東日本大震災から4年、東北の復興は進んでいるのか

2015年3月27日

工藤:言論NPO代表の工藤泰志です。さて、3月11日に東日本大震災から丸4年を迎えました。この4年の間に復興も進んできていますが、格差が色々出ているとメディアなどで報道されています。私の出身地が青森ということもあって、東日本大震災からの復興について非常に関心を寄せているのですが、東北は復興に向けて本当に動いているのかという疑問があります。

 もともと東北地方は高齢化社会という厳しい環境の中で、地域の将来像をどのように描くのか、という課題があった状況で大震災が起こりました。そうした状況も踏まえながら、次の展望を示すころができるのか、という課題があったわけですが、なかなかそうはなっていないと感じています。今日は、これからの復興についての課題を浮き彫りにして、これからの議論をスタートするために3名の方に集まってもらいました。

 ゲストは、新藤宗幸氏(後藤・安田記念東京都市研究所理事長)、寺島英弥氏(河北新報社編集局編集委員)、川崎興太氏(福島大学共生システム理工学類准教授)です。皆さんよろしくお願いいたします。

 まず、復旧ステージにおいては、がれき処理や住宅建設などが動いているのは事実ですが、東北地方の復興全体の展望や道筋が見えているのだろうか、という疑問があります。そういった展望がない限り、きちんとした評価もできないと思っています。そのあたりについていかがでしょうか。

物理的な復旧は進んでいるものの、人々の生活再建には課題が残る

新藤:非常に見えづらいと思います。今回の地震は、三陸沿岸への津波被害と福島の4基の原発が崩壊したという複合的な被害です。私も調査のために、何度も現地に行って被災地を見てきました。岩手、宮城などの三陸地域の復興については、東京から訪れると、海岸沿いに大きな道路ができ、被災地のかさ上げ作業が進んでいるのですが、住民はどこに行っているのか、この街をどうするのかという視点が見えません。

 福島については、国も県もやっていることが「ちぐはぐ」という印象を受けます。特に双葉郡の原発立地から逃げている人が、まだ12万人もいるのに、どうするかの方針が明確だと思えません。

寺島:津波被災地では土地のかさ上げが進んでいる。高さ10mを超える規模も珍しくありません。そして災害公営住宅も建設され、仮設住宅からの移転も進み、さらに水産加工場の再建も進んでいます。そして、福島では家屋や農地の除染が進んでおり、物理的、表面的に見れば、復旧は進んでいます。

 では、生業の回復という点についてはどうなのか。特に東北の被災地はどこも農業や水産業が主産業でしたが、被災地の水産加工業者を対象に水産庁が行った最新の調査結果を見ると、「震災前の売り上げの8割まで回復している業者はまだ4割」です。その要因は、風評により市場が閉ざされていることと、人が集まらないということでした。福島第1原発からの汚染水流出が続き、風評を固定化させている。被災地の北と南は、原発事故と津波被災という別々の問題を抱えているように言われていますが、風評の影響は風評は北も南も同じだ。

 また、被災地の農業も風評に苦しんでいる。昨年秋には米価が暴落し、福島県浜通りのコメ価格も4割減になった。宮城県内の被災地でも、広大な面積の水田が復旧しているが、被災してコメ作りを諦めた農家の水田を支える一握りの担い手も、作れば赤字という苦境に追いやられている。農業、水産業共に、大変に苦しい状態が続いていると思います。

川崎:復興の状況について、福島と宮城や岩手ではかなり様相が異なると思います。特に福島の復興の進捗状況について語る場合には、その前に、そもそも「『復興』とは何か」ということを確認しておくことが今なお重要だと思っています。つまり、一般に言われているような「空間の再生」という意味での復興に関しては、遅いという意見はあるかもしれませんが、防潮堤の建設などいろいろな進展は見られます。

 しかし、福島ではもっと本質的な意味での復興、すなわち「住民の生活再建」については、まだまだ進んでいません。公式な統計では避難者は12万人であり、実際にはもっと多いと言われていますが、いずれにしても、こうした多くの方々がまだ将来の見通しがつかないまま日々暮らしています。また、福島市、郡山市、いわき市など避難指示区域外においても、避難はしていなくても、特に小さいお子さんを持つご両親は、日々子供の成長について不安を抱えながら暮らしています。このように、「住民の生活再建」という意味での復興はあまり進んでいないというのが実感です。

工藤:これまでのお話で共通していたのは、高台の移転、公営住宅の建設、建物やがれき処理等、物理的には目に見えて改善が進んでいるものの、漁業や農業の立て直しは途上で、人の流出が止まらない中、地域が未来に向けて動いていてはいない。震災から4年が経ち、現状を改善して前に向かおうとする道筋は見え始めているのでしょうか。

