第1部:野田政権の「100日」をどう評価するか
工藤:こんばんは。言論NPO代表の工藤泰志です。言論NPOでは私たちが直面する問題に関して、みんなで一緒に考えようということで、この言論スタジオを行っています。
本日は、「野田政権の100日評価とマニフェストの在り方」ということで、話し合ってみたいと思います。言論NPOのマニフェスト評価委員の3人の方に来ていただき、公開で行われるマニフェスト評価会議だという位置付けでやっていきたいと思っています。
それではゲストの紹介です。私の隣が株式会社野村総合研究所顧問の増田寛也さんです。
そのお隣が、日本総合研究所理事の湯元健治さんです。
最後が慶應義塾大学経済学部教授の土居丈朗さんです。よろしくお願いします。
党内融和の矛盾が見え始めた
工藤:さて、早速ですが、12月10日に、野田政権は100日を迎えました。私たちは100日まではハネムーン期間という事でまず温かく迎え、しかし100日経ったら有権者として、きちっと厳しく評価しようということで、毎回100日評価をしています。私たちはこれを安倍政権からやっていまして、今回で6回目になります。
有識者の意見を聞きながらこの評価を始めるのですが、予算編成がまだだという事もあり、予算編成の状況を見ながら、きちんとした評価をしなければいけないと思っています。というわけで、今日はまず1回目、100日をふまえた上で、今の時点で野田政権をどう見るかということについてみなさんと議論をしてみたいと思います。
野田政権のこれまでの実績を踏まえて、皆さんに100点満点で何点か、その理由はなんなのか、をお聞きしたいと思います。増田さんからどうでしょうか。
増田:点数は50点です。60点合格点として。合格点は取っていないのですが、50点をつけたのは、前の政権と比較してということです。菅政権にくらべれば、すこし形にはなっているのではないか、ということで、この点をつけました。
工藤:菅政権がひどすぎたという事ですか。
増田:菅政権というのは、身内の民主党からも「早く辞めろ、辞めろ」の大合唱だったので、政党政治の体をなしていなかった。しかし、野田政権が合格点にいっていないというのは、代表選挙の時の各候補者の中で、あの人だけは増税を言っていたわけです。ですから、この政権は何をするための政権かというと、増税するため、消費増税を目指す政権だと思うのです。そうであれば、この前の国会の時に「身を削る」ところをちゃんとまず成立させなければいけなかった。ところが、それを全く出来ずに国会を閉じざるをえなかった。2人の大臣の問責が出たからということでしょうけれど、やはり、何のための政権かという最初に躓きが生じて、「身を削る」ところができていない。増税についての国民的な理解は、そもそも抵抗感ある中で難しいでしょうから、そういう意味でも合格点には達していないということになります。
工藤:はい、わかりました。湯元さんはどうでしょう。
一応、課題には取り組んでいるが
湯元:私は増田さんよりちょっと甘めかもしれませんが、60点という事でぎりぎり合格としています。
所信表明演説で、この政権の最優先課題というのは「震災からの速やかな復興」ということをうたって、第三次補正予算の成立に全力を挙げた。細かく見ますと、時間が相当かかったとか、内容的にこれで十分なものかなど、色々な点でマイナス点になるところはあると思うのですが、言ったことをきちんと11月21日に予算を成立させて、実行させました。その間、急激な円高、ヨーロッパの債務危機、不測の国際環境の変化というものもあって、それも柔軟に第三次補正予算の中に円高、空洞化対策等、経済対策も織り込む形で実行した、ということです。
あと、先ほど増田さんもおっしゃったように、菅政権の反省に立った修正というものを柔軟にやってきたのかなと思います。例えば、原発、エネルギー政策というところで言えば、菅政権は「脱原発」という方向に急激にかじをきりかえて、かなり混乱をもたらしたところがありましたけれど、「減原発」という言葉に変えて、もう少し中期的な視野で原発依存度を下げていこう、と。目先、安全性が点検されたものについては、再稼働を出来るだけやっていく、こういう、非常に現実的な方針を打ち出した。
それから、いわゆる菅政権以前の政治主導による政策決定ですね、これは政治主導を意識するあまりに官僚の知恵を使うことを上手くできなかった、非常に大きな混乱をもたらしたという所があったと思いますが、野田首相は「脱・脱官僚」と難しい言葉を使いました。先ほど増田さんが指摘されたように、これを言ったがゆえに公務員給与の引き下げの問題が十分できていないという問題もあると思います。しかし、いずれにしても、政策決定のプロセスを官僚の知恵や、民間の知恵、これは小泉政権の時の経済財政諮問会議に似た組織で、国家戦略会議というのを作って、民間の知恵も活かしながら、政策決定をしていこうという柔軟なスタンスの変更は、私が高めに評価する要因であります。
はい、わかりました。ちょっと高めすぎるような感じもするのですけれど。土居さんはどうですか。
土居:わたしはこれからの期待も込めて60点です。
高いなあ、今日は。
政党交付金基準日の1月1日までは分裂回避?
