野田政権の100日評価とマニフェストの在り方

2011年12月26日

第2部:野田政権は何を実現するための政権か

評価対象のマニフェストはほとんど全滅に近い

工藤:私たちが政権の評価をするとき、民主党政権になって結構困っています。というのは、民主党政権として、国民に何を約束しているのかが、はっきり言ってよくわからなくなってしまった。2009年の時のマニフェストはほとんど全滅に近い形で、修正したり、断念しています。今、マニフェストの実行について責任を持ってやる、という話でもありません。今やっていることはマニフェストに書かれていない話です。それから、菅さんと野田さんに関しては、国民の選挙を経て総理になったわけではないので、厳しい見方をすれば、ある意味で政権のたらい回しだ言えるわけです。そうなってくると、この政権を評価する時の目標設定をどうこちらで考えればいいかというところが、非常に不明瞭な状況になっているわけですね。

私たちは、野田さんの所信表明演説を含めて、国民に向けて話したこと、これを一義的な約束だと判断せざるを得ないわけですね。その判断を元にこの政権を評価するしかないわけです。その判断の見方でもいろいろ違うと思うのですが、まずこの政権は、何をする政権で、その政権の目的から見ると、この100日はどう評価するのか、ということを皆さんに話していただきたいと思います。

何のために消費税を増税したいのか

増田:この政権が目指すのは、消費増税を実現する、その道筋をつけるというということだと思います。発信のあまり無い野田さんが、節目、節目で並々ならぬ意欲を出して、かなりはっきりした表現で言っています。民主党政権とすれば、あくまで国民に約束したのは2009年のマニフェストですから、政権として国民の選挙を経てないので正統性がないという言い方もあるのですが、自民党も今までよく繰り返してきたことでもあります。だから、野田さんがやるべきことは、2009年のマニフェストが違っていたと、きちんと謝った上で、何故そうならなかったか、何故、いま消費増税が必要なのか、きちんと丹念に、明確な言語で語っていくということが、この政権として何を目指すかということを国民に伝えることではないかと思います。

工藤:僕も気になっていることがあります。野田さんが企業の経営者の集まりで、「私は捨て石になる」という言葉を言ったそうです。僕は総理が、捨て石になるという言葉を使うのは尋常ではないと思っています。つまり、党内の反対を抑えてことを実現することで一杯なのです。しかし、今、野田さんが取り組んでいることは、今まで菅政権ができなかったこと、TPPだったり消費税だったり、それをとにかく政治の舞台だけで何が何でもやるという、それしか目標設定が無いのではないか。そんな気がしてしまいます。つまり、何のためにそれを実現したいのか,国民に伝わってこない。

増田:消費増税をやるための政権だと言いましたけれど、今の工藤さんのような切り口から言えば、それはあくまでも何かを実現するための財政的な裏づけということになります。ではそのことによって、社会保障をここで充実させるのか、そうではなくて国債の評価を下げないためにも過去の借金を出来るだけ償還するようにするのか。消費税を上げて入ってくる12、13兆円という税収を何に使うのか、そして、そのことによって社会をどうするのか、というビジョンをはっきりさせる、そこが欠けています。捨て石になるというのは、今まで各国を見ても増税をすると政権が倒れていて、俺が倒れてもいい、でも増税は絶対やるぞ、というのが、工藤さんがおっしゃっていることだと思うのです。私もそこは非常に危惧するところですね。

