財政健全化を目指すために、必要な政策とは
亀井:6月に出てくる計画の内容はかなり厳しいものになると見ています。先日、内閣府が経済財政諮問会議に提出した資料をベースにすると、2020年度のプライマリーバランス黒字化のためには、アベノミクスがうまくいった状況でも9.4兆円足りていません。全予算の約1割に当たりますので、この1割をどうカットするか、税収増を図るかという問題です。先程、小黒さんの話にもあったように、政策経費がかなり限られている中でおそらく社会保障費に手を付けなければいけません。具体的には社会保障については、まずは、いろいろと先送りしてきたものを前倒しでやっていくしかないわけです。例えば、現役並みの所得の高齢者の医療費負担を現役並みにするとか、もともと経済学で言えば供給が需要を掘り起こす「ぜいたく財」である医療についての改革です。つまり医療については供給によってかなりの地域差があります。この地域差を全国の一番低いところ並みにできればいくらか歳出カットはできると思いますが、そういう話を積み上げても9.4兆円には届きません。しかし、そうした状況でも具体的なプランを出さなければいけないところまで追いつめられています。おまけに、消費増税先送りをしてしまった以上、増税策は封印されています。もう1つは、ガバナンス改革です。法的に立法で縛る、国民の代表である国会が内閣をきちんと統治するというガバナンス改革に取り組むとか、あるいは独立推計機関を導入するとかが重要になってきます。
私も、独立推計機関などを仕掛け始めています。実は法制局ともいろいろと話をして、法案は既に手元にはあります。これをどのように立法府でやってもらうかについては、政局も含めた話でもあります。これは立法府を強くしていく立法府改革や国会改革そのもので、アメリカの議会予算局(Congressional Budget Office)のような形を作れないかと考えています。いろいろな人と話はしていて、さらにその上で複数年予算をやっていくということも考えていかねばなりません。あらゆる知恵を集めて6月には全部やるところまで言わなければ、何か悪いことのきっかけになるのではと危惧しています。
工藤:要するに、その目標を維持して実行するという点は、信頼してもいいのでしょうか。
亀井:やってもらわなければ困りますが、最近の経済財政諮問会議を見ると不安なります。ただ関係閣僚の国会答弁や麻生財務大臣の財政演説、さらに総理の記者会見でもそこは何度でもしっかりと触れられています。様々な形で議論が積み上げられてきているところに対しては、まだ隙はないのだと思いますが、経済財政諮問会議がふらふらしないように頑張ってください、としか申し上げられないのが現状です。
工藤:目標を維持するとか、歳出にキャップをかぶせるとか、色々な制度面の話がありましたが、どのような形になるでしょうか。心配しているところはありますか。
少なくとも今後5年間、政府は10%以上の増税はしない
矢嶋:経済成長実質2%、名目3%、さらに政府がいっているように、消費税を10%で止めることを前提として自分でシミュレーションをしてみたら、2020年度にプライマリーバランスを黒字化するには、歳出を毎年4000億円削らなければなりません。
小泉改革でもあったように現実的には相当に難しいと思います。ただ、この6月に関しては、難しいことは分かっていても、旗を降ろすということはありえないと思います。そういう意味では、プライマリーバランスの2020年度までの黒字化という旗と、もう1つは、20年度以降について、債務残高の対GDP比が減っていくという姿をきっちり示さなければなりません。その上で、この1、2カ月の諮問会議を見ていると、政治的には消費税を10%で止めることを決めてしまったようなので、それを前提にして、どうするのか、ということも示す必要があると思います。
工藤:もう上げないのですか。どこで決まったのでしょうか。
小黒:諮問会議でのペーパーを見る限り、はっきりは書いてないのですが、税でやる部分については、税制改正の効率化で対応する旨が書かれていますが、少なくとも5年間は、追加増税しない、という方向性が読み取れます。
工藤:ということは、矢嶋さんがおっしゃったシミュレーションは、そうした点も織り込んでいるということですね。
