2015年2月27日(金)
出演者:
大泉一貫(宮城大学名誉教授)
山下一仁(キヤノングローバル戦略研究所研究主幹)
司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)
2月27日放送の言論スタジオでは、「農協改革で日本の農業は強くなるのか」と題して、大泉一貫氏(宮城大学名誉教授)、山下一仁氏(キヤノングローバル戦略研究所研究主幹)をゲストにお迎えして議論を行いました。
農協改革が必要な理由とは
第1セッションの冒頭で司会の工藤から、今回の議論に先立って行われたアンケートでは、有識者の76.1%が今回の農協改革に対して肯定的に評価していることが紹介されました。それを踏まえた上で、工藤は「なぜ農協改革が必要なのか。これまでの農協にはどのような問題があったのか」と問いかけました。
これに対して、山下氏は、「米価つり上げ政策の結果、小規模兼業農家が退場せず、非効率な農業構造になった。しかし、この構造改革に対してJA全中(全国農業協同組合中央会)は徹底して反対してきた」と述べ、農業を成長産業にしていく上で、JAが大きな障害になっていたこれまでの日本の農政を振り返りました。さらに、そもそも地域住民なら農家でなくとも誰でもなれる准組合員の割合が増えたことが示しているように、「農協はもはや『農業協同組合』ではなく、『地域協同組合』になってしまっている」と現在の農協がその本来的機能を果たしていないことを指摘し、農協改革は不可欠であることを強調しました。
大泉氏は「これまでJAは少数の専業農家よりも大多数の兼業農家に軸足を置いてきたが、これでは農協法第1条に定めたような農業振興はできない」と語りました。さらに、「農協は『地域を守る』と言っているが、農協の目はもはや地域の隅々まで及んでいない。その状況下では各地域、各農家が自立していかなければ農業を成長産業化していけない。また、それができれば『地方創生』にもつながっていく」と農協改革の意義を説明しました。ただ、現在進められている農協改革は自民党内でもまだ異論が多いため、「2018年に本当に減反を廃止するのか、ということも含めて、本当に改革が進んでいくかはまだまだこれからも注視する必要がある」と警鐘を鳴らしました。
改革の第一歩は踏み出したが、当初の案から後退した農協改革の中身
続いて第2セッションでは、指導・監査権限を廃止してJA全中の地域農協に対する統制力を弱めることや、農協法に基づく組織から一般社団法人へ転換することを柱とした今回の農協改革の具体的な評価に移りました。
山下氏はまず、これまでのJAが農家よりも農協の利益のために政治活動をしてきたことを踏まえつつ、「都道府県の中央会は残されたため、JAを一般社団法人へ転換しても政治力は大きく削がれないだろう」との認識を示しました。
次に、これまで全農が独占禁止法の適用対象外という立場を活用しながら、農家に農業機械や肥料などを高値で売りつけてきたことが農業を高コスト体質にして競争力を削いできたものの、今回の改革では、この全農が独占禁止法の適用対象となる株式会社化するか否かは全農自身が判断できることになったことを紹介。さらに、准組合員の改革についても5年後に先送りしたことも合わせて、「農協改革は大きく後退している」と指摘しました。
一方、大泉氏はプラスの評価として、「これまで農業振興のための組織なのか、金融機関なのかわからなかったが、金融のところにしっかり監査が入るようになった」ことや、「JAから単協に対する自由度が高まった」ことを指摘し、まだまだ課題は多いものの、今回の農協改革には大きな意味があったとの認識を示しました。
農協改革によって日本の農業の競争力は高まるのか
続いて、工藤から「今回の農協改革によって、日本の農業の競争力は高まるのか」と問いかけがなされると、山下氏は、「大規模専業農家に軸足を置いた農政に転換するという点では競争力強化にはプラスになる。しかし、全農の改革が先送りされた結果、農業の高コスト体質も維持されたため、その点ではマイナスになる」と述べました。
大泉氏は「自由度は高まったので、あとは単協の意識次第になる。そのためには地域の自主性を促すような政策が必要となる。例えば、『どれだけ売り上げを伸ばしたか』など自助努力を評価する仕組みを構築すべき」と主張し、工藤も「単協がしっかりしないとまた元の農業構造に戻ってしまう」と所感を述べ、第2セッションを締めくくりました。
日本の農業にとって望ましい農協の姿とは
第3セッションでは、まず工藤からアンケートで「今回の農業改革によって、TPPなどの経済自由化に備えるための道筋が描かれたか」という質問に対して、有識者の4割近くが「道筋が描かれたとは言えない」と回答したことを紹介した上で、「最終的に農協をどのような形にすることが、日本農業にとって最も望ましいのか」と問いかけがなされました。
山下氏は、「現在のJAには金融・保険機関としての側面と、農業振興のための組織という側面がある。この2つの側面を分離し、金融・保険に関しては地域協同組合にする。農業振興に関しては専業農家のみの加入とした上で、農協の本旨に合致するような組織にしていく必要がある。そうすれば『道筋』も見えてくる」と主張しました。
大泉氏は「現在の農協には市場経済を支持しているのか、反対しているのか分からないところがある」と指摘。さらに、「農業振興をしていく上で、市場経済を否定したら振興のしようがない。市場でどのように自分たちのビジネスモデルをつくるのか、ということが農業を成長産業としていく際の課題になる。特に各地の単協がそうした判断ができるようになるかどうかがポイントになる」と述べました。
その上で、「新しい農業のビジョンを誰が、どのように描いていくのか、という課題が残っているが、そのビジョンが描かれるまでには10年はかかるだろう」との見通しを示しました。
こうした大泉氏の「10年はかかる」という言葉を受け、工藤が農業の「担い手」が高齢化している現状を踏まえて、改革が間に合うのか、その見通しを尋ねたところ、山下氏は「むしろ担い手の高齢化はチャンス」と述べました。その理由として山下氏は、「競争力強化のためには農地の大規模集約化は不可欠であるので、高齢化した担い手がどんどんリタイヤしていくことは集約化にとっては都合が良い」と語り、「外から担い手を呼び込み、1人に農地を集中させ、効率化を図る。地主は農地の維持管理をし、その対価を貰うという構造にすべき」と主張しました。
大泉氏も「日本では年間約5万戸ずつ農家が減っているので、10年すれば現在の3分の1まで減る。しかし、実は日本の農業産出額5000万円以上の販売農家というのは1%に過ぎないものの、その1%だけで日本の農産物の3分の1を生産している。その5000万円以上の層をあと3%増やすだけで日本の農業産出額は倍増する」と指摘した上で、「農協は組合員の数を維持したいから集約化には反対するが、組合員の数を減らしてでも全体としての農業産出額を増やすことを目指すという考え方もあるのではないか」と問題提起しました。
最後に、山下氏が現在の農協改革で議論されていないこととして、農協では大規模農家も零細農家も等しく組合員が一人一票の議決権を持つが、零細農家の方が多いため発言力も強い、ということを指摘し、「大規模農家ほど発言力が強い、という構造にすることが『究極の農協改革』であるし、そこまでいけば日本の農業は本当に活性化する」と主張し、白熱した議論が終了しました。