2014年10月31日(金)
出演者:
内田和人(三菱東京UFJ銀行執行役員)
鈴木準(大和総研主席研究員)
湯元健治(日本総合研究所副理事長)
司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)
(本議論は10月30日に収録したものです)
アベノミクスの経済政策の評価と今後の見通し
工藤:言論NPOは、小泉政権の時から政権の実績評価、そして選挙の時のマニフェスト評価をやってきました。私たちがこうした評価を行っているのは、市民や有権者が自分たちで考えて日本の政治を、日本の未来を選んでいくというサイクルを、日本の市民社会なり民主主義の中につくり出したいからです。それが、「民主主義が機能する」ことだと考えています。私たちの評価は、そのための判断材料を有権者の人たちに提供したいということです。私たちは去年も1年目の安倍政権の評価を公表しましたが、今年の12月26日、安倍政権が2年を終えるまでに、この2年間の成果をきちんと評価して、有権者の方にそれを示し、判断材料にしていただきたい。
今日は、そのための評価会議の第1回目の会合になります。まず、経済政策の評価を、三菱東京UFJ銀行執行役員の内田和人さん、大和総研主席研究員の鈴木準さん、そして、私たちのマニフェスト評価に最初からかかわっていただいている日本総合研究所副理事長の湯元健治さんです。
私たちはいつも5点満点で評価をしています。流れとしては、政権が選挙の時に国民に約束した様々な公約をすべて点検していくのですが、その中で「未着手・断念」したものは1点、着手はしたが、「この実現はどうも難しい」というのは2点、着手して順調に動いているのだけれど、「本当に実現できるかどうか分からない」は3点、何とか「目標達成ができそうだ」というのが4点。そして、「実現した」、「実現が確実だ」というのが5点になります。
これは、政策の進行をベースにした評価ですが、もう一つの軸があります。それは、「国民に対してきちんと説明をしているか」という軸です。私たちは、公約というものを、単に「その通りやったかどうか」というような判断で評価をするわけではなくて、課題解決のための手段が政策だと考えれば、いろんな状況の変化なり、政策論の深化の中で政策を変えることもあると思います。ですから、修正することに関しては、私たちは、何ら減点はしません。しかし、修正した時には、当然、国民に対して説明義務がある。その説明を怠っている場合は、1点減点です。未着手で断念した場合、選挙で掲げていながら国民には何も説明しないのであれば、1点減点で0点になるというわけです。
そして、これまで同様、言論NPOに登録している有識者の方に、事前にアンケートを行っております。皆さんには、このアンケートも参考にしながら、ご自身のお考えも踏まえて、評価をしていただきたい。
初めに、アベノミクスの全体像についてアンケートを行いました。一つ目は、「安倍政権が誕生してから間もなく2年が経過します。あなたは、アベノミクスの前途を現時点でどう評価していますか」ということです。一番多かったのは「成果は出ているが、異次元の金融緩和や財政政策に頼った景気回復にすぎず、今後の成功は難しいと思う」が39.2%で一番多かった。続いて、「成果は出始めているが、今後も成功できるか現時点では判断できない」が33.1%、そして、「既に失敗しており、それを立て直す有効な対策は見えない」が16.2%もあるのが、非常に気になりました。
もう一つ、「あなたのアベノミクスへの期待度は、1年前と比べてどう変化しましたか」で一番多かったのは、「やや期待が萎んだ」で43.2%でした。「期待が増した」は9.5%でした。あと多いのは、「もともと期待していなかった」が34.5%。回答者にはかなり専門的な人たちも多いので、今の経済政策を考える上で、一つの傾向をつかんでいると思います。さて、ゲストの皆さんはこのアンケート結果を、どのようにご覧になっているか、同時に、アベノミクスに対する期待と、今後の見通しについてどう思っているか、まず、湯元さんにお聞きしたい。
重要な「二つの好循環」の実現 ――中長期的な成長戦略は数年単位のもの
