2012年11月15日(木)
出演者:
小峰隆夫氏(法政大学大学院政策創造研究科教授)
宮川努 氏(学習院大学経済学部教授)
山田久 氏(日本総研調査部長)
司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)
工藤:こんにちは。言論NPO代表の工藤泰志です。昨日の党首会談で野田さんが16日、つまり明日解散をするということになりまして、一気に総選挙という状況になりました。言論NPOは、この言論スタジオで今度の選挙の準備として有権者にきちんとした政策を考え、選挙の時に自分の意思を表明してもらうための議論を行ってきました。選挙というのは有権者にとって民主主義の中に占める重要なチャンスですから、私は今日もきちんと議論をしてみなさんにできるだけ色々なことを考えていただきたいと思っております。今回は日本の成長戦略についてです。私たちは以前もお話ししたように、アンケートを取った時に今回の選挙の争点は7つもあり、成長戦略は3番目になっていました。今日は、この成長戦略を考えていく上で、なくてはならないという人にゲストに来ていただきました。ゲストのご紹介です。まず法政大学大学院政策創造研究科教授の小峰隆夫さんです。そしてお隣が学習院大学経済学部教授の宮川努さん。最後に、言論NPOでいつもお世話になっておりますが、日本総研調査部長の山田久さんです。
第1部:野田政権「日本再生戦略」の評価は?
家計所得を増やす道筋が見えない
工藤:さて、成長戦略といっても非常にわかりにくいのですが、ただ政権は日本の経済を成長させなければいけないということで、そういうプランを何回も出しているんです。今年7月には野田政権で日本再生戦略というものが出されているんですが、まずこの評価から、山田さんからどうぞ。
山田久:元々、政府は成長戦略というのはある意味、内閣が代わるごとに出してきているわけです。民主党になってからも菅内閣の時に一回、新成長戦略というものを出して、それが野田総理になってからその間に震災がありましたから、その環境変化を踏まえて新たに再生戦略というのを出したというものです。
工藤:ということは、この成長戦略というのは繋がっているのですか。
山田:そうですね、それなりに個別の政策なんかは連動性があるかと思っています。逆にいうと、同じ構成をしているということなのです。そういう意味では、その前から自民党の内閣の下でもされてきたのですけど、だいたい同じような構成になっていて、前の方に、こういう形で経済成長が大事だ、と総論的な話がざっと書いてあって、後に個別政策がざっと羅列されている形になっているのです。最後に工程表というか、いついつになるまでに、というものがばっと書かれているという構成です。これはずっと変わっていないです。それを見ていますと、最初の総論のところに経済成長を持続的にしていく時のメカニズムというのが、どこまで掘り下げて書かれているのか、いつもよくわからないのですよ。
工藤:メカニズムというのは何ですか。
山田:例えば、経済成長を持続するということになると、まず何か需要があります。需要があってそれに応じた生産、企業活動があって、それで利益が上がってくる。その利益が家計に分配されて家計所得が増える。家計所得が増えて、これがまた売り上げに繋がっていく、そういうふうな連関があります。そういうものがあんまりよく見えないのです。一言でいうと、その産業政策的な、元々経産省が土台を作って、というところなのです。そういう意味では、確かに人口が増えて自動的に需要が増える社会だったら産業だけやっていればいいのですが、今はもう賃金が下がって人口が減っていますからどうやって最終的に所得まで、という。
工藤:そこのどこのところを強化したいのか、というのが見えないということですよね。
山田:総論的にはそのメカニズムが見えないのです。産業サイドだけの話で終わってしまっているという。それとあとはやはり個別政策、ターゲティング・ポリシーといって、有効性そのものが論点なのです。個別の政策をどこまで政府はできるのか、個別の分野を成長させるのか、それなりのやはりロジックというか、きちっと整理した上でそういう提案をしないと駄目なのですけども、今回はわっと羅列されていて、しかもその優先順位が見えないのです。結局、資源は限られていますから、調整していくにも。だからそういうメカニズム、要は所得、最終的にはやはり家計の所得を増やしていかないと駄目という、そういうメカニズムが見えない。それから個別のターゲティング・ポリシーの有効性がはっきり考えられない中で、個別政策を悪くいうと羅列してしまっている。最後にその優先順位が見えない。私はその三点が共通して問題点にあるのではないかと思っています。
工藤:ということは、ほとんど効果がないのではないかと言っておられますが、そういうことでいいのですか。
