工藤:総論を踏まえて、具体的な評価に入ります。今、皆さんに総論としての評価をお聞きしたのですが、その中でも、選挙で出されたアベノミクスの政策から2年間経って、それぞれの政策目的に関して大きな変化があるのではないのかという感じがしました。もともとは、「第一の矢」で異次元の金融緩和をし、それで財政の機動的な運営で時間を稼いでいる間に成長戦略を出す、と。あの時は、成長戦略はとにかく早くやらないといけないというので、マーケットが迫っているというかたちで、私たちの評価も「その出し方が遅いのではないか」という評価をしたこともありました。
しかし、今の話ですと、成長戦略というものが構造面の変化だとすれば、時間がかかるということも当然だ、と。であれば、時間稼ぎのための金融緩和などというものをかなり加速させながら、その中で時間を稼ぎ続けなければいけないのか、ということになります。一方で、今年の所信表明演説なり、経済財政諮問会議の骨太の方針で出ているのは、やはり財政再建も構造面では非常に大きな問題なので、それと両立するかたちでの経済・財政ということを言い始めている。
その両立ということになってきた場合に、さっきの三本の矢の位置付けがどうなっていくのかということを、もう一度原点に帰って、どのように整理すればいいのか、ということを聞きたいのですが、内田さんからどうでしょうか。
日銀の想定外だった外部環境の変化
内田:アベノミクスの三本の矢の中で「第一の矢」、工藤さんは「時間稼ぎ」とおっしゃいましたが、私は「三段ロケット」だと思っています。一段目のロケットが異次元緩和であり、その目的というのは、「実質金利の低下」と「ポートフォリオリバランス」、つまり、日本銀行が国債を買うことによって、他の金融機関が他のアセットならびに貸出の増加に向けてアセットの中身を変える。それから、三番目は、それに伴って資産価格が上昇する。これによってデフレを脱却させて、日銀は「2年をめどに2%」という目標を持っているわけですが、それに向けて一段目のロケットを発射したということだと思います。
これは、先ほど私が申し上げたように、想定以上の効果は出た。ただ一方で、外部環境が、日銀の想定外に変わった部分が二つあると思います。一つは、インフレという観点でいうと、今、原油価格がかなり急落していまして、原油価格が下がることについては経済にとっては良いことなのですが、物価という観点でいえばインフレ率が上がってこないということで、「2年をめどに2%」ということは難しくなってきている。それから、もう一つは世界経済、特にヨーロッパや中国の景気、これがたぶん、日本銀行が想定しているよりも弱い。こういった外部環境の変化が、この1年、一方であったわけでありまして、それに対して第一段目のロケットが、最初のスタートは良かったのですが、それが持続的に全体を引っ張れるかというのが、なかなか難しくなっているという状況です。
工藤:「ポートフォリオリバランス」というのは、成功しましたか。
内田:具体的に、日本全国の金融機関、これは銀行ですが、長期の国債の残高が、この1年間で、統計ベースでいうと約30兆円落ちています。これに対して、貸出と海外の投資を足し合わせて、金融機関の中で10兆円くらい増えている。残りの20兆円は日本銀行の当座預金というかたちになっていますが、そのあたり、長期国債だけではなくて中期とか短期の国債も売却を一定程度しまして、そういった資産の配分になっているわけです。そういう意味では、ポートフォリオリバランス効果というのは、そこには出ているということです。
工藤:鈴木さん、「第二の矢」の財政政策を中心に、政策目的が大きく変わってきているのか、ということを論評してもらえますか。
両立できるか財政再建と景気回復
鈴木:最初に「第一の矢」、金融緩和というのは、大きく二つ目的があったと思います。行き過ぎた円高を是正するということと、何よりもデフレから脱却するということですね。円高に関しては、是正することはできた。しかし、思いのほか輸出が増えない。それから、円安になったらなったで、マイナスがあるというような話が、今また急に出てきている。デフレ脱却についても、今、安定的に物価が2%上昇する状態ということからはかなり距離感がある状況になっている。当初は、いわゆるリフレ派と呼ばれている方々も驚くくらいの政策を打ったわけですが、どういうわけか、消費税率引き上げのお陰でデフレ脱却ができないかのような議論になってしまっているという状況です。
「第二の矢」は、機動的な財政政策ということですが、GDP統計の需要項目を見て、安倍政権が誕生した2012年10-12月期を100としますと、今、公共投資は115から120くらいのレベルまで上がっています。ですから、この間の景気回復に公共投資がかなり効いたということは間違いがない。ただ、問題は、それが一時的なものなのかどうかですね。先ほど、工藤さんは「時間稼ぎ」とおっしゃいましたが、一度上げてしまった財政支出のレベルを果たして下げられるのかどうか。「財政再建を景気回復と両立させる」と言っているわけですが、そこが非常に心配になってきている。