工藤:湯元さん、どうですか。この政権は何をする政権なのでしょう。やらなければいけない課題はありますよね。

なぜ一体改革の中身は正直に伝えないのか

湯元:課題は、もちろん震災復興と、原発・エネルギー政策ですけれども、中・長期的課題としては、菅政権が言っているTPPと消費税の引き上げを含めた、社会保障と税の一体改革ですよね。今、増田さんからご指摘があったとおり、5%上げた税金を何に使うのかということです。菅政権のときに、6月に一体改革の成案をまとめています。それを基本的に野田政権も受け継いでいると思うのですけれど、その中身を見たら、税金を上げて、社会保障に使うので、国民に全て還元しますということがしっかり書いてあります。実際に成案の中を見ると、5%のうち本当に社会保障に増やしていく分は、実は1%ぐらいしかありません。残り4%はもちろん社会保障に使うのですが、過去の借金を返済するために使うということで、国民へのメッセージと実際の中身にずれがあります。これに対する説明というのが、現段階においては何もなされていないことは、今後、非常に難しい一体改革を野田政権として本当に実行できるのかどうかの鍵を握ると思います。そのあたりが今、民主党の中で議論していても、色々意見が分かれてまとまりがつかない状態になっていることの大きな原因になっていると思います。

一体改革は社会保障の財源不足を埋めるためのもの

工藤:今の話を伺っていても、基本的に震災復興で、三次補正、本当は三次補正でなくても良かったのですが、それを決めた。それから消費税とTPPの問題ですよね。ということになっているのですが、その中身がどうなのか、ということに今、議論が入ってきたということですね。

土居さん、今の税・社会保障一体改革なのですが、別にこれは社会保障の改革ではありませんよね。あくまでも、社会保障の財源不足を埋めるということのためだと思います。ただ反対があるので、低所得者向けのものをいじる、という感じでいくばくかの社会保障の機能強化で話をそらそうとしている。

本当は、国民にとって覚悟を固めなければいけないという状況なのですが、政府から、首相からも説明されていませんよね。

土居:そうですね、特に、厚生労働省の説明不足はかなり深刻だと私は思っています。本当は医療でも、医師不足の問題、医師の偏在の問題がありますし、さらに、後期高齢者医療制度を廃止するとマニフェストで言っていたわけですけれど、それをどう変えていくのか。さすがに廃止というのは識者から見れば乱暴で、廃止したら元の老健制度に戻るのか、そんなことはありえない、ということがあるので、一応、政治的には廃止と言いましたけど、改変してより改善できる仕組みに変えていくという話だと思います。

これは、実は玄人はだしな話ではあるけれども重要です。ただそれは、消費税の増税をしようがしまいがやらなければいけないこととして、社会保障改革はあるわけです。もちろん介護、年金の問題もそうです。それが、消費税という話があまりにも表に出過ぎているが故に、一応、細々とは言っているのですが、結局、増税して穴を埋めるだけの話ではないのか、という風に聞こえてしまう。確かに厚労省の頭の中では、別に増税しようがしまいがやらなければいけない課題として社会保障改革があるという事は理解しているのですが、あまりにもPR不足というか、こういう風に変えたいのです、という事を表立って説明していないところがありますね。

国民は本格的な負担増を覚悟する段階にきている

工藤:今の消費税問題は、自民党政権の時からの年金改革の中で、決めなければいけない時期に来ているわけですね。それを政治としてきちっとやるのは、僕はいいことだと思うのです。続けて土居さんにお聞きしたいのですが、財政再建の問題は、この夏ぐらいからギリシャ、EUの危機が出て、かなり市場の見方が変わりました。そういう状況で、今の財政支出の中で一番大きな比重がある社会保障が毎年1.2兆円ずつ増えることは、今の民主党政権は容認しているわけです。単純な理屈で言えば、20年経てば20兆円ぐらい増えるという事ですよね。すると、今度の5%増の中身を見ると、僕もちょっと気になったのは、自然増の話と、それから基礎年金の2分の1の補填で終わってしまいますよね。だけど、それでも、内閣府の試算を見ると、2015年にはプライマリー赤字が18兆円ぐらいも残るのではないか、と言われている。その後、この赤字はどうするのでしょうか。前の政権、菅さんは、それを2020年までにはゼロにすると言っていました。ですから、その後の5年間に、今度は残りの18兆円を減らす一方で、社会保障の自然増があるという形になると、誰が見ても今回の消費税の増税は1回限りではなくて、本格的な負担増を国民が覚悟しなければいけない段階に来ているということではないでしょうか。こういうメッセージが何もない状況で、不退転の決意でとにかく消費税を上げなければいけない、ということだけを言っていることに違和感を感じます。どうなのでしょう。