土居:今の段階では60点という数字はあげられないと思います。ただ少なくとも、これからある種、豹変してくれるのではないかという期待を持っているので、期待分を加算して60点です。
どういうことかといいますと、TPPへの参加表明というあいまいな表現、それから、社会保障・税一体改革に向けての、ある種、微妙にスピードの遅い展開、というのは、すべて、1月1日の政党交付金基準日、これにかかっているのではないかと思っています。つまり、年内にまとめるとはおっしゃったのですけれど、本当に強いことを年内に言いきってしまうと、離党者が出るかもしれない、分裂するかもしれないということがあるのです。ただ、1月1日を越えると、否が応でも、分裂しにくくなるという事がある。願わくば、1月1日を越えたところで本腰を入れて、TPPなり、消費増税なりをきちんと手を打ってやっていって欲しいし、そういうスタンバイを年内にできるかどうか。ある種、潜伏期間みたいなもので、本腰を入れて今、12月にやってしまうと、反発を受けてたちまち分裂する恐れもあるので、そこは穏やかにやっているのではないかというのが私の推論です。
だからこそ、奥歯に物が挟まったような言い方だったりして、本当にやってくれるのか、こんなんで期待していいのかという感じはするのですが、私の推論は、分裂させないように何とか保つ。だけど、TPPの参加についても野田総理は前向きだと言われている。それから、一応、不退転という言葉をお使いになりましたけれど、社会保障・税一体改革もかなり前向きである。これは、ご本人の本音ということであれば、たぶん前向きに進められると私はまだ信じてはいます。ただ、1月1日を越えて、やっぱり何も変わらなかった、と、相変わらずスローペースだし、奥歯に物が挟まった言い方しかしない、ということだと、期待分で点数を挙げた分は取り消させていただきますと言わざるを得ない、そういう感じです。
基本的に、言論NPOの評価は、きちんとした評価基準に基づいて評価を行うのですが、ただ100日だけは、有識者のアンケートも組み合わせて判断しています。そのアンケートは予算編成の問題をどうしても入れなければいけないので、年末になると思いますが。今日の議論の参考に先行で簡単な100日アンケートを有識者対象にやってみました。その結果がお三方とはまた違うので紹介します。
野田政権は、期待以上だったという人が11.6%でした。期待通りというのは22.1%ですから、期待と比べてプラスだというのが約3割です。逆に期待以下とそもそも期待していない人が6割あるわけですから、基本的にはプラス評価が3割、マイナス評価が6割という、非常に厳しい評価です。
ただ、歴代の安倍政権以降の比較をしますと、この前の菅政権があまりにもひどくて、期待以下というのが9割ぐらいあったわけです。それから見れば、野田政権というのは、前の自民党の福田政権の100日のアンケート結果とかなり近くなっています。
ただ、これから「100日後の野田政権に期待できますか」という設問には6割の人が「期待できない」という評価なのですね。この回答者は、有識者、企業の経営者、メディアの編集幹部のかた、学者さんからの評価なのですが、この結果について、増田さん、どうでしょうか。
政治スタイルを転換しないと、今後は動きがとれなくなる
増田:菅政権なんかはまさにそういう評価だと思います。野田政権について言うと、スタートの時に、党内融和を非常に重んじて、各大臣を全部の所からとって、当然、防衛大臣は安全保障に素人ですということを宣言した人がなっています。過去に、マルチ商法にエールを送っていたような人が大臣になっている。その人たちが案の定いろいろな問題を起こし、野党から問責が出てくる。ねじれ国会というのは最初からわかっていて、同じような軌跡を菅政権が辿りましたので、野田政権にも学習効果があるのかと思っていたのですが、特にそういうことも無い。私は問責決議が出されそうになったら、2人を罷免して国会延長して、公務員の給与削減とか、国会議員の歳費削減をやらないといけないと思っていたのですが、何もしないでずるずると来ています。年が明けると非常に厳しい状況になるのですが、手をうっていない。ですから、先ほど、今までの過去を見て50点と言ったのですが、私は色々な意味で、そもそも野田さんが今まで心がけてきた政治スタイルを180度ガラッと転換しないといけないと思います。今、福田政権ぐらいの感じだとおっしゃっていましたけど、いずれにしても今後は非常に厳しく、ガタッと底が下がっていくということになるのではないでしょうか。要は、物事を決められなくなりはしないか、と。
