2014年2月7日(金)
出演者:
神保謙(慶應義塾大学総合政策学部准教授)
細谷雄一(慶應義塾大学法学部教授)
渡部恒雄(東京財団政策研究事業ディレクター兼上席研究員)
司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)
工藤:言論NPO代表の工藤泰志です。さて、日本版NSC(国家安全保障会議)が昨年12月に発足し、その事務局となる国家安全保障局が今年1月7日に発足してちょうど1か月になりました。今日の言論スタジオでは、この日本版NSCをベースに日本の外交はどう変わっていくのか。そして、現在の東アジア情勢に対して日本は、外交上何ができるのかということについて議論をしていきたいと思います。
それではゲストの紹介です。まず、慶應義塾大学法学部教授の細谷雄一さんです。続いて、慶應義塾大学総合政策学部准教授の神保謙さんです。最後に、東京財団政策研究ディレクター兼上席研究員の渡部恒雄さんです。皆さん、よろしくお願いします。
まず、昨年末、安倍政権は日本版NSCを発足させ、国家安全保障戦略を出しました。また、積極的平和主義を打ち出していますが、これらの安倍政権の外交の姿勢、方向性について皆さんはどう考えていますか。
安倍政権の外交姿勢と方向性とは
細谷:安倍政権が進めている安全保障政策について、安倍総理は繰り返し「国際協調主義に基づく積極的平和主義」ということを述べていますが、なかなかその意図するところがうまく伝わっていないような気がします。では、安倍政権がなぜ、こういう言葉を使っているのか。私なりに感じていることを申し上げますと、今、集団的自衛権の解釈変更など憲法を改正しようとする動きがあります。一方で、憲法を守れという意見が対立していますが、そもそも憲法の前文には「いかなる国といえども、自国のことのみに専念してはならない」、「日本は国際社会において名誉ある地位を占めたい」とあります。つまり、日本国憲法の前文に、そもそも国際協調主義の理念、精神というものは埋め込まれていたわけです。ところが、国内法制度上の制約があり、ある時から日本は他国のことを考えずに、自国のことのみに専念し、国際社会で名誉ある地位を占める、ということにも関心を持たなくなってきていた。これは本来、憲法が想定していた理念とはやはり多少異なることだと思います。ですから、安倍政権は憲法の理念に背いて安全保障政策を変えようとしているのではなく、そもそも日本国憲法の前文に書かれているような国際協調主義の精神に立ち戻り、その理念、精神というものを重視しようとしている。そういった意識が、おそらくは国家安全保障戦略のミッションを作り出した。そもそも日本が本来目指すべき道であった、ということが言えるのではないかと思います。
工藤:まさに憲法の前文に書かれたことを実現する方向でその動き始めているという話だったのですが、神保先生どうですか。
神保:安倍政権に関して、色々な評価がありますが、日本が戦後及び冷戦後の改革の中で、継続した方向性の延長線上にあると私自身は思っています。その延長線上にあるということを、積極的平和主義という言葉で表現したのだろうと思います。これまでも申しあげてきましたが、「外交政策は国内から始まる=Foreign policy starts at home」という言葉もある通り、安倍政権は、過去7年間のどの政権よりも安定した国政の基盤の上に成り立っていることは非常に重要なことです。安倍政権が2016年夏ぐらいまでは継続するということが、躍動感のある外交と、その重みを支えているのだろうと思います。安倍総理就任後、自身がASEAN10カ国をすべてカバーした外交を行い、さらに対ロシア外交でもかつてない進展の可能性の兆しが見え、エネルギー外交も活発化しています。また、日米関係においても今年末の日米防衛協力のための指針(ガイドライン)の見直しに向けた協議が始まっており、安倍政権の外交政策はここ数年の政権と比較してみても、かなり積極的な形で進んでいる、という評価が基盤にあると思います。
渡部:第二次安倍政権においてNSCが正式に発足したわけですが、実はこの日本版NSCは第一次安倍政権の時から議論してきたもので、民主党政権の時に了承された前回の防衛大綱の中にも、NSCという言葉は使ってはいませんが、東日本大震災なども経験して、官邸の中に戦略を考え、複数の省庁を調整する機能が必要というコンセプトが書かれていました。日本の外交のこれまでの歴史の中で、「日本版NSCが必要である」問題意識はこれまでも脈々とあったのです。。実は民主党政権の時に作られた防衛計画の大綱の中にも、NSCという言葉は直接書かれつまり、役所の縦割りの中では調整できない課題が多くなってきたこと、また、総理大臣にある程度、知恵やブレーンを与えて、強いリーダーシップを発揮させようとしたわけです。今日の世界において、首脳外交が非常に重要になってきている割には、日本は国会の縛りがあり、総理大臣や外務大臣が外遊できにくいようになっていますが、それでいいのかというような問題意識もありました。
私は、安倍政権は民主党政権や自民党の過去の政権と全く異なる政権か、と問われれば、突然変異のような政権だとは思っていません。もちろん、靖国神社に行く、行かない、といった保守的な価値観という違いは過去の政権とは違う部分もあるとは思います。しかし、日本の安全保障戦略や外交の在り方を全体として見た場合、これまでの問題的を改善すべき方向に向かっているという点では過去の延長線上にあります。NSCを創設したということは、方向性は良いとしても、それが日本の戦略の打ち出の小槌ではないし、魔法の杖でもない。今後は試行錯誤を繰り返しながら、それを機能させていくための多くの試練が待ち受けていると思います。これは、アメリカのNSCの歴史を見ればわかります。
