アベノミクスは成功したのか

2014年12月04日

2014年12月4日(木)
出演者:
小幡績(慶應義塾大学大学院経営管理研究科准教授)
鈴木準(大和総研主席研究員)
早川英男(富士通総研エグゼクティブ・フェロー、元日銀理事)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)


工藤泰志工藤:言論NPO代表の工藤泰志です。さて、安倍首相が衆議院を解散して、12月14日の投票日に向けて既に選挙戦が始まっています。言論NPOでは安倍政権の二年間がどうだったのかということを、きちんと有権者の方々にも考えて欲しい、ということで、座談会で評価を行うことにしています。

 第二回目の今日は、今回の選挙の大きな関心事であるアベノミクスの評価を行いたいと思います。

 それではゲストを紹介します。まず、富士通総研エクゼクティブフェローで、元日銀理事の早川英男さんです。続いて、大和総研主席研究員の鈴木準さんです。最後に慶応義塾大学院准教授の小幡績さんです。

 さて、安倍さんは消費税10%への引き上げを2017年4月に先送りにして解散しました。そこでまず、このことについてどう思っているのかということについて一言いただいてから本題に入りたいと思います。


消費税引き上げ先送りは「終わりの始まり」

早川:多くの有権者は単なる増税の一年半延期とお考えかもしれませんが、将来の社会保障の持続可能性を考えた場合、10%は最終目的地点ではなくて、あくまで中間地点です。ですから、一年半の先送りは非常に重い意味をもっている。そういうコストの高いことを行ってしまったと思っています。しかも、全ての政党が先送りに同意しているわけですから、後世に責任を負うことになると考えています。

小幡:今、選挙をやれば勝てるという政局の選挙だと思います。増税の一年半の先送りについては、本当は先送りしない方がいいのですが、それでも大した問題はないと思います。つまり、1000兆円借金がある中で、6兆円のロスですから大勢に影響はない。しかし、次は景気条項を外して必ず上げると言っていますが、本当に上げるのか、という問題はあります。今のところ株式市場も国債市場も崩れていないのは、一年半遅れること自体は問題ないと考えているからだと思います。ただ、その後ちゃんと上げるのか。もしかしたら、このまま永遠に先送りするのではないか、という疑念は徐々に高まってくると思います。実際、今まで痛みの伴う政策は全て先送りしてきたというのがアベノミクスの特徴です。一回先送りしたことを、次も先送りするのではないか、という疑念が出たときに、大きなショックが起きると思います。ですから、後から考えると、今回の先送りが、致命的な終わりの始まりとなる可能性があると思います。

鈴木準氏鈴木:解散はルールの枠内でやったことなので議論しても仕方がないと思います。消費税先送りに関しては、安倍首相は「増税が必要だ」と思っていることや、「まだデフレから脱却してない」と思っていることなど、色々なことがわかってきました。ただ、どういう条件なら増税できるかわからなくなりました。例えて言うならば、今、財政赤字で飲み食いしているのだけれど、それをちょっと我慢しようというのが、10%への引き上げだったわけですが、それが出来なかった。現在の政権が社会保障や財政再建など長期的な問題をどのように考えているのか、という疑問が出てくる。消費税10%というのは、安倍政権ができたときには与件のもので、安倍政権自身が作った政策ではなかったわけですが、今回の先送りで社会保障から財政再建まで丸々引き受けることになったと言えます。これからどういう対応をするのか注目していくべきだと思います。

工藤:消費税の増税というのは、自公民の三党による「税と社会保障の一体改革」という合意があって、その中で財源として位置付けられていました。しかし、安倍政権は社会保障についてはあまりやっていないので、財政再建の問題だけタイミングを外されても、今後どのように約束通りに動いていくのか、ということが見えない状況です。

早川:「三本の矢」と言っていますが、どんどん金融緩和をしている一方で、財政については消費税は8%に一度引き上げましたが、それ以外、将来の社会保障の方向性などは何も示していない。

 言ってみれば、アベノミクスという政策は、最初良い目を見させて、その後でコストを払わせるようなタイプの政策なので、みんなが良い思いだけをしているタイミングで、その成果を問うと言って、選挙に入るのはアンフェアなやり方だと思います。本当は、この後にいったい何が必要になるのか。10%への引き上げを先送りした結果、社会保障はどうなるのか。あるいは、これだけの金融緩和をやった後に、いったいどのようなコストが生まれるのか。そういうことを示した上で、信を問わなければならないのですが、とりあえず餌だけばらまいて、後は野となれ山となれ、と選挙に入っていくのはフェアじゃないと思います。