新藤:政治家も含めて、多くの人が「前に向かおう」とは言うものの、前に向かう体制が作られていないのが現状だと思います。復興庁の話が典型ですが、今回の復興体制はどっちつかずになっていると思います。被災自治体に復興計画を作るように指示していますが、霞ヶ関の分散的・割拠的な構造を大前提にしているために、被災自治体が復興計画を進めるのをブロックする行政体制ができてしまっている。三陸沿岸については、私はそう思っています。

 福島については、先程も申しましたが、やっていることがちぐはぐではないかと感じています。建前上は、原発が立地していた地域や避難地域に帰還すると言いますが、なぜその地域外に立派に復興公営住宅を造っているのでしょうか。お年寄りはともかく、子どものいる世帯が復興公営住宅に入れば、小学校や中学校にも通うことになり、そこが故郷になります。一方で、富岡町や双葉町に帰ろうと主張している。そうした点を整理しない限り、いつまでたってもどっちつかずの話になると思います。

工藤:確かに、全員で帰りましょうということが実現できればいいのですが、それが実現できないことも視野に入れ、そろそろ本気で政策対応をやるべきだという話でした。

 物理的には復旧が進んでいるが、実体的な生活回復が出来ていない原因は何でしょうか。

「除染」を基点にしていた復興計画が崩れつつある今、発想の転換が必要

川崎:福島に限って言えば、復興政策の構造に問題があると思っています。福島復興政策は、「除染なくして復興なし」というドグマに基づいて構造化されていると理解しています。つまり、やや図式的な言い方になりますが、放射能被害が深刻かつ甚大なことから、「除染」をふるさとの復興と生活再建の基点・基盤に位置付けた上で、双葉郡などの避難指示区域内ではいつかは全員帰還、避難指示区域外では居住継続を前提として、住民の生活再建とふるさとの復興を同時的に実現することが目指されています。先ほど新藤先生がおっしゃったのは避難指示区域内の話で、除染を行い、ふるさとの再生を行うので、いつかは全員で帰還して、ふるさとで生活再建を図る、これが復興の状態だとされています。

 福島復興政策は、基本的にこのような立てつけになっていますが、4年が経過する中で、「除染なくして復興なし」というドグマの延長線上に福島の復興の姿を描くことはできないということが明らかになってきており、その構造自体を転換することが求められているのだと思います。まず、復興の基点・基盤とされている除染の効果はあまりなく、除染の限界が見えてきた。これは、放射能の自然減衰などに伴って、放射能の力が低減していることとも関連していますが、いずれにせよ、除染の政策的な位置づけを見直すことが必要になっています。次に、避難指示区域内では、実態的にも全員帰還という神話が崩れており、避難指示区域外では、先ほども言いましたように、今なお自分の生活に自信が持てないまま、避難したくても避難できずに、不安を抱えて暮らしている住民が多く、積極的に移住や避難を支援すべき状況にあります。最後に、今なお多くのお爺ちゃんやお婆ちゃんが質の低い仮設住宅で避難生活を送っており、震災関連死として認定される方はほとんどいなくなってきていますが、劣悪な環境下でバタバタとお亡くなりになっているという事実があります。将来的にふるさとに帰るかどうかはともかく、現在の避難生活に対する支援をもっともっと充実させる必要があります。

工場などの復旧が進んでも、商品の売り先がない東北の現状

寺島:宮城に目を向けると、水産加工業が震災前、県内の総生産の内でもナンバー1を占めていました。しかし、水産加工業界のまとめによると、震災後の風評被害の総額は560億円から700億円に上るという。津波で被災して休業し、、工場を再建して製造を再開する間に、中国などからの輸入品や別の地域の産品に市場を占められ、お客さんから風評への懸念があればスーパーなどは商品を置かないし、また大手も安い自社ブランドを開発して隙間を埋めていき、市場が回復できない状況ができあがってしまいました。

 例えば、宮城県の「ほや」の水揚げは震災前、全国の95%ぐらいを占めていました。昨年6月、震災後初めての水揚げをしましたが、「ほや」の最大の販売先だった韓国が、2011年以来、原発事故と汚染水を理由とした水産物の輸入規制を続けており、売り先がなくなった。これも風評被害です。

 収入が入らないから人が雇えない。だから、被災地では働く場所がまだまだ広がらないのが現状です。宮城県女川町ではJR石巻線が再開し、新しい駅舎ができ、3月21日に「まちびらき」が行われました。復興を待ちわびた町民に希望あるニュースを伝えたいのが町の切実な願いだと思いますが、周囲は見渡す限り、かさ上げ工事途上の赤土の大地であるというのが現状です。

工藤:具体的な課題や構造が見えてきたので、その1つひとつに可能な限り議論を深めていきたいと思います。

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