第3部 国民に向かいあう政治をどう実現するのか
7割超の有識者が「現政権の正当性に疑問がある」回答
工藤:では最後のセッションです。今、野田政権の100日についていろいろな角度から議論したのですが、そもそもの話を最後はしたいと思います。
つまりマニフェストの政治ということを、私たちも唱えて、7年前からこの評価をやってきたのですが、民主党の政権ではそうした約束を元にした評価ができなくなっています。
そのため、私たちは日本が直面する課題から評価を組み立てました。つまり、どんな政権でも税制、社会保障、成長とか、それから震災課題など課題からは逃げられないわけです。それに対してこの政権はどう取り組んだのか、ということが、結果として評価の軸となってしまったのですが、本来は国民にきちんと約束や説明をして、それに対してちゃんと説明しながら実行していくということが、代表制民主主義のあり方だと思います。それが全然機能していない。
そういうことで、アンケートで結構厳しい質問を有識者の方に振ってみました。つまり、国民にきちんと約束するものであるマニフェストというものが、ほとんど機能していない、また政権自体が選挙で選ばれたものでもなく、そうした政権は党内選挙だけで二代にわたって続いている。こうした政権は、「私たちの代表としての正当性があるのか」という、質問です。驚いたことに、「正当性がない」という人が44.4%もいたのです。「正当性はないのだけど、やむを得ない」というのが27.8%ですから、今の政権の正当性に少し問題があるのではないかという人が7割を超しているわけです。これに対して「正当性はある。選挙は2009年にやったのだから」と言っている人は15.2%に過ぎない。これをどういう風にご覧になりますか。
民主党が09年に出したのは"マニフェストもどき"
増田:結局、手続きにはきちんと則っているので、政権としては認めないといけないと思うのですが、まず1つは、2009年の民主党が作ったのはマニフェストではないと思っています。せいぜいよく言って「マニフェストもどき」。できたとたんに国会議員の多くの人たちが、俺は知らないみたいな感じでした。ブレアさんのときのマニフェストが一番良いといわれているようですが、あの時のマニフェストは2年間オープンに議論をして、色々な侃々諤々を乗り越えてまとめたので、少なくとも党内的には90%以上がそのマニフェストに賛成した。ブレアさんが政権に就けば、マニフェストは全部実行してくるなというのは、少なくとも国民には知れ渡っていた。ところが民主党のマニフェストは、今回はごく数人だけで後出しじゃんけんで作ったようなものですから、あれはマニフェストではない。そのマニフェストを金科玉条のごとく、それに書いてあるからどうだこうだ、ということ自体、私はおかしいのではないかと思います。工藤さんもそうかもしれないけれども、私も一生懸命「マニフェスト選挙、マニフェスト選挙」を主張してきましたが、前の選挙公約というのは紙切れで、あれを「マニフェスト」といったら、何かマニフェストを汚されたような感じがするぐらい、民主党の罪は非常に大きいと思います。
工藤:民主党の罪は大きいですよね。もともとマニフェストを主張していたわけですから。
増田:マニフェストこそ嘘をついた紙切れみたいになったと思うのです。
工藤:だから、早くそれを出し直したり、修正点を認めたうえでこうすると言えばよいのです。
増田:あと、もう任期満了まで2年を切って、来年、総選挙があるのではないかと思いますが、それからすると、もう今開かれた形で民主党の中で次のマニフェストをどうするのか、オープンにして議論しないといけないと思います。
工藤:湯元さんと土居先生に聞かなくてはいけないのですが、今の野田さんは確か課題に対して、今まで先送りしようとしたことをやらなくてはいけない、と。しかし、国民との関係で見ると、少なくともこの消費税もマニフェストに書いていない話でしたし、それをこうだということを、何かの形で国民に信を問うなり、何かをするというプロセスがないと、依然国民は遠い先で何か政治が動いていて、党内で何か争っているね、という感じに見えますよね。こうした政治はどう見たらよいのですか。
17兆円の歳出削減ができないのに、支出だけにはこだわった
湯元:今の消費税の議論で、民主党で特に小沢さんのグループが「マニフェストに書いていない。4年間引き上げないとマニフェストには書いてある。それを引き上げるのか」ということで反対に回っていますよね。これはマニフェスト通りやっていないということです。しかし、マニフェスト通りにやっていないのは消費税の話だけではなくて、実は民主党は消費税を上げない代わりに17兆円の財源を歳出削減によって生み出して、それで新しい「子ども手当」のような政策をやると言った。
工藤:やると言って、それもできなかった。