工藤:NSCは道具であり、これからどういうふうに機能させていくか、ということなのですが、その前提として安倍さんがどういうふうな外交的な考え方を持っているのか、ということが重要だと思っています。
今回も有識者アンケートを実施したのですが、まず「安倍政権が打ち出している積極的平和主義など、安倍政権の外交戦略について支持していますか」と質問したところ、「支持している」、「どちらかといえば支持している」という肯定的な回答が46.3%、「どちらともいえない」という回答が16.2%で、「支持していない」という回答が25.7%という結果でした。興味深かったのは、「何をめざしているのかよくわからない」という回答が11.2%あったことです。この「何をめざしているのかよくわからない」ということについて、専門家から見れば当たり前のことなのかもしれませんが、一般の方々から見たら確かに分かりにくいということだと思います。一般の国民が耳にするのは、世界が安倍さんの考え方に対して非常に懸念を示しているとの指摘です。加えて、東アジアは紛争が勃発するかもしれないリスクの高い地域であり、日本が紛争の火種に対して何も対処できていない、さらに靖国参拝の問題もあり、日本には東アジアの課題を解決できない状況なのではないか、という見方があるわけです。つまり、安倍さんが主張する積極的平和主義という憲法の理念上の問題と、現実的に起こっている問題との間に何か乖離があるのではないか、と理解している人も多いのではないかと思うのですが、その点についてはいかがでしょうか。
安倍政権が掲げる目標と、実際の行動の乖離が否定的な意見につながる
細谷:確かに乖離はあるだろうと思います。渡部さん、神保さんからもお話がありましたが、安全保障のプロの専門家の方々が抱いている安倍政権の安全保障政策のイメージと、メディアやテレビを通じて見る、あるいは海外で持たれている安倍政権のイメージとの間にはかなりギャップがあるという気がします。例えば、12月に出された新しい防衛大綱や国家安全保障戦略もそうですが、安倍総理が作ってきた文書や演説の文字をそのまま見ると非常に抑制的なものが多いと思います。政権を取る前に、より踏み込んだ形でいろいろと発言をしていたと思いますが、総理就任後、安倍総理の安全保障政策を見る限りでは、過去の政権との断絶や革命的な変化ということではなくて、今まであった安全保障政策の軌道の上での進歩、進化ということだと思います。例えば、防衛大綱の内容をとってみても、民主党政権時に出された2010年の防衛大綱の方が、これまでの「基盤的防衛力」から「動的防衛力」へ政策を変更し、より大きな断絶だったと思います。また、より南西方面を重視することで、尖閣諸島などに対してより適切な形で対応できるようにしましたが、これも大きな変化だったと思います。
それに対して昨年の12月に出された2013年の防衛大綱は、基本的には「統合機動防衛力」という従来の概念を引き継いで、さらに南西方面重視も変わっていません。基本的な理念は2010年の大綱を受け継いでいるわけです。「国家安全保障戦略」の文章も過去10年、あるいは20年の日本が発展してきた大きな流れ、例えば、日米同盟の強化や、あるいは価値を共有するパートナー諸国、すなわちオーストラリア、韓国、インドなどとの安全保障協力を深めることを掲げています。これは民主党政権、あるいはそれ以前の自民党政権から進めてきたことですから、安倍政権の安全保障政策は、実は現実的な政策面から見ると驚くほど抑制的で、しかも驚くほど従来の政権との継続性というものが見られます。こういった見方は、安全保障のプロの方々が見ているイメージだと思います。
一方で、メディアを通じて、あるいは海外で報道される安倍総理の行動というのは、かつてマルクスが共産党宣言で、共産主義を「妖怪」に例えましたが、それと同じように何か存在しない幽霊を見ているようなものだと思います。現実の安倍総理の行動や発言や行動ではなく、安倍総理はこういうことをするはずだ、思っているはずだ、という背後にあるようなものを見て、怯えているような印象があります。そういった大きな乖離がある中で、そのどちらが本当なのか、ということで、「何をめざしているのかよくわからない」という回答が出てきているのかもしれません。
神保:基本的な特徴としては、細谷さんに同意することが多くあります。実際に安倍総理自身、安倍政権が外から見られているイメージと、安倍政権が過去1年間で作り上げてきた実績の間にはかなり大きな乖離があるような気がしています。大事なことは、国家安全保障戦略や防衛大綱にどのような方針と戦略が示されているのか、ということを読み手として我々がしっかりと受け止める必要があるのだと思います。例えば、乖離の一つの例をあげると、日韓関係について、国家安全保障戦略には韓国はきわめて重要なパートナーであり、これからも戦略関係を発展させていかなければいけないと書いてあるわけです。我々は韓国に対しては何度もメッセージを出していますが、その中には韓国が政治的に受け入れられないであろうことも入っています。国家安全保障戦略に掲げられた、韓国は大事であるということと、対話のドアを閉ざしているのはお互い様ではないか、というギャップをどのように埋めていくのか、というところの説明がない。そういう点が、「支持しない」あるいは「何をめざしているのかよくわからない」という回答が出てきた背景にあるのではないか、という気がします。ただ、繰り返しになりますが、実際に戦略として掲げられていることは、安全保障、防衛戦略でいえば、日本の領土防衛があり、日米同盟を含めたlike-minded statesとの連携があり、地域の制度をしっかりと発展させてグローバルな安全保障にも貢献するということをしっかりと推進していくということです。これは、過去の政権から継続したものが多くあり、これらを実現していくために日本の制度変更が必要である、ということは一貫して掲げられているテーマだと考えています。
