員である日本の単独行動は許されないと主張。首脳同士の個人的関係や、来年のG7議長国という立場を活かした外交努力への期待を述べました。

 宮本氏は中国や韓国との外交に関して、首脳同士の信頼関係を回復することが最低限必要だと強調。一方、「日本人は大きなスローガンを掲げた後、すぐに各論に入る傾向があり、その間の部分の説明が不十分だ」と語り、国際協調主義や積極的平和主義という理念を具体的にどう実現するのかという国内外への説明を求めました。田中氏も宮本氏の発言に同調し、「基本的な題目と個々の具体策との間の説明がないため、ASEANやオーストラリアとの関係強化が単なる中国への牽制ととらえられ、そうしたメディア報道によって日本国内で嫌中・嫌韓感情が高まってしまう。秩序形成に向けて他にやるべき政策はあるのに、その説明が欠落している」との懸念を示しました。また、宮本氏は、「ASEANは中立の立場で結束していくようになった。オーストラリアは対中関係と対日関係のバランスを考慮している国との関係も大事にしながら、バランスをとっている。そうした視点で全体的な立ち位置を考えながら、日本の役割を果たしていくべきだ」と述べました。

 2014年に発足した国家安全保障局について、宮本氏は、「安全保障は本来、首相が考えるもの」と述べ、意思決定に総合的な視点や効率性がもたらされたことを評価。その上で、緊急事態への対応がまだ整備されていないと指摘しました。田中氏は、同局への懸念として「一つの局だけが強いと、建設的な議論が吹っ飛んでしまう。外交の世界で一方的に物事が上から下へと降ろされていけば、とてつもない過ちを犯す可能性がある」と、多様な意見を尊重した運営の必要性について語りました。


「法の支配」、「国際法による解決」を唱え、領土問題での一貫した政策を

 最後の議論では、安保法制や新しい中期防衛計画、尖閣問題をはじめとした離島防衛の強化について、その評価を話し合いました。

 田中氏は、「きちんとした離島防衛の体制をつくるのは当然だが、それが尖閣問題の決め手にはならない」と主張。偶発的な衝突を防ぐ仕組みの整備や、日中関係の中で尖閣問題を相対化することが必要だとした上で、尖閣問題の処理にかかる全体像を国民に示すべきだと訴えました。また、自衛隊の人員増強については、日本が抱える予算制約を踏まえ、防衛力を補完する外交努力が必要だと語りました。

 宮本氏も、現状の政策は尖閣問題の根本的な解決にはならないという認識で一致。その上で、「法の支配」、「国際法による解決」を唱えるならば、領土問題すべてに一貫した政策を掲げるべきだと主張しました。防衛力強化の動きについては、「専門家の間ではかなり以前から必要とされていたことだが、尖閣などをめぐる中国の行動によって世論全体が必要性を認識するようになった」と述べました。そして、「中国側は尖閣問題を外交上の争点から外そうとしている。日本もそれに合わせ、この問題が日中関係の大局に影響を与えないようにすべきだ」と語りました。さらに、中国世論には外国とりわけ大国に対する被害者意識や猜疑心があり、日米が中国を封じ込めようとしているとの見方があるのは事実だと指摘。牽制や挑発が相手国側のさらなる反応を呼ぶ状況になっているとし、衝突を起こさないような注意が両国に求められるという見解を示しました。 

 一方、北朝鮮の拉致問題について田中氏は、自身が外務省アジア大洋州局長として対応に当たった経験から、相手に要求すればすぐに結果が出るという問題ではない以上、日朝関係の全体像を描き、その中で現状を位置付けた交渉が必要だと強調。その上で、「北朝鮮の体制は相当揺らいでいる。米韓に加え、場合によっては中国も交えて、不測の事態に備えたシナリオを相談していく必要がある」と指摘しました。

 工藤は将来への懸念として、「この3年間で今までの懸案がある程度解決したとすれば、将来のビジョンや理念が極めて重要になる。しかし、中国の台頭があり、米中の戦略対話が動く中で、最終的に何を目指すのかというメッセージが政治から聞こえない」と問題提起しました。


重層的機能主義を提案

 これを受けて田中氏は、「何を守るのか」という具体的な機能ごとに、その利害関係国を取り込んだ枠組みを形成していく「重層的機能主義」を提案。具体的には、「中国と安全保障の分野で連携しようとしても、守るものが異なるため不可能であり、米国との関係強化が重要だ。しかし、一方で信頼醸成や危機管理は日米中韓、海賊対策などの非伝統的安全保障は東アジアサミットの枠組みを活用してもいい」と例示しました。また、TPPに中韓などアジア諸国を取り込む外交努力や、エネルギー・環境分野における地域協力の重要性を強調しました。

 そして、東京五輪までの5年間を見ても、東アジアの相互依存関係はますます強くなっていくとの見通しを述べ、対中牽制一辺倒ではない外交の計画をつくり、それに基づいて国際社会で発言することが必要だとの認識を示しました。


「平和」と「協力発展」を外交ビジョンの核に

 一方、宮本氏は、中長期的な理念を出発点とした対中外交のあり方を提唱。国内問題を抱えたまま軍事力の増強を続けるのは、中国自身にとってもマイナスであり、同じ儒教文化圏にある日本が、国際社会での地位向上のために、軍事力を背景にした権益拡大とは異なるアプローチも可能だということを中国に示す必要があると語りました。そして、米中とも南シナ海問題をこれ以上深刻化させたくないと考えており、地域全体が沈静化の方向に向かうのではないかと予測。その上で、今年の日中共同世論調査で両国民の多くが「アジアの将来目指すべき理念」として「平和」と「協力発展」を挙げたことに触れ、この二つが「日本が目指すべき外交のビジョンの核になるのではないか」と語って、議論を締めくくりました。