アベノミクスの成功と財政再建にどのようにめどをつけるのか

2015年2月13日

工藤:去年の消費税の先送りの際の金融緩和を含めて、政府と日銀は足並みがずれているとの意見もありますが、それはどのように修正できるのかについてお尋ねします。


政府と日銀の足並みのズレは修正できるのか

山田:財政再建を強化せずに追加緩和を行うと、マネタリーゼーションのリスクが高まりますので、消費増税の実施が必要だと普通は考えますが、結果的に先送りしました。そこでは、日銀と政府の協調が当初考えられた通りには動いていないのだと思います。

 さらにもう1つ客観的な状況変化として、原油価格が非常に下がっています。先ほど申した通り、原油価格がコンスタントに上がっている状況だと、2%の物価目標は達成できたかもしれませんが、それが難しくなってきている。また円安がかなり進み、円安のデメリットも出てきている。だから政府自体もその状況変化に合わせて、円安の誘導などであえて2%を達成することに乗り気ではなくなっている。環境が大きく変わっているわけですから、日銀もあえて2%を短期に達成する必要性はなくなってきているし、政府として必ずしも短期にやる必要はないと考え始めている。だから状況を見ながら、2%の目標を短期的ではなく長期的な目標にしていく必要があると思います。そうすると追加緩和の必要もなくなるというシナリオが、今の原油安が続けば、今年中には見えてくる可能性があると思います。そうやっていかなければ、政府と日銀の間の関係を立て直すことは難しいと思います。

工藤:小幡さんは今の話をどうお聞きになりましたか。

小幡:やはり日銀は、物価上昇率2%の達成のために2014年の10月末にも追加緩和をしましたし、それ以後も2%早期達成に向けて今年来年と全力でやっていく気でいます。ただ政府としては、経済も回復基調で原油安もある、さらに円安デメリットも見えてきたので、この辺りで落ち着こうと考えている。政府は財政再建にも熱心に取り組んでおらず、成長戦略もはかばかしくありません。日銀だけが言われた通り全力でやっているのに、梯子を外されました。
ただ状況判断としては政府の判断が正しいと思います。原油安なので無理に金融緩和を行ってインフレに戻す必要もありません。日銀は身を切って劇薬的な政策を実行して、リスクもあるが効果があればいいだろうと考えていた。しかし、日銀も自分が身を切ってリスクをとったのにもかかわらず、勝手に取り残されてしまった。ここで黒田さんが冷静に政府に合わせるかが問われています。ただかなり強く打ち出した政策なので、ひっこめるのが難しい面もあるでしょう。

工藤:鈴木さんはどのようにお考えでしょうか。

鈴木:現在の量的質的緩和を始める少し前、2013年1月に政府と日銀は共同声明を発表しています。あの共同声明は、日銀と政府がそれぞれ何をやるか、ということが書かれていて、特に政府は財政健全化を進めると書かれています。したがって日銀としては、政府が消費税率を上げていく中で、デフレ脱却を目指すシナリオを描いていたと思います。

 物価目標が達成できてもできなくても、金融政策にとっては財政健全化の政策が絶対に必要です。なぜかというと仮に物価目標を達成すれば国債の買い入れを止めるわけですから、その時、財政健全化の目標がきちんと存在し、機能していなければ大変なことになるわけです。他方、仮に物価目標がなかなか達成できず、さらに国債購入を強化していくとすれば、どんな価格であろうが日銀は国債を買う必要がありますので、やはり財政健全化を十分に進めている状況でなければなりません。物価の動向を見ると、安定的といえる状況にはなっていません。円安や原油価格の乱高下があり、企業や家計が物価に煩わされている状況にありますから、それでなくとも第1の矢は非常に難しい正念場を迎えていると言えます。


2%の物価目標にこだわらず、長期的な目標にどう転換していけるか

工藤:今の話では、経済の好循環はまだ始まってはいないということですね。マーケットはこういう状況を理解していると思いますが、何を期待しているのでしょうか。
先程、小幡さんは、追加緩和を期待していると指摘していましたがいかがでしょうか。

小幡:海外短期市場は、追加緩和を待っていると思います。ただマーケットを観察すると、世界的に波乱含みでアメリカの株は大きく上下しますが、それに比べて日本の株の特徴は、アメリカが下がってもそこまで下がらずすぐに反発するという現象があります。マーケットの解釈としては、日銀とGPIFで買っているのではないかという見方もあります。つまり、短期的には追加緩和、中期的には日銀とGPIFが株を直接買ってくれる。本当に政策依存の薬漬けのようになっています。マーケットは短期にしか期待しないので、長期保有の投資家は撤退するか、あるいは買うチャンスを見計らって落ち着こうとする向きもあると思います。

工藤:山田さん、今の話では、アベノミクスは上手くいっていないのではないでしょうか。

山田:確かに金融政策は効果があるのか疑問がありますが、かつて円高基調が続いていた状況は変わりました。日銀が一方で副作用を持つ劇薬的な政策を行っていて、今回それを基点にして政府主導の賃上げをやっています。これも本来は良くないことですが、20年間賃金が下がっているという状況では、政府が政労使会議を開いて、賃上げを引き上げるということも一種の必要悪であると思います。その意味で、デフレ脱却の可能性が出てきていると思います。したがって、過度に物価上昇率2%にこだわらずに、少なくともマイナスにならずできれば1%ぐらいで定着する形を目指す必要があると思います。