工藤:お二人のお話からすると、安全保障政策として掲げられていることは良いのですが、それに対する実際の行動内容が違うのではないか、と思うのですが。
渡部:その点が、今回のアンケートで否定的な評価をしている人たちの根底にあるのだと思います。例えば、靖国神社に参拝した上で、アジアの近隣諸国と関係を良くしようということは矛盾している、それどころか日米関係を強固なものにするという方針からも矛盾しているのではないか、と思っている人もいると思います。逆に、靖国神社に参拝するのであれば、憲法9条を改正するなどもっと踏み込むべきだ、と考えている人もいるかもしれません。特定の政策を支持する人達を超えて、広く合意を取れる政策を実現していくのは非常に難しいことです。しかし、国家の政策の連続性というのは重要であって、その時々の支持で政策がコロコロ変わっていくのでは困るということは、鳩山政権を見ていて多くの有権者が実感しているところだと思います。鳩山政権が掲げた普天間基地の県外移設ですが、確かに沖縄の負担軽減、アジア重視という点では賛同する人もたくさんいたと思います。しかし、実際には実現可能な選択肢ではなかったため沖縄の問題は解決せずに地元の負担は重いままで、アメリカの不満も溜まり、かえってアジア諸国ともうまくいかなかった。当時、「外交敗戦」という言葉がささやかれるようになりました。ですから、多分、今の有識者は現実的になっていて、政策を実現するためにはそれを実行する実力も重要だよね、というふうに考えている。だから、ある程度安倍政権に期待はしているけど、一方で、安倍さんの保守的な傾向に対して、非常に不安視している部分もあるのだと思います。
別に安倍さんを擁護するわけではありませんが、そのくらいでちょうどいいというか、国の政策なんてそんなものだと思います。例えば、ニクソン大統領は非常に保守的で、共産主義や中国共産党に非常に厳しいことをいってきた人でしたが、結果として国内の保守勢力からの抵抗が少ないニクソンだったからこそ、中国との関係を改善できたわけです。そういうことは歴史上たくさんありました。安倍さんに限らず政治家は結果責任ですから、最終的には、中国と韓国と関係を改善しないとアメリカとの関係も良くならないし、経済にも悪影響を及ぼします。ですから、一時の国民感情はともかく、結局、近隣国との関係改善ができなければ安倍外交は失敗だったということになるでしょう。逆に近隣国との関係改善ができたら、これまで色々と懸念されてきたことも実は良い道筋だった、ということになるかもしれない。これが外交の宿命だと思います。そして、まだ成果が出ていないわけですから、安倍外交への評価はこれからだと思います。
日中関係の改善に向けて重要なことは何か
工藤:外交の課題を一言で言うのは難しいと思うのですが、現在、アメリカの地位や役割、重要性がかなり薄れ、力を失い始めてきている中で、中国がかなり台頭してきた。当面の成長をベースにしてみると、ある程度アメリカに接近するような状況も考えられる一方で、中国は国内で大きな問題を抱えています。そして、アジア各国は中国が与える影響の中で、非常に揺れ始めていて不安定な問題が出てきました。そのような状況において、日本はどのような外交の視点を持てばいいのでしょうか。例えば、日本政府は中国に対して封じ込め政策をとっているのではない、と言っていますが、封じ込め的な意識を持って動いているようにも見えます。
先日、防衛省の人から話を聞いたら、韓国とは士官クラスの交流はないし、中国とは東シナ海でいろいろな危険があるにもかかわらず、ほとんどコミュニケーションがないと言っていました。こういう状況を招いているのであれば、日本の外交はきちんとした方向に向かって動いていないのではないか、という気がするのですがいかがでしょうか。
細谷:政治は結果責任だと思います。安倍総理、あるいは安倍政権は中国との対話の窓口を開いている、あるいは韓国との窓口を開いている、と明確に発言していますが、結果として動いていません。私は、偉大なリーダーというのは、必ずハト派とタカ派の顔の両方を持つべきだと思います。例えば、レーガン大統領やサッチャー首相は、共産主義に対しては非常に強硬派でタカ派的でした。一方で、ゴルバチョフ大統領と対話をし、冷戦終結へ向けて協議をしたわけです。それは、一方的にゴルバチョフ大統領がアメリカやイギリスに近寄ってきただけではなくて、友好的なメッセージやサインをレーガン大統領、サッチャー首相も送っていたのです。つまり、相互の歩み寄りの結果だったと思います。
同じように、ウィンストン・チャーチルも名だたる共産主義者を徹底して敵視していましたが、そのチャーチルも第二次世界大戦中にはソ連と提携して、グランドアライアンスを組みました。ですから、一期目の安倍総理はタカ派と呼ばれていながら、総理就任後の最初の訪問先として中国の北京を訪問し、戦略的互恵関係を結びました。あの行動は、指導者として非常に立派な行動だったと思います。そういった意味で、日本が安全保障政策を強化していくということは正しい道筋だと思いますが、一方で、中国、韓国との間で、どうしたら危機を回避し、コミュニケーションを開けるのか、ということについて叡智を使い、日本側からも様々なメッセージを送り、努力する必要があるのではないかと思います。