工藤:安倍さんは来年の夏までに財政再建の計画をつくり、さらにプライマリーバランスの黒字化を堅持すると約束していますが、実現可能なのでしょうか。

小幡:計画は出すと思いますが、2020年のプライマリーバランス黒字化はもともと難しかった。そこで消費税増税を先送りすれば更に問題解決は難しくなります。ただ、債務が膨大なので、一年くらい増税が遅れても、マージナルには影響がないという構造が続くと思います。ただ、その間に政権は変わるでしょうから、結局、次の政権が責任をとらされる、ということになると思います。

工藤:安倍さんは増税延期について国民に信を問うと言っていますが、そもそも三党合意があったわけですよね。三党合意は破綻しているのでしょうか。

鈴木:今回、全政党が引き上げ先送りに賛成ですから、ある意味、破綻していると言えば破綻していると思います。先送りするとその後の議論に政治コストがかかるという話がありますが、10%への引き上げを前提としたトータルとしての社会保障改革の政策パッケージを決めるまでには、数年かけて議論してきて、2012年に衆参両院で8割近い賛成票で成立させたのですから、政治コストをかけてきたわけです。景気弾力条項があり、経済状況の点検を政府に義務付けましたが、経済財政状況は激変していませんので、本来は景気弾力条項で先送りすべき場面ではないと私は思います。

 そういう意味で、三党合意はどこに行ってしまったのか、という状況ではありますね。


アベノミクスが目指した「好循環」は起こったのか

工藤:安倍さんがよく言っている「アベノミクスの好循環」は本当に起こっているのでしょうか。地方や色々な業種への波及の経路はどうなっているのでしょうか。

早川:三本の矢は最初のうちはそれなりにワークしていたと思います。大胆な金融緩和によって円安株高を招き、公共事業を大幅に増やすことで労働市場もかなりタイトになりました。結果として、去年の半ばから消費者物価もだんだんプラスになっていった。これは経済政策ではありませんが、オリンピックの招致も成功したことで国民の心理は、去年の半ばくらいは相当明るくなっていたのは間違いありません。そういう意味ではうまくいったと思います。

 ただ、去年の後半くらいから限界が見えてきた。いわゆるリフレ派という人達が首相の周りにはたくさんいますが、彼らは、「デフレだから、みんな消費を先送りするのだ」、「デフレで実質金利が高いから設備投資が増えないのだ」、「デフレ下で円高になってしまうから、輸出も伸びないのだ」ということを言っていました。本当にその通りであれば、今ごろ物価はプラスになっていますから、消費は伸びるはずだし、実質金利もマイナスだから設備投資が伸びるはずだし、こんなに円安ですから、輸出もたくさん増えるはずです。もし、本当にそうなっていれば、まさに好循環だったのだと思うのですが、実際には去年の終わりくらいから明らかに経済は減速を始めていた。これは別に消費税を上げたからではありません。

 もう一つは、雇用がひきしまってきたのは良いけれども、あっという間に完全雇用、人手不足になってしまいました。その背景にあるのは潜在成長率がものすごく下がっていることがあります。逆に言えば、だからこそ物価も上がり始めたという面があります。そう考えると、バランス的にはもう第三の矢にウェートがかかっていかないといけない。金融緩和だけでは経済は明るくなりませんし、潜在成長率が下がると将来の財政再建も難しくなる。ですから、第一、二の矢に対する依存度を下げて成長力の強化が必要です。しかし、政権は逆方向に行こうとしている。循環は確かに途中まで回った。さらに循環を回すためには第三の矢をやらないといけないのですが、第一の矢をもう一度強化するなど違う方向に走り始めたと思います。

小幡:好循環は起きたと思います。問題は、どこに好循環が起きたかということです。株高円安ばかりで実体経済には何もない。要は金融緩和でお金をジャブジャブ出し、財政出動を行ってGDPの底上げをして、需要を出したというに過ぎない。株高と円安で儲かった人にとっては確かに良かった。その好循環が二年続いているので「隅々まで行きわたった」とは言えると思います。しかし今、何も来てない人のところには一生来ないと思います。