湯元:「成果は出始めているが、今後も成功できるか現時点では判断できない」が33.1%で2番目ですが、比較的冷静な判断ではないかと思います。私の判断も、この2番目かな、と思っております。「成果は出ているのだけれど、今後の成功は難しいと思う」が一番多かったわけですが、これは、アベノミクスに対する期待値が明らかに低下していることを表していると思います。
評価するサイドとして我々が注意しないといけないのは、その評価なり期待というものが、足元の経済情勢、あるいはここ数ヵ月とか半年の経済情勢にかなり左右されるものである、ということ。どうしても、現実の経済から受ける印象というのが、期待なり評価にかかわってくるということです。
冷静に見ると、昨年は円安・株高ということが起きて、なおかつ、経済の成長としては、「第一の矢」の効果と「第二の矢」の効果で、表面的には2%を超える高い成長になったということです。しかし、今年は、やはり消費税の引き上げという非常に厳しい問題、中期的には必ずやらないといけない問題、これを克服していかないといけないということで、アベノミクスにとっては大きな逆風が吹いた。それに加えて、ごく直近では、例えば大幅な円安が加速したり、それからグローバルな株価が大きく落ちてきた。その背景にはグローバル経済の見通しが少し下方修正されてきたり、いろいろな環境変化の要因が加わり、実際の経済でも、消費税引き上げ後の個人消費の回復の動きが当初想定していたよりは非常に鈍いという状況。それから、企業の生産活動にもその影響が及んで、鉱工業生産指数も2四半期連続でマイナスになり、通常なら景気後退と認定されてもおかしくないような動きになってきている。そういった足元の状況にかなり左右された判断だろうと思います。
冷静に見なければいけないのは、「もし」の世界をつくってもあまり意味がないこともあるのですが、もし消費税引き上げが今年なかった場合に、昨年の流れがどのように今年に継続されてきているのか、ということが一番重要なのではないかと思っています。例えば景気が前向きに好循環のメカニズムに入ってきているのか、入ってきていないのか。
政府が言っている「二つの好循環」のメカニズムというのは、企業業績が改善して賃金上昇につながり、個人消費の回復につながる。二つ目のメカニズムは、企業業績の回復が設備投資の回復につながる。この二つのメカニズムは、「完全に大丈夫だ」というところまで動いているわけではありませんが、現時点では、去年のアベノミクスの政労使会合による賃上げの要請の効果もあって、6年ぶりのベースアップとか、2%台の賃上げ率は15年ぶりだとか、そういうことが今年に入って実現したのは事実です。ただ、物価の上昇には追いついていませんので、確かに消費等のデータは弱いということも事実。このあたりは、当然マイナス面も同時に出ているわけですが、少なくとも、そういう「賃金が上がる」という方向性、それから、労働需給が引き締まって人手不足が強まっている。これは目先ではネガティブな要因ですが、中期的にはそれだけ経済が良くなってデフレを脱却していく可能性を秘めているものであって、そこはちょっと前向きに見ていく必要がある。
それから、設備投資も、現実に非常に良くなったということは決してありませんが、アンケート調査などを見る限りにおいては、大企業の製造業は2桁台という、これも15年ぶりくらいの結果となっていますし、非製造業もかなり底堅い結果と言える。しかも、6月から9月でさらに上方修正されているといったようなところに焦点を当てると、アベノミクスによる景気回復のメカニズムというのは、消費税の影響で相当、かき消されていますが、今年に入っても続いているということも、冷静に評価していいのではないか。
特に、アンケートの「理由」の回答を見たときに、「第三の矢」である成長戦略に対する失望感が既にかなり出ているということなのですが、確かに、実際に成長戦略で経済が良くなっているわけではないということはあります。しかし、そもそも成長戦略そのものが、中長期的な日本の潜在成長率を引き上げるための構造的な改革であって、その効果が表れるまでには数年、政策によっては10年近くかかるというようなものも含まれています。わずか1年後とか1年半後くらいに効果がものすごく出ていることを期待すること自体が、本来期待しがたいことだと思います。
足元のその場の議論より、先行きへの目配りを
鈴木:アンケートですが、回答される方も非常に迷っていらっしゃると思います。景気拡大が停滞していますし、まだら模様であるということは、足元では間違いないわけです。