湯元:17兆円ができなかったからこそ、消費税を上げるという選択に代えざるを得なかったということですから、そこを野田さんだけというよりは民主党全体が、これまでのマニフェストがなぜできなかったのかを、しっかり総括をして、「したがってこういう方向で変えていくのだ」ということを、国民に対してしっかりと説明をする義務があると思います。マニフェストを変えること自体、私は問題ないと思います。説明がしっかりしないといけない。一応あえて擁護した言い方をすれば、参議院選挙のマニフェストで「税と社会保障の一体改革をやります」という説明はしたので、菅さんがやったということでそれを引き継いだという言い方はできますが、17兆円なぜできなかったのか、という反省は全く聞こえてきません。だからそれは両方セットでないと国民としては納得がいかないものが相当あると思います。
工藤:少し気になっていることがあって、EUの危機のときに国民投票をやるというと、マーケットが荒れますね。つまり、民主主義のプロセスになってしまうと、非常にコストになってしまって、緊急的な色々な問題には間に合わないみたいな見方があります。国民にきちんと説明して国民の支持を得て実行する、という政治がもともと機能していれば、そこまで極端ではないと思うのですが、それをやっていないとそうなってしまうという状況があります。日本も同じような状況にあるように思います。今のことを土居先生に少し聞きたいのですけど、野田さんは消費税に関しては、法案を決めるときに総選挙で国民に信を問うのではなくて、まず法案を出して決まってから実行のときに信を問うと言うでしょう。これはどう見ますか。
極端に言えば、野田政権は何を言ってもいい状態だ
土居:新聞などの世論調査を見ていると、そのやり方は不満で、選挙をしてマニフェストでそれを問うてほしいという国民の意見が強い、法案提出前に総選挙をやるべきだという声が強いというのは分かります。ただ、もう野田政権はそもそも2009年のマニフェストに基づいた政権ではないので、極端に言えば、皮肉な言い方をすれば、何を言っても良い状態ということです。なので、野田さんがそういうふうにおっしゃりたいということであれば、それについて残念ながら今の日本人の有権者からすると、それに対して直接的に阻止することは困難なのだろうと思います。ただ、願わくば、次回からは重要政策については、実行する前、法案を出す前にマニフェストなりで、きちんと選挙の公約として掲げていただいた上で、その選挙に勝った政党が言ったとおりにやってもらう。
もう1つ申し上げたいのは、やはりイギリスの議院内閣制のことを想定するならば、突然病気になったりとかは別としても、任期途中で総理大臣が変わるということ自体をあまり頻繁に起こす、ないしはそういうことを待望するような政党だったり有権者であるべきではない、と私は思っています。ですから、基本的には党は、先ほど増田さんがおっしゃったように、9割くらいの代議士はマニフェストに絶対に従う、その通りにやるということこそが、自分のレジティマシーだというふうに思って仕事をするということでなくてはいけないし、それであるならば、支持率が多少下がったからといって、途中で総理大臣の首を挿げ替えるみたいな話に、本来はならない。なぜならそういうマニフェストでいくということを、ある種、党首という「党の顔」をセットで総選挙に臨んでいるというわけですから、もし党の中で権力闘争があって、あいつを引きずりおろせ、みたいな話があるのだったら、それこそ総選挙に打って出るということをしない限り、まったくそのマニフェストが意味をなさなくなってしまう。
工藤:そうであれば、菅さんのときに総選挙をやっていればよかったのかもしれません。今の話を増田さんに聞きたいのですけれども、つまり、今、野田さんが「捨て石になる」といっている言葉もそれに近いと思うのですけれども、要するに今、選挙をやっている暇がない。とにかくやってしまわないといけない。さっきのEUと結構近いのですが、やってしまわないといけない。その結果を皆に知ってもらう。ただ、これから消費税といっても、土居先生も15%の増税といっていましたけれども、本当にすごい形で日本の将来に対して国民が覚悟を決めないといけないというときに、まったく国民が何もそれに対する選択に参加できないという状況で、本当に民主主義は機能しているのか、ということです。とにかく法案を通してしまってから解散をやるというのは、現状としては本音レベルではやむを得ない、と。しかし本当に民主主義の形を本音という形に近づけていく努力を政治がしていかないといけない、というふうに感じてしまうのですが、どうでしょうか。
消費税は有権者の意志をまず求めるべき