山田:結果としてそうなのです。では、経済成長しているかというとね、いやゼロとはいいませんよ。
「政策の使い捨て現象――継続性のある経済計画を」
工藤:はい、わかりました。じゃあ小峰さんに聞きたいのですが、色々な経済的な成長戦略が何回もあると、それはちゃんと実行されているのか、効果が上がっているのかわからないまま、また別な計画が出るみたいな感じで、計画のありがた味がちょっと見えなくなっているんですが。そういうことを踏まえてどういうふうに考えればいいのですか。
小峰隆夫:私はそれを政策の使い捨て現象と呼んでいるのですけど。
工藤:まったくそうですね。
小峰:内閣ごとにこういう政策だといって、次の内閣になると次の政策がまた出てきて。最初にいいことを言っても、それは使い捨てで、また次になって、それが繰り返されてきているという。成長戦略というのは長期的に一貫してやらなければいけない問題なので、これはかなり大きな問題だと思うのです。
工藤:昔、歴史的にいえば色々な経済計画というものがありました。そういうものと今のこの問題は違うのですか。
小峰:これは重なっているのです。これはですね、私に言わせれば作り方の問題なのです。つまり成長戦略をどうやって作るかという問題なんですが、私は昔の経済計画的な性格をもっと入れた方がいいと思っているんです。経済計画の役割というのは、一つは総理が今度こういうことをやりたいと思う。だけどそれは総理のアイデアであって、それは直接政策にはならない。そこで経済審議会で有識者が集まってそれを政策ベースにするにはどうしたらいいかということで、色々と揉むわけです。そういう間にだんだん現実的、リーズナブルになっていって、さらにそれをやっている間に、その議事録を出したりしていますから、だいたいどんな議論が行われているのか、みんなわかるわけです。参加している人も組合の代表、消費者団体、企業関係、学会関係、色々な分野の人がああだこうだ言っているうちに、だいたいこういうのがコンセンサスじゃないかというのができてくる。それを審議会が答申して、閣議決定するというプロセスですので、それができた頃にはある程度長期的な方針としてかなり確立したものになっているのです。その辺が民主党の時には官僚依存から政治主導へ、ということになってしまったので、経済計画的な官僚も入ってびっしりやるというのもそれはそれなりに問題があるのですけれども、民主党みたいに政治家がどんどん決めてしまうというのも、それなりに問題がある。だから上手くハイブリッドなものをこれから作っていって欲しいなと思いますけど。
工藤:今の話は僕もちょっと気になっていたのですけども、計画を作る時にも有識者だけじゃなくて色々な官僚も入ってとか、そういう形の方が動きやすいと。今回はそうではないから実効性に関して結構、疑問があるということでしょう。
小峰:ええ、これは色々なメリット・デメリットがあって、あまり官僚が出ていくとこれは本当に官僚の思い通りになってしまうという。だけど逆に政治家だけでやると今度は現実性のないものになってしまう。有識者だけでやると今度は誰が有権者の代表なんだ、という問題が出てくるので、どこかに偏してはいけない。その三つがうまくバランスのとれた形でやっていく必要があるのですけれども。ですから昔の経済計画に戻せというわけではなくて、今の成長戦略の作り方に、もっと有識者の議論なり官僚の継続性を持った考え方なり、そういったものをもうちょっと入れた方が長期性のある着実なものになるのではないかということです。
工藤:宮川さんどうですか。今の二人の話を踏まえながら評価してみると。
「間違いではない成長戦略」
宮川努:私も今年8月、日本経済新聞の経済教室に書いた時に、もう毎年のように内閣が代わるたびに中期計画だとか、成長戦略が出てきていて、非常にインパクトが薄くなっているということは申し上げてきました。ただ成長戦略そのものは決して悪くない、成長戦略を打ち出すこと自体はこの時期必要だな、と。ヨーロッパ、アメリカ、日本も大きな金融危機を経験したわけですけれども、その金融危機の時に最初にやるべきことは、実は金融システムの安定化ということで、これは中央銀行とか金融当局がしっかり頑張って金融システムの安定化政策をやらなきゃいけない。ただ、金融危機が起きた時の経済の落ち込みというのは通常の不況よりも深くなりますから、そこからどうやって脱却するかという時には、単に金融政策だけでは賄えない。そういう時に、その国の実質上に応じた適切な成長戦略が必要になる。そういう意味では2000年代から日本が成長戦略を打ち出してきたこと自体は間違いじゃないと思います。ただ、あまりにも何度も何度も成長戦略が打ち出されてきている。そもそも中長期のビジョンを出すべきものが、毎年変わってしまうということで、ちょっと一般の人から、またかなり政策に興味のある人から見ても、関心を持たれなくなってしまうという現状になってきていると思います。