去年は期待先行で、雰囲気が非常に良くなって、それで消費なども盛り上がりました。ただ、実際に消費税が増税されるという状況になってくると、議論が変化してきました。デフレ脱却をしなければいけないと言っていたにもかかわらず、円安で物価が実際に上がり出すと、「これでは生活が困る」と。デフレ脱却のためには円安にしないといけないと言われていましたが、実際に円安になると、今度は「かえってマイナスだ」と言われている。消費税増税も、民主主義のプロセスを通じて、いったんは国民全体で「上げましょう」という意思決定をしたはずですが、270兆円という、バズーカと呼ばれている金融政策を打っているにもかかわらず、どういうわけか消費税がうまくいかないことの犯人のように扱われてしまっている。
人間社会の必然かもしれませんが、議論がその場その場のものになっています。「足元ではそういう状況になっている、しかし全体として見てどうか」ということを、やはり言論スタジオではきちんとトレンドとして見ていく必要があるのではないか。去年は期待先行で、今、それが実際には好循環にまだ結びついていないことは確かです。しかし、大事なのは、その苦しさのところをどう乗り越えていくかというところの判断を、我々としてどのように読み解くかということではないかと思います。
工藤:鈴木さんの、アンケートのこの設問に対する答えはどちらですか。「成果は出始めているが、今後の成功は現時点では判断できない」と、「今後の成功は難しい」と。
鈴木:今の時点で、成功が難しいとは思わないです。ですから、「成果は出始めているが、今後の成功は現時点では判断できない」です。
工藤:内田さんはどうですか。
経済の好循環の持続性は構造改革次第
内田:このアンケートの選択肢でいえば、成果は着実に出ておりますし、一方で「第三の矢」というか成長戦略、特に構造改革については、その実現性を含めてまだ不透明である、ということで、「成果は出始めているが、今後の成功は判断できない」という回答にするのではないかと思います。
そもそもアベノミクスというのはどのようなかたちから生まれてきたかというと、一つは政策のレジームチェンジです。要するに、これまでデフレ期待であったところを、財政・金融の矢を使いながら最終的には構造改革をして、それで持続的な成長に結びつけていく。これに対して、特にマーケットが大きく反応したということだと思います。その中で一番の軸になっているのが日銀の金融政策、「クロダミクス」で、特に黒田さんが総裁になられてから、アベノミクスを含めて株価が7割上がったわけです。昨年同様に欧米も景気が良くて、株価が4割上がっていますが、それに対して日本株が大幅に上回っている。
それから、企業収益の源泉になっている為替については、実質実効レートという物価の部分を差し引いたレートでいうと、日本は実質ベースで3割円安になっている。これは、他の通貨はほとんど動いていないのですね。だから、それだけマーケットが大きく動いて、それによって個人の金融資産が90兆円増えているということで、相当な資産効果がそこで発揮された。政策のレジームチェンジに対してマーケットが反応して、それに対して経済の好循環が生まれたということは、これはもう成果が出ているのだろうと思います。
ただ、その持続性というところでやはり問題なのは、本当に構造改革ができるのか、景気の足元の停滞というか反動を受けて構造改革が止まるのではないか、ということです。こういったところについては、景気がどうなるかという議論もありますが、日本の経済の持続性、特に2016~17年くらいから団塊の世代の方々が一気に70歳、年金生活に入ってきますので、そこでの社会保障のシステムをどうやって維持できるのか、こういったところを問われているということだと思うのですね。
私は、構造改革をしっかり進めれば、今回の消費税の2回目の引き上げと、それに伴う社会保障の一体改革をしっかり示せばよいと思います。今はたぶん、アベノミクスをある程度評価しながら、構造改革ができるかどうかを判断する方と、「景気が良くなるか、悪くなるか」ということで判断される方とに二分されていると思うのですが、私は、構造改革をしっかり進めれば、この「成果は出始めているが、今後の成功は判断できない」という33.1%の方々については、岩盤のような、高く揺るぎない評価をするという方向になっていくのではないかと思います。