工藤:そういう見方は面白いですね。

鈴木:民主党政権当時と比較して経済が良くなったことは間違いありません。安倍政権が発足して以降、消費税を5%から8%に上げ、税負担は1.6倍になりましたが、その中にもかかわらず年率で実質1%、名目1.5%くらいの成長を実現しています。中身を見ると、消費や住宅は駆け込み需要と反動減を均すと概ね横ばいで、輸出は増えてないと言われていますが、観光客が増えていることもあって統計上かなり増えています。公共投資も増えている。

 問題は設備投資で、計画は過去数年の中では高い伸びを示しているのですが、これまでの実績をみると全く動いていないと言っていいくらいです。第三の矢は民間投資を喚起するといことが目的なのですが、これがうまくいっていない。つまり、現段階では第三の矢がワークしていないと言わざるを得ない状況で、第一の矢、第二の矢に政策が回帰する動きになっている。安倍政権は、本当の意味での長期的な成長に結び付けていかないといけない、という問題意識を持っている政権だと思いますが、そこがまだうまくいっていない段階です。金融政策もベースマネーは劇的に増えていますが、マネーストックはあまり増えていません。なかなか金融の効果が実体経済に結びついていないという状況で、2%という物価目標にもかなり距離感がある状況です。


円安・株高の影響は実体経済にまで波及するのか

工藤:当初は実体経済への波及が想定されていましたよね。小幡さんが言われた円安と株高というメリットは分かりやすい。ただ、これは当初日銀が言っていたメリットとは異なっています。日銀は、金利を下げて資産価格の上昇と設備投資の増加という、絵姿を描いていましたが、波及が上手くいっていません。循環の判断は、波及がちゃんと動いているかで判断すべきだと思うのですが、いかがでしょうか。

早川:そこはうまくいってないと思います。実際に物価は上がり、実質金利は明確にマイナスで、ものすごく円安です。しかし、消費は伸びず、輸出は増えず、設備投資も増えていない。最初の想定がうまくいっていなかったのではないかと思います。

工藤:アベノミクスが目指したのは実体経済への波及だったと思うのですが、そう考えると現実に今、設備投資や消費などがそういう形にはなっていない。ただ、鉱工業生産などの指標は少しずつ上がっていて、全く成果がないわけではない。しかし、それがこれからの循環の予兆と捉えるべきなのか。それとも、もう循環には向かわないのでしょうか。

早川:景気と成長を分けて考えた方がいいと思います。トレンド成長率があって、景気循環というのはその周りで良くなったり悪くなったりします。まず、今押さえておかなければいけないことは、日本の潜在成長率はほとんどゼロに近くなっているということです。その非常に低成長の経済に、増税のようなショックを与えると、一旦落ち込んでから元に戻るのに時間がかかるのは当り前だと思います。二期連続でマイナス成長になってもそれは仕方がない。

 現に時間はかかったけれど、足元の数字を見ると、生産が上がり始めたし、住宅も上がってきている。消費も良くなっているし、輸出も少しずつ良くなっている。さらにもう一つ、原油価格が下がったというのはものすごく大きい。原油価格が下がった結果、おそらく10から12月の日本の名目成長率は相当高くなります。景気自体が戻り始めているところに、原油が落ちて交易条件が大幅に改善するので、両方組み合わせると、名目成長率は上がり、年率5%くらいいってもおかしくない。つまり、景気自体は悪くないのです。問題はトレンド成長率の低さで、そのために第三の矢が必要なのであって、そもそも短期の数字で判断したらいけなかったと思います。

工藤:これから循環が起こるというと判断ですか。

早川:そうではありませんが、アベノミクスの効果は予想よりははるかに低かったけれども、マイナスではない。円安にも何らかのプラスがあるし、実質金利の低下にもメリットがある。ただ、そこに過度に期待してはいけないという話です。

小幡:一般の方だけでなく、政府の中でも「循環」ということを誤解している方が多いと思います。高度経済成長期の投資が投資を呼ぶ10年に及ぶ好循環成長経済みたいなイメージを持たれているのではないでしょうか。本来の循環というのは、経済学的には景気循環ですから、たかだか2年くらいのもので、その意味では、現状は確かに良いわけです。成長率が悪いというのは、景気の話ではなく構造の話で、日本の底力をどうつけるのかという話です。