一方で、長期の「第三の矢」の政策を考えてみますと、これは「民間投資を喚起する」と言っているわけですが、先ほど、実質ベースの公共投資は100から115~120くらいまで増えたと申し上げましたが、実質ベースの設備投資は今、104までしか増えていない。名目設備投資について、3年間でリーマンショック前の水準を回復させるという目標があるのですが、実績として設備投資が非常に弱いという状況があって、なかなか成長戦略の成果が見えてきていないという話になってきています。それでまた、「第一の矢」の追加緩和だとか、「第二の矢」の財政でのサポートが必要ではないかとか、あるいは、財政再建を先送りするかのような消費税率引き上げ先送り論が台頭してきてしまっている。そういう全体の構図にあるわけですね。
工藤:すると、財政再建の話を入れてきたというのは、どういうことなのですか。
鈴木:本来、民間の投資が出てくることが必要なのです。財政再建というのは、増税と歳出削減だけやればできるわけではなくて、当然、財政による需要下支えがなくなる分を民間の方で持ち上げてこないと財政健全化も達成できないわけです。ですから、民間部門の投資が増える、消費が増えるということと、財政の赤字を減らすということとは、パッケージとしてはまさに正しい政策で、片方だけやろうとしてもうまくいかないと思います。
それから、日本の場合、政府がこれだけの借金をしているわけで、これについて何も対策あるいは政策がないということはありえないですから、財政再建化政策をきちんと堅持しているということは重要なことだと思います。
工藤:湯元さん、「第一・第二・第三の矢」の中での動き方の評価と同時に、どのように政策の体系を考えればいいのか。さっきは、消費税を景気に対する問題だとして考えたけれど、消費税の引き上げは財政の限界や社会保障の構造から見れば必要だ、ということになると、今もう一度、この三つの政策のパッケージのあり方を整理した上で、評価の軸を立て直した方がいいかな、という感じもするのですが。
求められる成長を促す構造改革
湯元:アベノミクスの三本の矢というのは、非常に体系的によく考え抜かれた政策だと思います。一本目の矢と二本目の矢は、やはり「期待を変える」ということに主眼が置かれていると思うのです。もちろん、二本目の矢は、期待だけではなくて需要の増加、政府の支出拡大というかたちで景気を押し上げるという効果も見込んでいるわけですが、それぞれの評価を申し上げると、一本目の矢の効果というのは、確かに想定を上回る効果も、昨年は相当出た。私の評価は、異次元緩和というのは、本来効果だけがあるわけではなくて、同時に副作用も伴う政策です。それを覚悟の上で効果を出すために、これだけ大胆な金融政策をやってきた。
そして、今年は、その副作用がどういうかたちで表れるかというと、ハイパーインフレとかそういうことではなくて、円安になったことによって物価が上昇し、消費税が上がる前に1%台半ばくらいまで物価が上昇していました。その状況下で、消費税の2%の消費者物価上昇が加わって3%台にまで上昇したというところのインパクトが、経済に対してかなり大きなマイナスの影響をもたらしたということなので、異次元緩和という金融政策だけに依存した景気回復というのは持続性がありません。為替の円安も、100円台前半というあたりでとどまっていれば、あまりマイナス効果は目立たなかったと思います。しかし、そこから円安が加速し出すとマイナス効果が非常に大きくなった。
昨年のように株価が57%も上がるというようなことが今年起きれば、そういったマイナス効果も穴埋めすることが十分可能なのですが、株価というのは、金融政策の効果だけではなくて、グローバル経済の動向とかいろんなことに左右されるので、今年はなかなか思ったように株価は上がっていない、むしろ下がり気味です。
ということで、マイナス面だけが表面化してプラス面がなかなか表れてきません。その結果として、マイナス面がどうしても、地方とか中小企業とか、より弱いところに大きく表面化しやすいというかたちになっているから、それに対する対応というのをこれからしていかないといけない。