神保:1990年代を振り返ると、東アジアの安定が崩れる原因となる可能性が指摘されたのは、朝鮮半島と台湾でした。ところが、今日、様変わりしてしまって、おそらくその中心にあるのが日中関係とその他の島しょ、海域等の領有権を巡る対立に変わってきています。つまり、日中関係のマネジメントというのは、まさに東アジアの安全保障の中核的な課題になったのだと思います。では、どうすればいいのかというと、いくつかあると思いますが、前提となるのはパワーの世界の話をしっかりと政策の中に組み込むということだと思います。パワーの世界も非常に複雑なのですが、大事なことは、中国は今、非常にダイナミックに成長しており、2010年代のパワーと、20年代のパワーは別次元のものになっていると思います。そのダイナミックに拡大していくパワーに、均衡させていくパワーを日本側もつけていかなければいけない、というのは前提だと思います。中国が尖閣諸島の現状変更を仮にしようとした場合に、しっかり抑え込めるパワーを日本側で整備できるか。同時に、アメリカのコミットメントを日本だけではなくて、海域アジア全体に展開することをしっかりと担保できるのか。まさに、リバランスを実態のあるものにしていく、ということが戦略としては非常に大事だと思います。これがパワーの世界です。
もう一つは、パワーだけを追求すると、セキュリティジレンマと呼ぶような相手の疑心を煽って、むしろ緊張が高まるということを外交で解決してく必要があります。つまり、日中関係において外交関係や制度をどのようにつくっていくのか、ということがまさに最大級の問題なのです。しかし、今のところ、この問題の解決に向けた展望が日中関係においてはほとんどない、ということが大きな問題だと思います。
その問題を解決するための一つのきっかけは、悪いことが起こらないようにするための「危機管理」です。危機管理のメカニズムというのは、首脳間にいくら信頼がないとしても、それは日中間の問題であって、アジアや世界の国々からすれば、紛争が起こらないように危機管理を行うことが重要なことであって、そういったプロフェッショナルな了解事項をどこまでつくることができるのか、ということが1つのきっかけになると思います。もう一つの打開の案は、以前から日中関係は悪化していましたが、安倍総理の靖国参拝以降、更に悪くなった日中関係を、日中両国の首脳同士が、関係改善に向けた軌道に乗せていくための政治的な手打ちができるかどうか、ということが大きなポイントになると思います。
工藤:関係をつくろうとする人が、相手の一番嫌なことをやるというのは、戦略としてどうなのでしょうか。
渡部:相手を嫌がらせて、結果的にうまくもっていく、というやり方もあるとは思います。ただ、今回に関していえば、中国に対しても、韓国に対しても、民間レベルで関係修復の動きをしていましたし、改善に向けた期待もあったわけです。特に、中国、韓国からすれば、経済上の話が大きいので、何とか日本との関係を修復したいと思っていたし、日本政府も打開の方法はないかと探っていたわけです。そういう流れがあったので、昨年末の靖国神社参拝に対して、日本国内でも主要新聞が批判しました。その内容はどちらかというと靖国参拝の問題よりは、外交の流れを変えてしまった、あるいは遅らせてしまったのではないか、というような批判だと思います。私も、その点での批判は正しいと思います。ただ、アメリカは分かりやすくて、安倍総理の靖国参拝について失望、「disappoint」ということを表明しました。これまでアメリカは、日本に対する内政干渉的なことは極力避けてきたので、首相の靖国参拝のようなことについてはコメントしませんでした。しかし、今回はこのタイミングで大きなリスクを取るのはよくない、ということでコメントを発表したのだと思います。ただ、アメリカも日米同盟が機能しなくなると、それはそれで困ってしまう。しかも、中国が日米が離反する方向に持っていこうとしている状況を懸念して、非公式には、「失望」というのは強すぎた、「残念」ぐらいだった、というような声も聞こえてきています。つまり、アメリカも日本と中国とのバランスを見ているわけです。当たり前ですが、究極のゴールは、紛争を回避し、信頼関係をつくることなのです。そういう意味で、安倍総理の靖国参拝というのも、当事者間、プロの間では、残念だったけど、今は参拝した事実を前提にして次はどう対応するか、という話になっているのです。ただ、ここで重要な話は、もう一度、靖国参拝に行くかどうか、という点です。つまり、中国も韓国も一番嫌なことは、トップが安倍総理と握手したにもかかわらず、その後に靖国神社に参拝されるというシナリオを非常に恐れています。逆に言えば、一回行ってしまったということは、もう当分はいかない、ということを匂わせるカードとして使えなくもない。そういう発想で物事を進めていけるかどうか、ということも重要です。つまり、タカ派の効用というか、保守派だからこそ切れるカードというのもあるわけです。
工藤:政治はもっとリアリズムというか、ある課題解決を実現するために、後ろで言ったことと違うことをやっていても問題ないとは思いますが、課題解決に向けた方向性が見えない状況を自分でつくってしまう。こういう状況を戦略的に意図してつくっているのであれば安心ですが、そうは見えないという政治現象をどのように理解すればよろしいのでしょうか。
靖国参拝による外交政策への影響を考慮し、丁寧な説明が必要だった
細谷: 1960年代、70年代といった日韓関係、日中関係を前進させた時代と比べて、今の日中関係、日韓関係は非常に難しい状況になっていて、当時とは根本的な前提条件が、随分変わってしまったということを認識しなければいけないと思います。
一つは、60年代に日韓基本条約をつくっていたころ、あるいは70年代に日中が国交回復をした時代は、基本的には韓国や中国においては、世論に配慮する必要がほとんどなかったことです。その結果、世論を無視して、政府レベルや役人レベルで技術的な問題解決ができましたが、徐々にそれができなくなってきたこと挙げられます