土居:私はもちろん、長い目で見て物事を考えるべきだという立場に立っています。私もいろいろな試算をしたので、そういう意味では2020年までには、最低でも消費税は15%ぐらいまでいかないと。

工藤:20%になるわけですか。

2020年までに消費税を最低でも15%以上になる

土居:いえ、最低でも15%です。それ以上必要になる可能性はもちろんあります。私は、それをあらかじめ言う事が、誠実だと思います。できれば、それぐらいの視野で政治は与野党ともに考えてもらいたいと思っているのですが、野党も野党で、すぐ揚げ足を取って、やがては15%にするという事は、10%への増税は一里塚の話で、これは大増税内閣だ、みたいなことを、きっと言ってくるのではないかと思います。そういう態度だと将来こうしたいので、その一歩手前の2015年までにこういうことをしたいのです、という事の説明が政治的になかなか通らない、というのは非常に悲しい状況だな、と私は見ています。

工藤:そういう段階ではないというような気がするのですが。ただ一方で湯元さん、野田首相は、財政再建のためにも成長率を上げなければならないと、成長率を上げる会議を作りましたね。だけど、あの会議で具体的に成長率を挙げるという形での大きなプランニングができるのでしょうか。今回の予算を見ても、成長枠というのは前よりも低くてせいぜい7000億円ぐらいですよね。復活財源の枠に使われてしまうぐらいの感じで、見ていても大して中身がない。本当にがらりと変えるようなことをしなければいけないのだけれど、少なくとも、今の政権はそこに頭を切り替えたのではなくて、とにかく昔からの課題だった消費税増税をやるという事で必死なのだという風に見えませんか。

成長戦略は本当に車輪の一つとして提起できるか

湯元:実は政策の優先順位をどこに置くか、ということの問題だと思うのですね。震災復興という当面の大きな課題がある中で、実際は成長率も上げなければいけない。日本再生戦略というものを打ち出します、とアナウンスはしているのですが、年内に取りまとめられるかというと、微妙な情勢です。成長戦略を打ち出すという事と、消費税引き上げというのは車の両輪と言われていますが、より意欲を持って先に打ち出しているのは消費税引き上げの方で、成長戦略はどちらかというと菅政権のものをそのまま継続的に使っていこうという形で、野田政権色をこれから出そうとすると思いますが、ちょっと順番が逆のような印象を受けます。本来、第三次補正予算とほぼ同じようなタイミングで、成長戦略を作って、経済成長の目標としては中期的に実質2%成長、名目3%成長を目指すという公約を掲げていますから、これを実行するための手段をどうするのかを、本来、国民の目の前にしっかり示す必要があると思うのですけどね。このところが、やはり野田政権自身が、社会保障・税の一体改革に軸足を置いているがゆえにこういう順番になっているのかな、という風に思います。

工藤:私が見ていると、野田政権の不退転の決意というのは、消費増税だけ。ただ、それだけでも大したものなのかな、という思いはあります。ここまで不退転とこだわっている人は今までいなかった。

今日の言論スタジオの前に行ったアンケートでは、「あなたは野田首相が党内の反対を抑えて消費税の増税を決断できると思いますか」と聞いてみたところ、43.4%が「決断できる」と思っています。やはり内容等は別として、ここはやるのではないか、という段階に来ています。ただ一方で、これはとにかくやるにしても、中身について優先順位を含めて、もっと長期的な国民に対する説明も含めて、結構問われてきているのではないかというのが今の話でした。