工藤:野田政権を見るときにここが一番重要なのですが、党内融和を重視した、と。逆に言えば、党内融和をしないと、かなり党内はバラバラで厳しい状況なのですね。
党内融和重視は、国民が視野に入っていない
増田:そこは、党内融和を重視するということは、国民が目に入っていないということです。逆に国民のことを視野に入れると、違う展開が出てくるのではないか。国民の支持を背景にして、党内をおさえられる。やはり今のままだと、難しいと思います。
民主党というのは、小沢グループが中にいるということで、この人たちに対してどうするかなのです。反小沢の軌跡をとった菅政権が全然ダメだったわけです。そして、融和路線をとった野田政権も今のところ躓いているので、そもそも考え方の違う2つが数あわせで一緒になっているという構造的な問題です。ここをどう乗り越えるのかが、民主党の抱えている問題です。
工藤:党内融和の矛盾、綻びがいろいろ見えてきているのですね。土居さん、いろいろなところを具体的に見ていると、党内融和といいながら、色々なところが骨抜きになったり、どんどん先送りになっている状況もありますよね。
政権運営の知恵をつけ、それを活かせること
土居:それについては、私も心配はしています。ただ、TPPしにしても消費税増税にしても、推進派としては、連戦連勝でいかないと実現しないのですよね。反対派は、どこでもいつでもゲリラ的に、妥協を迫ったり、骨抜きにしたり、実現を阻んだりする。最後の最後、実現する手前までは、いつどこの時点でもできる、そういう状況であることは踏まえないといけないと思っています。そうすると、極端に言えば、小さな妥協は止むを得ないというマキャベリズムと言いますか、そういったものが、今までの民主党には全然無かった。鳩山内閣、菅内閣、それこそ「普天間は最低でも県外だ」、みたいな事を言っても、何の権謀術数も無さ過ぎて、正直すぎてダメでした。その意味では、あまり妥協せず、できれば綺麗な形で、TPPも消費税増税もやってもらいたいと言うのはあります。
ただ、それが仮に自民党だったとしても、同じように、ある程度の妥協ですとか賛成にまわってもらうための説得はやらざるを得ない。それをいかに国民が納得できるような形で、不純なものを出来るだけ少なくしながらやっていくか。いまのところ、連戦連勝を図っていくための1戦目であるTPPについてはかろうじて何とか初戦は飾った。消費税については全然ですけれど。しかし、残念ながら、2戦目、3戦目はいつどこでゲリラ的な反対論が噴き出してくるかわかりません。そういうことを考えると、そこでもう少しきちんと、政権運営の知恵をつけて、それをちゃんと活かせるかということがこれから問われるのだと思います。
いま政策は誰が決めているのか
工藤:湯元さん、今、政策は誰が決めているのですか。昔は官邸主導ということでしたが、党のほうでもきちんとやるという形になってきました。しかし、見ていると、最近はなんだかわからなくなってきていませんか。政調会長が言っていることで決まるという感じもしない。今どういう形で政策が動いていると見ていますか。
湯元:党に政策決定権限を委ねたということは間違いありません。ただ、野田総理としては、自分のやりたいことは一応、間接的な弱い表現ながらもしっかり言うべきことは言っている。決めるという段階では、TPPと消費税に関してはこれからですから、誰が決めているかは、これから明らかになるという話だと思います。決まらなかったら、野田総理の周辺ではないということになります。
工藤:先日、社会保障・税一体改革の評価を行ったのですが、その際のアンケートでも、誰が主導しているかわからないという結果した。一度休憩を入れて、次の話に進めたいと思います。