工藤:確かに僕もそう思っていまして、それでアンケートを有識者の方にしてみたのです。それで「7月に閣議決定された日本再生戦略というもので、日本経済再生の道筋が示されたと思いますか」という質問に対して、「示されていない」が32.9%、「どちらかといえば道筋は示されていない」が34.3%ですから7割近い人が、この日本再生戦略に期待をしていないということですが、これはどういうところにあるのでしょうか、一言でいうと。
山田:先ほどの我々の議論の中に集約されているのではないでしょうか。継続性が見えないとか。
工藤:確かにそれはあります。そもそもの議論なのですけど、この経済成長戦略というのは何を出すんですか。最近、名目成長率をどうするかとか出るじゃないですか。それは成長戦略の目標になるのですか。政府は成長ができるような基盤とか色々なシステムとかということなのですが、それがなかなかこのメッセージで伝わってこない、成長戦略をどう見ればいいのかがわからない。「何なのこれは」、という感じがあるのですけど、それはどうでしょう。
小峰:これは成長戦略に何を期待するかということなのですけれども、よくあるのは将来ビジョンをちゃんと示して欲しい。それでさらによくあるのは、明るい展望を示して欲しいということもよくあるのです。国民に元気を与えるようなものにして下さい、というのがあるのですけど。それで例えば名目3%、実質2%の成長を実現します、とか。それから健康分野に50兆円の需要が出て284万人の雇用を創出します、とか。こういう元気のいい数字がどんどん出ているのです。これはビジョンを示そうとすると、どうしてもそうなってしまう。しかし、もう一つはその実行計画、実際にどういう計画でやるのかという実施の方針を示してくれということだと、これは成長を例えば名目3%にしますといってもですね、過去20年間名目3%なんて実現したことがないわけで、政府が宣言すればできるというものではないわけです。そうすると今度は、じゃあそれをやるために何をするのですか、ということが必要になってくる。これが実はちょっと食い違っていたのです。ビジョンでいいことを言おうと思うと、どうしても元気のいい数字がポンポン出てくるのだけれども、それは必ずしも実行計画で担保されているものではないということになってしまう。
工藤:だから一般の人は、こう元気のいい数字が出てもそれがどういうふうに実現するのか、多分、みんなほとんど分からないと思うのです。
小峰:これは目標の出し方で、かなり難しい問題になるのですが、今工藤さんがおっしゃった名目3%、実質2%なんていうのは、政府のコントロールできる範囲を相当超えているわけです。政府が思ったからといって簡単にできるわけではない。そうすると、例えば私が、気がついたのは医薬品とか、医療機器とかそういうことで何兆円の需要が出てきますというふうに言っているのだけれども、これは政府がコントロールできるわけではない。民間企業が一生懸命開発してやるわけです。政府ができることは、書いてあるのは例えばフィスカル・ラグというのだけれど。
工藤:タイム・ラグですね。
小峰:タイム・ラグ。医療の検査期間を短くするとか、診療機械も認可を早くするとか。
工藤:それは書いてあるわけですよね。
小峰:書いてあるのですが、これこそまさに政府ができることなのだから、そこに例えば検査期間を今3年かかっているのを2年にします、とか。これは政府のできる目標なのです。ところが実際に出てくる数字が、政府が必ずしもできない数字ばかり出てきていて、政府が本当にやらなければいけない数字がない。なんでないのかというと、その数字を出してしまうとできなかった場合に当然責任が出てきますから。それは、役所は出したがらないのですけど。
工藤:でもそれを出すから検証ができるわけですよね。
小峰:そうですよ。だから本当に政府ができる数値目標を出すというのが必要。
中途半端だった日本再生戦略
工藤:宮川さんどうですか、自民党からも出ると成長率を競うような、数字の競い合いみたいになってしまって。何をしたらいいのかわからなくなって。だからこの計画を本当に成長させなきゃいけないわけです。
宮川:でも、おそらくこれからの成長率のベースになるのは、このアンケートにもありますけれども、エネルギー政策ではないかと思います。エネルギーをどう使っていくか、もしくはエネルギー価格をどういうふうに抑えていくかということが、かなり大きな経済成長率を決める要素になると思います。先程おっしゃった問1で、60%ぐらいの人が、あまり道筋がわからないというのは、菅内閣の経済成長戦略と今回の日本再生戦略の間に東日本大震災が挟まっているわけです。だから東日本大震災という大きな災害があって、そこから再生しようというようなメッセージを込めているにもかかわらず、エネルギー戦略みたいなものは、まだこの時点では決まっていなかったわけです。環境エネルギー会議でまだ議論していたところで、それにかなり経済成長率というのは依存してくるところがあるわけです。ですから非常に中途半端な状態で日本再生戦略は出されたような気がするのです。