そして、財政政策というのは、昨年10兆円、今年は5兆5000億円出して、それなりの下支え効果を持ってきたわけですが、毎年5兆円、10兆円というタームで財政の支出をする余裕は日本の財政にはもともとありません。まさに時間を稼ぐというか、本当に日本企業の収益力、あるいは日本経済の成長力がつくまでの間、景気を下支えする。あるいは地方とか中小企業のような弱いところで格差が拡大していることを、少しでも是正するための手段として、財政政策というものが位置づけられています。従って、ローカル・アベノミクスとしてまたバラマキが復活するという懸念もささやかれていますが、現実問題としては、こういった格差の拡大というものに対応するための即効的な政策として、財政政策が位置づけられています。しかしながら、何年も持続することは非常に難しい。
そうなってくると、やはり誰もが期待しているのは、「第三の矢」によって、本来持っている日本経済の潜在力、成長力を高めていくという努力をしていかないといけません。この潜在成長率というのは、足元ではいろんな計算がありますが、0.5%以下に低下しています。これは80年代には4%を超えていたし、90年代でも2%以上ありました。しかし、少子高齢化、人口減少の影響とか、さまざまな構造的要因、それからもう一つは、2000年代以降、特にリーマンショック以降の民間企業の設備投資の長期停滞というのが、日本の潜在成長率の低下に大きく影響しています。私の計算では、だいたい1.3%くらい、潜在成長率を設備投資の停滞だけで引き落としています。労働力人口の減少というのも確かに0.5%くらい下押ししていますが、80年代と比べると、その度合いがそれほど大きく悪化したわけではありません。実は、主たる原因というのは設備投資の停滞であり、そして長期間設備投資をしてこなかった結果として、設備の老朽化が非常に進んで、だいたい15年以上の期間が経っている設備が平均的です。
ということで、これは国際競争力の低下の要因にもつながってくるし、イノベーションとか新しい付加価値を生み出していくとか、そういう企業のパワーの低下にもつながってきています。やはり「第三の矢」というのは、そういう企業のリスクへの積極的なチャレンジというものを促していくような構造改革、あるいは税制改革、そういったものをやっていくことによって、企業が先行きの経済に自信を持つような状況をいかに生み出していくか、ということです。
消費税引き上げ前までは、企業の期待とか行動もかなりポジティブになりかけていたと思うのですが、やはり足元の景気動向にどうしても企業は左右されるので、そのあたりが少し慎重化している可能性はあります。特に、生産の調整が始まったというところは、非常に慎重化し始めたということです。ただ、設備投資のアンケート調査は、先ほど言いましたように、今年は少なくともかなり増加させています。これが、今後調査が進むにしたがって下方修正されてくるということになると、非常に危惧される状況であります。
ただ、「第三の矢」の効果が現時点で目覚ましく表れていないからといって、それはあまりネガティブに考える必要はなくて、企業の期待が変わった結果として行動が変わっていく。様々な成長戦略が具体的に実行されるプロセスの中で、企業が異業種の分野に積極的に参入して設備投資をするなどしていく。電力の自由化がらみのところとか、農業がらみのところで新しい動きが起き始めていることも事実なので、そういう分野をさらに拡大して広げていくということが成長戦略に求められることで、それは1年間で全部やるというのも現実的には非常に難しい問題です。3年、5年を視野に入れて、そういった構造改革、特に成長を高めるような構造改革を進めていかなければいけないと思います。
アベノミクスに海外の視線は厳しいが
工藤:海外のメディア報道を見ると、ほとんど厳しい。「アベノミクスは失敗した」と断じている世界のメディアはいっぱいある。金融の現場にいてどのように受け止めていますか。
内田:マーケットといっても、短期的な収益を追う市場参加者と、中長期的な年金などの構造改革を主体として資金を入れるアセットマネージャーとの二つに分かれています。今はまさに、短期的にもっと金融緩和をするとか、消費税引き上げをやめろという論調がメディアに出ていますが、私が特にヨーロッパのアセットマネージャーとか年金基金の人たちと話をすると、有識者はほとんど、構造改革に対する有言実行性があるかどうかをかなり重視しているという状況だと思います。具体的には、税と社会保障の一体改革で、もっと具体的に言えば、消費税を予定通り引き上げる、これは世界的なコミットメントですが、それに法人税を引き下げる。それと同時に、年金支給年齢の引き上げ等々を含めて、こういったところにしっかり対応するかどうかということです。
工藤:短期的なものよりも、中長期的な視点で、真面目な見方もあるということですね。
内田:はい。ですから、消費税を引き上げるといった時には、短期的に株式については一時的には下落する可能性はあると思います。でも、構造改革をしっかり実現しておけば、いったん売られたところをしっかりと買いに行く。これを押し目買いというのですが、そういった投資家は必ずいると思います。