そして、第二の前提条件は、70年代、80年代にはソ連の脅威が大きかったことです。これらの脅威に対抗するために、アメリカは日韓関係をよくするように強い圧力をかけてきました。また、中国もソ連の脅威が北に存在することから、北側に兵力をある程度位置づけるために、中国自身の安全保障上の理由からも南側のアメリカや日本との関係をよくしなければいけなかった。しかし、時代が進み、ソ連は崩壊し中国にとって北の脅威がなくなり南に兵力を展開しやすくなった。韓国も良好な日韓関係を維持せよ、といったアメリカからの圧力も弱くなった。また、中韓両国で世論を無視することが難しくなり、政府間だけで技術的に外交を進めて課題を解決できなくなった。そういった前提が壊れた状況では、いかなる総理であっても、いかなる政権であっても、日韓関係、日中関係をマネジメントするのは極めて難しいと思います。これは、安倍総理一人の問題ではありません。
加えて、靖国参拝について安倍総理が言っている通り、中国、韓国を始めとして、国際社会に大きな誤解があるのも事実だと思います。だとしたら、安倍総理が就任してから靖国神社を参拝するまでの1年間で、国際社会に対して、靖国神社を参拝することが必ずしも軍国主義を賛美しているということではない、というパブリックティプロマシーがもっとできたはずだと思います。そういった靖国参拝への理解が深まった上で、日本のために命を落とした方々に尊崇の念を示す、という謙虚で現実的に抑制的な理由で参拝しているのだ、ということを就任後に行っていれば、だいぶ反応が違ったと思います。そういった理解が深まらない段階で靖国神社に参拝したということが、大きな問題になっているのではないかと思います。
一方で、靖国の問題とは違って、尖閣問題は国際社会で随分、日本の立場が理解されてきたと思います。ですから、今後、安倍総理がもう一度、靖国神社を訪問するかしないかは安倍総理ご自身がお決めになることだと思いますが、少なくとも事後的に、あるいは今後のことを考えて、靖国参拝ということがどのような意味を持っているのか、ということを外国のメディアと世論に対して、理解してもらうような努力が圧倒的に必要になってくるのではないでしょうか。
工藤:中国の経済的な成長による台頭や世界の多極化が進む中で、具体的な脅威があれば、それなりの対応をしなければいけないと思います。しかし、少なくともアジアにおける協力という流れを日本がつくっていくことが、日本の一つの外交の方向として必要だ、ということが前提ですよね。その上で、それをどのように実現していくのか、という方法の問題だということで理解してよろしいのでしょうか。
神保:70年代、80年代と異なる大きな構造的な変化は、中国の台頭だと思います。つまり、中国が必ずしも国際社会のメジャープレイヤーではなかった時代にできたことと、既にメジャープレイヤーとして台頭した時にできることというのは、おのずから異なるということが大事だと思います。例えば、日米関係がしっかりして、日中関係においてあまり争い事が起こらないという条件の中では、アジア各国やその他の国々と協力できることも増えてくるわけです。つまり、日米、日中という重要な二国間との関係性が変化することによって、それ以外の国々との関係性にもより大きな変化をもたらすことになってくるのです。ですから、靖国参拝がここまで大きく日中関係をこじらせるということであれば、靖国参拝をしたとしてもハレーションを起こさないような、政治的な責任が国内には存在している。それが解決されないまま、靖国参拝を繰り返すということが、日本の外交政策にとって本当にいい選択肢なのか、ということを十分に考えないといけないと思います。もしそれが、今後も繰り返されるのであれば、国内的な条件がしっかり整うまで、モラトリアムを行うということも一つの政権の選択肢ではないか、と思っています。
工藤:安定的な政治が外交の基本だと思うので、安定した政権ができてよかったと思っていたら、いろいろな問題が出てきて少しずつ不安になってきました。
密接につながっている日米中の外交と経済関係
渡部:大体、みんな無いものねだりです。完璧な政権などはありません。安倍政権が今の時点で安定している一つの理由は、経済が上向きで、希望を与えるようなことをやっているからです。しかし、経済というのは水ものなので、自由にコントロールできるものではありませんが、安倍政権はやることはやって、タイミングもいいと思います。一方で、経済と外交という問題はつながっています。特に、中国、韓国、アメリカを始め、グローバルな経済関係が構築されている中でビジネスを行っています。幸い、韓国と中国とも、これだけ冷え切った関係の中でも、まだそれなりにビジネスが行われています。これは逆説的なのですが、経済活動が行われているからこそ、両国との関係改善を急がなければ、という話にも本気にならないわけです。もし、経済にも影響して大変な事態になっていれば、もっと本気で、中国、韓国との関係改善に動くと思います。しかし、有権者が究極的に安倍政権に期待することは、経済を良くしてほしい、ということだと思います。安倍首相に、経済関係と外交関係は密接につながっている、という自覚をもってもらうような話を、日本の言論はもう少し真剣に考えてもいいのではないかと思います。
後は、アメリカとの関係です。今の経済は、アメリカ、中国、日本が世界のGDPの1位~3位の国です。この事実をしっかりと見極めておかないと、結局、日本もアメリカも自分で自分の首を絞めることになってしまう。もちろん、これを中国人にもわかってもらう必要があると思います。
東・南シナ海で軍事的な紛争が起こるとの意見が半数近くをしめる
工藤:中国が尖閣諸島、南沙諸島など海洋における力を強めていく中、日本や東南アジア諸国との間に対立が生じている状況で、海洋においていずれ軍事的な紛争が起こると思いますか、と尋ねてみました。結果は、「軍事的な紛争が起こると思う」との回答が42.5%、「軍事的な紛争は起こらないと思う」との回答は33.5%となり、「分自適な紛争は起こる」と考えている人が多い結果となりました。次に、まず、「南シナ海」における紛争回避に向けて、どの対話の仕組みが機能するか尋ねたところ、一番多かったのが「東アジア首脳会議(東アジアサミット)※1」の24.0%で、「APEC(アジア太平洋経済協力)※2」が17.9%で続きます。APECは経済的な枠組みでしたが、一度テロ問題で2001年に政治的な問題を議論したことがありました。そのときは小泉首相が靖国参拝をして、大変だった時期と重なります。