次に増田さんに震災対応についてお聞きしたいのですが、今まで菅さんの時、とても遅くて、すごく時間が経ってしまいました。被災地の復旧は終わっても、本当に将来を見据えての動きではアイデアを言っている人がいっぱいいましたけれど、どこか止まってしまったような気がするのですが、どうなのでしょう。

震災復興ではリーダーシップを発揮していない

増田:これは、前の政権からの積み残し課題で、野田政権だけを責めるのは酷な気がするのですが、それにしても本格的な復興予算の成立が11月21日ですよ。9か月経ってやっと復興のスタートか、と。もう今、雪が降っているので、事業の執行が非常に難しくなってきているのです。だから、そのスピード感の欠如は問題です。そして、来年の3月、いや3月では遅いから2月に前倒しをするという復興庁があるのですが、関東大震災の時の対応を4か月だけで行った後藤新平の震災復興院の人たちが見たら、「え、1年近く経ってから組織を作る。組織解散かと思ったら、これから作るのですか」という風になってしまうと思います。しかも私は屋上屋のような感じがしています。各省からばらばらに予算が流れるのを、まとめて実行することに復興庁の意味があるのです。だから、そういう意味では震災復興について、予算はもう菅政権の時に遅れていたから、野田さんだけを責めるのは気の毒ではあるのですが、結果としてみればやはり遅い。それから、復興庁については、野田さんはもっとリーダーシップを発揮して、1年だけの時限措置にして、そのかわり徹底的に復興庁でまとめるということを大胆にやらないと。結局、復興庁の職員の200人近くの人達のほとんどが出向組ですから、各省の顔を見て、かえって二度手間かな、と私は思いますけどね。

工藤:確かに、僕も出身は青森ですけれど、もう雪が降っていますからね。

増田:経済対策で、11月頃に成立した補正もあったと思いますが、結構繰り越しましたね。

工藤:今回もそうですよね。予算は可決しても実行できない。

増田:何かやるのかもしれませんが、本当の意味での事業は無理だと思います。除染なんかも全部繰り越すのではないかと思います。

工藤:予算編成の話を土居さんお願いします。

逐次、必要に応じて予算を組み、執行を急ぐべきだった

土居:三次補正は、私のちょっと酷な言い方をすれば、民主党政権、何をやっているのだと思います。震災直後から全然、機動的に動いていないじゃないかということで、謝らざるを得ないような状況になった時に、これだけ予算を積みましたから何とかお許し下さい、そういうある種、見せ金のようなやり方になっている面が多分にあります。もちろん、お金は本当に必要だから、必要な予算はもちろん積むべきなのですが、もう少し早く、逐次的に予算を組めば、一気にどっと積む必要もなかったと思います。5月だとか8月だとかに、必要に応じてどんどん予算を付けていけばよかったけれど、菅内閣ではできなかった。

工藤:予算編成は大詰めでしょ。
増田:4次補正もあります。

土居:来年の通常国会冒頭が4次補正なので、また年度末を目指して本当にスリリングな展開というか、本当にこれは通るのか、関連法案もちゃんと通るのか、という状態です。

工藤:来年の本予算の予算編成は24日にちゃんと案が決まるのですよね。
土居:と言われてはいますね。
工藤:一般歳出の縛り、44兆円の借金の縛りは大丈夫なのですか。

消費増税のためのあめ玉をバラ撒いて、いないか

土居:さすがにそこはきちんとやらなければいけないところだと思います。ただ私が1つ心配していることは、嵐の前の静けさと言いますか、消費税増税をゆくゆくやっていくことを気遣ってか、来年の歳出予算を結構振る舞ってしまうのではないか、ということです。今までは、こんなのは無駄だからやめろ、と言っていたことも、要求を受けてやってしまうかもしれない。例えば整備新幹線を認める方向になっているとかですね。そういう変なばらまきは、もうやめていただきたいなと思います。

工藤:それでは何のための増税かという話になりますからね。それではここでまた休憩を入れます。

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