 過去の分析をしても、安定的にデフレ脱却するためには賃金が上がる必要があります。このメカニズムを継続していけば、道があると思います。本当であれば財政再建は2020年度までにプライマリーバランスを黒字にできることが望ましいですが、最大の財政危機が起こる引き金は、経常収支が構造的に赤字になるときだと思います。その場合、ヨーロッパもそうでしたが、何か大きな事態が起こった時には金利がはねます。しかし、現在の原油安が続けば、結果的には経常収支の黒字がしばらく残る可能性が出てきます。そうすると過度に急ぐわけではなく、1%ぐらいのインフレを前提に、賃金を着実に上げていくことでよい。それと財政再建のための社会保障と税の本来の在り方を取り戻さなければだめだと思います。

工藤:金融緩和のドライブをかけて2%を堅持しなくても、長期的に1%くらいを目指す流れでやっていけばいいのではという見方ですが、鈴木さんどうでしょうか。

鈴木:最終的に重要な問題はきちんとパイが拡大しているかだと思います。例えば生産性、つまり実質賃金が上がっていないのに名目賃金を上げてしまえば、企業の利益が減って株価が下がります。あるいは法人税率を下げたとしても、企業の利益が増えていなければ政府の取り分が減って財政赤字が拡大するだけです。番組の冒頭で、安倍政権のリーダーシップに対する評価が上がっているというアンケート結果がありましたが、それはパイを増やさなければならないということへの取組みへの評価である可能性があるでしょう。つまり、好意的に捉えると、安倍政権は歴代の内閣でできなかった岩盤規制、例えば農業、医療、労働の分野の構造改革に取り組み始めています。また、最近の政策ペーパーを見ていると、政府の歳出領域の見直しや、公的分野の産業化という言葉が出てきていて、財政再建を経済成長戦略と組み合わせるという新しい発想も出てきています。今年の前半にどう議論が膨らみ、どう実現されていくのか注目しています。

工藤:要するに今までは2%の物価上昇でいろいろな循環が起こる想定がありましたが、それが一度には動かなくても少しずついいという見方に大きく転換が始まった、という理解でいいのでしょうか。

小幡:おっしゃる通りです。日銀だけがこの変化についていけない状況で、要は日銀の金融政策は劇薬ですが、デフレマインド、縮小均衡、悲観均衡から抜け出させることに成功はしました。この意味で、クロダノミクスは大成功しています。それをここで終わらせればいいわけです。2%でも1%でも動き始めれば、最適な数字になります。アメリカも2%が目標ですが、物価水準が1%台にあるにもかかわらず、出口に向かい金利も上げる方向に向かっている。日銀も同じでいいと思いますよ。ただ最初の劇薬である黒田バズーカを打つ時にあまりにも2%を強調したために、そこからの修正が遅れている。政府ですらももういいと思っているのだから、日銀も出口戦略に向かえばいい。完全に金利を上げる必要もなく、2%が難しくても景気さえよければいいので、軌道修正するだけで本来であれば簡単です。日本経済自体が壊れるような状態ではない。原油安の分、去年よりは景気は良くなると思います。要はそんなに危機ではないからこそ、ここで日銀が手じまいするということに尽きると思います。


アベノミクスによる経済の循環は始まっているのか

工藤:日銀は量的緩和を実施するときに、経済の波及についてのメカニズムを説明していました。実質的な経済の循環は始まったのでしょうか。

小幡:循環だけが経済ではありません。一度ぐるぐる回せば勢いで回っていくイメージがありすぎますが違います。もちろん萎縮している状態は望ましくないので、そこから解き放つのは必要です。ただ各企業が生産性を上げる、労働者も人的投資を行って良い労働者になる、その結果として賃金が上がっていく。そうした積み重ねが経済なのだから、好循環ということとは関係ない。

工藤:その積み重ねを好循環と言っているのではないでしょうか。

小幡:アベノミクスによって経済の流れが正常化したとは思います。一方で、地方の弱体化とか新産業への移行の遅れなどの構造的問題はあります。だから一発逆転のような政策はもはや必要ありません。

工藤:鈴木さんは、循環の兆しはあるけれどもまだ本物になってはいないとおっしゃっていましたが、どうでしょうか。

鈴木:2014年の前半は、消費税で攪乱されましたが、2014年8月を底にして景気は回復してきています。しかし企業の設備投資は十分に出ていません。設備投資の停滞が続けば生産性は上がりません。

工藤:生産性の状況は変わっていないということですね。過度の悲観的な状況からは正常化したかもしれないが、経済の実態的な動きをみると大きな展開が始まっているわけではないということでしょうか。
次に、労働市場に関しては、政府がお願いしている影響で派遣や残業代は少しずつ上がってきているけれども、きちんとした循環にはまだなっていないのではないでしょうか。

山田:縮小していた雰囲気からは持ち上がってきました。ただ潜在成長率がリーマンショック以前は1%でしたが、リーマンショック以後に低下し、今ではほとんどゼロに近い状況です。成長戦略でそこを上げていかなければなりません。もともと潜在的な成長力が高くなければ、好循環のメカニズムが加速することはありません。そこが大きな課題になっているのではないでしょうか。賃金の引き上げと生産性の引き上げの循環の歯車を少しずつ回していくことが最大のテーマになると思います。

 こうした歯車を回していくのは本来、労使です。労働規制緩和などの流動化も政府ではできないので本当は労使で決めるべきです。但し、政府が間に入ってやることはあります。ただ逆に言うと労使がこれまでのように雇用維持と引き換えに賃金を下げてもいいという発想ではなく、ある程度の流動化も受け入れて前向きに動いていく。そのかわり企業も働き手が次の仕事に移るために実質的に支援をしていく。その足りないところを政府がやるというそこの発想の転換が今はまだできていません。


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