次に、「東シナ海」における紛争回避に向けて、どの対話の仕組みが機能するか尋ねたところ、現在、存在しない「日米中の協議」という枠組みが選択した人が最も多く31.3%で、「日中の二カ国間」の対話との回答も12.8%と三番目に多い回答になりました。
現在でもある枠組みで最も多かったのは、「東アジア首脳会議(東アジアサミット)」で18.4%となりました。
最後に東アジアの紛争回避に向けて、政府間のトラック1の外交だけではなく、トラック2など様々な民間外交の役割に期待政府間の外交だけではなく民間などの対話の役割に期待するかと尋ねたところ、8割近くの人が期待していると回答し、政府外交だけでは無理だという声が出ているということが分かります。
これらのアンケート結果を分解して議論していきたいのですが、南シナ海と東シナ海において軍事紛争を回避するために、どのような方法があるのでしょうか。また、今のままいくと軍事的な紛争は本当に起こってしまうのでしょうか。
「海」から「空」へ問題がシフトすることで格段に増した衝突の危険性
細谷:42.5%の方が軍事的な紛争が起こると回答している。専門家の間では、第一次世界大戦100周年の今年、日中間で偶発的な低烈度の戦争が起こるのではないかということが、欧米の新聞や雑誌で指摘されることが非常に増えてきています。
この一つの理由は、今までは尖閣諸島の周辺の「海」の問題から「空」の問題へシフトし始めたことが挙げられます。「海」の場合は、海上自衛隊ではなくてあくまでも海上保安庁と海警の問題ですから衝突しても大きな問題はないわけです。船体が凹んだり、傷がついたりと、その程度済むような問題でした。ところが「空」の問題になると、例えば、空で威嚇射撃をすることになり、何らかの接触が起きると、海保や海警など法執行機関のバッファーがなく、いきなり軍と軍が対峙することになり、挑発的な行動で冒険主義的な行動が出たときに、意図しない場合であっても、直接軍事的な衝突になってしまうわけです。これは極めて危険な状況であり、何としても避ける必要があります。そのためには、いくつか必要な条件があります。一つ目は、指導者の冷静な対応です。恐らく、何か偶発的な事故が起きたときに、日中双方で、ネット世論を始め、マスコミでも非常に過激な世論が出てきて、非常に強硬な姿勢を示すと思います。そのときにどれだけ日中双方の指導者が冷めた目できちんと冷静な問題解決ができるかということが挙げられます。
もう一つは、それぞれ国内的な事情です。表でどれだけ批判するパフォーマンスをとっても良いと思います。やはり、簡単な譲歩は両国共にできません。但し、表でどれだけ激しく攻撃するパフォーマンスを取ったとしても、裏のチャンネルでお互いの意図、つまり過激な発言がどのような意図でなされたのか、必ずしも挑発的な行動ではなくて、真意としては問題解決を望んでいるということを、しっかりと対話ができるかどうか、ということが大切です。これは先ほどのトラック2の話にもなってきますが、様々な対話の窓口が大切なのにもかかわらず、いまは皆無ということが最大の問題だと思います。
最後に、中国の人民解放軍の知識不足の問題です。近年、民解放軍は急速に軍拡を行ってきましたが、人民解放軍の空軍や海軍が国際法や様々な空域・海域での現場のルール、伝統、慣習というものを熟知して、それを中国の中できちんと理解することの必要性を政府レベルで浸透させてほしいと思います。
工藤:いまの話を分解すると、偶発的な事故や衝突をどのように抑止するかという問題と、万が一仮に、何かが起こった場合、そのエスカレーションを止める仕組みがあるかということです。この点、現時点ではどちらも存在しないのが実状です。ホットラインもなく、首相間の対話もない、実務者レベルでもそのような話もできないという状況です。
紛争回避にとっては必要不可欠なことは、日中両国の認識を一致させること
神保:私自身も偶発的な事故や衝突が、明日起きてもおかしくない状況だという危機認識をもっています。日中両国の常識と了解事項が必ずしも一致していないがゆえに、事故が起きる可能性があるのです。仮に衝突の拡大を防止するというエスカレーションを管理する上でも、十分な理解が醸成されていないがゆえに、日中関係が非常に危険だということになるのだと思います。
例えば、一時期自衛隊の艦艇に中国のヘリコプターが50m近くまで接近したり、あるいは東シナ海上で中国の艦船が自衛艦船に対して火器管制レーダーを浴びせたことがありました。これは軍事常識でいえば相手からロックオンされたことであり、その時点で事態が発生したとみなされ、こちらが反撃する権利が生じうる事態です。そういうところから、実際に紛争が始まり得るということだと思います。始まり得るという危険性を、日中双方がお互いに見積もりを一致させていないということが非常に大きな問題だと考えています。つまり、お互いに計画的、組織的な悪意がないとしても、事故が起こり得るということが、日中関係の不幸を招きかねないというところが重大な問題だと思います。
工藤:この状況をなぜ放置できるのでしょうか。国民の安全を守るということが政府の役割だとすれば、それに対する取り組みがない、ということについてどのように考えればよいのでしょうか。