それはおそらくこの膨大な日本再生戦略というのが、各産業レベルで見ると各所管官庁からのある種の予算要求のための資料というか、そういうふうに使われているのではないかと。そうすると8月が終わるぐらいまでに出しておかないと、次の年度の予算要求に新しい弾として出せないというところもあったのではないかと私は思いますけど。
工藤:いや、たぶんそうだと思います。今回の成長戦略の案ずべき問題が出たのですが、ただ、日本経済の競争力を上げていかなければいけない、成長させていかなければいけないということは事実なのであって、それに対してどういうことを考えていったら成長できるのか、ということが必要だと思うのですね。先にアンケートの結果から皆さんにお知らせして議論を進めたいと思います。我が国の経済再生を果たすために何が最も大事か、ということで、例えば産業分野の話とか色々内容が出ると思ったのですが、上位に並んだのは、社会保障制度の立て直し、という問題ですね。高齢化で高齢者がどんどん増えて行きますから、それに対して費用負担も含めてどうするかということが決まってないのではないか、と。それからエネルギー。さっき宮川先生がおっしゃったように、エネルギーの安定供給ができないのに何が成長だ、と。それが35.7%。次にTPP(環太平洋経済連携協定)の推進が三番目。観光立国とか、医療介護の生活支援サービスとか具体的な話はかなり下になっていまして、その前に、環境システム、経済の基盤といったものに皆さんの関心があったのですが、これをどういうふうに考えればいいのか。
誰もが喜ぶことしか書かない再生戦略
宮川:要は、社会保障にしてもエネルギーにしてもTPPにしても、企業活動にとってはコストなのですね。これが今の日本の社会では非常に高いってことです。保険料は結局、企業が払わないと駄目だし、エネルギーコストもそうですね。それからTPPっていうのは関税なり色々なコストが上がっている。だから、個別政策は一生懸命やっているのだけど、それ以前に色々な障壁が多い。日本の中で経済活動をしていく障壁が非常に多い、そこの所をみなさん指摘しているのではないか、という感じを受けましたね。
工藤:このアンケート結果は健全ですよね。
宮川:そうですね。
工藤:小峰先生はどうですか。
小峰:これは、ちょっとびっくりしたのですが、私に言わせると、この三つは非常に重要だけれども、今の再生戦略に出てこないものなのです。
工藤:書かれてないことなのですね。
小峰:そう。というのは、社会保障の立て直しというのは、再生戦略では健康分野で医療とか介護で50兆円と言っていますけれどね、50兆円ってことは、自分で払うんじゃなくて社会保険で払うのですから、50兆円誰が払うんだって話になってくる。そうすると、これは明らかに社会保障制度と関連してくる。そこを言わなきゃいけないのだけど。
工藤:書いてない。
小峰:書いてない。それからエネルギーも宮川さんがおっしゃったように、非常に重要だけど、書いてない。TPPも、グローバル化とか農業再生にとって重要だけど、これも書いてない。だから、この三つは非常に重要だけれども、再生戦略に具体的なことは書いてない。何故書けないかというと私に言わせれば、書けば必ず反対者が出てくる問題ばかり。私に言わせれば、それは全部逃げているということです。選挙でも恐らくそういう話になるかもしれない。つまり、みんなが口当たりのいいことばかり言っている、本当に重要なことは出てこない、そういうことになっています。
工藤:これは、今の話を聞いてなおさら重要だと思ったのですが、宮川さん、どうでしょうか。
宮川:小峰先生がおっしゃったように最初の三つっていうのは再生戦略には書いてない。むしろ、戦略というより、成長基盤。これからの日本の成長基盤と言った方がいいですね。これをどう再構築するかという。社会保障制度についてもエネルギー安定供給についても、既存の制度を維持していくことは不可能ですから、これをどう再構築していくかということが今、凄く求められている。戦略っていうのはむしろ、下の四番、五番目だと思うのですね。いわゆる、新しいエネルギーをどう開発していくか、それから、その他のイノベーションをどう促進していくか。ここはもっと骨太に成長戦略として展開していかなければならない部分だと思います。ですから、このアンケートは、基盤の部分は一番大事なのだということと、それから、四番目と五番目で戦略としてはここを重視して欲しいということがよく表れているかなという印象は持ちましたけどね。