増田:大きな政策判断のときに必ず国民の意思を問うのがやはり必要です。ただ、今は国家の危機ですよね。平常時と違って非常時のときに、与野党が争って総理を変えるというのはなかなか珍しい国だと思うのです。多くの国民が今は一瞬有事だったけれど、また平常時に戻ったという、それを是認しているとすれば、そうでなければ、本当は与野党の対立を超えて求心力が集まるはずですが、まったく菅さんはそういう風にはなりませんでした。「菅おろし」のほうに皆走ったというのは、非常に稀有な国家だと思います。一方では、震災自体を平常時という風に思い始めているという部分があるかもしれないのと、そうではなくて、たとえば消費増税について言えば、消費増税をする前に必ずどこかで大きな国民の意思決定を求めるということで、私自身は来年に消費増税ということを与野党で色々と協議をした上で、話が決まったならその時点で、法案どうのこうのではなくて、そこの大綱とか、その時点の有権者の意思を問うてみるという必要があるのではないか。そうしないと、どこでもマニフェストに基づく選挙の段階でも、やはり意思表示ができない。さっきお話があったように、16.8兆円の無駄削減とか言っていたことが、何で増税のほうに振り替わったのか、だけでもきちんと国民に問わないといけないと思います。
工藤:つまり、これから有事みたいな状況がどんどん続きますよね。その時に国民の判断はある意味で非常にコストがかかるという見方になってしまうと、絶対に選挙ができなくなってしまいますよね。
増田:民主主義というのはやはりその民主主義の手続き、プロセスについて相当いろいろな意味で時間がかかるし、それ自身が民主主義のコストになるのですが、だけど通常時であればそれは確保しなくてはいけないので、それを乗り越えて成熟した社会を作っていくということだと思うのです。
土居:ヨーロッパのポルトガルもスペインも、金利が暴騰している中でも結局は財政健全化策が議会では通らないということで総選挙しているわけです。
工藤:なので、最近は、今、総選挙するべきだという声が結構強まっている。
増田:日本も、イタリアとか、ポルトガルとか、そのレベルなのです、たぶん。
マニフェストが行き詰まったのは政党が政策でできていないから
工藤:やはり思うのは、本当に民主党の党内がまとまっていれば、全国に国会議員が全員で飛んで、これが必要だと国民を説得すればいい話ですよね。そういうことができない。自民党もそうだし、みんな政策がバラバラになっている政党政治そのものの危機が...。
湯元:それが、マニフェスト政治が機能しない最大の理由ですね。
土居:党内で消費増税に関してでも賛否が分かれている、TPPももちろんそうです。同じ政党の中で両派の議員がいてよいのかという気はします。
工藤:すると、マニフェスト型政治を作るためには、党がまず政策軸をベースにきちんとまとまってもらわないと話にならない。
大前提は党内がマニフェストで完全に一致していること
湯元:大前提は党マニフェストの中身に、党内が完全に一致しているということです。
工藤:一致していないと足を引っ張って、倒閣の動きになるというのでは話にならない。
湯元:状況が変わってきたら、当然、柔軟に内容を変えていく。そこでも一致点を事前に見出しておく、それが本来のプロセスです。
土居:結局小沢さんが自由党で「民由合同」というものをやりましたけれども、あれはいかにも1955年の保守合同のパターンなわけです。つまり、結局は自民党の長期政権で、要は党の中で対立しながら、ある種の擬似的政権交代を自民党の中でやり続けていた。そういう形で命脈を保っていた。民主党政権も同じようなことになりかねないというような状態に追い込まれているというのは、やはり2大政党制ということを想定すると、とても気持ち悪い状態です。それは自民党も民主党も同じだと思います。
工藤:増田さん、どうしたらよいのですか。つまり、党が機能しない、バラバラ。でも課題は迫っている。国民に対してはきちんとした信を問うてほしいということになってくると...。
首相は国民に真剣に考えを伝えるべき
増田:解散権は総理ですけれども、いずれにしても有権者は選挙のときしか意思表示をできないから、それできちんとした意思表示をして、政権を打倒する。でも、代わりの政権をどうするのだ、と。では、大阪の橋下さんのようなああいうタイプの指導者を選ぶのかとか、そのあたりを考えるしかない。私はやはり野田政権というのは2つあって、海外で野田さんはよく発言するのですが、もっと国内で発信して、マニフェストがないから野田さんの言葉が野田政権のマニフェストになるので、国内で大きなことをきちんと言ってほしい。それから、やはりどうしてもチームプレー型で、先頭になってどうかというメッセージ力が他の人よりは少ない人なので、丹念に記者会見などをして「自分が何をやりたいのか」という必死さをやはり伝える必要があると思います。それで、積み重ねをしていく、それに対して国民が「でもダメだ」と打倒するのだったら、立ち上がるということだと思います。