渡部:それは根本的にその通りですが、そもそも日本は自国を防衛するための仕組みが欠陥だらけなのです。逆に言うと、どこから手を付けていいのかわからないような状況でもあります。アンケート結果でも、「日米中の協議」と回答しているのは、アメリカと中国の間にはパイプがあるだろうから、そのパイプに期待しましょう、という願望があるのだと思います。それから、日中間の偶発的事故も怖いけれど、米中間でも偶発的な事故が起こるようなことはあり得ます。この前も南シナ海でニアミスがありました。ただ、それでも日中間よりいいのは、まだコミュニケーションチャネルを米中間の軍同士で維持しているからです。面白いことに、日本人は米中間のパイプに期待しながら、米中で手を組んで、日本を無視するのではないか、というやきもち感情を持ったりするわけです。この辺は冷静に考える必要があると思います。なぜ、日中間でコミュニケーションできないという事態を放置しているのか。そのように真剣に考えると、今の時点で靖国神社に参拝すべきではないでしょう、というふうに思わざるを得ません。このように考えられるかどうかは、日本の言論の成熟度を測れる話かもしれません。
工藤:南シナ海では、中国がASEANなどに対して今後も影響力を強めていくと思います。一方で、アメリカはASEAN諸国と二カ国間でいろいろな同盟関係を結んでいる。しかし、それでも紛争という問題に関しては、コントロールするということが実現していないわけです。この南シナ海の問題と東シナ海の問題は最終的にどのようなかたちで決着していくと思いますか。
東南アジア諸国の能力向上のために、日本が果たす役割とは
細谷: 2010年にヒラリー・クリントン国務長官が南シナ海の問題についてかなり踏み込んだ姿勢を示しました。それが、おそらく昨年の1月まで続いていたと思いますが、オバマ政権2期目が始まり、明らかに後退していると思います。南シナ海に対してアメリカが非常に強い意志を持ってコミットするという立場から、危機を避けるために明らかに米中間で調整をするという方向になってきました。それは必然的にフィリピンのような弱い国を切り捨てるということになりますから、フィリピン、ベトナムをはじめとした中国の圧力を感じている東南アジアの国々が、今、過剰に日本の政府、安倍総理に期待している状況だと思います。そういった東南アジア諸国の思いは、安倍総理が東南アジアを訪問して非常に強く感じているのではないでしょうか。つまり、南シナ海で今、力の真空が生まれつつあるわけです。そして、力の真空を放置すれば中国がより一層浸透してくる。それを跳ね返すために、アメリカがもしも頼りにならなかったら、日本にも一定程度助けてほしい、ということで、日本への期待感というものが高まっている。実際に、例えば、海上保安庁の船をフィリピンに提供するとか、様々なかたちで大きな意味を持ってきています。ですから、南シナ海の問題で重要なことは三つあると思います。一つ目は、これらの海域で力の真空状態が起こらないように、東南アジア諸国のキャパシティビルディング、すなわち、それぞれの国の能力を向上させるということ、二つ目として日本が東南アジアとの関係を深めるということ、三つ目が一番重要ですが、東南アジアできちんとしたルールを作り、そのルールを中国が尊重するような制度と文化というものを育んでいく、ということだと思います。力で問題を解決するのではなくて、ルールに基づいて東南アジア、南シナ海の問題を解決する、ということを東南アジアから強い声を上げて要請すると同時に、日本とアメリカが保証人となって中国に要請をしていく必要があると思います。そのルールが根付いてくれば、おそらく新しい文化と安定というものが生まれてくる。ただ、それは決して簡単なことではないと思います。
工藤:確かにそういう役割を南シナ海でできればいいです。一方で、東シナ海ではできないので、その役割をどうするかという問題は別途あります。ただ、少なくとも南シナ海で権力の真空状態がある中で、日本がどのようにかかわっていくのか、ということが問われ始めている。では、ルールをつくっていくためには、どうすればいいのでしょうか。
神保:大事なことは、日本が2010年の防衛大綱でグレーゾーンに対する危機への対応ということを提示しています。実はフィリピンもベトナムもグレーゾーン領域の問題を抱えています。先ほど、力の真空状態という話がありましたが、中国の台頭に東南アジアの国力ではとてもついていくことはできないので、何らかのかたちで、中国の海洋進出を止める手立てを考えなければいけない。一つはアメリカにお願いするということが挙げられます。フィリピンはここ数年、米比同盟の強化を行ってきましたが、アメリカも実は微妙な態度をとっていて、中国の海洋進出が現状を変更するかたちで一方的に進むことには反対なのですが、同時にフィリピン自身が勝手に問題を起こすことにも反対しているのです。ですから、フィリピンに対するキャパシティビルディングとか、同盟のコミットは必ずしもフィリピン自身が中国に対して強硬な立場をとってもいいよ、ということを意味しないということを理解しないと、秩序の安定は保てないと思います。そこで、大事なのはやはり、アメリカに頼るだけではなくて、自国の国力において、グレーゾーンのキャパシティをどうやって作るのか、ということが大事になってきます。それは中国海軍と対等な戦略を整えるという意味ではなくて、少なくともスカボロー礁や、あるいはベトナムの漁業権益があるところに対して牽制ができる。中国が仮にハラスメント行動をとった時に、それに対して牽制することができる能力は自前で準備しましょう、というのが重要なポイントで、その点については、日本が様々な協力をする余地があるところだと思います。だから、アメリカの第2期政権のコミットは少しひ弱に見えるところはあるかもしれませんが、日米の協力を上手く東南アジアで調整することができる余地を与えているかもしれない。そのように考えると、今年から日米の東南アジア協力政策というのはかなり進む可能性があると思います。
工藤:オバマ政権は2期目で、東南アジアに対する方針が大きく変わり始め、ひょっとしたら弱い国が切り捨てられるかもしれない、という指摘に少し驚きました。今後、アメリカのアジア関与と、その中で日本にどういうことが問われていると思いますか。