矢嶋:はい。そうすると歳出で毎年4000億削減となると相当厳しい。その際に頼らざるを得ないのが経済成長を上げるという話です。そこは現実的な数字の中で、プライマリーバランス黒字化を見せる必要があると思います。カットではなくて伸びている部分を少しでも抑えることが政治的に今回できるかどうか。具体的な改革案が示されないと市場からいい加減見放される可能性もあります。その意味で非常に重要な6月になると思います。
工藤:市場から見放されるという話ですが、投資家たちはどのようなマインドで見ていますか。まさにガバナンスの問題を問うているのでしょうか。
矢嶋:ガバナンスはずっと問うていますが、結局守られたことがない。破られたときには普通何らかのペナルティがあるはずですが、現状、市場が完全に日本銀行で潰されているため、ペナルティがどこにも見えない。だからみんな「もういいや」となっています。非常に突発的に問題が起きそうな事態でもあるため、非常に怖いです。マイルドに起きるということではなく、みんなの考え方が一気に変わってしまう状況にあると思います。
増え続ける社会保障給付費にどう対応していくか
小黒:プライマリーバランスの目標は2020年度までだけではなく、その先を見せることも必要ですが、そうなるともう1つ難しい問題がでてきます。2020年から25年に団塊の世代の人達が、75歳以上の後期高齢者になります。そうすると厚生労働省の出している医療費、介護費の推計から急増します。現在の医療費、介護費は50兆円ですが、2025年には訳1.4倍、つまり70兆円になります。プライマリーバランスの黒字化まで考えれば、かなり踏み込んだ改革をしないと達成が難しいというのが現実です。今、内閣府の中長期試算が出している最後の年限というのは2023年までしか出していませんから、今の時期からかなり踏み込んだ改革が必要になります。
工藤:必要なものが増えていくのに、今の話を聞いていると、達成は難しいのではないかと思いました。
矢嶋:社会保障に関して国がすべてを面倒みるというのは、現実には無理だと思います。規制緩和も含めて民間に開放すること、国が丸抱えというのは制度的には無理ということをどこかで決断しないといけないと思います。
工藤:そういうような局面に来ている。問題はおっしゃったように、少なくとも旗を降ろすということはあり得ないということですね。
するとそうした目標の実現に向かって、日本の政治はどのように動いているのでしょうか。
よい政府を作るには、シンクタンクやメディアの協力も必要
亀井:具体的に何を削かるという話について申し上げると、例えば診療報酬を変えたり、薬価を大きく引き下げたりする必要があるでしょう。例えば日本だとジェネリックの薬価は相対的に高いので、これを落とさなければいけない。そこでは自民党得意の業界団体と思いっきりぶつかる必要がありますが、その覚悟がありますかという話だと思います。その覚悟は現時点ではない。つまり、政治家として政党として覚悟を持っているかだと思います。もっとも、現時点では顕在化していない人たちの支持を受けて選出される必要がありますが、このように投票率が低くては、見えやすい票に頼らざるを得ない。今の自民党では難しいし、民主党もなおさら難しいかもしれない。その解決策は、本来は我々シンクタンクやメディアがやらなければならない。しかしそこまでの覚悟もその方策もなかなか見えないというのが率直な部分です。
工藤:アンケートに色んなメディアの人たちも答えてくれています。若いメディアの人達見ていると、結構楽観的です。今回、国債を減らしたため、財政の規律に向けて大きく動いているのはないかというコメントもありました。
亀井:僕は大本営発表に頼りすぎているメディアが多すぎると思います。財政はやはり少し長い目で見ないと理解できないものです。何度も言いますが、財政はやはり想像力の賜物であるにも関わらず、今のメディアは役所が出てきたものをそのままペーパーにする、そのまま記者会見を記事にしている人がいる。その結果、構造的な質問がなかなかできないというメディア人が育てられてきているというように感じています。メディアも含めて、少し長い目を持って報道していったり、世の中に提起していくことはやっていかなければならないと強く思います。
矢嶋:この20年の動きを見ていると、日本の政治にはあまり期待できないと思いますが、2つの動きが必要だと思っています。まず、国民レベルで危機意識を醸成するというのが必要なので、世代会計です。年金と同じで、自分がどれくらいお金をもらっているかという話は危機意識を醸成し、きちっとした数字がでるので、それは非常に有効だと思います。もう1つは、政治が変わっても財政再建が国民の共通の問題となると思いますので、その法制化です。法制化を後押しするのは国民であると思います。ですから、国民の危機意識の醸成や自分が置かれている立場をきっちり把握できるような情報開示が最も大事だと思います。