工藤:今、非常に大変な時期なので、何とか政治が課題に立ち向かってほしいと僕は思います。土居さんにお聞きしたいのですが,政府の約束は財政は2015年にプライマリー赤字の半減というのがありました。2020年のプライマリー赤字をなくするというのは、政府の約束になっているのですか。
土居:そうです。財政運営戦略は菅内閣のもとで閣議決定をしていますから、一応野田内閣もそれは踏まえているはずです。
工藤:そうですか。そうすると自分の任期だけではなくて、全体像を示さないといけなくなって来ているということですね。実は、マニフェストについてもアンケートで聞いてみたのですが、77%がやはり「マニフェストが必要」だと回答しています。つまり、「これがないとどうやって選ぶのだ」という声が圧倒的なわけです。
増田:本物のマニフェストですね。
工藤:そうです。そこで、最後、皆さんにこのマニフェストを大事にした仕組みを作るためにどうすればよいのかということを、皆さんに一言ずつお願いしたいと思います。
日本の将来のビジョンと解決策を提起すべき
湯元:マニフェストというのは政権公約と日本では訳されていますけれど、政策綱領のようなもので、政策綱領と訳すほうがいいと思うのですけど、やはりその政党の持つ政策の基本的な理念とか、ビジョンとか、方向性とか、あるいは基本政策の骨格とか、そういうものを国民に対して約束するものだと思います。基本的には国民に対して、いま日本が抱えている課題は何なのか、そして課題解決のために政党としては、どういう解決策を打ち出すのか、と。これをしっかり取りまとめていくことが重要です。
工藤:競争が起こってくれないと話にならないですよね。土居さんはどうですか。
どっちの方向にこの国を動かしていくのか、それを示す
土居:やはり今回の民主党の2009年マニフェストというのは、明らかに変に自縄自縛になってしまったために崩壊したということだと思います。だから、確かに政権担当をしたことがないから政権担当能力があるのかと問われたときに、ああいう細かい数字を作ってしまった。だけど、あの細かい数字は本当にできるという成算が細かいところまで詰まっていない限り、実現はできないわけです。例えば、キャメロン政権がこの前イギリスで総選挙をして、財政健全化をこういう形でやるとは、大まかには言ったけれども、付加価値税を増税するということは一言も言っていませんでした。しかし、政権をとったら直ちに付加価値税を増税することを打ち出した。これに対して、そんなに強い「マニフェスト違反だ」、ないしは「マニフェストに書いていないなんて、けしからん」という話はないというのが、実はイギリスのある種の大人の対応というか、そういうところがあります。 細かく詰めなければいけないということばかり意識するというよりは、むしろどっちの方向に向かってこの国を動かしていくのかということを、政策の優先順位をつけながらやっていく。これはぜひ推進したいので、ぜひ応援してください、というようなところを、まずきちんと打ち出した上で、あとはもちろん整合性がないといけませんから、整合性を問うというところで、国民も賢くマニフェストを見ていくという必要があると思います。
工藤:最後に増田さんどうでしょうか。
長期の目標を決めて、実現に命を懸ける本物のマニフェストを
増田:2、3点マニフェストで太いところだけをきちんと決めておく。いっぱいやっても、衆参はどうせねじれるし、どの政権でも無理だと思います。だから、2つ、3つ一番大きなところだけを決める。それから、4年間とか、最近マニフェストって在任中にどうのこうのっていう数値目標にとらわれているのだけど、そうではなくて、特に政党の作るエネルギー政策などは、2、30年先まで見たものを2、3点入れて、その実現のために命を懸けるという、そういう本物のマニフェストをつくって、それで党内合意をとって、国民にきちんと示してほしいと思います。
工藤:今日は野田政権の100日からマニフェストの話になりました。マニフェストというのは、基本的には国民に向き合う政治ができるということです。党としては自分たちが代表なのだということを示すためにも、自分たちのビジョンと課題解決能力を国民に示さなければならない。そうしない限り、代表として私たちは判断できないわけです。そういう有権者と政治との緊張関係を作るということもマニフェストの非常に大きな意味だったと思います。今日の言論スタジオで、年内最後になります。また来年、どんどん行きますので、またよろしくお願いします。今日は皆さん、どうもありがとうございました。
一同:ありがとうございました。
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