渡部:アメリカのオバマ政権の1期と2期の対中政策は、ニュアンスは違うとしても、実は1972年のニクソン政権から大きな意味ではそんなに手持ちの駒は変わっていません。ある程度強硬なところで、軍事力で抑えを効かせるヘッジ(保険)政策。中国に対して関与政策、つまり協力的なことを行う政策。加えて、中国を取り囲む国に働きかけて、国同士のバランスを取って影響を与える政策。この3つの玉をジャグリングをしている。それらを使い分けながら、ある場合には強く言ったり、弱く言ったりしているのです。ただ、現在のオバマ政権で心配なことは、ヒラリー・クリントンが国務長官の時には、彼女自身がアジアの事について真剣に考えていましたが、今のケリー国務長官は中東和平に傾斜しています。また、スーザン・ライス国家安全保障担当補佐官は、アフリカや中東を見ている人なので、あまりアジアに造詣もないし、思い入れもなさそうなことが不安要因です。ただ、国防総省やアメリカ軍は、やはり中国への対処が最重要の課題だと思っているから、きちんとした対応をするし、ヘーゲル国防長官も中国の問題について話はする。アメリカの政権も、日本の政権も毎回言っていることのニュアンスは変わるかもしれませんが、基本的な日米同盟関係へのコミットメントはそんなには変わりません。そのニュアンスの違いの部分をどう埋めるのかが課題です。先ほどの神保さんの話で日本の東南アジアでの能力構築支援が出ましたが、これには米国は大いに同意できます。最近オバマ政権の元高官が日本に来ていたのですが、日本が昨年末に出した国家安全保障戦略の中で、特に東南アジアの能力構築支援のことが入っていることにとても興味を持っていました。つまり、アメリカとしてはそれを日本にやって欲しいのです。アメリカのリソースも限られているし、アメリカの国民の中にも、同盟国が全て頼ってくることは勘弁して欲しい、思っております。そういった点からしても、日本はこんなに東南アジア諸国へ支援を行っているのだ、ということは政権としてもアピールしやすいと思います。
工藤:先程、細谷さんの話の中で、日本とアメリカが協力し合って、南シナ海の問題でルールを作っていくという話がありました。そうであれば、東シナ海で、そういうルールを先に作ることはできないのでしょうか。
東シナ海で紛争を回避するためのルールをつくることはできるのか
細谷:日露間では国際的なルールに沿ったかたちで、お互いにプロフェッショナルとして対応していました。それが日中間では行われていない。日露間では一定程度、現状変更しないという点での認識は共有されていると思いますが、中国は日本が実効支配している尖閣に対して、現状変更したいと思っているわけです。そうすると、そもそも戦略目標が大きく違ってくることになります。ですから、日中間ではお互いここまでは来るのはいいけど、ここから先に来るのは止めよう、というような互いの手の内が分かっていない。だからこそ、お互いに強硬な路線を演じながら、まずは事務レベルで、あるいはトラック2でも水面下でもいいと思いますが、実はあるラインのところでぎりぎり止まっている、という最低限の限界値を決めておけば、本当にプロフェッショナルに危機管理ができると思いますが、まだそこまではいっていないのが現状だと思います。
工藤:確かに歌舞伎というけれど、表での見せ方ではなくて、本当の見せ方のところがまだ手探りというか、コミュニケーションがないのは不安ですよね。最後にそれぞれ何か一言ありますか。
神保:まず東シナ海でルールを作るということについては、日本から積極的に提案していけばいいと思います。ただ大事なことは南シナ海と違って、いわゆる領有権問題を棚上げして、共同開発をするという方式自体を当てはめることはきわめて難しい状況にあります。同じような規範を作っていこうとすると足元をすくわれる可能性があるので、まずはしっかりと海上連絡メカニズム、海上事故防止協定という軍のパイプを作り、危機を回避するということをアジェンダとして掲げた方が、実態として危機管理に役立つものが制度としてできるのではないかと思います。
渡部:どのような事案にしても表と裏があると思いますが、その裏の関係の重要性を日本と中国が共に、どこかの時点で否定してしまった。今、日中間のパイプがないと文句を言っていますが、かつては中国とのパイプを持っている人を媚中派と呼んで攻撃したりしました。利権が問題にされたのだと思いますが、利益があるからこそ、みんな一生懸命頑張って中国との関係を作るという効用もあったのです。そういうような大人の関係の作り方が、日中間にはもう一度必要だと思います。そして、メディアや日本の社会も、もう少し物事の表と裏で動いていることの両方を理解できるようにする。そして、それを許すような度量を構築した方がいいと思います。極論すれば、国内で与野党の裏チャンネルである国会対策委員間の国対政治のようなものが国際的にも必要だという現実を理解する必要があると思います。
工藤:今日は日本の外交に問われているものということで、かなり幅広く、しかし焦点を絞ったかたちで議論をしました。皆さんも色々と考えることがあったのではないかと思います。この議論はまだまだ続けていきますので、今後もご期待ください。今日は日本版NSCの話は少ししかやらなかったのですが、この発足を機に日本外交についての議論をしました。皆さん、今日はありがとうございました。
※1 東アジアサミット
ASEAN10カ国、日本、中国、韓国、オーストラリア、ニュージーランド、インド、アメリカ、ロシア
※2 APEC(アジア太平洋経済協力)
オーストラリア、ブルネイ、カナダ、チリ、中国、中国香港、インドネシア、日本、韓国、マレーシア、メキシコ、タイ、ニュージーランド、パプアニューギニア、フィリピン、ロシア、シンガポール、チャイニーズ・タイペイ、アメリカ、ペルー、ベトナム