工藤:亀井さんが先程、いろいろな提案をやろうとしている、とおっしゃっていましたが、そうしたものをもっと表に出してもらえればと感じました。
亀井:表に出していますよ。独立推計機関について例えば日経の経済教室に書いたり、あるいは色んな施策をやりますと提言したりしても、そもそも記者クラブの人が理解できない。つまり、今ないものだからわからない。ここも実は理解力が結構大きな壁です。直接お話ししても、「ああ、そんなものがあるんですね」という話で終わってしまいます。一部長い目で見て書く人も出てきていますが、国民が動くというところまでは行かない。矢嶋さんとアプローチ違うかもしれませんが、国民になかなか理解されないものですから、少なくとも確信犯的に、これはやらなければいけない、と思う人たちが出てきて、粛々と法律にしていくっていうのをやる必要があると思っています。
小黒:結局政治を考えると最後は民主主義の話になってしまいます。繰り返しですが、その民主主義をどうやってコントロールしていくかという話です。亀井さんがおっしゃったように、属人的に1人の政治家に頼ってうまく回していく方法ではなく、しっかりした制度を作っていく必要があります。私も亀井さんと一緒に提案に加わっていますが、我々が今だしている結論というのは、長期的な財政推計や世代会計をベースにしてみんなで議論できる基本的なインフラを作ることがまず重要ではないかと思っています。
工藤:今回のアンケートでも、「今回の予算案をみて、日本の財政再建は可能だと思いましたか」との質問に、60.0%が「このままでは難しい」と回答しました。25.0%は「すでに困難」と回答しているので、併せて85.0%の人が「難しい」、「かなり厳しい」と思っている。有識者アンケートでは毎回このような感じで、かなり多くの人たちは個人的には結構厳しいのではないかと判断していることが多い。しかし、そうした意見が投票行動や政治をバックアップする大きな世論形成につながってはいません。確かにデモクラシーの問題ですが、政治の中にそういうことを考える仕組みができない限り、代議制民主主義をとっている以上、そういうことに取り組まない政治家には辞めてもらうしかない。
亀井:前回の安倍首相が行った総選挙は、代議制民主主義を振り回したかなり乱暴な措置だと思っています。しかし対抗軸となる民主党が、財政上の選択肢を同じものとしてしまった。それは彼ら自身がまた立法府を殺してしまったということだと思います。率直に言えば、安倍さんが解散総選挙を決断したとしても、例えば不信任案を提出するなど、立法府でのいろいろな戦い方があったはずです。しかし立法府が馬鹿にされても何もできなかったことについては、野党が特に反省をしなければいけないし、野党が次の世代のことを考えるのであれば、そういう中で自らも選択肢を出していく姿勢が今求められているのではないかなと思います。与党でも与党内野党は何ができるかだと思います。
工藤:返す返す予算委員会をテレビで観ていても、こういう話がされていないことが気になりますね。
小黒:まあ学術的には、財政赤字を戦略的に起こす政治経済学的な文脈があって、従来温厚な政党が政権取っている時に、予算を膨張させて、次に政権交代しても何もできなくさせるという戦略もあります。財政規律が働いている前提で、相手に財政破たんさせて、次に自分が政権を取るというストラティジックな方法もあるくらいです。現実的には野党の先生方が、「誰が火中の栗を拾うか」というときには、誰も得をしないわけです。そういう意味では、極論ですけれども、破たんするのを待つというのも1つの戦略なので、そういうことをさせないためのメカニズムを作っていかないと、この問題は解決できないのかなと思います。ちょっと乱暴な言い方かもしれませんが。
工藤:話を続けたいのですが、時間になったのでこれで終わらなければなりません。今の政治は全体責任です。ただそれを選んだ有権者にも責任がある。そうした問題も問われているわけです。そろそろこの国のデモクラシーのあり方も含めて考える必要がありますし、長期的な日本の将来像も含めて、言論界の議論をもう一度、建て直さなければいけないと思いました。ということでみなさんどうもありがとうございました。
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