工藤:言葉の使い方が難しいですね。今、政府や一般の人が言っている循環は「波及」ですね。

小幡:その意味での波及はありえません。波及する理由がないからです。アベノミクスの三本の矢を別の言葉で言い換えると、「悲観論脱却」。つまり、デフレッションマインドを脱却し、株価へのショック療法です。悲観論打破は、たまたまですが結果として成功した。アベノミクスの良かった点もここにつきるわけです。そこは素晴らしいと思い。財政政策的に言うと、需要を出して景気循環を良くしますと。しかし今、波及してないところには、これから波及することはない。この後、株高が続いても、現時点で恩恵を受けていないところにはこれからも何にもない。円安傾向が続いて、コスト高になったところは、益々悪くなる。今まで良くなかったけど、波及によってこれから良くなるということは構造上起こりえないと思います。

工藤:リフレ派がベースマネーを増やして、それが貸出増など実体経済に波及していく、というシナリオを描いていましたが、これはそもそも難しかったということですか。

鈴木:マネーを増やして実体経済を良くしようというときには、民間に資金需要があるかどうかが問題になります。金融と実体経済はコインの裏表です。先ほど早川さんがおっしゃった潜在成長率について、日本はずっと設備投資をしてこなかったので、資本ストックが陳腐化していて、生産性が上がらず所得が増えないので投資が起きないという悪い循環になっていると私は考えています。ですから、設備投資をしないことにはポテンシャルは上がってこないと思っていますが、この課題を乗り越えるためには、金融政策だけではなかなかうまくいかない。必要なのは民間投資ですから政府ができることは限られていますが、法人税率を下げるだけではなく、岩盤規制に十分に切り込んでいって、新しい市場をつくったり、経営者の期待を高めたりする必要があると思います。企業経営のガバナンス改革なども含めて、全部セットで体系的な政策としてやって初めて設備投資が出てくる可能性がある。そういう時に金融政策を今のような形でやれば効果があると思います。

 一方で、消費は盛り上がっていない。2013年は期待で一時的に消費が上がったけれども、実質賃金の上昇が伴わなければ持続的ではありません。実質賃金を上げていかないと、消費も起きてこないし、投資も起きてこない。実質賃金を上げるためには生産性を高めることが重要となり、結局、第三の矢が重要になります。金融政策は重要ですが、それだけでは上手くいかないと思います。


崩れた三本の矢のバランスと財政規律

工藤:当初の説明では、第一、第二の矢を放ち、そこに第三の矢を、間を置かずに放っていく、ということになっていました。しかし、第三の矢というのは基本的に時間軸のない政策です。構造的にも長期の取り組みが必要です。一方で、第一と第二の矢は、異次元の緩和で今すぐあげて、今すぐ財政出動して景気を支える、というような短期的なものです。このミックスがあっていないと思うのですがいかがでしょうか。

早川:それが一番の問題です。元々言っていたように、第一、第二の矢で環境をつくって、第三の矢をやるというのであれば成功する可能性はありましたが、実現できなかった。私達が心配しているのは、第一の矢だけに頼りすぎ、本当に2%物価目標に近づいてきて、そこで日銀が国債を買わなくなると、どうなるのかということです。逆に言うと、それまでの間に財政再建も潜在成長率の底上げも何とかしなければならない。財政の健全化も潜在成長率の底上げも何年もかかります。ただし、日銀が国債を買うのを減らした時に、国債のマーケットが持つかということは、将来、財政再建ができる、成長することができる、ということについての信頼できる条件が整っていることが必要です。しかし、現時点ではそれはできていません。

工藤:出口はそうですが、日銀が再び異次元の金融緩和に突入している理由は何ですか。第三の矢には時間がかかるし、財政支出を続けていたら国債累増のような展開があるわけですから、日銀と財政のキャッチボールだけで当面、回そうということになってしまいます。

早川:去年の異次元緩和はギャンブルだったかもしれませんが、デフレ脱却のためにはそういう政策を打つ必要があったからだと思います。一応、そこは効果が出ている。ただ、第一、第二、第三の矢のバランスがすでに崩れ始めている時に追加緩和をやることで、第一が突出してしまった。さらに、追い打ちをかけるように、第二の矢は増税先送りになり、バランスが大崩れになったという感じです。

小幡:最初の異次元の金融緩和自体、私は反対でした。長期的にはリスクがあるのですが、短期的にはメリットがあるので、間違った政策だけど結果としてはデプレッションマインドを打破することに成功した、という一番大事なことはやったわけです。ただし、今回の異次元緩和は、意味がわかりません。一回目に賛成していた人も、今回は理屈がちがうと思っているはずです。

工藤:今回の緩和にはどういう意味があるのですか。

小幡:僕は黒田さんがわかっていないからだと思います。黒田さんは金融政策をわかってないというか、大きな勘違いをしていて、期待インフレ率はコントロールできると思っている。そして、期待インフレ率をコントロールするために足元のインフレに効かせることに意味があるという二つの誤解をしているのだと思います。しかし、そんなことはあのバーナンキですらやったことがないわけです。つまり、期待インフレ率を上げることによって、プラスの効果を実体経済にもたらすなどという、そんな魔法のようなことをやったことがある人はいないわけです。なぜいないかというと、普通はできないからです。そのように根本的な発想が間違っていることが、今回の二回目の緩和で明らかになったと思っています。二回目をやる理由は、一つもないわけですから、これは相当まずい領域に入った。さらに、消費税も先送りとなると、日本の終わりの始まりとも言えるのではないか、とも思えますが、日本自体もそう簡単には終わらない。なぜかというと、鈴木さんも何度かおっしゃっていますが、民間経済はなかなか良い状態なわけですよ。バラ色ではないけど、力強く、この環境の中で頑張っている。だから、政府はどこかの段階で破綻し、そのコストは大きいけど、それで民間が終わるわけではない。あくまでも政府の終わりの始まりだと思います。

鈴木:三つの矢の政策のバランスについて、金融政策と財政政策の関係という点では、民主党の時も共同文書をつくりましたが、安倍政権発足後によりしっかりした共同声明をつくったことが重要です。そこでは「日銀は何をやる、政府は何をやる」と主語と内容をよりはっきりさせてあります。政府は持続可能な財政構造を着実に作るということを書いたわけです。これは、財政規律を損なってしまうと、中央銀行はどんな値段でも国債を買うという政策をやっていますので、うまく金融政策を運営することができなくなるためです。ですから、政策間のバランス上、財政規律を維持することは非常に重要です。今後、政府が財政規律を維持するという信認の修復を上手くやらないと、例えば、円安が加速して物価高に苦しむことになったり、国債金利が上昇して財政が回らなくなったりということがいずれ起き得ます。そうなればそれでなくとも高いと言われている成長率目標の実現など程遠くなり、生活水準をみんなで切り下げるということになってしまいます。


アベノミクスの目標設定に妥当性はあるか

工藤:日銀の追加緩和や消費税延期の意味をもっと考える必要があります。

 さて、自民党は、今後10年間で平均名目3%の成長、実質2%の成長を目指す、2%の物価上昇を目指すと政権公約で掲げてきました。2%の物価上昇に関しては、日銀の黒田総裁が「2年」という期限を設け、自民党もそれを追認しています。また、今度の政権公約では就業者数や有効求人倍率の増加など雇用の実績を強調し、さらなる雇用の増加を掲げています。この三つの目標は達成の見込みがあるのでしょうか。

早川:日銀の物価上昇率2%という目標自体はいいと思いますが、2年でやる理由はないと思います。2年の期限である来年春にCPIは1%にもいってないと思うので、達成の見込みはないと思います。一方、名目3%、実質2%成長という点は、目標と前提は違うということを考えないといけません。高い目標を掲げて頑張るというのはあっていいと思います。ただし、プライマリーバランスの黒字化の議論をする時に、それを前提として議論するのは間違っていると思います。例えて言うなら、新入社員が社長を目標とするのは良いけれど、将来社長になった時の収入を前提にして今から飲み歩くと破綻するわけです。

工藤:おっしゃる通りだと思いますが、その目標は全ての政府の施策の前提になっていますよね。その中で政策を組み立てて国民に説明しているので、それについてのコミットメントはやっているとも思うのですが。

早川:現状としては、潜在成長率がゼロになっていますから、難しいと思います。雇用に関しては、確かに失業率は政権発足時から今までに4.1から3.5まで0.6改善している。ただ、民主党政権下でも5.4から4.1まで改善していたわけですから、自民党だけの実績ではないわけで、箱根駅伝の優勝校で最終10区を走ったランナーだけが偉いと言っているようなものです。

小幡:目標は達成不可能だと思います。潜在成長率ゼロと目標の2%の差は決定的だと思います。しかし、より問題なのは、そんな目標を設定する理由がないということです。大事なのは、仕事にあぶれるのは明らかに良くないことですから、失業率を目標とすることです。年収300万円を保証するというのは無理ですが、少なくとも一生懸命やればみんなが仕事にはつけるという状況を作ることは大切だと思います。今は完全雇用に近いわけですから、目標は達成していますが、それを今後も維持するというのは目標として妥当だと思います。

 しかし、物価もGDPも目標としておかしいと思います。短期の金利はコントロールできても長期はコントロールできません。物価をなんとか維持するくらいです。年金も維持できないのに、成長率や物価を約束するのはありえないと思います。しかし、ありえない目標が出てきている。しかも問題なのは、黒田さんが時間軸を決めてそれを実現しようとしていることです。

早川:去年異次元緩和を始める時点では、ゲームの流れを変えるためには大胆なことを言う必要があったのでしょう。しかし、もう物価が上がり始めた今追加緩和をやる必要はなかったわけです。「2年」という目標にこだわらなくてもいいというのはみんな分かっているとは思います。

工藤:雇用の問題に関して、安倍さんは「名目賃金が増えた」と盛んに選挙戦でも発言しています。ただ、他の政党や一般の方は実質賃金を見て、「給料が上がっても物価も上がっているから厳しい」という見方をしている。この実質ではなく、名目で見ていることをどう考えるべきか。また、そもそもこれをアベノミクスの好循環のエビデンスと理解することはできるのでしょうか。

 それから完全雇用といっていますが、生産年齢人口の減少など供給市場の制約という問題が出てきているとすれば、そういう問題というのはアベノミクスの中にあまり織り込まれてないと思いますが、いかがでしょうか。

鈴木:デフレ脱却のためには、名目賃金が上がる必要があります。2%のCPIを目指すのであれば、名目賃金は3%から4%くらい伸びていなければ「安定的な物価上昇」は実現できないので、名目賃金は非常に重要です。ただし、最終的に目指しているのは実質賃金の上昇です。これは、生産性を上げて生活水準を上げていきましょうという話ですから、より長期的な意味では実質賃金が重要です。この実質賃金は消費税増税の前から下がっています。長期的には実質賃金を上げていかなければならない。マンアワー生産性を年率で2%くらいで延ばす必要があるでしょう。2007年のときの第一次安倍政権は2.4%を目指していましたが、今回は2%を目指している点で現実的な方向に修正されています。現状は1%くらいです。

 お二人の先生と比べて、私は相対的に安倍政権に期待を持っている方だと思います。生産性を引き上げていくためには規制改革や企業のスクラップアンドビルドを後押しすることなどが重要です。安倍政権は、50年後も人口を1億人程度で維持するという目標を公式に掲げたり、従来の内閣にはできなかった岩盤規制改革に取り組んだりしています。遅れている労働市場の改革を進めて、生産性を高め、実質賃金を引き上げていくことをさらに進めていくことが必要です。反対に、地域創生の名の下に従来型のバラマキをやってしまったり、消費税を上げないのに社会保障費を増やしてしまったりすると、全体の改革は上手くいかないと思います。

 雇用については、現状、逼迫した状態になっていますが、よく見ると働きたい若者、女性、外国人、高齢者などが希望通りに働けていない状況がありますから、彼ら彼女らを働けるようにするという政策が重要です。人口減少社会ですので労働供給には長期的な制約がありますが、まだまだやれることはあります。いろいろな改革を進めて、長期的に実質賃金を上げていく。実質賃金を上げていくことで名目賃金が上がっていくような経済構造を作るための取り組みが求められます。

工藤:安倍さんはそういう循環の観点からアベノミクスは成功と言っていますよね。

鈴木:まだ道半ばです。今成功と判断することはできませんが、できないということも言えないと思います。


財政健全化には、民間からの投資や出資が同時に起こることが必要

工藤:財政と金融の話に戻ると、バブル期で経済がかなり良いときでも、税収は最大で60兆円くらいでした。それなのに今、支出は90兆円を超えている。そう考えると、よほどのことがないと国債累増の構造は変わらないと思うのですが、これはどうすべきだと思いますか。

早川:ヨーロッパ諸国の付加価値税率は20%を超えています。日本はヨーロッパ諸国よりも高齢化はより進んでいますので、消費税は10%でもやっていけません。そこを国民に対して説明しなければならないと思います。三党合意の前後には国民間にも「消費税引き上げは必要だ」という合意はあったと思います。しかし、それにもかかわらず去年の夏に安倍さんが8%への引き上げを迷ったのがいけなかった。政治指導者が迷うということは、国民の目からみたら「消費税を上げないですむのではないか」というように映ってしまう。そうなったら誰だって上げて欲しくはないわけですから、国民のマインドも変わってしまった。

小幡:財政は持続不可能なので、問題はどうやったら着地するかにかかっています。解決方法は増税するか、給付を減らすか、という二つの方法しかなく、それができなければ破綻するしかありません。このままでは10年以内に確実に破綻すると思います。日銀がいくら一生懸命、金融緩和をやっても10年は支えきれません。それでも、消費税を5%から8%に上げる時もあれだけ大騒ぎしたのですから、政治的には今のままいくのではないでしょうか。

 アメリカでも大統領選後のハネムーン期間を逃したら何の改革もできない。安倍さんも就任直後にあれだけ支持率が高いという、政治的には最高の状態で何もしなかったのに、これから何かするかというと、痛みを伴うような政策は何も期待できないと思います。ですから、10年後から今を見ると、今回の消費税増税の先送りが財政破綻への第一歩だったということになるのではないかと思います。

鈴木:財政をリフレ的な発想で解決するのは無理だと思います。歳出というのは物価が上がると増える。特に社会保障関係はそうです。また、実質成長に関しても同じです。さきほど私は安倍政権に期待していると言いましたが、実質賃金が上がれば財政問題が解決できるわけでは全くありません。実質賃金が上がると将来の年金や公務員の賃金も増やさないといけなくなり、歳出を増やすことにつながるからです。ですから、必要なのは制度改革です。問題の解決には、消費税の引き上げや給付の抑制が不可欠です。

 また、政府の財政赤字を縮小させるためには、民間の投資や消費がもう少し出てこないといけない。今のままで行くと財政赤字がなかなか閉じないまま、誰も投資も消費もしない。輸入もできないので、経常黒字がむしろ維持されるという、非常に停滞している世の中がさらに進んでしまう恐れが大きいと思います。財政健全化は増税と歳出削減だけでは無理で、民間の投資や消費が同時に拡大することがセットでないと難しい課題です。


今回の選挙で、政党は国民に何を語るべきなのか

工藤:皆さんのお話を聞いて、今回の選挙は非常に重要だという気がしてきました。これからの日本の針路にとって重要な選択の機会だと思います。そうした中で、今回の選挙で、政党が経済政策で国民に何を伝えるべきだと思いますか。

早川:全ての政党が消費税を先送りに賛成したので、今回の選挙で本質的な議論をするのは難しいと思います。むしろ、選挙が終わったところで、例えば、2020年プライマリーバランスの黒字化への道筋をもう一度議論をする。その際には社会保障支出に切り込むしかないと思います。これは増税より難しいですが、増税先送りを野党も賛成している以上、野党も財政再建に責任を持たなければならないと思います。

小幡:社会保障の議論が必要です。今、一番危険だと思っているのは、「この道しかない」というキャッチフレーズです。アベノミクスへの疑問は国民の間に広がっているのに、この道しかないというのは、修正がきかなくなるわけですから、よくないと思います。この道しかないというのはどんな状況でもありえないと思います。政策は時々の状況を見てベストを尽くすことが大切です。

鈴木:消費税は、予定通り上げるべきだったと思いますが、行政改革や社会保障改革が遅れているから、上げるべきではないという批判は正しい批判かもしれません。超高齢社会の中では、やった方がいいということは無限にある。現在、将来世代の費用負担を考えずに、請求書だけが積み上がっている状況にあります。将来世代のことを考えて、この社会を持続させる意思がどれだけあるのか。この国の将来をどれぐらい考えるかという意味で社会保障改革について中心的に議論されるべきだと思います。

工藤:今回はアベノミクスの本質的な議論をしていただきました。これから社会保障や財政についても議論をしていきますので、是非ご注目ください。ということで、皆さんありがとうございました。